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第9 まとめ
9.1 本年度のまとめ
 本研究は、船舶電装協会が平成16年度に実施した「電装工事に接着剤の利用の可能性を検討するFS研究」の成果を得て、当協会が平成17年度事業として実施したものであり、足かけ2年の調査研究を「接着剤を用いた新しい電装工事方法に関する調査研究」としてまとめたものである。
 電装工事用材料を隔壁等に取り付ける方法として、これまで船舶電装工事では主に溶接による作業で行われてきた。しかし、溶接作業は常に火災発生の要因であり、作業者の安全確保の観点からもそれら作業の一部を別手法により替えることへの潜在的な要望があった。これに対し、本委員会では、電線支持物等の隔壁等への取り付け方法として溶接に替えて接着剤使用の可能性を調査研究した。近年では、航空機、鉄道車両、自動車等の多方面で接着剤が使用されており、大幅な工数削減とそれによる低コスト化に大きく寄与している。このことから、接着剤を船舶電装工事に適用することは、火災の発生を未然に防止し、作業者の安全確保に資するだけでなく、条件によっては工数の削減といった工事コストの低減も見込まれる。
 一方で、船舶のように常に振動し、高温多湿であり、日射や海水への暴露といった過酷な環境下において十分な信頼性が接着剤で得られるのかどうかが焦点となった。そこで墨田川造船(株)、山陽船舶電機(株)、(有)浜崎電機工業所の3社の協力のもとで様々な条件下での実験が実施された。また、定量的な計測にあたっては、製品安全評価センターの協力により実施された。
 
9.1.1 墨田川造船(株)における実験
 墨田川造船(株)で実施された試験では、フラットバー等の被接着物にはSS鋼、SUS、アルミの3種類を用い、船体隔壁に見立てた母材にはSS鋼、FRP、アルミの3種類を用い、より実作業として可能性のある部材の組み合わせを網羅した。更にそれらの取り付け方法も実作業を意識し、垂直面と天井面の双方での作業試験を行った。また、接着材には2液混合型エポキシ樹脂系接着剤(ポットライフが長い)とスタティックミキサーを利用した2液混合型のSGA(硬化速度が速い)を使用した。このことから、試験材料の種類、接着条件、接着剤種類等のパラメータ数が多かったため、全体で200を超える膨大な数の作業試験となった(第5章 表5.1参照)。
 
9.1.2 山陽船舶電機(株)における実験
 山陽船舶電機(株)の協力に基づき行った実験では、実際に就航している船舶や建造中の船舶に対してフラットバーおよび三角台を接着剤によって取り付けるという実践作業を行った。対象となった船舶は既存の鋼船(第二しまなみ/第一むかいしま)、建造中のアルミ船、既存のアルミ船(ニューうおしま2)である。鋼船には鋼材のフラットバーと三角台、アルミ船にはアルミのフラットバーと三角台を取り付けた。また、接着剤にはエポキシ樹脂系接着剤とSGAの両方を使用した。
 更に粉体塗装や焼き付け塗装等を行う場合、被塗装品を200℃前後に温める必要があることなどから、接着剤がこれに耐えうるかどうかを確認する実験も行われた。本実験では、接着済み部材を100℃〜190℃の乾燥炉に入れて行った。
 これらに加えて溶接熱を受けた場合の影響についても実験が行われた。これは、建造中の船舶等のように接着作業中あるいは作業後に別工程で接着面の裏側を溶接熱で高温に加熱される可能性があることを想定し、その影響を調べたものである。
 また、部材を溶接する場合は、部材は自然にアースされるが、接着工法の場合、電気抵抗が高いと部材と母材とが絶縁される。このため接着された部材が周囲の電線を流れる電流により磁化され、それが近接の電気機器に影響を与えるといった問題が生じはしないかとの懸念が寄せられた。このため、接着済みの部材と母材間の電気抵抗を測定するという実験も行った。
 
9.1.3(有)浜崎電機工業所における実験
 (有)浜崎電機工業所では、FRP船(山丸)にアルミ製のフラットバー、三角台、小型角台をエポキシ樹脂系接着剤およびSGAを用いて接着作業実験を行った。また、予備接着試験で接着した鋼(母材)とアルミ(部材)に対して粉体塗装の実験を行った。
 
9.2 接着剤の評価
9.2.1 墨田川造船(株)での実験結果と考察
 試験片の接着強度は定量的な測定を行うため、製品安全評価センターに移送し、各種試験を行った。各試験片には冷熱サイクル、振動、塩水噴霧、日照曝露の負荷を与え、試験片の形状に合わせた治具で引っ張り試験を行った。
 第6章の図6.2および図6.3の試験結果からも明らかなように、エポキシ樹脂系接着剤の破断荷重(引っ張り力を与え、試験片と母剤とがはがれた時の力の値)が大きい。また、冷熱サイクル、振動、塩水噴霧、日照暴露等の環境負荷を与えた後でも接着強度に目立った劣化は見られないことから、エポキシ樹脂系接着剤は十分に使用可能と言える。
 一方、SGAを接着剤として利用した場合は、フラットバー接着時の破断荷重はエポキシ樹脂系接着剤に比べて低い結果となった(図6.2図6.3参照)。しかしながらコーミングの接着にSGAを利用した場合では、エポキシ樹脂系接着剤と遜色ない破断荷重の値を示している(図6.6および図6.7参照)。このようにSGAの接着強度に差が生じた原因として、1つは接着対象物の形状の違いによる要因と、2液(基剤と硬化剤)の混合状態の違いによる要因とが考えられる。たとえばL型フラットバーのように接着面積が十分に確保できない形状の物に対しては、エポキシ樹脂系接着剤とSGAのどちらが優れているか判断しかねる結果も得られている(図6.5参照)。また、エポキシ樹脂系接着剤は計量後に基剤と硬化剤を手でよく混ぜることが可能であるが、SGAはスタティックミキサーを利用して基剤と硬化剤を混合するため、十分な接着力を得られるだけの混合状態が得られていなかった可能性がある。
 
9.2.2 山陽船舶電機(株)での実験結果と考察
 第二しまなみ(鋼船)は平成16年度に接着部材の試験をした経緯があり、今年度の実験の際に観察した。その結果、接着作業後1年経過していたものの、接着状態は良好な状態を保っていることが確認された。
 第二しまなみ(鋼船)での接着作業では、取り付けるフラットバー等の鋼材が重すぎたこと、接着面の面合わせを適正に取ることができなかったこと、などの問題があり、再試験として第一うおしま(鋼船)で接着実験を行った。
 ニューうおしま2(既存のアルミ船)は定期航路に就航しており、入港中に接着作業実験を行った。このようなケースの場合、作業上、硬化時間が長いエポキシ樹脂系接着剤を使用する場合は船体の動揺や振動に対して十分な考慮が必要となる。ただし、全般を通して考慮すると、エポキシ樹脂系接着剤の評価が高かった。これはエポキシ樹脂系接着剤の方がポットライフが長いため、SGAに比べ作業にゆとりがあること、クリアランスの問題がSGAほど大きくないこと、等の理由による。
 また、粉体塗装を想定した乾燥炉による加熱実験では、接着剤は黒こげ状態であり、接着力を失っていることが確認された。ただし、(有)浜崎電機工業所ではFRP船の接着作業部位に粉体塗装を実施した結果、問題がなかったという事例がある。このため後日、接着済み部材の粉体塗装をした後に、接着性能の評価をするため製品安全評価センターにおいて引っ張り試験を実施することとなった。その結果は他の環境試験とほぼ同等の数値が得られ、粉体塗装の可能性はあると推測される。
 
 溶接熱による影響を調べた実験では、先ほどの結果と同様に、エポキシ樹脂系接着剤、SGAともに接着力が消失していた。このため、建造中の船舶などのように、溶接作業が行われる状況では、接着部位が高温状態にならないよう格段の注意が必要であろう。
 接着部材の磁化に対する懸念に対応するものとして、接着済みの部材と母材の間の電気抵抗を測定する実験では、測定結果が1.0Ω以下か10MΩ以上かの2つに分かれた。1.0Ω以下と計測された物については、接着圧締作業の際に部材と母材の一部が完全に接触したものと推察される。また、10MΩ以上と計測された物については、接着圧締作業を行っても部材と母材との間に接着剤の非導電性の薄膜が形成され電気抵抗が極めて高くなったものと推察される。部材周囲に布設される電線が「がい装あり電線」である場合、磁化の問題は生じないと考えられるが、「がい装なし電線」の場合については磁化される可能性について考慮しなければならない。
 
9.2.3(有)浜崎電機工業所における実験の結果と考察
 FRP壁面へのフラットバーの接着状態は、エポキシ樹脂系接着剤、SGAともに外見上問題無く接着できたものと思われる。ただし、天井に取り付けた三角台は接着面積が狭かったため、剥離する懸念があった。
 予備接着部材への粉体塗装は200℃の高温で実施した。24℃の状態から30分かけて180〜200℃にし、30分かけて室温に戻した。その結果、フラットバーの一部が剥離しているのが確認された。この原因として、鋼とアルミという熱膨張率の異なる材料を接着したことが要因として考えられる。ただし、接着剤の上には塗料が付着していた。
 
 以上の実験結果を踏まえて委員会内で議論した結果、第8章にあるような接着剤に関するコメントが寄せられた。これを整理すると以下のようになる。
1. 接着剤の性能としては、1cm2あたりの接着力が200kgf(1,963N)にもなる。しかし、これはメーカーの実験室レベルの評価である。実際の作業環境(温度、湿度)や接着部材の状態(表面状態、錆びの状態、水滴・油膜・埃の有無)によってはその限りではないことを念頭におく必要がある。
2. 接着作業には多少の慣れと練習が必要であり、接着剤塗布後の圧締を作業工程の1つとして考慮しなければならない。特に垂直の壁に対しては、接着剤が硬化する前の段階では、部材がはずれやすいことや接着剤そのものが垂れるということにも配慮が必要である。
3. 接着力を確保するためには、母剤・部材ともに接着部位の清掃、面合わせ等が実施されている方がよい。また接着剤を塗布する「のりしろ」が大きい方が良い。
4. フラットバーのように屈曲部を持つ構造物の引っ張り試験を行ったため、実際の試験では「引っ張り応力」や「剪断応力」などの複数の力が同時に加わる。このため純粋な引っ張り試験とは言えないが、本研究の趣旨からは必要十分である。
5. 各種試験の結果はサンプル数を十分に確保できなかったことから、各種条件での破断荷重を平均値ではなく、最も低くなった数値を重視することとした。ただし実際の作業や使用条件を考慮すると、1部材あたり100kgf(982N)程度の接着強度があれば十分と考えられる。
 
 以上、本研究で得られた結果から以下のように提言をしたい。
1. エポキシ樹脂系接着剤は船舶電装工事に十分使用可能である。
2. 新造船の電装工事では、溶接工事が不可避であることから、一般論としては接着工法を同時並行で取り入れることは現実的ではないと思われがちであるが、一方では船殻の種類(FRPやアルミ)及び火気を嫌う限定的な場所での接着工法の有効性が、今後見直される期待は大きい。
3. 溶接工事の火気が危険をともなう既存船の電路増設工事や電線布設替え工事等において、接着工法を使用することは安全で効率的でありコスト的にも経済的といえる。
4. 既存船に対する電装工事では、接着工法は効果的である。ただしこの場合も接着部が溶接などの高温にさらされる可能性がある場合には慎重な配慮が必要である。
5. 今回の調査研究で得られた各種データから、現時点でも、実際に新造船、または、既存船で、接着工法を採用することは十分採用可能と思われる。接着工法を実施したい場合には、具体的に接着部材と接着場所の図面とその接着要領を準備し、自信を持って積極的に、管海官庁及び船級等に説明・相談することが大切である。
 なお、管海官庁に説明・相談する際には、今回の調査研究で得られた各種の実験・計測データを添付することは、大きな説得力となることと思われる。
 
9.3 今後の課題
 本研究では、短い期間の間に様々な作業実験・試験を行い、船舶電装作業時に接着工法を採用する際の問題点や有効性などが明らかになった。しかし、従来、溶接工事によって実施されていた作業工程の一部を接着工法に切り替えることを考える時、船舶の神経系である電装品を確実に施工するという電装工事者の工事責任を下支えするだけの十分なデータ量が得られているとは言い難い。従って接着工法の適用範囲をより明確にし、船舶電装工事の技術革新に資するためには、今後、これまでの調査研究の成果を踏まえた接着工法により、鋼船(またはアルミ船、FRP船)の機関室等の隔壁等へ電線支持物等を接着し、実荷重を掛けて振動、耐熱、雰囲気等について、長時間にわたる耐久試験を実施し、接着部の環境による性能劣化や疲労についての試験を続ける必要がある。
 また、今回の調査研究の対象とした以外の接着剤や電装工事用部材についての追加検証を行うことにより、接着工法の作業の安全性や確実性、さらには工事品質の向上と実船での実績から接着工法の信頼性が高まることとなり、日本造船業を支え続けてきた日本の船舶電装工事に対して、これまで以上の安全性と作業工数削減によるコストパフォーマンス向上を付与できるものと期待される。


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