解剖学雑誌 第77巻 第4号 2002年12月
解剖誌 77: 77-80(2002)
寄書
千葉大学におけるコメディカル学生の解剖実習見学に対する意識調査
松野 義晴,小宮山政敏,門田 朋子,川端 由香,小野 祐新,
佐藤 浩二,足達 哲也,森 千里
千葉大学大学院医学研究院環境生命医学教室
連絡先:松野 義晴 〒260-8670 千葉市中央区亥鼻1-8-1
千葉大学大学院医学研究院環境生命医学教室
要約:これまで千葉大学大学院医学研究院においてはコメディカル機関に対し「解剖学教育」の向上を目的に解剖実習見学を許可してきたが,コメディカル学生の「解剖学」に対する意識および見学による教育的効果に関する知見は把握していなかった.
また,コメディカル機関の解剖学教育ならびに実習見学に関する知見が多々報告されているものの,見学者が抱く見学前後の意識に関する報告は少ないように感じる.
そこで,見学によって如何なる意識変化が生じるかを考察するため,見学前・後に意識調査を行い,比較検討を行った.すなわち,同一人物に対する見学前後2回の調査によって得られた370の調査サンプルをデータに採用した.
「見学前」の質問紙による集計結果から見学の必要性については全体の89%が「必要である」との回答に対し,「見学後」には96%に増加した.また,見学による教育効果は,「見学前」に比べ「見学後」に微増とはいえ,その高まりを全体の93%が認めた.
Key words:解剖実習見学,コメディカル,献体の認識度,見学の必要性,見学の教育効果
I. はじめに
1. 解剖実習見学の必要性
近年,医師をはじめとする医療従事者には高度な医療技術の進歩によって,人体に関する知識および技術の体得がさらに求められつつある.このことは,医師・歯科医師となる医・歯学部生および医療技術者養成学校・機関(以下,コメディカル機関)に在学する学生にとっても同様であり,特に基礎医学科目である「解剖学」を学習し,人体の構造・機能を正しく認識することが医療技術体得の一助にもなりえる.
「解剖学」は,医・歯学部生では「講義」および「人体解剖実習(以下,実習)」によって,その理解が深められる.一方コメディカル機関の学生については,主に教科書,図譜(アトラス)あるいは人体模型等を用いた「講義」が中心であることから,人体の構造を三次元的に正しく理解させる点において多少不足が生じることは否めない.またコメディカル機関に対し,「人体標本に触れることのできる見学機会が,全ての医療人の養成課程の中で必須と考える」と小林6)が記すとおり,解剖学の講義内容に見学を取り入れる必要性が求められている.
ところで,多くのコメディカル機関における解剖学関連科目(以下,関連科目)は,必須科目であるとともに学業修業および国家資格取得に必須であるとされる4).さらに,末永7)は医療従事者資格職種名と関連科目およびその時間数について,健康政策六法4)により調査し,授業時間数に違いはあるものの,ほぼ人体の構造,機能あるいは形態を中心として教授されている医療従事者養成機関における解剖学教育の現状を報告している.また,一般に国家試験を必要とする就業職種では,講義のほか,各機関による指導内容をもとに「解剖実習見学(以下,見学)」を行う団体が存在する.外崎ら8)によれば,コメディカル機関から調査・回収した有効調査数907件の約55%の団体が,解剖実習を実施しており,その内容の多くは解剖遺体の見学を実施している(74%)と報告している.
千葉大学大学院医学研究院(以下,本学)においても,これまで近隣都県に所在するコメディカル機関に対し見学を許可してきた.見学終了後,コメディカル学生(以下,見学者),見学団体講師あるいは引率者からも,見学により人体の構造と機能に関する理解・知識がさらに高まったという感想を聞き及んでいる.
2. 本調査の目的
これまでコメディカル機関に対し「解剖学教育」の向上を目的に見学を許可してきたが,本学において見学を実施した見学者の「解剖学」に対する意識および見学による教育的効果に関する知見については把握されていない状況にあった.
また,昨今の解剖学会にて,コメディカル機関における解剖学教育ならびに解剖実習見学に関する報告が多々なされているものの,見学者自身が抱いている見学の意義や役割に関する見学前後の意識変化を論じる報告はなされてこなかった.
そこで,見学によって得られる教育効果の変化ならびに見学者の意識に及ぼす影響を把握することを目的に,アンケートによる調査を実施したので,ここに報告する.
II. 調査方法
1. 実習見学方法
見学方法は死体解剖資格を有する本学スタッフの指導のもと,主に医学部生の実習時間帯に,本学解剖学講座に在籍する大学院生,技官,見学団体講師,さらには本学医学生が指導を行った.講義時間および見学時間は,平成12年度に本学において見学を実施したコメディカル機関における解剖担当講師および教務職員を対象とした調査結果による川端らの報告5)に従った.すなわち,見学時間は見学16団体のうち9団体が90分程度の見学を希望している調査結果をもとにした.これ以外の5団体は「説明を含め2時間程度が適当」,あるいは2団体が「見学時間が短かった」と回答したものの,後者の内訳は,盲学校および理学・作業療法士養成機関であり,それぞれ視覚障害上,健常者と比べ見学に時間を要す点,および解剖学教育に重点をおくとともに,将来医療行為を個々人によって行う就業的特性から,長時間にわたる見学時間数を希望したためである.ところで,これらコメディカル機関には,解剖学を履修する時間数の目安は存在するものの,見学に要する制度上の時間数は明記されていない4).よって,事前調査結果を踏まえ,見学時間を見学ガイダンスを含め90分とした.
2. 調査対象および方法
本調査は本学学生実習期間中の平成13年6月から7月に行われた.調査には本学において見学を実施する看護系学校3団体,医療福祉系学校1団体,鍼灸系学校2団体の計6団体を対象とした.ここで,見学によって如何なる意識変化が生じたかについて考察するため,「見学前」と「見学後」の2回調査を行い,見学前・後における比較検討を行った.すなわち,質問用紙上に本学において個人判別が不可能な個人IDを記入してもらい,見学前後2回の回答がそれぞれ適合し,かつ有効回答の得られた結果(有効回答76.9%)のみ採用した.よって看護系,福祉系,鍼灸系学校の順に見学前後それぞれ132,85,153サンプルの計370データを対象とした.
見学前後の質問紙は,見学予定日の約2週間前に見学団体に郵送した.見学前後の質問紙には,調査目的および記入上の注意事項のみ記し,内容等に関する説明は一切行わなかった.回答日は,見学団体に一任したものの,回答は概ね見学後1週間内に返送いただいた.なお,本データの男女構成比は男性134名(36.2%),女性236名(63.8%)であり,平均年齢は男性26.6±8.7歳,女性23.1±7.4歳であった(表1参照).
3. 調査項目
調査内容は,見学前後において異なる質問と前後に共通する質問を設けた.すなわち,「見学前」には,(1)年齢,性別,(2)これまでの見学回数,(3)解剖学に対する関心度,(4)見学を希望するかについて確認したのに対し,「見学後」は,(1)見学前に行う講義(本学スタッフによる実習見学ガイダンス;以下,事前講義),(2)見学の印象度,(3)見学内容の理解度,(4)再度見学を希望するか否かに関する内容について調査した.また,見学前後に共通する質問は(1)個人識別ID,(2)献体に関する知識の理解度,(3)実習見学の必要性,(4)見学による教育効果について調査した.
III. 結果
<実習見学前アンケート>
1. 見学者特性
看護系学生(以下,看護生)の男女構成比は男性10名(7.6%),女性122名(92.4%)であり,平均年齢はそれぞれ22.9歳,20.7歳であった.以下,同様の順に福祉系学生(以下,福祉生)は38名(44.7%),47名(55.3%),21.9歳,20.7歳であった.鍼灸系学生(以下,鍼灸生)は86名(56.2%),67名(43.8%),29.0歳,29.1歳であった(表1参照).
2. 見学者の実習見学回数
これまで見学を行った回数を表1に記す.表から明らかなとおり,見学回数は看護生の93%が「はじめて」であり,福祉生,鍼灸生の順に64.32%が「はじめて」であった.福祉生,鍼灸生の多くが見学を2回以上経験しているのは,2〜3年の就学期間に毎年見学を行っている場合と,以前在学した機関において既に見学を実施している学生が含まれているためである.
3. 解剖学に対する関心度
解剖学に対する関心度を確認したところ,全体の64%が関心を示し,関心がないと回答した者は0.5%であった.なお,この傾向は看護,福祉,鍼灸系学校全ての学校種において認められた.
表1. 見学者特性および見学回数
|
見学者構成 |
見学者年齢 |
これまでの見学回数 |
全体 |
男性 |
女性 |
全体 |
男性 |
女性 |
はじめて |
2回目 |
3回以上 |
看護生 |
132名 |
10名 |
122名 |
20.9±5.2歳 |
22.9±4.1歳 |
20.7±5.3歳 |
123名 |
7名 |
2名 |
35.7% |
7.6% |
92.4% |
93.2% |
5.3% |
1.5% |
福祉生 |
85名 |
38名 |
47名 |
21.2±4.4歳 |
21.9±5.1歳 |
20.7±3.7歳 |
55名 |
29名 |
1名 |
23.0% |
44.7% |
55.3% |
64.7% |
34.1% |
1.2% |
鍼灸生 |
153名 |
86名 |
67名 |
29.1±9.1歳 |
29.0±9.3歳 |
29.1±8.9歳 |
50名 |
95名 |
8名 |
41.3% |
56.2% |
43.8% |
32.7% |
62.1% |
5.2% |
全体 |
370名 |
134名 |
236名 |
24.4±8.0歳 |
26.6±8.7歳 |
23.1±7.4歳 |
228名 |
131名 |
11名 |
100% |
36.2% |
63.8% |
62% |
35.4% |
3.0% |
|
4. 見学の希望
見学を希望するかについて確認したところ,「見学したい」といった積極的な回答をした者は看護生54%,福祉生49%,鍼灸生78%であり,多少消極的とはいえ「どちらかといえば見学したい」と回答した者を含めると,全体の8割強が見学を希望している結果となった.
<実習見学前後アンケート;共通質問>
5. 献体に関する知識
「献体」についての認識度を確認すると,「見学前(事前講義受講前)」には見学者全体の52%が理解しているに過ぎなかった.しかしながら,見学時に受講する事前講義において,解剖実習に提供いただいたご遺体に関する説明を行ったことで,「見学後(受講後)」に献体に関する知識を深めた学生は全体の94%にまで増加した(図1参照).ここで,図示していないものの,見学前後において,「献体に関する知識」に対する意識変化が明らかに確認された実数を示すと,講義によって「見学前」に比べ158名が知識を深め,21名が「難しい」,等の回答に至った.なお,「見学後」に理解度が増す傾向は全ての機関において認められた.
図1. |
「献体」に関する認識度.
(前:見学前,後:見学後.「献体」に関する理解度について,実習前に既に「知っている」,実習後に「理解した」と回答した学生の割合を示す.) |
6. 実習見学の必要性
見学の必要性について,見学前後それぞれの意識変化の結果を図2に示す.コメディカル機関全体をとおして「見学前」に見学者全体の89%,「見学後」には94%が,見学を「必要とする」と回答した.前節同様,見学前後における意識変化が確認された実数を示すと,28名が見学の必要性を認めたものの,21名がその必要性を疑問視する(必要ない,等)に至った.「見学前」に比べ「見学後」に実習見学の必要性が微増する傾向は全ての機関において認められた.
図2. |
解剖実習見学の必要性.
(前:見学前,後:見学後.見学前後それぞれに,実習見学を必要と回答した学生の割合を示す.) |
7. 実習見学による教育効果
見学を通じて教育効果が高まるかの質問に対し,「見学前」には見学者全体の91%が高まるであろうと予想し,「見学後」には93%が高まったと回答した(図3参照).ここで,見学前後の意識変化が確認された内訳を記すと,20名が「見学前」と比べ見学による教育効果の高まりを認めたが,22名が教育効果の高まりについて否定的な回答に至った.
図3. |
実習見学による教育効果.
(前:見学前,後:見学後.見学によって学習効果は高まると回答した学生の割合を示す.) |
<実習見学後アンケート>
8. 事前講義の必要性
見学に先立ち,見学者全員に対し動画像を用いた約20分程度の講義を行った.これは「実習見学の必要性」,「献体とは」,「千葉白菊会について」,「剖出手順」,「注意事項」等の内容について講義し,見学に対する動機を高めることを目的としたガイダンスである.受講後(正確には見学後)に事前講義の必要性を確認したところ,全体の96%が必要であると回答し,75%が講義内容を理解したと回答した.また,説明時間については全体の90%が適当な時間であると回答した.
9. 実習見学の印象および見学時間の妥当性
見学の印象について確認したところ88%が有意義であったと回答し,以下「ふつう」,「無意味であった」の順にそれぞれ10,1%であった.また,見学時間については「適当」,「短い」,「長い」の順にそれぞれ57,31,11%であった.
10. 見学内容の理解度
見学内容の理解度について確認したところ,就学する団体において受講した解剖学の講義内容と一致し,「理解できた」と見学者全体の51%が回答したが,その内訳を確認すると看護生47%,福祉生25%,鍼灸生69%であり,就学学校種によって理解度に関する回答の変動が大きい結果となった.
11. 再度の見学希望
見学を終えて,再度見学を希望するか否かについて確認したところ,希望する者は全体の77%であった.
IV. 考察および今後の課題
1. 実習見学の必要性と解剖学の関心度
「見学前」の調査によって,全見学者が「見学の必要性」について全体の8割,「解剖学全般への関心度の高さ」を6割が認めている事実は,見学者の半数以上が解剖学(見学含む)に対する肯定的な印象を抱え,見学に望んでいると解釈される.しかしながら,必ずしも解剖学(見学含む)の「必要性」と「関心度」の印象が一致する因子ではないことが示唆され,解剖学全般に対する「関心度」は,学業修業あるいは就業資格取得に対する「必要性」と比べ多少希薄になる傾向にあるといえよう.
ところで,人体に対する興味・関心については,平成7年に国立科学博物館,日本解剖学会,読売新聞社が主催した「人体の世界」展において約2ヶ月間で45万人の入場者を記録したことが記憶に新しい.この入場者に対する調査結果2)によれば,有効回答数743サンプルの8割が内容について「良かった」と回答し,特にスライス及び全身の解剖標本への関心が高い結果を示した.この点に関すれば,本学における見学者の「解剖学に対する関心度」と必ずしも対比できないとはいえ,我々人類は,人体の構造に関する興味・関心が概ね高い傾向にあるとも解釈される.
また,一般に興味・関心の有無が教育効果に影響を及ぼすことが経験的に知られることである.すなわち,「解剖学に対する関心度」をさらに高めることで,今後さらなる効果的な教育へと繋がるよう,見学前に如何に解剖学全般の関心を高めるかが課題となる.これは,本研究において見学後の解剖学に対する関心度を確認していないまでも,見学前と比べ見学後の解剖学の「必要性」が多少高まる点からすれば,「関心度の高まり」によって見学による教育効果が即時的にあらわれることも期待されるためである.
2. 実習見学による教育効果
見学によって全体の9割が教育効果を認め,8割強が有意義であると回答した点については,前節の「必要性」に対する回答を支持するといえよう.しかしながら見学内容を理解した見学者は半数に過ぎなかったことも事実である.この点については,本調査対象の学生によれば,既に解剖学を履修しているとはいえ,必ずしも講義内容を理解していたとは限らない.さらには医療系機関に入学間もないため受講中の内容と見学内容が一致していないことを指摘する意見も寄せられた.今後,これらの意見を踏まえた見学時期等に対する抜本的な見直しも考慮しなければならないであろう.
3. 事前講義の必要性
見学に対する動機付けを高める目的のほか,将来医療従事者となりえる見学者に対し,献体(篤志家団体)に関する知識を深めることを目的としている.他大学においてもコメディカル機関の見学に対する注意等を事前に説明しているところが存在する1,3,6).
これらの事前説明については本学においても平成12年度以降,医療従事者となろう見学者にとって見学の必要性,剖出手順等の内容に関する理解を深めることを目的に,講義内容を簡潔にまとめた動画像を用い説明を行っている.ここで,本調査によって,見学者全体の約9割が事前講義を「必要とする」と回答したことから,事前講義はコメディカル機関に関して十分必要な教育内容となっていると解釈される.しかし,「講義内容を理解した」と感じる見学者が約7割に留まることから考えると,講義内容の工夫や教材の改善を考慮する必要があろう.
国際武道大学解剖学教室の河野俊彦教授と立木幸敏講師の調査援助に感謝いたします.
本研究の一部は科学研究費補助金(奨励研究B; 13922055)の援助で行った.
参考資料・文献
1)堂本時夫, 川真田聖一, 安田峯生(1999)医療技術系学生は解剖遺体見学実習から何を学ぶか〜広島県立保健福祉短期大学3学科学生の実習後の感想文の分析から〜. 解剖誌 74: 643-647
2)橋本尚詞, 坂井建雄, 馬場悠男(1996)現代の解体新書「人体の世界」展 創世記, 読売新聞社, 東京, 41
3)井出吉信, 阿部伸一(1998)歯科医療におけるコ・メディカルの解剖学教育, 解剖誌 73:299-303
4)医療法制研究会(監修)(2002)健康政策六法(平成14年版), 中央法規出版株式会社, 東京
5)川端由香, 松野義晴, 門田朋子, 小宮山政敏, 豊田直二, 森 千里(2002)コメディカル教育機関に対して実施する解剖実習見学方法改訂の1例. 千葉医学 78:147-150
6)小林邦彦(1998)医療技術者養成における人体解剖実習の重要性とその条件整備への提言〜医療技術者教育にルネッサンスを〜. 解剖誌 73:275-280
7)末永義圓(1998)医療技術者養成機関における解剖学教育の現状と問題点. 解剖誌 73:287-291
8)外崎 昭, 小林邦彦, 塩田俊朗, 高木 宏, 渡辺 皓(1997)医療技術者養成機関における人体関連教育に関する実情調査. 解剖誌 72:475-480
|