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IV 資料編
[資料1]
テロ防止に関する講演
〜国際テロリズムの動向とテロ対策、海上・港湾テロの可能性〜
防衛大学校 宮坂直史
平成17年度海上セキュリティ委員会(第一回)
2005年8月24日 於:海事センタービル8階会議室
 
 防衛大学校の宮坂と申します。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 テロ防止に関することをテーマにして、何か話してくださいと言われましたので、国際テロ全体の動向とそれからテロ対策、非常に広い観点から少しお話し申しあげまして、その中で、特に港湾域でのテロの可能性ということで、いくつかのシナリオみたいなものを、ここで話題提供させていただきたいと思っております。
 80年代後半ですけれども、大学を出て日本郵船に就職しました。この席に郵船の方もいらっしゃいますが、丁度その頃、イラン・イラク戦争にともない、日本のタンカーなども神経をとがらせていた時期でした。
 その後、日本郵船を退職しましてから15年ぐらい経っていまして、まさかこういう形で、今回海上セキュリティのことで皆様方と勉強できるとは、当時まさかと思ってもいませんでしたので、不思議な感じがいたします。
 私は、国際政治学というものをベースにして、安全保障を研究しております。特に、国際テロの問題は、ずっと追いかけておりますが、海上テロそのものに関しては詳しいというわけではありませんで、知らないことの方が沢山あります。間違っている認識もあると思いますので、どうぞ、いろいろとご指摘いただければと思っております。
 今日は、お手元のレジュメの順番に沿ってお話し申し上げたいんですが、レジュメの方は2枚用意してございます。
 まず1番目の国際テロのタイプと動向というところです。ちょっと広くとらえていきたいのですが、今、テロというとイスラム過激派とどうしてもそういうイメージになってしまうのですが、それだけではありません。例えば、2004年の1年間で、あるアメリカの統計ですが、651件テロは計算されている訳で、その651件のうち、イスラム過激派関係といわれているのは、まあ50%ぐらいでございまして、そうでないテロも勿論あるわけです。
 このレジュメでは、(1)、(2)、(3)、(4)くらいにわけておりますけれども、(1)というのは、よく耳にする組織だと思います。北アイルランドのIRAだとか、スペイン・バスクのETA、スリランカのLTTE、こういうナショナリズム的なテロ、伝統的なテロ組織は、今、非常に力をそがれておりまして、和平に向かう組織も多いです。
 このような(1)の型のテロではなくて、(2)の型のテロが話題にならざるを得ないということになります。
 このイスラム過激派のテロですけれども、細かいことは省略しますが、リクルートが絶える傾向がないので、いくら捕まえても、犯人を捕まえても、どんどん新しい人が育っていくということが、中東、東南アジアで言えることだと思います。
 それで、私は「砂丘の砂」という言葉をよく使っているのですが、どういうことかというと、あなたはアル・カイーダです、あなたはジェマ・イスラミーアです、あなたはMILFですと、はっきりと組織に所属しない人達が沢山いる状況にあるわけです。
 砂丘の形状というのは天候によって、風によって表面の形状が変わってくる訳です。それが正にイスラム過激派のかたまりのようなものであって、一つのイデオロギーはあり、砂粒はみんな一カ所に集まっているけれども、いろいろな外部の要件によって、その形状が変わってきている。ですからグループはあるけれども、組織とは言えないようなゆるやかなグループみたいなものが、あちこちにあって、その砂粒というものはあちこちに移動したりしているという「砂丘の砂」のようなものをイメージしていただけると一番いいかなということです。
 「砂丘の砂」に両手を突っ込んでみて、はい、これがアル・カイーダですと言ったところで、その手から砂粒は落ちます。と言うふうに組織、テロ組織ということではっきり分けられないような人達の方が圧倒的に多くて、そういう人達がこの前のロンドンでの7・7の同時テロをやっているわけです。
 それは、今に始まった現象ではなくて、もう何年も続いていることであります。敵を組織単位で把握しにくいので、テロ対策は実に難しいということを言いたい訳です。
 グループ間の連携ですが、イスラム過激派だけではなく、港湾テロを考えますと、例えば(3)の単一争点テロですが、まず環境保護グループが想定されます。グリーンピースとかそういうレベルではなく、人間が多すぎるから少なくしようとか、産業活動をやっているから環境が悪化するのだと考えるような極めて過激なグループがあります。
 港湾テロを考える場合に、イスラム過激派以外のテロ組織の動向も注意しておかなければいけないと思います。彼らが何を言っているのかということを、ずっとウォッチしていかなければならないと思うわけです。
 それから、組織犯罪とテロ組織の関係については、先程、海保の方からお話しがありましたけれども、水面下で関係が深まっています。これは捕まえて、裁判とかで明らかになったりすることですけれども、非常に困ったものだと。組織犯罪あるいはシンジケートと関係が深まることで、武器の入手だとか、あるいはテロの選択のオプションだとか、いろいろテロ組織側にとって、広がっていくと言うことになる訳です。
 一方、国家支援テロというのは、現在、減少している訳です。むしろ特定の国家に支援されなくても、自由にグローバル化の波に乗って活動しているということです。
 こういう大体の動向がございまして、次に、海上・港湾というものがテロリストにとってどういう風に思われているかという一般論を申し上げたいと思います。
 これはもうハード・ターゲットではなく、ソフト・ターゲットであるわけです。現状では、アル・カイーダとおぼしき人達が、世界各国で掴まっておりますけれども、彼らのメモだとかいろんなノートの中から、船舶や港湾を狙うというようなメモがあるわけです。だからといって、すぐそれを実行に移すとか、計画を実現するという、それはまた全然レベルの違う話ですが。
 港湾域の場合は、ボートだとか、ヨットだとか、グライダーだとかいろんなものがある訳でして、誰でも参入し易い。それが、おそらく空の世界とかなり違う部分ではないかなと思う訳です。
 私の大学の研究室は横須賀ですが、実は研究室から東京湾が一望できるポジションにありまして、貨物船から空母まで見える訳ですけれども、その間を縫って、タグボートだとか、プレジャボートだとか漁船が沢山浮いていまして、こういう所へ紛れ込むのは簡単じゃあないかなと思うわけです。
 港湾にはテロリストを引きつけるような場所、いくつもの価値があるということです。
 すでに話がいろいろ出ましたが、乗員や乗客を人質にとったり、あるいは、インフラ攻撃をするということに加えて、例えば、海水浴とか観光地がございますので、そういう所を襲撃するという、かつてパレスチナの過激派がイスラエルの海岸を襲撃したことがございますけれども、そういうようなテロもあるということです。
 テロの統計をみると、過去40年間で、これは港湾域に限らず海上テロを含めて、40件強ぐらいですね。非常に少ないので、少ないのが不思議だったというぐらいに思っております。
 次に、日本の港湾に限らず、日本がテロリストに狙われる可能性というものを考えてみたいと思います。
 特に、2003年10月からですが、ビン・ラディンとか、アブハスル・アルマスリ旅団、これは本当に存在するのかどうか不明ですけれども、彼らから計8回、日本をテロの標的にすると名指しされている訳です。ただ、よく注意しなければならないのは、日本だけが名指しされているのではなく、他の国と併せて、特にイラクに派遣している国と併せて、名指しされているということがほとんどであるということです。
 こういう声明文をマスコミが伝えるので、「日本でもテロが起きるのではないか」と不安が広がってきているわけです。
 声明のいくつかには、信憑性という点で極めて疑問があるわけですけれども、ただ、日本という単語が何度も何度も報道され、テロリストの声明という形で世界を駆けめぐることによって、たとえいたずらだったとしても、それらを聞かされる過激派達が、日本もジハードの対象だと思いこんで、今までそんなことは考えたこともなかったでしょうが、日本を狙ってもいいという風に思うようになることは十分考えられるのではないかと思うんです。
 そして、日本国内の何処ということですが、これも難しいことですが、私は、日本国内よりも、日本が狙われるとすれば、海外の日本権益の方が狙われやすいのではないかなと思うわけであります。海外の日本権益というのは、海外にある日本企業、船舶そして学校、大使館などです。日本国内で極めて大規模なテロが起きるということは、今、表に出ている話の中からだけでは、明日にでも大規模テロが起こるなどと言ったら、根拠がないので、そういうことは言えません。もし、イスラム過激派がある国で大規模テロを行うには、相当な時間をかけて準備をしているというのが、今までのパターンであります。
 日本国内では、先程の海保によるプレゼンテーションで、日本国内のモスクの話が出ておりましたが、日本国内ではイスラム教徒というのは、2001年の段階で10万人を超えていないですね。外国人で6〜7万人、日本人のムスリムが1万人強ぐらいですので、併せてもおそらく10万人に達しないということになります。
 この数字は、イギリスとか他のヨーロッパと比べると、桁違いに少ないわけで、イギリスは160万人、フランスやドイツは数百万人ですから、もっと多い訳で、それに比べて10万人未満の日本と、しかもその10万人のうち一番多いのはパキスタン人であって、中古自動車の販売で経済的にはうまく行っている人達であります。それも、モスクヘ行くとイスラム教徒は一杯いるのかと思うかも知れませんが、他のヨーロッパの国のように、一箇所に固まって生活していなくて、分散して生活をしています。何が言いたいかというと、外部から来るテロリストにとって「プラットフォーム」が無いということ、日本には今のところは。もちろん公安には情報があるのでしょうが、そういったことは私には分かりません。けれども、外から見て、客観的に見ていて、イギリスやドイツ・フランスのような国と比べて日本国内でイスラム過激派が大規模なテロを起こす可能性が高いか低いかといわれれば、低いと判断するのが普通ですね。これ以上の判断というのは、警察の公安だとか、公安調査庁だとかそちらの方は、もちろん外に出さない情報を持っているので、それは私には分かりませんけれども、分かっている範囲では可能性は低いということです。それは「プラットフォーム」論からも、日本国内の支援団体の不在ということから言えることだと思います。
 それからもうひとつ、日本国内でテロというと、東京でということになると思うんですが、それじゃ地方でテロが起きないということは、もちろん言えません。地方では起こらない、地方は何故狙われないかという根拠は何も無いわけであります。オウム真理教のロシア人信者も青森でテロを起こそうとしたことがあります、シガチョフという男です。地方が狙われないという根拠はどこにも無いということです。
 さて、その上で海上・港湾テロのシナリオということを少し考えてみたいのです。
 去年の『海上におけるセキュリティ対策調査研究報告書』を参考にさせていただきましたが、これを拝見していましたら、いろいろな事例が細かく研究されていて非常に勉強になったのですけれども、この中では、船舶が狙われるシナリオを大きく三つに分けていまして、まず「運航支配型」、これはシージャックでアキレ・ラウロ号事件ですが、もう一つは「船舶攻撃型」、これは外から攻撃される、先程も出ましたけれども、米駆逐艦コールヘの自爆テロ、それからもう一つ別の「船舶攻撃型」、これは船の中に爆発物、不審物を設置するというように、三つのタイプに分けて、それぞれのシナリオを研究されていたというのが去年までのこの委員会での成果ということで拝見しました。それに追加しまして、港湾域ということですので、もうちょっといろいろ考えてみたい。
 第一に追加したいのは、レジュメ2ページの最初に書いた(1)です。これは自爆ともなんとも言えませんが、日本の特定海域に入ってくる、それは東京湾でも、伊勢湾でもいいのですが、貨物船に(どんな貨物船でも良い)大量破壊兵器が積まれているケース。その大量破壊兵器というのは、特に核兵器か、あるいは放射性物質を散布する「汚い爆弾」といわれているもの、これを船で持ち込まれてしまって、それを別に荷揚げしなくてもいいわけですから、例えば接岸中だとかあるいは湾内に入った段階で爆破させるということです。
 東京湾は地図で見ているとやっぱり非常に魅力的に映る訳でして、風向きがどっちに流れても放射線でも甚大な被害を計算できる、千葉の方でも、東京の方でも、あるいは神奈川の方へ流れていっても多分相当な大混乱になるのではないかなと思うのでして、そういうような大量破壊兵器を持ち込まれてのテロということが一つ想定されなければならない。
 これは非常に荒唐無稽と思われるかもしれませんが、今日は時間の関係でお話できませんけれども、核及び放射性物質というのは一部で管理されていない現状があるから、こういうことを述べるのです。
 核物質の密輸事件等々が多くて、これは特に、ロシア発の、ロシアから流れていくもの、90年半ばですが密輸事件が非常に多くて、核テロだとか、放射性物質テロは、小説の世界だと言えないのではないかと思うわけです。
 レジュメ1枚目の一番下に書いたように、アメリカのCSISという、ワシントンDCに安全保障分野で非常に有名なシンクタンクがあります。そこで96年11月、「ワイルド・アトム」と名付けた核テロのシミュレーションをやっている訳です。これは、官民で大々的にやっています。これがその報告書ですが、シナリオが細かく出ています。これは貨物船に核が積まれて、アメリカの東海岸のボルチモア港で爆破するという話しで、96年の話なのでヒズボラがテロを行うという想定です。当時からアメリカは、こういう核テロを一部では非常に危惧していて、しかも海の世界に怪しげなところがあって、怪しげな人達が入り込むには十分に余地がある、だから海路を使って、ずさんな管理状況の核や放射性物質が盗まれて、持ち込まれてはたまらないというかなり現実的な恐れがもう10年前からあって、こういうシミュレーションというのはかなり進んでやっていました。
 日本も、わが国もやっぱりそういうことをあまりこんなの考えられないと頭から決めつけないで、現実に極めて問題のある管理状況がある訳ですから、管理の現状から見ると、こんなにテロが起こらないほうが不思議じゃないかという風に私は考えます。
 それからそれ以外のテロの想定として、(2)の、何かを要求するためにシージャックする、アキレ・ラウロ号のようなもの、それから(3)の、自爆や別の船に衝突するためのシージャック、(4)として、外部からの船舶攻撃として、先程の海保の方が、タウイタウイ島のテロリスト達が海中から攻撃をする訓練をしていると話されたように、海中を含めての外部からの攻撃もあり得るし、米駆逐艦コールというのは、接岸中ではなくて、アデン沖の給油ポイント、ドルフィンの所でやられていますので、そういう攻撃、それから(5)の内部からの船舶攻撃、そして(6)として、船ではなくて、港湾施設やその付近にある備蓄庫だとかのいろいろなインフラ攻撃、そして、港湾域にある観光地、海水浴場を含めて観光地への攻撃だとか、そういう様々なテロというのが想定できるのではないかなと思います。
 こういうものに対して、なるべく現実的なシミュレーションを作って訓練していくということが重要になってくると思います。
 さて、レジュメの5ですが、ここではまずテロ対策一般の話を申し上げたいのですが、テロ対策というのは、四角で囲ってありますように、まず、予防措置があります。予防措置はどこから攻めてくるか分からないし、いつ攻めてくるか分からないので、例えば本船を防護します、フェンスだとか監視カメラというもので防護すると、何時どこで攻められるか分からない中でやるというものです。次に、先制というのは、明らかにテロリストが攻撃を仕掛けてくるのが分かっているので、警察が法執行を行って逮捕するということです。


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