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公開シンポジウム
「解剖学と献体:その新しい展開」プログラム
主催:篤志解剖全国連合会、財団法人日本篤志献体協会
共催:社団法人日本解剖学会
「第18回献体実務担当者研修会」(全連)を兼ねる
 
平成12(2000)年11月17日(金)昭和大学上條講堂
総合司会 後藤 昇(昭和大学医学部教授)
開会の言葉 熊木克治(新潟大学医学部教授)・・・10:00
基調講演:座長 伊藤 宏(篤志解剖全国連合会会長)・・・10:10
「医療人養成と解剖学教育―新世紀への展望」
平野 寛(日本解剖学会理事長)
教育講演:座長 外崎 昭(山形大学医学部教授)・・・10:50
「機能解剖学の臨床応用」
半田康延(未来科学技術共同研究センター・未来生命社会創製分野教授)
休憩・・・11:30
シンポジウム・・・13:00
「献体による解剖教育の恩恵を医療技術系全体に及ぼすための社会的意識変革」
座長 田中重徳(金沢大学医学部教授)
山下和雄(日本医科大学教授)
1. 医学および医療技術教育における人体解剖学の基盤・・・13:00
熊木克治
2. 基礎看護学としての機能・構造学・・・13:20
2-1. 人体機能学の視点から
佐伯由香(長野県看護大学教授)
2-2. 人体構造学の視点から
今本喜久子(滋賀医科大学教授)
3. リハビリテーション技術のための人体構造学・・・13:55
二瓶隆一(日本リハビリテーション専門学校校長)
4. コメディカル教育の新しい発展と解剖学教育の分化・・・14:20
加藤 征(東京慈恵会医科大学教授)
5. 献体による解剖学教育に関わる法と倫理・・・14:45
加藤済仁(弁護士・医師)
6. 特別発言
6-1. 盲学校理療科教育の視点から
濱田 淳(筑波大学心身障害学系講師)・・・15:10
6-2. 視能訓練士養成の視点から
内田冴子(日本視能訓練士協会常務理事)
6-3. 医療現場を見る社会の視点から
藤田真一(医療ジャーナリスト)
7. 標本・資料の共同利用は可能か・・・15:30
坂井建雄(順天堂大学医学部教授)
8. 献体思想の将来、まとめとして・・・15:40
内野滋雄(日本篤志献体協会理事長)
閉会の言葉 外崎 昭・・・15:50
懇親会:タワーレストラン昭和・・・17:00
(昭和大学医学部入院棟17階)
 
公開シンポジウム
「解剖学と献体:その新しい展開」
―開催の経緯と背景―
公開シンポジウム委員長
篤志解剖全国連合会事務局長
昭和大学医学部解剖学第二講座教授
後藤 昇
 
 このたび「解剖学と献体:その新しい展開」のテーマのもとに、篤志解剖全国連合会と(財)日本篤志献体協会の主催、(社)日本解剖学会の共催という形で公開シンポジウムが開催されることとなり、関係者のひとりとして喜びに耐えません。これは各関係団体や広い関連領域の皆々様の深いご理解とご協力の賜であります。
 30年以上前の医療現場では、優秀な医師・歯科医師が医療のすべてを取り仕切り、医師・歯科医師以外の人たちを使って補うという形態で医療が進められてきました。しかし、最近の医療の高度化あるいは専門分化とともに医療形態もチーム医療が主体となってまいりました。これは単に医師・歯科医師のチーム医療のみではなく、かっては、「パラメディカル」スタッフとして医療現場の周辺で医療を支えてきた多くの人たちが、より高度な専門技能を持った「コメディカル」スタッフとしてチーム医療の重要な一翼を担う参加が通常の医療形態となってきました。
 したがって解剖学教育もこのようなチーム医療を担う優秀で専門的な知識を持ったコメディカルスタッフの養成に対応できる教育態勢の確立が急務であると痛感しております。とくに、以前の解剖学実習は医師・歯科医師となる医学生・歯学生のみに課される実習教育であったものが、コメディカル分野(理学療法士・作業療法士・看護婦・言語訓練士・視機能訓練士など)の学生教育にも積極的に取り入れる必要性がここ30年間に認知されてきました。この背景には解剖実習用の献体運動の成果を無視することはできません。献体運動が全国のほとんどすべての医学部・歯学部でその実を挙げた結果、コメディカル分野の解剖学実習も少しずつ可能になってきた経緯を見逃すわけにはまいりません。
 この時期に公開シンポジウムを開催することはまことに時宜に適うものであり、本シンポジウムではコメディカル解剖学教育が多角的に議論され、今後の新しい展開に、はっきりとした道筋が付けられることを心から望んでおります。
 
―問われる医の倫理について―
篤志解剖全国連合会会長
東北大学白菊会理事長
伊藤 宏
 
 現在、医学・医療の目覚ましい進展には日々新たな驚きがあります。その中でも先端医療における分野での進歩は様々な疾病の克服に成果を挙げておりますが、その一方では脳死、臓器移植、体外受精、遺伝子治療などの生命倫理にかかわる問題がクローズアップされ、生命の尊厳との調和をどうはかるかが大きな課題になっております。
 また、医療情報の普及などにより、一般の人々の医療への関心が高まって知識が豊富になったことから、国民みずからが医療を選択して受ける権利があると理解されるようになってきており、その結果として患者の人権擁護の立場から、医の倫理としての患者の自己決定権とインフォームドコンセントの重要性が指摘されるようになってきております。
 献体が人体解剖学を通して医学教育並びに研究に多くの影響を与えていることをふまえて、二十一世紀に向けての医療環境が更に整備され、医療人として幅広い教養を持った感性豊かな人間性、人間性への深い洞察力、倫理観、生命の尊厳についての深い認識などを持つことを深く要望するものであります。
 
―死の凡と非凡―
山形大学医学部解剖学第一講座教授
日本解剖学会コメディカル教育委員会委員長
日本篤志献体協会平成12年度事業推進実行委員会委員長
外崎 昭
 
 死をめぐるボランティア活動が盛んになってきました。死に先立ち過剰な延命医療を拒否する「尊厳死の運動」、不慮の死に臨んで移植臓器を提供しようとする「臓器移植カード登録運動」、死して後に角膜移植のために眼球を提供しようという「アイバンク運動」、同じく腎臓を提供する「腎バンク運動」、そして私たちの医学と歯学教育のための「献体運動」があります。むしろ正しくは「献体運動」こそ魁(さきがけ)であったと申すべきでしょう。
 実はこれらの死をめぐるボランティア活動を実行するためには、多くの関係者、家族、実務担当者等の連携協力が必要になります。本人の気持ちがどれほど強固不動であっても、関係者の協力の糸がどこかで切れると、折角の気持ちが生かされないまま終わってしまいます。「献体運動」では20%余りの方々が、結局、献体の目標に至らないものと推定されています。
 篤志解剖全国連合会では、高齢者の社会的孤独が進んで、その協力の糸が細くなることを最も恐れています。伊藤会長と熊木副会長は、数年来、この問題の実情の把握と対策に頭を悩ましています。
 かつて「献体を申し出るほどの人は、年を取っても頭がしっかりしている」という通念がありました。しかし私の親の例を見ても、90歳を越えると、一見しっかりしている様に見えても、どこかに記憶や思考の欠落が出てきます。痴呆と言われないまでも、世話をしている長兄などに言わせると「危なくて眼が離せない」状態になってきます。
 献体のボランティア精神を全うするためには、自分の健康と安全に心がけるとともに、家族との心の絆を忘れないことが大切です。大学等の献体実務担当者の役割も、当面の事務、当面の遺体保存の技術等の守備範囲を越えて、地域社会の高齢者を取り巻く状況に考えが及ぶことが求められていると思われます。
 
「医療人育成と解剖学教育―新たなる21世紀に向けて」
日本解剖学会理事長
日本学術会議会員
杏林大学医学部解剖学第二講座教授
平野 寛
 
 近年、医学、生物学に於ける進歩、発展は目覚ましく、その輝かしい成果はよく知られている。医療の場でも、遺伝子診断・治療、再生医学、画像処理、ロボット導入など、技術革新は著しい。これらは、IT革命や少子化、高齢化社会の到来と相俟って、医療人(医療従事者)の構成や役割に大きな変動をもたらし、それと共に医学教育全般の枠組や内容、さらにその担い手たちの区分や名称に至るまで深い影響を与えた。
 とりわけ医・歯学系の卒前解剖学教育にあっては、授業時間の短縮化や低学年化となって表れた。同時に問題解決型で且つ学習者志向が強く叫ばれ、統合カリキュラムは当然視され、case-oriented study, computer-assisted program等がテュトリアル制と共に普及する勢を見せている。一方、教科として解剖学を実質的に担当する講座や部門の名称変更が進行し、外から一見しただけでは、担当教科の実体は判り難くなってきている。担当者の世代交代と共に教科内容も変化していく可能性が指摘される。
 解剖学の学習を必要とする分野は急速に拡がってきている。医・歯・獣医や体育、薬学系はもとより、医療の場にひきおこされたいわば構造変革は、看護、臨床検査、リハビリテーション、柔整、鍼灸、診療放射線、歯科衛生・技工などの領域に加えて、救急救命士、義肢装具士、医療言語聴覚士、視能訓練士等、医療従事者の間に新しい専門職を次々と樹立した。コメディカル(パラメディカル)領域を志す学生たちのかなりが、4年制大学の卒業生で占められている実状は、かかる国家資格を必要とする専門職育成課程に於ける解剖学教育のさらなる質的向上を促す要因ともなろう。少なくともパラメディカル領域の従事者の高学歴化に拍車をかけ、ひいては医療従事者全般の間で職場の人間関係のみならず職制にも今後徐々に影響を及ぼすと推測される。
 各々の分野で求められているニーズに応じた教育目標を、各教科担当者が主体的に且つ明確に設定し、それぞれに適合したカリキュラムの作成とその実施が肝要である。医学系を例にとれば、学部教育では、低学年で初心者を対象とするprimaryコースと、中・高学年でのadvancedコースとが区別される。基礎訓練課程たる必修のprimaryコースでは、今後予測される様々な状況の変化に関わらず、依然として伝統的な人体解剖学、組織学、神経解剖学が、やはり主要な柱をなすと考えられる。剖出作業(dissection)や標本の直接観察が基盤となる。実習と連結した各種標本の整備は一層進み、片や関連した画像や文献の検索を含め教場でのコンピュータ化は、学習者と教員との間で双方向的に極く日常的な世界となろう。学習者は、人体の構築、構造に関する基本的な知識や概念を系統的に把握する。選択必修でもあるadvancedコースでは、より解析的で、且つ応用性が重視され、実験室での作業や演習が主体となる。そこでは将来の研究者や教育要員育成も視点に入る。一方、現場の教員育成も単にOJTに依存することなく、トレーニングセミナーなど集中した実地研修カリキュラムがより充実する。但し、研究者としての力量、実績が大学教育の前提となるのは当然であろう。活発な研究活動こそが、卒後教育、生涯教育の場としての解剖学を支える。学習者の個別評価にあたっては、外部評価制の積極的な採用が担当教科カリキュラム自体の評価へとつながり、評価過程の透明性を高めると共に、授業内容の改善、向上に直結する。異なる分野の間で、単位互換を始め相互交流が促進される。いずれにせよ、教育の場にあっては人と人との触れ合いがその根底をなすことには変りはないであろう。
 
「機能解剖学の臨床応用」
東北大学未来科学技術共同研究センター・未来生命社会創製分野教授
半田 康延
 
[はじめに]
 肉眼解剖学は、臨床医学の原点であることは医学医療関係者のみならず世に遍く知られているところである。内科医は患者の体表面から視診聴打診を行って、人体の内部構造における異常を感知し、外科医は体の内部にアプローチするために解剖学をその道しるべとなしている。また、昨今の画像医学の驚異的発展は、臨床医に解剖学的知識の深さを強く要求するようになってきている。それに伴って、解剖学教育も質の高さを求められるようになってきており、これまでの正常解剖学教育に加えて、現代の医学医療の発展に即した臨床解剖学、正常画像解剖学等の教育が新たに求められてきている。
 一方、機能解剖学は、整形外科学、リハビリテーション医学などヒトの運動障害を対象とする臨床領域では運動障害の診断、治療に必須の学問となっている。また、近年脳卒中や脊髄損傷で完全に麻痺した手足を、電気刺激によって機能再建しようとする試み、すなわち機能的電気刺激(FES)療法が世界的に盛んになってきている。このように生体を電気刺激で制御しその機能を再建するには機能解剖学の知識は不可欠であるとともに、その制御結果から新たな知見が発見されることも多い。本講演では、このような新しい機能解剖学の応用について、我々の研究成果を基に述べてみたい。
 
[麻痺した手足へのFESについて]
 電気刺激が運動神経を興奮させ、それが筋に伝わって筋収縮が起こることはよく知られている。このような神経・筋の性質を利用し、麻痺した手足の各筋に統御された電気刺激を与えることによって、骨、関節、靭帯、筋、腱などの人体構造がその本来の運動機能を発現することが可能である。しかし、これらの運動器は脳や脊髄の中枢神経機構によって極めて巧妙かつ精緻に統御されており、これを電気刺激で再現することは容易なことではない。我々は、解剖遺体での運動器の解剖、健常者や運動障害者での動作筋電図、三次元動作解析などの機能解剖学的研究によって、目的に適った手足の動きを制御するための刺激データを作成している。これらの刺激データをコンピュータ制御の機能的電気刺激装置から麻痺した筋に与えることによって、複雑な手足の運動をより健常者に近いパターンで再建することが可能となっている。
 脳卒中や頚髄損傷で麻痺した手や手首への機能的電気刺激では、食事、整容、書字などの機能再建がすでに実用的段階に至っている。また、機能解剖学的研究から求めた刺激データによって、肩を含む上肢すべての関節運動を機能的電気刺激で制御することに世界で始めて成功している。
 麻痺した下肢の機能的電気刺激は、起立・歩行の制御がその対象である。脊髄損傷による対麻痺患者(両下肢麻痺)では、すでに起立、立位保持、着席の動作はすでに実用的なものとして臨床的に用いられている。歩行への機能的電気刺激は、歩行器使用のもと、平地歩行が機能的電気刺激によって可能となっているが、まだ真の実用段階とはいえない状況にある。
 このように、機能解剖学的研究成果とコンピュータの導入により、より高度な関節運動の制御が機能的電気刺激で可能となってきており、従来は不可能と思われていた麻痺肢の機能再建が実用段階にようやく入ってきている。しかし、現在のコンピュータ技術を駆使しても、麻痺者が機能的電気刺激によって自由に麻痺肢を動かす状況には程遠く、特定の関節運動を限定し、かつ装具と併用して初めて実用性のある機能的電気刺激による制御が達成されているのが実情である。その意味では、今後のコンピュータ技術の更なる発展と、機能解剖学的研究の進展が不可欠であるといえよう。
 今回は、以上のような点を中心として機能解剖学の臨床応用の現状と展望について述べてみたい。


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