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第29回団体部会・大学部会合同研修会報告
日時:平成16年3月26日(金)
場所:京都府立医科大学合同講義棟
司会:内野滋雄、坂井建雄
黙祷
開催大学挨拶:河田光博
会長挨拶:熊木克治
講演1 公開シンポジウム・第21回献体実務担当者研修会の報告
坂井建雄教授(順天堂大学医学部解剖学第一講座)
講演2 コメディカルの解剖学実習についての解剖学会の取り組み
河田光博教授(京都府立医科大学解剖学教室)
講演3 コメディカルの解剖学実習に対する大学側の現状と展望
大谷修教授(富山医科薬科大学第一解剖学教室)
講演4 コメディカルの解剖学実習についての献体者側の理解・意向
伊沢一郎(自治医科大学松韻会会長)
閉会の言葉:田中登美子(神戸大学のじぎく会会長)
 
講演1
公開シンポジウム
第21回献体実務担当者研修会の報告
順天堂大学医学部解剖学第一講座教授
坂井 建雄
 
 今、ご紹介をいただきました順天堂大学の坂井と申します。篤志解剖全国連合会の事務局長を仰せつかっております。今日ご紹介する内容の中には、献体者の方にとってみれば、かなりショックなというか、こんなことがというふうにお思いになられるかもしれませんが、それはわれわれが実務担当をする大学の者が直面する現実の一つとしてお受け止め、ご理解いただきたいと思います。
 まず篤志解剖全国連合会の活動の大きなものとして、『献体とは』というパンフレットを作成すること、学生の解剖実習をやった後の感想文を集めました『解剖実習を終えて』、会員の方の手記を集めました『私と献体』という文集を作成しております。今年はこの二つの文集が合体したものを、皆さまのお手元にお配りさせていただきます。
 こういう献体を大先輩の内野先生、熊木先生はじめ多くの諸先輩方から受け継ぎ、われわれも献体、そして人体解剖に携わっておりますが、確かに時代が変わってまいりました。昔は本当に解剖の先生を信頼していただき、すべてをお任せいただくというふうに進んでまいりました。しかし今は随分時代が違ってまいりました。やはり皆さんにきちんと情報を差し上げて、ご了解の上で解剖しなければいけないという、そういうことをわれわれもはっきりと自覚してまいります。そういう献体あるいは解剖を取り巻く状況について、皆さんにお伝えする手段といたしまして『篤志献体』という機関誌を毎年作成しております。これは昨年の冒頭、熊木会長のごあいさつが載っております。
 さて、コメディカルの教育を解剖実習の場に持ち込むということは、実は昔から行われておりました。それはわれわれ解剖学者をご信頼いただきお任せいただいた中で、われわれの裁量で行っていたという状況です。
 コメディカルの教育について第一歩を踏み出したのが98年ではないかと思います。この時に東京歯科大の井出先生にお世話をいただき、「人体解剖実習の現況と法律的問題点」というタイトルで実務担当者研修会を催しました。私と名古屋大学の小林邦彦先生、そして弁護士の加藤先生の3人の講演をいたしました。この時がコメディカルの教育を、公開の場で正面切って取り上げた最初の試みではないかと思います。その後2000年、日本財団からの補助を得て、日本献体協会と篤志解剖全国連合会の共催で「解剖学と献体」、コメディカル教育に人体解剖が求められているという基調テーマにして実務担当者研修会兼公開シンポジウムを、今度は昭和大学の後藤先生のお世話で開催させていただきました。こちらはより大きな、非常に多彩なプログラムを含んだシンポジウムでございました。
 一方、この時に同じ補助金を頂きまして、コメディカルの教育についてのアンケート調査をいたしました。これは篤志献体協会が外崎先生がこの時の責任者で行われております。その時の公開シンポジウムの内容ですが、今から4年前、日本解剖学会の平野理事長、それから東邦大学の半田教授が大きな講演をしていただきまして、その後、「献体による解剖教育の恩恵を医療技術系全体に及ぼすための社会的意識改革」、だからわれわれがもっとそれを受け入れていこうじゃないかという、そういう趣旨でシンポジウムを催しまして、コメディカルのいろんな職種の先生方が解剖実習を通した教育に期待することを、次々とご披露くださいました。
 この中でご紹介したいのが、弁護士の加藤先生が「献体による解剖学教育にかかわる法と倫理」という問題をお取り上げになられました。実はこのころ、われわれはまだ非常に迷っておりました。コメディカルの教育に解剖体を提供していいのだろうかと、ちょっと不安を持っておりました。法律上、それが明確に許されているかどうかという点で、多少不安があったからであります。
 加藤先生のご講演によりますと、死体解剖保存法によって、系統解剖は医学に関する大学において、特に設けた解剖室において行わなければならないということが決められております。これだけが非常に明確な規定であります。しかし、これらの規定は解剖学の教授、助教授がその責任において行うということを認めているだけに過ぎません。そこでは、系統解剖の教育対象者を医学生に限るという文言がないという、ここを明確にしていただきました。そして立法の趣旨から見て、コメディカルの医学教育のための系統解剖を認めていると解釈できるというご発言までいただきました。あくまでも弁護士の加藤先生の個人的な見解として、お話をいただいたわけであります。非常に大きな意味があると、われわれはその時に感じたものでございます。
 しかしということで、加藤先生はここでさらに付け加えていられますけれど、ただ、献体の意思が医学教育という文言から、医学生の医学教育という限定的なものであるとも考えられると。この場合、献体をコメディカルの医学教育のために系統解剖することは、問題になり得ると。この点、献体者の方によくご説明して、理解をいただいた上でするべきであるという、それが加藤先生のご発言の趣旨でございました。これはなるほどと。われわれ、今までは非常に牧歌的な世界の中でお任せいただきお許しいただいて、やらせていただいていた。それをこれからは献体者の方に十分ご説明申し上げて、そのご理解、ご了解の上で、コメディカルの教育に解剖実習を使わせていただくという、そういう時代であるなということを感じたものでございます。
 その間、どのようなニーズがあるかということを、外崎先生が解剖学会のコメディカルの教育委員長というご立場でアンケート調査、97年のご報告、それから実情アンケート調査の99年に解剖学雑誌にご報告をいただいております。こういう調査を通しましても、コメディカルの解剖学教育が求められているということは、非常に実感として強く感じてまいりました。昨年の11月21日に日本歯科大の佐藤巌先生のお世話による公開シンポジウムでは、基調講演を大谷先生からいただき、その後、理学療法士の立場から藤原先生と小関先生に、視能訓練士と看護師の立場からそれぞれ山口先生と岩本先生にご発言いただいております。
 この中で、特に私の印象に残りましたことをご紹介させていただきたいと思いますが、藤原先生は、現在は郡山健康科学専門学校の理事学校長をしておられます。本当に理学療法士の学生たちに、解剖実習をやらせたいと。ところが日本国内では解剖実習を受け入れてくれるところがないと。藤原先生はご自身のお知り合いの韓国の医学部に了解を得て、そちらにご自分の学校の学生を連れていって、そちらで解剖学教育をされている。日本の解剖学教室が対応してくれないから、韓国に行ってやっている。そこでわれわれ解剖学教室が直面している現実的な問題についても、一歩踏み込んでお話ししなければならないということになります。
 といいますのは、医学解剖体を使った教育は、皆さまのご厚意により、無条件、無報酬でご遺体を頂いて行っております。しかしそれが解剖実習という形を実現するために、大学および解剖学教室がどれだけの負担を背負っているかということ、それは献体者の皆さまにもあまり申し上げませんし、コメディカルの職種の方にもなかなか申し上げにくいところがあります。今まではわれわれのできる範囲で、何とかして差し上げましょうという、そういう牧歌的なスタンスでやっておりました。しかし昨今、国立大学も独立行政法人になったりと、いろいろ風当たりも厳しくなっております。
 例えば、ではどういう具体的な負担が生じるか。われわれ教育担当者が、実際に解剖体を用いて、学生さんに教えるという、そういう人件費が当然発生するでありましょう。しかし直接目に見える部分だけではありません。献体システムというご遺体を頂戴し、保存処置をし、解剖させていただいた後、火葬に付してお帰しするという、献体者やご遺族の皆さまへの当然の礼節を、われわれ非常に気を付けながらやらせていただいておりますが、その費用に意外とお金がかかっているという。私がいろいろ聞きました印象で言いますと、1体30万から50万ぐらいの費用は、どこの大学でもかけておられるように思います。
 では今度コメディカルの方に解剖教室を提供するといった時に、この負担を無視してものをもらうということは、しかし、とは言え、無条件、無報酬というご厚意によって、ご遺体を頂戴して、われわれは解剖をやらせていただきますので、コメディカルの教育にも使っていただいているということを、献体者およびご遺族に対しても説明は続けてまいりましたが、これからもそれぞれの大学ごとに説明し、ご了解いただくということを続けてまいります。
 人体標本ビジネスという、それは諸外国では本当に商業的な要素が入ってきて、大変なことが起こっている。G氏はヨーロッパの各国でプラスティネーション標本展、人体解剖標本を使った美術展をやっております。2002年、イギリスでプラスティネーション標本展を宣伝のために劇場を借りて、そこで公開解剖をして、金を集めて一般人に解剖実習を見せるということを現実にやっております。日本ではこのようなことはない。
 また数日前のニュースでご覧になったと思いますが、アメリカの大学で献体として頂戴したご遺体を横流しして、その担当者が処分を受けた、ご遺体は総勢数百体と聞いております。われわれの献体はこういうものとは違う。われわれは世界に誇る文化であると思うのです。
 皆さんにわれわれ解剖学者が直面しております現実にもご理解をいただいて、コメディカルの教育をさらに、医学部の発展等も含めて一歩進めてまいりたいと思います。
 医学部の人体解剖から得られているものは、非常に大きなかけがえのないもの、それは繰り返しよく申し上げておりますのでご承知いただいていると思いますが、われわれ自身がこのことを十分に承知しながら、また皆様の感謝の気持ちを忘れず、学生たちとともに明日の医療をつくってまいりたいと考えております。
 
講演2
コメディカルの解剖学実習についての解剖学会の取り組み
京都府立医科大学解剖学教室教授
河田 光博
 
 坂井先生から頂戴しました講演のタイトル、解剖学会がコメディカルの解剖学実習にどう今まで取り組んできたか、どう考えているか、あるいはどう変更しようとしているかということを話していただけませんかということで、私の方に依頼がありました。
 日本解剖学会は日本医学会という学会の組織の会ですが、その中でも最も古い学会でございまして、昨年の12月31日現在で、会員が2598名おりまして、正会員が2282名、その他名誉教授とか賛助会員とかであります。
 この日本解剖学会はどういう所属団体が構成しているかといいますと、機関としては221で、医学部、医科大学あるいは医学校、全部合わせますと81、歯学部、歯科大学が29あります。それからコメディカルは看護系、看護学科、あるいは保健学科等を含めるので651、こういう会員の方々から構成された各種委員会が9つございます。一番新しい委員会として平成4年にコメディカル教育委員会が、司会の内野先生がまだ現役の時に発足した最も新しい委員会で、2年にわたっていろんなものを討議するということであります。
 このコメディカル教育といいますのは、解剖学教育、あるいは人材育成という観点から考えていかないといけないわけですし、解剖学会として、あるいは解剖学会の会員が考えていく機会というのはますます必要になってくると思われます。それで2001年の4月1日に解剖学会の主委員会があり、その会員の組織に連結した小さな委員会、それから解剖体委員会、教育委員会、それからコメディカル教育委員会と、この4つの委員会の委員長が、さらにコメディカルにおける会員の実習検討連絡会を組織し、その最終報告的なものを出されました。
 その内容は解剖学教育の重要性のアピールでありまして、近年、医学部教育における基礎医学に与えられる時間が、全国的な大学において削られてきております。昨今の様々な社会的な制約、あるいは構造改革等、大学も非常に大きな人的リソースの縮小を余儀なくされており、こういう問題点を考えない限りは、なかなかコメディカル教育というものを、単にニーズがあるからどうであるとかっていうような問題だけではなくて、多角的な問題としてとらえてまいりたいというふうに思います。
 さらにこういう解剖学教育カリキュラムの在り方で、コメディカルは非常に多様な職種、看護学からはじまり理学療法士、作業療法士、柔道整復師、様々な職種がございますので、単に一元化して解剖学の教育カリキュラムを持つことはできないということです。それからこういう教員の養成をどこでやるのか、どういうふうに教員に話していくのか、こういう教育体制をどこで集約するのか、その一つのアイデアとして、解剖実習のモデル校としての制度的、人的支援の設備などが進めばいいわけです。
 解剖学会というのは一つの組織であり、その組織の要の役目として、理事会、常務理事会が存在しているわけでありますが、その理事会は、会員の現状、どういう問題がどういうふうに現在進行しているのかというようなことを十分認識して、そこでアクションなりを起こそうということが重要だと思います。
 従いまして、コメディカル教育にかかわる彼らのニーズといいますのは、200もあると。こういう非常に多くの母集団の中で、それぞれが違う教育方法を持っておられます。解剖学会としては、コメディカル教育委員会で(現在大谷先生がその委員長をやられております)各医学部、歯学部の解剖学に直接かかわっている教室に、現在どういう現状であるか、どういうふうなことを考えているのか、それは各大学あるいは学部によって、かなり温度差があります。
 コメディカル教育に対し、非常に積極的に取り組んでおられる大学、あるいは政治的に、そうは言うけれどもなかなか実際問題として、施設の面、あるいは人的な面、それぞれの値でいろいろあります。で、そういうふうな多様な背景といいますか、その中で一つの集約的意見があれば、それに対して解剖学会としては、力添えをしたいというふうに考えております。
 
講演3
コメディカルの解剖学実習に対する大学側の現状と展望
富山医科薬科大学第一解剖学教室教授
大谷 修
 
 富山医科薬科大学の大谷でございます。今日は「コメディカル教育の解剖学実習に関する医科歯科大学の対応の現況と展望」ということで、アンケート調査の中間まとめという形でお話ししたいと思います。先ほど来、河田教授からもお話がありましたように、今、コメディカル教育機関というのがどんどん増えておりまして、人体解剖の教育を行ってほしいというニーズは非常にあるわけですが、ただ、ニーズがあるからやればいいという、それほど単純でもないということだと思います。
 現況でございますが、見学だけの解剖実習はほとんど93%ぐらいの大学が実施されており、主たる学校の種類では看護学科や理学作業療法学科が大部分であります。それで大学の解剖実習と大部分は別々に行っておられるということでありました。1回の見学実習時間数は、2、3時間の辺りが一番多いということです。
 コメディカルの一つの学校、あるいは一つの学科当たりの解剖学の見学実習の総時間数は大部分は数時間以内の実習であったということです。平均30時間程度はコメディカルの方の解剖学の見学実習のために時間を費やされているということでした。
 コメディカルの教育機関の解剖学実習におけるコメディカル側と受け入れ側の指導教員の占める割合ですが、大学の方、受け入れ側の方が半分か、それよりも少し多いぐらいの教員が占めているわけですが、ただ、コメディカル側から指導に来られる先生のうちで、死体解剖資格、つまり厚生労働大臣が死体を解剖するのに適当と認めた人、その割合が非常に少ない。将来的にはコメディカル側に死体解剖資格を有する教員の方が多くなれば、大学に来ていただいても指導がしやすくなるということは、これからもわかると思います。それから最近はティーチングアシスタントといいますか、大学院生や学部の学生をアシスタントとして使って、コメディカルの教育を行うということが少しやられております。
 それから、いろいろなコメディカル機関から見学実習を依頼されるわけですけれども、社会的貢献として評価されるというお答えが6件ありました。あとは業績報告に記録することはするが、結局70%以上、一生懸命協力しても評価されていないというのが現状であります。
 さて、剖出作業を伴う解剖学実習を行っているという講座または大学が20%ありました。8割の大学では、そういう剖出作業を伴う解剖実習というのは行っておられないということであります。
 そういう剖出作業を伴う解剖実習が、その講座、あるいは教員の業績として評価されるかどうかということも、見学実習の場合とほとんど同じで、評価されていないということでした。
 コメディカルの解剖学見学実習について、「見学実習の場合は望ましい」が9割、「望ましくない」という方も若干いらっしゃいます。その理由は、「大学の実習教育の妨げになる。実習設備が十分でない。法律による制限がまだある。あるいは負担に見合う評価がなされてない。献体者の十分な了解を得ていない。指導者の負担が大きい。経費が十分負担されていない」ということでありました。
 一方、剖出作業を伴う解剖実習についての見解は、「望ましいだろう」というのは約半数で、残りは「望ましくないか、場合による」という割合になっていました。望ましくないとお考えになる理由としては、「やはり剖出は非常に時間がかかる。きちんと人体を解剖して、どういうふうになっているかというのは、ちょっとやそっと解剖したぐらいではわかるわけがない。逆に中途半端な解剖というのは、これは倫理的にも許されるわけではない」というふうなことであります。
 それからやはり十分献体者の方に了解は得ていないだろうと。「献体の第一の目的は、医学生、歯学生の教育のためである」というご意見が幾つか書かれておりました。そのほか「法律、特に死体解剖保存法による制限、それから大学本来の任務、教育・研究の妨げになる」。
 実はここを最も声を大にして言うべきところでありまして、「コメディカルの教育のためにどれだけニーズがあるにせよ、われわれはこれを忘れては、もう今や大学そのものがなくなってしまうかもしれないという危機感を持ったほうがいいんじゃないか」と、実は思っています。
 そのほか「負担が大きく、それに見合う評価がされない。坂井先生からもお話がありましたけども、ちゃんとした指導料とか施設の使用料が払われない。人的資源、実習室等の資源が十分でない、剖出作業を伴う解剖実習が望ましくない、あるいはそんなことはやっていられない」というふうな理由として、多くの解剖学関係の講座の方がお答えになっていました。
 では、コメディカル教育機関から解剖学見学実習の要請があった場合はどうしますかという問いには、80%以上は条件次第で受けてもいいということでした。その場合の条件というのは、「やはり本来の仕事である医学、歯学の教育・研究の妨げにならない。大学、社会からちゃんと評価してほしい。指導を大学の教員に任せるばかりでなくて、コメディカルの側からも専任の教員、きちんと死体解剖資格を持っている教員が来て、指導をしてほしい。それから適正な指導料とか施設使用料とかは支払われるべきである。見学実習でもやはり事前に十分な解剖学教育を行ってから来てほしい」というご意見がありました。見学にいらっしゃった時に、どこの大学でも事前にいろいろ注意を話すわけです。献体のお話から始まっていろいろ行うんです。解剖の知識というか、事前の教育が十分ないと、知識がない者に見せても「坐骨神経、こんな太いわ、すごいな」というぐらいな感じで終わってしまう恐れが多々ある。やはり十分な事前の教育が行われた上で、見学実習といえどもやるべきである、ということでした。
 それと、これは本当は非常に大切なことで、「遺体を丁寧に扱い、まじめに十分学習するという学生でないと、とても受けるわけにはいかない」ということです。
 それからコメディカル教育機関からの剖出作業を伴う解剖実習要請に対しては、「剖出作業を伴う解剖実習は断る」54%、「条件次第で受けてもよかろう」45%というお答えでございました。これも条件としては、「やはり医学、歯学の教育・研究の妨げにならないという限りにおいてということ。献体者や、特に遺族の十分な了解が得られている。コメディカルの専任教員が指導する。法律の問題がクリアされる。適正な指導料、施設使用料が支払われる。大学、社会から適正に評価される。遺体を丁寧に扱い、十分実習をする」そういうことが揃うならば、剖出作業を伴う解剖実習もやってもいいかもしれないというのが約半分でした。
 コメディカル教育機関からの解剖学実習要請にいかに対応するかということで、私の独断を少し交えながら最後のお話をしたいと思い、(1)献体と人体解剖と法律に関係する問題と、(2)医科、歯科大学、解剖学関係の講座の立場からの考えと、(3)コメディカル教育機関へわれわれとして望むことはどんなことであろうか、ということの三つに分けて、以下、お話しします。
 (1)まずは、献体、人体解剖、法律の問題です。献体とは第一の目的は、医科、歯科の教育・研究のためであるというのが、多くの先生方の認識されている現状だと思います。さらに余裕があれば、コメディカルの教育のために活用する。中途半端な解剖は献体者とその遺族等に失礼であり、許されないこと。遺族の方からクレームが出るような実習になると、大問題になります。
 それで法律の関係になるわけですが、死体解剖保存法の第2条に、人体を解剖できるのは、厚生労働大臣が適当と認定した者、または医学に関する大学の解剖学、病理学、または法医学の教授または助教授である。この解釈に関しては、加藤弁護士のお話を坂井先生がされましたけども、どこにも医学部、歯学部の学生が解剖していいとは書いてないんですね、実は。
 やはりあくまでも本当に解剖するのは、厚生労働大臣が適当と認定した者、あるいは解剖に関係のある教授、助教授で、その下で医学生とか歯学生が解剖して学習するのが許されているということです。ここをコメディカル関係の生徒、学生も解剖してもいいというふうに拡大解釈していいか、悪いかというのは、いまだにちょっと十分オーケーというのは、恐ろしいんではないかなという気がします。
 死体解剖保存法第7条には、死体を解剖しようとする者は、その遺族の承諾を受けなければならないというふうになっています。
 日本の社会の慣習からいいますと、遺族の承諾というのが絶対に必要なわけです。解剖学会の努力で通称、献体法と呼ばれるのが制定されて、献体の意思を尊重するということ、それからもし献体の意思を書面によって表明している旨を遺族に告知して、遺族がその解剖を拒まない場合は、遺族の書面による承諾を受けることを要しないというふうなのが、献体法ですね。どうしてこれが問題になるかといいますと、結局日本の法律あるいは民法では死体は遺族に属すると。
 死体解剖保存法第20条には、死体の解剖を行い、またはその一部を保存しようとする者は、死体の取り扱いに当たっては、特に礼意を失わないように注意しなければならない。特に礼意を失わないようにして解剖しなければならないということに反することになりますし、それから解剖できる者は、先ほどの厚生労働大臣が適当と認定した者、あるいは教授、助教授ですね。
 もしその学生が教授や助教授、あるいは解剖資格を持っている人の意思に反して、勝手に学生がいいかげんなことをやったということになると、それはこの刑法190条の死体損壊に当たるわけです。死体、遺骨、遺髪等を破壊し、または預得したものは、3月以上5年以下の懲役に処すると。
 (2)医科・歯科大学解剖学講座の関係の立場としては、やはり医学、歯学の教育研究の妨げに現状ではなっている、人的にも物的にも時間的にも経済的にも、相当やはり負担になっている。だから中途半端な解剖実習は弊害を生むというのは、先ほど来申し上げました。それから法律的な問題も十分にはクリアされてない。献体者およびその遺族などのコメディカルの剖出についての理解は、いまだ十分には得られていない、教育業績、社会的貢献としてほとんど評価されないという点です。
 (3)コメディカル教育機関の専任教員養成には、協力できるのではないか。まずコメディカル教育機関への要請としては、「講師料さえ払えば何でも医科歯科大学の解剖学関係の講座に依存して教育してもらえばいい。それで設置基準はクリアできる」というふうな考えではどうも困る。
 やはりコメディカル教育機関としても、「ちゃんと死体解剖資格のある専任教員を採用したり、要請したりすることに努めて、しかも解剖実習に要する諸経費をきちんと応分に負担するということ。コメディカル教育機関も、それ相応の努力をしていただく。ただ、ごくわずかな1時間4000〜5000円ほどの講師料できちんと教育してくれと言われたのでは、われわれの本来の教育・研究ができなくなる」ということであります。
 それと、やはり見学にせよ、剖出を伴う実習にせよ、事前に十分解剖学の知識とそれからマナーを教えておいてもらいたいということです。
 先ほどの話と関係ありますけど、大学の解剖施設をコメディカル教育に開かれた解剖学研修センターにするためには、「大学に依存するだけではなくて、大学とコメディカル教育機関と両方が協力してやらないと、これからそういうセンターもなかなかできないということで、ただ、やりましょうと、お人よしで大学が協力しますと言っていると、いつの間にか大学が大学でなくなってしまうということが、あり得るんではないか」と思います。
 死体解剖資格を持った専任の教員を養成してほしいということに関連して、昨年の12月16日に出た医政発第1216005号というのには、死体解剖資格認定要項の一部改正というのがあります。
 死体解剖資格認定要項というのは、「死体解剖保存法第2条第1項第1号の認定は、次に掲げる要件を満たすもので、遺族の感情に対する理解や死体に対する尊崇の念を有し、礼意を失することなく死体を取り扱うことができると認められる者について行うものとする」。これはもともと何も変わっておりませんが、その基準が大幅に緩和されました。
 具体的に申しますと、「医学または歯学に関する大学の解剖学、病理学または法医学の講座に常勤している者であって、助手として在職している者」。助手であったらいいと。
 それから「医学または歯学に関する博士、または修士の学位を有する者」ということで、このいずれかでいいわけであります。もしコメディカルの教育機関の方が、真剣にこの死体解剖資格を持った教員を養成しようとお考えになれば、その大学の解剖学関係の講座に人を派遣して、そこの修士課程なり博士課程に行くとかいうことでも、資格は取れるということでございます。
 以上、解剖学の実習をされているのは、「もうほとんどのところが見学実習はされている。剖出実習を行っておられるところは2割程度であった」。そのほか解剖実習要請を受ける条件等についてお話ししたわけであります。確かに人体をじかに触り、見学して学習するというのは、効果があると思いますし、それはきちんと評価されたり、経済的、物質的な負担がないような形でやってほしいということ。
 それから実際に剖出を伴う解剖というのは、「やはり慎重でないといけない。いろいろな問題が絡んでくるので、何よりも中途半端な解剖を行うことにならないように。ただ切り刻むというと悪いですけども、それだけで終わってしまうような解剖は絶対にしてはいけない」ことであります。剖出を伴う解剖学実習はかなり慎重であるべきであるというのが、大方のご意見のようであります。
 
講演4
コメディカルの解剖学実習についての献体者側の理解・意向
自治医科大学松韻会会長
伊沢 一郎
 
 ただ今、ご紹介をいただきました自治医科大学松韻会の会長の伊沢でございます。私に与えられたテーマ「コメディカルの解剖学実習についての献体者側の理解・意向」に沿ってお話を進めていきたいと思います。私は自治医科大学が建学されて5年目に直ちに献体を申し入れた。48番目という献体登録番号であります。そんなことで、当時、松韻会の設立総会に参画しました。
 いわゆるコメディカルの解剖等についてのお話は、会長として大河原教授から、ある報告も受けております。私どもの松韻会の会則には、医学の発展に寄与すると、こういう一文でございまして、当然、医学の発展のためには、解剖はもうなくてはならないことです。私どもは自治医科大学に献体をして、そして解剖をなされる学生さんたちは、やはり善意の献体、すべて善意、もう一切の条件を付けない、こういう自治医科大学の松韻会のいわゆる内規がございます。
 コメディカルのいわゆる皆さん方に対する解剖学の教育の必要性というものを申し述べ、総会の結果、議事録を、『松韻会報』という会報によって、全会員にそれらの必要性があるということを、ご報告申し上げております。
 そういう中でわが自治医科大学は、献体者はもう自治医科大学が大好きと、こういう方々が全員でございますので、学校の方針がこうだということであれば、私ども献体者の側とすれば、もうその見学をなされようが、その必要性は大いに結構なことだと、こういうふうに私たち松韻会の幹部会でも相協議し、私どもの組織としましては理事会、いわゆる役員会、この役員会で協議した結果を総会でご報告申し上げ、そして皆さま方に賛同を求める、こういう形で今日まで会を運営しておりますので、そういう経過が生まれていくものと、こういうふうに確信をいたしております。この辺で報告に代えさせていただきます。大変ありがとうございました。


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