出生直後に聴覚スクリーニングを行う欠点としては、スライド16のような項目が挙げられが、われわれは、スライド17のような観点から、早期のスクリーニングの有効性は高いと考ている。
16 生後早期(産科入院中)にスクリーニングを行う事の欠点
1、新生児聴力スクリーニングの窓口が、聴力検査の経験のない産婦人科医や産科病棟勤務のスタッフとなる。
2、検査の精度管理が難しい。
3、その後の検査、療育に接点が少ない。
4、早期の異常発見が、母子(父子)関係の確立に影響を及ぼす可能性がある。
17 生後早期(産科入院中)にスクリーニングを行う事の利点
1、児の安静時など、測定に適した状態を選んで検査を行うため検査効率がよい。
2、再検査も行いやすく、スクリーニングの偽陽性(とりこみ過ぎ)の頻度を減らすことができる。
3、異常結果が出た場合に、妊婦検診や分娩を通してすでに一定の信頼関係を築いている産科医や産科スタッフが介在した方が説明や受け入れがよりスムーズである。
4、スクリーニングする側にとっては、精査施設への連絡など時間的な余裕を持つことができる。
5、入院中に対応ができるため、異常結果がでた場合、両親の不安をある程度、解消できる。
当院でのスクリーニング成績をスライド18に示す。
18
当院での新生児聴覚スクリーニンゲ成績
分娩総数 12752例 スクリーニング希望 10313例 同意率 80.8%
このような実績をもとに、地域の医療資源を有効に利用し円滑な新生児聴覚スクリーニングの導入を目的にして、2002年から千葉県船橋市・鎌ヶ谷市で新生児聴覚スクリーニング協議会を設立した。目的、構成をスライド19、29、21、22に、地域をめぐる精査・療育施設の状況を23に示す。
19 船橋・鎌ヶ谷地区新生児聴力スクリーニング協議会設立の主な目的
1、聴力障害のない新生児やその保護者に対する無用な負担や不安をできる限り解消する。
2、聴力障害のある新生児を早期に発見し、必要な医療・療養へのアクセスを確保し、予後を改善する。
3、新生児聴力スクリーニングを導入するにあたり予測される混乱を関係機関と協力し、できる限り軽減する。
20 船橋・鎌ヶ谷地区聴力スクリーニング協議会の構成
1、産婦人科医 18名
聴力スクリーニング参加施設の責任者
(オブザーバー参加3名を含む。)
2、小児科医 2名
小児科医会推薦1名、2次スクリーニング施設責任者1名
3、耳鼻科医 2名
耳鼻科医会推薦1名、難聴精査施設の責任者1名
4、医師会推薦理事 1名
(5、行政担当者・保健婦)
2001.11現在
21 (スクリーニングプロトコール)
1、地域で分娩を取り扱う産科医療機関を中心に新生児聴覚スクリーニング協議会を設立した。
協議会に参加した医療機関のうち、スクリーニング装置としてOAEを導入した9施設を1次施設とした。
また、Automated ABRを導入した4施設を2次施設とした。
2、1次施設では、出生から退院1週間までの新生児に反復してOAEによる検査を行ない、refer(要再検査)持続例は、2次施設でのAutomated ABRによる再検査を行なうこととした。
3、1次施設、2次施設をとわず、OAEでrefer検出時には2次施設でAutomated ABRで2次検査を行い、Automated ABRでもreferが持続する場合のみ、聴覚専門施設での精査を行なうプロトコールを策定した。
22 船橋・鎌ヶ谷地区聴力スクリーニング協議会の特徴
1、地域の産婦人科医会を中心とした協議会であり、公的な援助は受けていない。
2、聴覚スクリーニングの費用にも、公費援助を受けていない。
3、医療資源の効率的な活用と分娩数の少ない施設での聴覚スクリーニング導入の負担を避けるため、経済性に優れるOAEと精度に優れるAABRの2段階スクリーニング方式を採用した。
23 船橋・鎌ヶ谷地区周辺における精査・療育施設の分布
事前のスクリーニング予測をスライド24に示す。
24
船橋・鎌ヶ谷地区新生児聴覚スクリーニング協議会における2段階聴覚スクリーニングの予測 |
われわれの地域では、操作がより簡便で検査費用の安いOAEと、検査費用が増加するが精度の高いAABRを組み合わせたプロトコールを実施しているが、OAEでのrefer率(要再検査率)は、スライド25に示すように従来報告されている4%程度のrefer率予測より大きく低下しており、良好なスクリーニング精度を示した。
25 1次施設におけるOAEのrefer率と2次施設紹介率の変化
地域全体としてのスクリーニング成績をスライド26に、事前予測との差をスライド27に示す。いずれも予測以上の精度の高いスクリーニング成績と考えている。
26
船橋・鎌ヶ谷地区新生児2段階スクリーニング成績
2002.1-2005.3
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27
船橋・鎌ヶ谷地区新生児聴覚スクリーニング協議会における2段階聴覚スクリーニングの実績
(2001.1-2005.3)
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スライド28に療育施設からみた新生児スクリーニングの診断・療育時期を示す。精査終了までの流れは、推奨されているプランに沿っていたが、療育の開始には、まだ遅れが見られ今後の課題と考えられた。
28 筑波大学付属ろう学校通園児における診断・療育時期(福島ら)
まとめを29、30に示す。新生児聴覚スクリーニングの体制には不備な点も少なくないが、聴覚障害の早期診断が、障害をもつ児の療育や支援の選択を広げ、コミュニケーション能力など社会性の獲得に有効であるなら、新生児聴覚スクリーニングを円滑に実施していく方法を地域の実情に合わせて構築する必要があると考える。
29 地域で2段階スクリーニングを実施して
1、地域でのOAE、AABRを組み合わせた2段階新生児聴覚スクリーニングを過去39ヶ月で15329例に実施した。
2、2段階スクリーニングにより精査率は、0.18%まで抑制可能であった。また、精査施行24例中21例が聴覚障害であり精度の高いスクリーニングと考えられた。
3、今回のわれわれの成績を人口約600万の千葉県全体にあてはめると、精査必要例は、県全体で月間6例程度であり、少数の精査施設でも対応可能と考えられた。
4、OAEでのスクリーニングで、初回refer率は、10%以上を示すが、頻回の検査で、0.4%まで抑制が可能である。地域上状況によっては、OAE単独のスクリーニングも運用可能と考えられた。
5、精査終了までの流れは、推奨されているプランに沿っていたが、療育の開始には、まだ遅れが見られ今後の課題と考えられた。
30 まとめ
1、新生児聴覚スクリーニング装置を使用することにより、従来よりも簡便に聴覚障害が早期に診断できることは明らかになった。
2、しかし、聴覚スクリーニングによる早期の診断が聴覚障害を持つ児やその保護者、またコミュニティーの利益となるかは、まだ確定されていない。
3、診断・療育・支援を含めたシステムの充実度には地域差があり、問題点も多い。
4、このためスクリーニングに否定的な意見もある。
5、しかし、聴覚障害の早期診断が、障害をもつ児の療育や支援の選択を広げ、コミュニケーション能力など社会性の獲得に有効であるなら、新生児聴覚スクリーニングを円滑に実施していく方法を地域の実情に合わせて構築する必要がある。
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