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4. 新生児聴覚スクリーニングを受けた子どもの保護者の心理
 1998年に新生児聴覚スクリーニングのリファー(要精検)児の精査を始めた頃は、「スクリーニング検査機関→精査機関→療育機関」という流れを出来るだけ迅速にして、聴覚障害児の早期発見・早期療育を達成することに重点を置いていた。しかし、リファー(要精検)児の受診が増加するにつれて、母子関係を中心とした家族の心理状態がその後の障害受容や療育に影響を及ぼすことが推察されたため、聾学校の乳幼児教育相談に通う子どものうち新生児聴覚スクリーニングを受けていた子どもの保護者に、同スクリーニングに関するアンケート調査をおこなった。その結果、健聴の保護者の心理状態は以下のような推移が見られることがわかった。すなわち、スクリーニング検査機関の時期は悲しみやショックと共に希望の混在した、色で表せば“ブルー”の状態、精査機関では絶望感や拒否反応のみられる“真っ黒”の状態、そして療育機関に通い始めて明るく元気な親子の様子を見たり、親の話を聴いたりすることにより、勇気づけられ前向きになれる“明るい色”の状態へと変化していた。一方、聴覚障害を有する保護者や聴覚障害児をすでに養育している保護者は、結果を速やかに受容する傾向がみられた。また保護者の心理の安定・不安定要素は、家族の障害受容の有無、母親への精神的・物理的支援の有無、病院の対応の仕方、母子保健などによる地域とのつながりの有無、教育相談など家族支援・相談窓口の有無、等であることが判明した。
 
新生児聴覚スクリーニングに関するアンケート調査
<対象>
 T聾学校の乳幼児教育相談に通う子どものうち、新生児聴覚スクリーニングを受けた17人(男5人、女12人)の保護者
 
保護者の心理の推移
 
保護者の心理
―安定要素/不安定要素―
安定要素 不安定要素
家族の障害受容あり 家族関係の悪化
家族の精神的・物理的支えあり 母親の精神的・物理的負担増
母子関係が良好 母子関係が不良
病院の対応に満足 病院の対応にしこり
母親の前向きな性格 ネット情報過多による混乱
地域とのつながりがある 重複障害への不安
教育相談が親子の支え 将来への不安
 
新生児聴覚スクリーニング要精査例
―当科初診後の流れ―
 
保護者支援の観点から
 
初診時(1)
1. 必ず、付き添ってきた家族にも同席をすすめる
2. 赤ちゃんと母親に話しかけ、良いところを素直にほめる
3. 新生児聴覚スクリーニングの目的と、実際に産科でおこなわれた検査の方法、その結果の意味を説明する
4. 当科初診時の検査結果と今後の方針を伝える
5. 質問は何でも受け止める
 
初診時(2)
6. 次回の予約をする(両親や家族と一緒に来院)
7. 次回受診までの支援方法を、保護者の希望にあわせて一緒に考える
・当科の言語聴覚士による赤ちゃん相談へ
・療育機関の教育相談担当者紹介
・地域の保健師・助産師と連絡をとる
・その他
 
確定診断時
1. 両親や家族同席のもとでおこなう
2. 検査結果の説明をわかりやすく丁寧におこなう
3. 聴覚障害について、今後の方針、療育機関の情報、先輩ママや聴覚障害者の存在などを丁寧に説明する
4. 今後の具体的なフォロー計画、療育機関との連携のとり方を説明する
5. 質問は何でも受け止める
 
5. 新生児聴覚スクリーニングに対する取り組み
1)当科の取り組み
 新生児聴覚スクリーニングでリファー(要精検)となった子どもの当科初診後の流れについて、保護者支援の観点からポイントを述べる。
 初診時は、必ず付き添ってきた家族にも同席を勧め、スクリーニングの概要や現在の状態、今後の方針について共通認識を持ってもらう。赤ちゃんと母親の様子をみて良いところを素直に褒め、母子関係を支援する。この段階では保護者にとって現状の把握は困難であるが、質問は何でも受け止めて一方通行ではない姿勢を示す。次回受診までの精神面を中心とした支援方法を、保護者の希望と地域の事情にあわせて一緒に考える。
 確定診断時は、原則として両親や家族同席のもとでおこなう。結果説明は専門用語の羅列ではなく、わかりやすく丁寧におこなう。さらに今後の方針や療育機関との連携の取り方などについても具体的に説明する。この時も、質問は何でも受け止める姿勢が大切である。
 
新生児聴覚スクリーニングの流れと支援
 
2)千葉県内における試み
 新生児聴覚スクリーニング後の流れについて、以前は聴覚障害児の早期発見、早期療育を目指して、迅速な対応に主眼が置かれていたが、保護者へのアンケート調査の結果から「スクリーニング検査機関→精査機関→療育機関」のどの段階においても保護者支援が必要であることがわかった。そのためには、スクリーニング事業に関係する各職種のチームワークによる支援が重要であり、関係職種の人々が一堂に会して研修をおこなうのが望ましい。ここで、千葉県内における試みを紹介する。
 千葉県内のT聾学校では、聴覚障害早期教育公開研修会を定期的に開催している。対象は、千葉県内外関係地域の保健師、助産師、看護師、保育士、言語聴覚士、教師、医師などである。内容は、教育相談や幼稚部の保育参観、教育相談担当者による現状報告、聴覚障害、新生児聴覚スクリーニング、乳幼児健診に関する講演、各施設・機関の情報交換などである。保育参観により実際の活動がわかるため、保護者からの相談に対してより具体的なアドバイスができたなどの実績があがっている。また関係者同士の情報交換により、連携体制が整いつつある。
 
<千葉県内における試み>
「聴覚障害早期教育公開研修会」の定期的開催
場所:聾学校
対象:県内市町村および県外関係地域の保健師、助産師、看護師、保育士、言語聴覚士(病院、保健センター、難聴幼児通園施設)
教師(聾学校、養護学校、通級指導教室)
医師
内容:・教育相談や幼稚部の保育参観
・教育相談担当者による現況報告
・聴覚障害、新生児聴覚スクリーニング、乳幼児健診に関する講演
・各施設・機関の情報交換
 
6. 新生児聴覚スクリーニングの今後の課題
1)リファー(要精検)例
 保護者支援体制の確立と療育体制の充実が急務である。
2)パス例
 偽陰性例、進行性・遅発性および後天性難聴への対策が必要である。そのためには、乳幼児健診の充実が重要と考えられる。
 自動ABRがパスであった両側高度難聴例および耳音響放射(OAE)がパスであったと考えられる両側高度難聴例を提示した。
 
新生児聴覚スクリーニングの今後の課題
1. 要精査例
1)保護者支援体制の確立
2)療育体制の充実
2. パス例
偽陰性例、進行性および後天性難聴への対策
→乳幼児検診の充実
 
パス症例(1)
2歳11か月 男児:両側高度難聴
生後2日目:自動ABR「パス」
1歳6か月児健診:呼名反応不良、有意味語なし
1歳7か月:C病院でABR右側105dBnHL無反応 左側80dBnHL
1歳7か月:当科紹介、ABR右側105dBnHL無反応 左側80dBnHL
COR65〜85dB
2歳11か月:遊戯聴力検査、右側90〜110dB無反応 左側70〜80dB
*横隔膜ヘルニア(−)、前庭水管拡大症(−)、
先天性サイトメガロウイルス感染症(−)、髄膜炎(−)
 
パス症例(2)
2歳8か月 男児:両側高度難聴(Auditory neuropathy)
生後3日目:検査「異常なし」(機種不明:母子手帳記載)
1歳頃:呼名反応不良に気付いた
1歳2か月:A病院でABR両側無反応
1歳3か月:B大学病院紹介、
ABR両側無反応
OAE両側パス
COR無反応
2歳8か月:当科紹介
遊戯聴力検査で両側低音域のみ80〜90dB 中高音域無反応


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