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第4 調査の概要:欧州諸国における海難調査及び海員懲戒について
1 訪問先の機関
 イギリスについては、サウサンプトンにある海難調査機関、MAIBを訪問し、MAIBの調査官により安全調査についての説明を受けました。それに加えて懲戒調査についても、調査官の知る限りの範囲で説明をしていただきました。
 フランスについては、海難調査機関であるBEAmer(パリ所在)を訪問しました。その訪問先にフランスの運輸省で懲戒調査を担当している部門の方が同席し、懲戒調査についての説明を受けました。
 ドイツについては、BSU(ハンブルク所在)という海難調査機関を訪問し、フランスと同様に懲戒審判を担当している海事審問委員会の委員長にBSUに来てもらい、懲戒審判についての説明もそこで受けました。
 オランダについては、ハーグにおいて、安全調査機関であるDSBに関して調査しました。
 
2 安全調査
 それではまず、安全調査についてご報告させていただきます。
 安全調査については、今回訪問した欧州3ヵ国の安全調査機関がそれぞれ行っておりますが、共通する部分も大きいということで、安全調査の方は3ヵ国を横断するような形で説明させていただきます。
 なお、これら3カ国に対し、オランダについては、船舶、航空関係から産業、ヘルスケア、自然環境に至る幅広い分野を対象とするマルチモードの安全調査機関があります(「オランダの海難調査及び海員懲戒について」を参照願います。)。
 
(1)調査機関
 調査機関は先ほど申し上げたように、イギリスの場合はMAIB、フランスではBEAmer、ドイツの場合はBSUという名称で呼ばれており、それぞれ海事分野の事故調査を担当しています。
 3機関とも運輸担当省の一機関でありますが、法律により独立性が確保されています。
 
ア 対象輸送モード
 対象としている運輸モードですが、3ヵ国ともそれぞれが海事関係の事故、海難のみを対象としたシングルモードの事故調査機関でした。MAIBのChief Inspector(主席調査官)から、なぜ海事関係のみを対象とするかという、シングルモードの利点の説明がありました。
 全員の調査官が海事の専門知識を持っているため、調査を実施するにあたり、海事産業界との共通の認識を持っているということから、産業界から受け入れられやすいという利点、及び、専門的な知識を持った専門家が調査を進めることによって、報告書の内容がより実際的なものになるという利点を挙げております。逆にその反対の欠点ということでは、他の輸送モードの調査機関との知識、経験の共有という面で若干弱くなるということと、人的及び財政面のリソースの重複による効率の悪さということを挙げております。
 同じようなことが、フランス、ドイツの2機関の説明でもありましたが、そういう欠点を補うために、調査機関がどういう方策をとっているかという話がありました。
 イギリス及びフランスでは、陸上部門、航空部門、海上部門のそれぞれの調査機関の長が、定期的にミーティングを持つような形で知識・経験の共有を図っているということです。それから、大きな事故が発生した場合は、お互いにサポートするような体制を取っているという説明がありました。
 それに加えて、調査官の教育訓練という面でも、3機関合同で行っているということです。イギリスの場合では、新人調査官を対象とする訓練を、3機関合同でCranfield大学というところで行っているということです。フランスの場合も、BEAと呼ばれる航空事故調査を対象としている機関の訓練マニュアルに従って、同じような調査官の訓練を行っているようです。
 
イ 組織構成
 続いて、安全調査を担当している機関の組織、構成の話になります。
 イギリスのMAIBの場合は、調査官は5名のPrincipal Inspector(主任調査官)を含めて、17名の体制をとっており、それぞれ調査官が4つの調査チームを構成しています。それぞれの調査チームは1名のPrincipal Inspectorと3名のInspectorから構成され、事故通報を処理するために、4つのチームが1週間交替で、24時間体制の当番制度を取っているということです。
 フランスにおいては、本部事務局がパリにあるのですが、そこに常勤している7名のInspectorと各地域、海岸線沿いに配置されている地方のInspectorが約12名おり、それら各1名ずつが、それぞれの調査チームを構成するということです。
 ドイツにおいてもLead Investigator(主任調査官)とAssistant Investigatorという調査官に分かれており、それぞれがペアを組んで調査チームを組むという説明がありました。
 イギリスについては特に、委託の外部調査官、または外部専門家という形は取られていないのですが、フランス及びドイツではExternal Expertというものの活用がなされており、ヒューマンファクターの専門家であるとか、医者などがそういう登録を受けて、必要であれば専属の調査官を補佐するという体制が取られているということです。
 フランスにはその調査チーム以外に、Board of Inquiry(調査委員会)と呼ばれる臨時機関が設置される場合があります。大きな海難事故が発生して、BEAmerの通常の調査能力を超えていると判断されれば、運輸担当大臣の直下に、調査委員会が設置されるという条項が、法律でも定められています。過去の例としては、ERIKAの事故の際に設置され、複雑な背景を伴うこの大規模海難事故に対応したそうです。
 
(2)調査手順
ア 通報義務
 まず、海難事故の調査手順として、事故の認知と通報ということがありますが、3ヵ国とも、海難事故の通報義務が罰則により担保されています。
 イギリスにおいては、船長、船主、港湾当局に通報義務があり、それに加えてMCA(Maritime and Coastguard Agency)という海上保安庁のような組織の職員にも事故通報の義務があります。
 フランスの場合は、フランス籍船の船長、フランス領海内における外国船籍の船長、及び港湾関係等の公の組織の職員に通報義務が課せられており、これに加えて船主及び乗組員の通報義務の導入についても検討中であるとのことです。
 ドイツに関しては、船長、乗組員、船舶の運航管理者に加え、船級協会、パイロット、Waterway Police(水上警察)にも通報義務があるということです。
 
イ 調査の開始
 事故調査機関が通報を受けて、何をするかということです。
 形態はそれぞれ異なるのですが、まず、必要な情報を収集するための予備調査が行われるというところは共通しているようです。通報に加えてさらに詳細な事実を書類上で調査する、または1〜2名の調査官が現場へ赴いてさらに詳細な調査を行うなどの形が取られ、予備調査が行われます。
 イギリスでは、それはPreliminary Examinationなどと呼ばれているのですが、その結果を担当調査官が主席調査官に対して説明し、その内容を考慮した上、MAIBが持つ基準に従って、本格的な調査が実施されます。本格的調査を開始する基準は、海難の大きさということもありますが、最も重要なことは、海難を調査することによって、重要なレッスンが得られるかどうか、今後の海難の防止に資する教訓が得られるかどうかというところが大きな判断基準になります。たとえIMOコードの定義に従うvery serious casualtyが起こった場合でも、それが非常に単純な原因の時は(例えば、当直者の飲酒が原因となる座礁事故)、調査しない場合もあり得るとのことです。
 それに対して、ドイツでは、対象船舶はドイツ船籍であるとか、ドイツ領海内の全ての船舶ということがあるのですが、それに加えて、予備調査を行った結果、全ての事故通報をまず分類するところから始めます。この分類はIMOコードによって規定されたvery serious casualty、serious casualty、その他のcasualty、またはニアミスという分類がなされ、その分類に従って、例えばvery serious casualtyと分類されれば、その結果の重大性から全てが調査されます。その他のserious casualtyまたはcasualtyについては、個々の状況から判断して、これはイギリスの場合と似ているのですが、重要な教訓が得られる場合については調査をするということです。
 フランスの場合は、事故の重大性並びに、予備調査を通じて得られた情報を基に安全勧告を発する可能性を考慮して、本格調査の開始決定がなされるとのことです。
 
ウ 調査官の権限
 本格的調査の開始が決定されたあと、各調査機関の調査官が現場へ赴き調査を行うわけですが、その場合の調査官の権限ということについて説明します。
 それぞれの国で若干違ってくるのですが、調査官は事故現場及び船舶へ立入る権限、目撃者あるいは関係者へ質問を行う権限、さらに物的証拠や書類等を持ち帰る権限が法律で規定されております。この中で、目撃者あるいは関係者の証言については、3ヵ国で若干ニュアンスが異なります。イギリスの場合は、質問を受けるものには黙秘権というものはなく、事実を正直に話すという義務が課せられています。
 それに対して、ドイツの場合は、目撃者は基本的には全てを正直に話さなければならないということが規定されていますが、その目撃者の証言によって訴訟手続の危険性があるという判断がなされた場合は黙秘することができます。また目撃者は、弁護士をその尋問に同席させ、「この質問はしゃべってもいいです」「この質問はしゃべらない方がいいです」というような助言を受けることもできるということが規定されています。この黙秘権は、ドイツの国内法体系に起因するのですが、BSUが事実を解明する過程において障害になっているということでした。


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