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エ 証拠の共有
 調査を通じて調査機関が得た証拠の共有について、説明します。
 同じ海難事故について、安全調査を担当する機関とそれ以外に懲戒処分、または刑事処分を担当する機関が同時に海難を調査するという場面があるわけですが、それらが並行して調査を行う場合、物的証拠あるいは関係者の証言というものを、どのように取扱うかということです。基本的には、3ヵ国とも物的証拠は共有することができるが、目撃者、関係者の証言は共有されないということが共通するところなのですが、これも3ヵ国で若干違いがあります。
 イギリスの場合は、目撃者証言や、海難事故の調査報告書等は、裁判所の命令がない限り、他の懲戒調査、刑事訴訟等で使用できないと規定されています。
 フランスの場合は、目撃者証言や調査報告書というものは法的手続きが開始されたような場合は、証拠として検察当局に提出されなければならないという法律の規定があります。したがって、安全調査で収集した情報または目撃者証言等が、懲戒処分や刑事手続きに使用されるということが考えられます。このことについては、伝統的なフランスの国内法に影響されるところが大きいのですが、近い将来はこの条項は変更される可能性が高いということを説明に付け加えていました。
 ドイツにおける目撃者証言、報告書の扱いですが、これらも基本的には安全調査以外には使われません。調査報告書については、証拠としては懲戒調査、刑事訴訟等には使われませんが、専門家の意見として法的場面で参照される場合があるということで、若干ニュアンスが違っていました。
 
オ 調査報告書
 安全調査の最終的な成果物として、調査報告書というものがありますが、調査報告書を作成するにあたって、イギリス及びドイツでは、Consultation Periodという制度があります。ドラフトの報告書を作った時点で、その報告書により影響を受けると思われる全ての機関にそのドラフトが送付されます。そして一定期間(イギリスでは28日間、ドイツでは60日間)、ドラフトが送られた機関はそれらにコメントを付けることができ、事実に反する記述がなされないようにその制度によって担保しているということです。それに加えて、イギリスの場合は、Recommendation Meetingと呼ばれる、調査報告書に含まれる安全勧告の内容について海事専門家から意見を聞いて、最終的な安全勧告の内容を検討するミーティングが開かれることになっています。そういうConsultation Period等の過程を経て、調査された全ての海難について最終的な調査報告書が作成されるというのが、3ヵ国の共通した手順でした。
 ドイツの場合は、イギリスのRecommendation Meetingにやや似た、Investigation Chamberという制度があります。Consultation Periodが終了しても安全勧告について十分な最終的結論が出ないような場合、それは非常に複雑な海難事故の場合が多いということですが、特別にInvestigation Chamberが設立されて、外部の専門家等もその委員の中に含まれ、最終的に報告書の内容、安全勧告の内容等が話し合われる場合があるということです。
 
カ 安全勧告
 調査手順の最後として、安全勧告の発行がありますが、3ヵ国とも調査報告書に含まれるという形が取られており、安全勧告は、出される対象が個人ではなく、機関ということです。
 調査機関としてどのように安全勧告の実施状況をチェックするのかということですが、これも3カ国で対応が異なります。イギリスの場合、安全勧告が出された機関には、安全勧告の実施状況、あるいは実施しないという理由の報告義務が以前はなかったのですが、2005年の海難調査に関するレギュレーションの改正により、報告義務ができたということです。
 フランスについては、安全勧告を受けた機関は、その実施状況について報告しなければならないという規定があります。
 ドイツでは今のところ報告義務がないということでしたが、仮に安全勧告の実施を拒否した、あるいは、実施しなかった機関が再び同じような海難事故に関わった場合は、再発した事故に関する調査報告書において、「前回の安全勧告が実施されていたならば、事故は未然に防げただろう。」という内容を明確に記すと、それが唯一、安全勧告を実施しなかった機関に対して、調査機関として出来ることだという説明がありました。
 
(3)調査実績
 続いて、安全調査の実績です。
 イギリスのMAIBからは、過去数年間の調査実績の説明がありました。それによると、年間の事故通報が1,500件程度、それに対して予備調査がその半数程度、本格的な調査が行われたのが、20〜40件程度というところが、2004年までの実績です。今年、2005年の場合は、事故通報がかなり増えて、10月時点の推計で、年間2,500〜2,600件ということでした。これは事故通報の義務を強化した改正レギュレーションの効果だろうという説明がありました。
 フランスについては、BEAmerのホームページに掲載されている統計資料が参照可能であるという説明でした。それによると、2003年後半及び2004年の1年半の実績では、267件の海難が認知され、そのうち45件が予備調査され、37件に対して本格的調査が開始されています。
 ドイツのBSUでは、2004年の年間実績を説明してもらいました。年間事故通報が398件、そのうち本格的な調査が行われて、調査報告書までに至ったものが15件という話でした。
 
(4)国際協力及びIMOコード強制化への対応
ア 国際協力
 続いて、国際協力及びIMOコードの強制化に関する取組みについて説明します。
 国際協力については、各国とも、特に国際協力に関する2国間又は多国間協定を結んでいるということはありませんが、積極的に国際協力に取り組む姿勢があるとのことです。
 イギリスについては、過去1年半の間に数ヵ国との国際協力の実績があります。最終報告書に海難に関わった国のコメントを取り入れた事例及び、共同調査を行った、または、共同で最終報告書を作成した等の実績があります。
 国際協力を行うにあたってどういう問題点があるかということを聞いたところ、イギリスの場合は、ドイツを例に挙げて、目撃者が黙秘権を持っていること及び、目撃者への事実聴取の際に弁護士が介入することに関し、若干問題点が感じられたという話がありました。
 フランスについても、イギリスと共同で安全勧告を出したという事例があるそうです。
 ドイツについては、過去に6ヵ国との間で国際協力の実績があるとのことでした。その経験によれば、IMOコードを実施している国とは特に問題なく国際協力ができたということです。それに対して、IMOコードをそのとおりに実施していない国との協力において若干の問題があったようですが、それは主に、それらの国の国内法に起因する問題であったということです。例として、スカンジナビアのある国では、刑事訴訟のプロセスが終了するまでは安全調査が開始されないという規定があります。また、韓国と協力を試みた場合では、物的証拠や書類等が共有されないという韓国の法律によって、問題が生じたということでした。ドイツのスタンスとしては、自国もIMOコードに従った調査を実施しているので、IMOコードに準拠した国であれば国際協力は問題ないというものでした。
 イギリスとフランスの調査機関からの説明では、近々EUの方で、ヨーロッパ域内の海難調査に関するダイレクティブが発行される予定であり、それができればヨーロッパの中で協調された調査手法がとられ、データベースの共有ということができるのではないかという話がありました。
 
イ IMOコード強制化への対応
 IMOコードの強制化について、どのように考えているか、あるいはどのような問題点があるのか、という質問をしたところ、イギリスのMAIBでは、海上輸送の安全性向上のためにはIMOコードの強制化は必要であるとしながら、1つの問題点を指摘していました。今のIMOコードでは全てのvery serious casualtyについて調査を行わなければならないという規定があるが、その定義がはっきりしていないのは問題であるというものです。例えばvery serious casualtyというのは、severe pollution(甚大な海洋汚染)があった場合を含みますが、ではどの程度がsevere pollutionかという定義が曖昧である限りは、それに対する調査を義務付けるIMOコードを強制化するのは困難ではないかということです。
 フランスの調査機関の場合、IMOコードの強制化については、かなり肯定的な話がありました。また、ドイツについても、自国側ではすでにIMOコードについて準拠して調査を行う体制をとっているので、ドイツ側には特に問題がないということでした。
 
3 インシデント調査
 続いてインシデント調査についてです。
 3ヵ国ともインシデント調査は、基本的には安全調査を行っている機関が担当しているようです。実はインシデント調査については、それほど深く、時間を割いて質問はできなかったのですが、安全調査を担当している各機関が調査権限を持つというところが共通していました。それから、報告義務についてですが、イギリスの場合は特にインシデントの報告義務はありませんが、フランスとドイツの場合は、インシデントについても報告義務があるということです。
 イギリスには、MAIBによるインシデント調査以外にCHIRP(Confidential Hazardous Incident Reporting Programme)という制度があります。これは調査機関ではなく、非公式なインシデント報告制度ということで、メールボックスのような働きをしています。正式な事故通報をすることによって不具合なことが起こる恐れがある、例えば職を失う等の心配があるということを事故の関係者が感じた場合には、MAIBに報告するのではなく、匿名によってCHIRPに通報することができるという制度です。数多くのニアミス、インシデントを報告することによって、1つの重大海難を防止することができるという精神に従って運営されている制度だということです。
 インシデントの匿名のリポートをCHIRPのDirectorが考慮して、その内容、または重要度に従って、MAIBやMCA、公安組織、船主等の関係者に連絡をするということになっていますが、匿名の報告制度ですので、匿名通報に基づいて事故調査を行うということは事実上無理だという説明もありました。


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