◆漁夫たちの1日と衣食住
サケ漁の最盛期には、寄り来るサケの漁獲に漁場の漁夫たちはほとんど不眠不休で働いた。夜は11時に仕事が終わり12時に寝ても、朝3、4時にはたたき起こされた。何より睡眠不足が苦痛であったという。こうした繁忙期の漁夫の食事は1日に4、5回あり、1日平均1升2合の白米を食べた。時に魚体にぬめる手をぬぐう間もなく握り飯を食べて仕事を続けることもあった。漁師たちの食事は白米が中心で、白米は存分に食べられたという。一方で野菜がなく、脚気にかかる者が毎年多数出た。
漁場での漁夫船員の作業着は、ちゃんちゃんこどんざ、ももひき、木綿着であったという。これらは浜村の漁師たちが冬の作業に着るものであった。北方のカムチャッカ漁場では日中気温10度以下という日もあり、防寒のそなえは欠かせなかった。
明治末頃、カムチャッカ漁場に進出したころの漁場における、漁夫たちの居住施設は、丸太組のわらぶきの小屋であった。漁場に到着すると、輸送船に搭載してきた木材や竹、筵(むしろ)などで漁師小屋を始めとして建物を組み上げるのが最初の仕事であった。『新潟県北洋漁業発展誌』に記載された漁師小屋は幅三間長さ八間程度、小屋の中央にほぼ幅五尺程度の通路を通し、通路の途中にイロリが四ヶ所程切ってあった。寝床は、板を渡した通路の両側に、筵や薄縁(うすべり)を敷いて寝た。
印入り半てん
市立函館博物館蔵 日魯の名前が染め抜かれた半てん。半てんを着用する漁夫もいた。
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ニチロの作業服
市立函館博物館蔵 戦後、サケ工船の時代になると、カーキ色の作業服で統一された。写真は通信士の服。
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◆九一制度
漁期の終了を切揚げといい、建物の越年囲いをして、漁獲物や荷を輸送船に詰め込む。帰港して、漁夫の雇用が終了し、給料の精算金が支払われる。
漁夫の給料は、出漁期間全体に対して支払われ、その額は九一に基づいて算出された。九一とは露漁漁業の当初より行われている慣行で、漁獲高100石に対して金額が定められていた。露領水産組合の成立以降は、新潟支部が九一の額を定めていた。カムチャッカ漁場の場合、漁夫手当ては漁期全体の標準額33円に、サケ100石(6000尾)につき25円、マス(20000尾)30円、ベニザケ(28000尾)25円であった。切揚げ後の漁夫たちは町へ繰り出し、大変な賑わいとなった。
◆ほまち・しんがい
通常の給付や雇い主から配分される土産魚のほかに、船員や漁夫が漁獲物の一部をひそかに獲得するのを黙認する慣行があった。船員が船頭や船主の目を盗んで漁獲物の一部を獲得するのをほまちといった。また、漁夫が港で陸揚げされた漁獲物の一部をひそかに抜き取ることをしんがいといった。しんがいの場合は、暗黙の了解となっていることが多かった。
ドンザ・ヤマギモン・モモヒキ
ドンザは、布を継ぎ足して作った着物をいい、布地を丈夫にするために刺子のように糸を刺してある。ヤマギモン・モモヒキは農漁業時の作業着として広く着用されたもの。北蒲原では、ヤマギモン・モモヒキの上にドンザを着込んでハマ仕事を行った。
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北洋漁業出稼者慰問「習字」
南浜尋常高等学校
南浜小学校生徒によるもの。家族からの手紙やこうした慰問の品が、漁場の漁夫にとって最も楽しみであった。
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◆露領海域でとれるサケの種類
露領鮭鱒漁で漁獲されるサケの仲間としては、シロザケ・ベニザケ・ギンザケ・カラフトマス・マスノスケなどがあった。また、日本に遡上するサケの仲間はシロザケとサクラマス、カラフトマスである。ベニザケやギンザケが日本で大量に流通し食されるようになるのは、露領鮭鱒漁が始まって以降のことである。伝統的に新潟市域で鮭と称してきたのはシロザケ、鱒と称するのはサクラマスである。しかし、分類的にはシロザケとサクラマスをはじめ、以上の魚種全て同じサケ属に含まれる。現在市販のサケの名称は多様化しており、これは分類上の魚種名と伝統的な和名に加え、商業上の通称や天然・養殖の区別が名称として混在していることに起因する。私たちの食生活に関わる主なサケ科魚類の分類と名称は下のように整理される。
主なサケ科魚類の分類と名称
Explanation 解説
シロザケの生態(1)降海と回遊行動
シロザケは日本の代表的なサケであり、単に鮭というとシロザケを指す。サケの仲間の内、シロザケ及びカラフトマスは全ての個体が生まれた川から海へ降海する。降海したシロザケは図のようにカムチャッカからべーリング海峡、アラスカにまで至る広範囲で索餌回遊行動をとる。多くは3〜4年で成熟し、生まれた川に遡上し産卵する。産卵のための回帰は新潟近辺で9月〜11月頃であるが、北へ行くほど早い傾向にある。
日本系シロザケの回遊ルート
シロザケの生態(2)外観の変化−銀毛とブナケ
シロザケは回遊期と産卵期で外観が大きく変化するのが特徴である。降海時期になると体色が銀白色になり、体型もスリムになる等の形態変化を生じる。シロザケのこの姿を銀毛とよび、これに対して産卵期には体色が黒化し、赤色模様が体表に現れブナケと呼ばれる。雄は顔が大きくなるとともに鼻曲がりになり、歯が鋭くなる。遡上中のシロザケはエサを食べず、運動により魚肉中の脂肪分が著しく減少する。また、肉中の赤色素(アスタキサンチン)が体表に現れるため、魚肉が白色化する。ブナケの最も進行した状態をホッチャレと称する。一方、索餌回遊中のシロザケは肉の赤身が強く脂肪分が多いといわれる。成長途上で漁獲されたものをトキシラズ、ケイジ、メジカと称し、商品的に高い価値を持つ。
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