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ニ 「アキレ・ラウル号」乗っ取り事件
 港湾に停泊中の船舶における乗客の出入りを契機として、テロリストが船舶内に侵入してこれを乗っ取り、船舶の乗組員や乗客を人質として不当な要求を行ったものとしては、特に有名なものが、このアキレ・ラウル号乗っ取り事件である。
【事件の概要】
 1985年10月、エジプト沖を航行中のイタリアのクルーズ船「アキレ・ラウル号」が、武装パレスチナゲリラに乗っ取られた。犯人グループは乗組員と乗客(米国、英国等外国人多数)を人質とした上で、イスラエルに対して拘束されているパレスチナ人50人の釈放を要求したが、受け入れられなかった。
 犯人グループはその後エジプト当局に投降したが、米国人乗客1名を殺害していたことが判明した。
 
<アキレ・ラウル号(写真上)、
官憲に拘束されるテロリスト(写真下)>
 
 
ホ フィリピン「スーパーフェリー14」爆発火災テロ事件
 港湾に停泊中の船舶への乗客の出入りに伴う手荷物その他の物品の携行にあわせて、爆発物を使用した最近のテロの事例は、フィリピン客船「スーパーフェリー14」爆破テロが挙げられる。他のタイプのテロに比して容易に犯行が可能であることに加え、現場に身を置かずして犯行に及ぶことが可能であり、テロリスト自身にとってもリスクが少ないことから、世界的にも陸上においては過去、最も多く発生しているテロ形態である。
【事件の概要】
 2004年2月、マニラからネグロス島に向けて航行中のスーパーフェリー14号において、船内に持ち込まれた中古テレビが突如爆発、フェリーは炎上し、乗員乗客のうち63名が死亡、53名が行方不明、数百人が負傷するという大惨事が発生した。
 調査の結果、中古テレビの中にTNT火薬約3.6kgが仕掛けられていたことが判明。犯行はイスラム系過激派のアブ・サヤフのメンバーによるものだった。
 
<炎上、転覆するスーパーフェリー14>
 
(2)港湾域におけるテロを実行することが考えられる組織について
 テロ組織は全世界において数多く存在するが、港湾域における海上テロの攻撃意思・能力を有する組織も少なからず存在する。これまで述べたように、2000年の米駆逐艦「コール」や2002年の仏籍タンカー「ランブール」に対する小型船舶を使用した自爆テロ事件に見られるように、中東地域において活動するアルカイダ系のイスラム過激派組織は、海上テロを遂行する高い能力を有しているといえる。
 一方、東南アジア地域についてみると、船舶や海上施設に対する自爆攻撃は確認されていないものの、アルカイダ系イスラム過激派組織アブ・サヤフ(ASG)による2004年のスーパーフェリー14号爆破事件といった船舶をターゲットとしたテロが敢行されている。また、海上テロではないものの、同じくアルカイダ系イスラム過激派組織ジェマ・イスラミア(JI)は、2004年ジャカルタでの豪大使館前での自動車爆弾テロや2005年10月のバリ島での爆弾テロといった、自爆テロを敢行している。インドネシア及びフィリピンは、これらテロリストの主要な活動地域となっている。
 最近の特徴として、テロリストの個人的なネットワークが特定のミッションの遂行の基本となる場合が多く、ある組織に属するテロリストが、何らかの繋がりにより、他の組織のテロリストとネットワーク化され、特定のミッションを遂行するといったように、テロ組織のネットワークは複雑化しており、それに伴い、活動資金及び爆弾の入手ルートや、爆弾の製造方法や自爆の技術的手法といったテロ技術の拡散も広域化していると考えられている。
 さらに、フィリピンにおいては、政府による継続的な掃討作戦によりASGの勢力は衰えつつあるというものの、ASGはフィリピンで活動するJI分子との連携を強め、ミンダナオ島付近にダイバーの訓練施設を設置しテロ訓練を推進しているとみられている。
 以上のことから、イスラム過激派組織が、ボートによる自爆攻撃や船舶への爆発物の持込み・爆破といった海上におけるテロの遂行能力を十分に有しており、東南アジアや中東と経済活動等を中心に密接に関連があり、米国の同盟国でもある我が国港湾域へのテロ攻撃の意図を持ったとしても不思議でないと考えるのが妥当である。
 なお、こうしたイスラム過激派の他にも、従来からあるナショナリズム的なテロや、新たな動きとしてある過激な環境保護グループの動きも注視する必要があるほか、組織犯罪等との関係も懸念されるところである。
 
(3)最近の港湾域におけるテロの傾向等について
 近年のテロの傾向が、軍施設や政府公館等のように警備が厳重ないわゆる「ハードターゲット」と呼ばれる標的から、公共施設等のように比較的警備が脆弱ないわゆる「ソフトターゲット」と呼ばれる標的を狙った大規模かつ無差別なものへとエスカレートしている中で、陸上や空に比して船舶や港湾の警備体制が脆弱であるという認識があることや、先に示したコール号事件やランブール号爆破事件といった成功体験があることからも、テロリストが港湾域を対象とすることは十分に考えられるところである。
 港湾域の現状を概観すれば、VLCCやコンテナ船等の大型船舶からボートや漁船等の小型船舶までが混在しており、また、海運会社及び港湾管理者の従業員等だけでなくパイロットや港湾荷役関係者、漁業関係者のほか、あるいは内外の観光客など様々な者が出入りをしているなど、テロリストが紛れやすい環境にある。監視・警戒を行う上でも、港湾域の土地・施設の所有者・管理者は、国、地方自治体、企業等多種多様であり、港湾域全体として閉鎖区域となっていないことと併せて、困難が多い。一方、港湾域には、石油基地、LNG基地や原子力発電所等の重要インフラや、旅客ターミナルや海水浴場等の多数集客施設等が存在し、港湾域にある船舶を乗っ取って乗員・乗客を人質にとることや、船舶爆破により航路を閉鎖させることもできるなど、人的・物的被害は言うに及ばず、経済活動への大きな支障も生じるなど、テロのターゲットとするのにも事欠かない環境がそろっている。さらに、海上にある船舶へのテロと比較しても、我が国本土への直接攻撃として、一般市民に与えるインパクトもより大きく、テロリスト側にとっても効果の大きいものと言える。
 実際に、イスラム過激派テロリストのメモ等からは、港湾を狙うというようなメモも出てきているほか、昨年の当協会の調査研究報告でも記載したとおり、イスラム過激派により、船社等10社が標的として名指しされており、より大きな効果を狙って港湾域にある船舶へのテロを敢行することもあり得ると考えられる。
 我が国へのテロ攻撃の可能性についても、2005年10月のインドネシア・バリ島における自爆テロ事件を始めとして我が国と地理的に近い東南アジアでは依然としてテロリストが活発に活動していること、我が国には東京湾等ひとたびテロが発生した場合に非常に大きな被害が生じる(テロリストにとって価値のある)海域・地域が幾多存在すること、アルカイダを始めとするイスラム過激派から日本がテロの標的として複数回名指しされていること、国際手配されていたアルカイダ関係者が我が国に繰り返し入出国をしていた(我が国が国際テロリストと無縁でない)ことなどを合わせて考えると、我が国においてもテロ発生の潜在的な危険性は高まりこそすれ低くなっているとは言えない状況にある。
 他方、テロの形態としては、これまで発生している海上テロのタイプは、乗員等を人質にとった上、船舶の運航を支配する一般的に「シージャック」と呼ばれるタイプと、火器・爆発物等を使用して船舶そのものや特定の乗船者を攻撃するタイプがほとんどであるが、ごく近年になって、船舶や港湾の警戒体制の強化や船体強度の向上が進んできた趨勢を受け、一部のテロ組織において、船舶への攻撃そのものを目的として特別に仕立てた「ステルス自爆艇」の製造や「偽装爆発物(機雷)」等の使用事例が確認されている。さらに、潜水して海中からの攻撃を行う訓練がなされているとの情報もあり、想定される脅威については、これまで指摘されてきたものに加え、柔軟な検討が必要になっている。


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