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富浦の昔ばなし 第二集

 事業名 <郷土学>富浦に伝わる民話集の編纂と地域再発見
 団体名 NPO富浦エコミューゼ研究会 注目度注目度5


褌(ふんどし)を掛けたい(かけたい)大蛇(だいじゃ)
 昔(むかし)むかし、八束(やつか)の青木山(あおきやま)と平群(へぐり)の犬掛(いぬかけ)の境(さかい)になっている山(やま)の頂上(ちょうじょう)で、胴回り(どうまわり)が四斗樽(しとだる)ぐらいある大蛇(だいじゃ)が昼寝(ひるね)していますと、そこへ平群(へぐり)の百姓(ひゃくしょう)が五人(ごにん)ほど薪取り(まきとり)に登って(のぼって)きました。
 目(め)を覚ました(さました)大蛇(だいじゃ)は、
 「うまそうな奴(やつ)が来たぞ。」
と思い(おもい)ながら、大口(おおぐち)を開けて(あけて)一息(ひといき)に呑みこんで(のみこんで)しまいました。飲み込まれた(のみこまれた)者(もの)たちは、何(なに)がなんだか知れない(しれない)が、急(きゅう)に暗い(くらい)所(ところ)へ入って(はいって)しまい、驚いた(おどろいた)のですが、
 「とにかく先(さき)へ進んで(すすんで)みべえ。」
と、皆(みな)で四つん這い(よつんばい)になり、長い(ながい)長い(ながい)隧道(ずいどう)の様(よう)な中(なか)を走って(はしって)いますと、都合(つごう)よく、ぽっかりと穴(あな)が開いて(あいて)いたので、そこから出(で)ますと、実(じつ)はその穴(あな)は大蛇(だいじゃ)の尻(しり)の穴(あな)だったのです。
 皆(みな)は始めて(はじめて)自分(じぶん)たちが大蛇(だいじゃ)に呑まれて(のまれて)いたことを知り(しり)、ぞっとしたのですが、その時(とき)、山(やま)の立木(たちき)より高く(たかく)鎌首(かまくび)を持ち上げた(もちあげた)大蛇(だいじゃ)が、尻(しり)の穴(あな)から出て(でて)しまった百姓(ひゃくしょう)たちを睨み据え(にらみすえ)、悔しそう(くやしそう)に言い(いい)ました。
 「せっかく呑んだ(のんだ)のに何て(なんて)ことだ。俺(おれ)も人間(にんげん)のように褌(ふんどし)を掛けたい(かけたい)な、そうすりゃ呑んだ(のんだ)ものが出ねえ(でねえ)っぺからな」と。
 
 
家(いえ)を見に来た(みにきた)蛇(へび)
 聖山(ひじりやま)(岡木城址(おかもとじょうし))の枡ヶ池周辺(ますがいけしゅうへん)には、昔(むかし)から怪しい(あやしい)蛇(へび)が棲んで(すんで)いるという話(はなし)の、絶えた(たえた)事(こと)がありません。
 豊岡(とよおか)に棲む(すむ)Nさんも、そんな怪しい(あやしい)蛇(へび)と関係(かんけい)のあった話(はなし)を持つ(もつ)一人(ひとり)です。Nさんがある年(とし)、池(いけ)の近く(ちかく)で枇杷(びわ)もぎをしていますと、必ず(かならず)一匹(いっぴき)の青大将(あおだいしょう)が現れた(あらわれた)そうですが、枇杷籠(びわかご)をたくさん持ち帰った(もちかえった)ある日(ひ)、何と(なんと)、籠(かご)の一つ(ひとつ)にその青大将(あおだいしょう)が入って(はいって)いたというのです。
 家中(いえじゅう)がびっくり仰天(ぎょうてん)、気味(きみ)が悪い(わるい)ので、青大将(あおだいしょう)の入った(はいった)籠(かご)をそっと庭(にわ)に出して(だして)おきますと、青大将(あおだいしょう)は何時(いつ)の間(ま)にか姿(すがた)を消した(けした)のですが・・・。一夜(いちや)が過ぎ(すぎ)、青大将(あおだいしょう)の事(こと)は忘れた(わすれた)Nさんが、また、枇杷(びわ)もぎに昨日(きのう)の山(やま)へ行き(いき)ますと、そこには驚く(おどろく)事(こと)が待って(まって)いたのです。昨日(きのう)、枇杷籠(びわかご)で自分(じぶん)の家(いえ)へ運んで行った(はこんでいった)青大将(あおだいしょう)が帰って(かえって)いたからです。別(べつ)の青大将(あおだいしょう)ではないかと、何度(なんど)見直しても(みなおしても)同じ(おなじ)青大将(あおだいしょう)でした。
 Nさんは、家(いえ)から枇杷山(びわやま)まで大変(たいへん)な距離(きょり)があるのに青大将(あおだいしょう)はどうして帰れた(かえれた)のか、もしかすると、この青大将(あおだいしょう)は噂(うわさ)に聞く(きく)怪しい(あやしい)蛇(へび)で、昨日(きのう)枇杷籠(びわかご)へ忍び込んだ(しのびこんだ)のは、俺(おれ)の家(いえ)を見る(みる)ためだったのかと思い(おもい)、ぞっとしたそうです。
 
 
青大将(あおだいしょう)の崇り(たたり)
 尾(お)の先(さき)の切れた(きれた)青大将(あおだいしょう)は、弁天様(べんてんさま)の使い(つかい)だから殺せば(ころせば)崇る(たたる)と、昔(むかし)から言われて(いわれて)いますね。
 昭和四十年(しょうわよんじゅうねん)(一九六五)代(だい)の話(はなし)です。岡本(おかもと)のSさんが、原(はら)の堰(せき)の奥(おく)にある枇杷山(びわやま)で作業(さぎょう)をしていますと、尾(お)の先(さき)の切れた(きれた)青大将(あおだいしょう)の大物(おおもの)が、ペロペロと舌(した)を出し(だし)ながら近寄って来た(ちかよってきた)のです。恐ろしく(おそろしく)なったSさんが夢中(むちゅう)で棒切れ(ぼうきれ)を振り回し(ふりまわし)ますと、青大将(あおだいしょう)も怒って(おこって)鎌首(かまくび)を持ち上げ(もちあげ)向かって来ました(むかってきました)。
 Sさんは仕方(しかた)なく青大将(あおだいしょう)を叩き殺した(たたきころした)のですが、どのくらいの大きさ(おおきさ)の奴(やつ)かと、枇杷(びわ)の木(き)の股(また)に死骸(しがい)を引っ掛けて(ひっかけて)見(み)ますと、胴体(どうたい)の大部分(だいぶぶん)が、まだ地面(じめん)にぞろびいて(横たわって(よこたわって))おり、全身(ぜんしん)の長さ(ながさ)は二(に)メートル半余り(はんあまり)。太さ(ふとさ)はビールびんほどもありました。
 時間(じかん)が十二時頃(じゅうにじころ)になったので、Sさんが昼食(ちゅうしょく)に家(いえ)へ帰り(かえり)ますと、不思議(ふしぎ)なことが起きて(おきて)いました。何時(いつ)も丈夫(じょうぶ)な女将(おかみ)さんが、頭(あたま)と体(からだ)が棒(ぼう)で叩かれた(たたかれた)ように痛い(いたい)と寝て(ねて)いたからです。Sさんは驚き(おどろき)、弁天様(べんてんさま)の使い(つかい)の青大将(あおだいしょう)を殺した(ころした)崇り(たたり)に違い(ちがい)ないと、大急ぎ(おおいそぎ)で枇杷山(びわやま)へ行き(いき)ますと、またも不思議(ふしぎ)。殺した(ころした)筈(はず)の青大将(あおだいしょう)が生き返り(いきかえり)、原(はら)の堰(せき)の方(ほう)へ向かい(むかい)這って(はって)いたのです。
 Sさんは、ほっとして、青大将(あおだいしょう)はきっと原(はら)の堰(せき)の弁天様(べんてんさま)の所(ところ)へ帰って行く(かえっていく)のだろうと思い(おもい)ました。
 
 
十夜(じゅうや)に来た(きた)動物(どうぶつ)
 昔(むかし)は、どこのお寺(てら)もお坊(ぼう)さんが住んで(すんで)いましたから、さまざまな法要(ほうよう)が盛ん(さかん)に営まれ(いとなまれ)ました。
 陰暦十月(いんれきじゅうがつ)の十夜(じゅうや)も、そのひとつで、田舎芝居(いなかしばい)や手踊(ておどり)などが催されて(もよおされて)楽しかった(たのしかった)ため、その夜(よる)は、大勢(おおぜい)の信徒(しんと)がお寺(てら)へ集まった(あつまった)のです。
 八束(やつか)のあるお寺(てら)に、昔(むかし)のある年(とし)、人間(にんげん)だけでなく動物(どうぶつ)まで、十夜(じゅうや)の芝居(しばい)を見に来た(みにきた)という話(はなし)があります。
 来た(きた)動物(どうぶつ)は、青大将(あおだいしょう)(蛇(へび))と、あんごう(蛙(かえる))と、野(の)ねずみの三匹(さんびき)だったそうですが、初め(はじめ)は人間達(にんげんたち)と静か(しずか)に見て(みて)いたものの、青大将(あおだいしょう)はすぐ飽きて(あきて)帰りたく(かえりたく)なり、大(おお)あくびをしながら、
「この芝居(しばい)は、長(なが)ーうて、やり切れ(きれ)ねえな、いつ仕舞(しめえ)になっだ。」
と言い出した(いいだした)そうです。
 そうしたら、あんこうも一緒(いっしょ)になって、
「じゃ、もうケェロ、ケェロ。」
とうるさく、騒ぎ始めた(さわぎはじめた)そうです。
 しかし野(の)ねずみは、芝居(しばい)が面白い(おもしろい)ので、
「もうチュッと、もうチュッと見て(みて)べえ。」
と言った(いった)そうです。
 
 
縛られた(しばられた)狸(たぬき)
 昔(むかし)むかし、深名谷(ふかなやつ)に化ける(ばける)のが上手(じょうず)な狸(たぬき)が棲んで(すんで)いました。
 ある日(ひ)その狸(たぬき)が、庄助(しょうすけ)さんという百姓(ひゃくしょう)が牛(うし)で田圃(たんぼ)をうなっているのを見て(みて)、終ったら(おわったら)化かして(ばかして)やろうと考え(かんがえ)ました。そして、田圃(たんぼ)の傍(そば)の川(かわ)にそっと近寄る(ちかよる)と、川土手(かわどて)に打ち込んだ(うちこんだ)杭(くい)に化けて(ばけて)庄助(しょうすけ)さんを待ち構えた(まちかまえた)のです。
 やがて庄助(しょうすけ)さんは田圃(たんぼ)をうない終え(おえ)、泥(どろ)で汚れた(よごれた)牛(うし)を洗い(あらい)に川(かわ)へ下りて来ました(おりてきました)が、そこは、狸(たぬき)がそれを予想(よそう)して杭(くい)に化けて(ばけて)いる所(ところ)でした。狸(たぬき)は、「しめた。」と呟き(つぶやき)ました。
 庄助(しょうすけ)さんは、それを知って(しって)か知らず(しらず)か、牛(うし)の口縄(くちなわ)をその杭(くい)に縛り付け(しばりつけ)ますと、牛(うし)をジャブジャブ洗い始め(あらいはじめ)ました。ところがその時(とき)、狸(たぬき)にとっては思い(おもい)もかけぬ事(こと)が起った(おこった)のです。
 虻(あぶ)が牛(うし)をめがけて飛んで来た(とんできた)からです。牛(うし)はそれを追い払おう(おいはらおう)と、頭(あたま)を左右(さゆう)に大きく(おおきく)振り出した(ふりだした)のです。牛(うし)が頭(あたま)を振る(ふる)度(たび)に、自分(じぶん)の体(からだ)が口縄(くちなわ)でギューっと締められる(しめられる)のですから、狸(たぬき)は堪えられ(たえられ)なくなって、ついつい正体(しょうたい)を現して(あらわして)しまいました。しかし、体(からだ)を縛られて(しばられて)いますから逃げる(にげる)ことはできません。その夜(よる)、狸汁(たぬきじる)にされてしまいました。
 


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