1. コメディカルの学・協会、養成校の人体解剖実習の要望のまとめ
a. コメディカル教育における人体解剖実習の本格的導入に向けての養成校側の準備体制整備
平成16年度文部科学省委託事業 専修学校先進的教育研究開発事業
学校法人敬心学園臨床福祉専門学校(報告書:平成17年3月)
報告書発刊にあたって
平成16年度の文部科学省委託事業募集にあたり、「専修学校先進的教育研究開発事業」として学校法人敬心学園臨床福祉専門学校が応募した「コメディカル教育における人体解剖実習の本格的導入に向けての養成校側の準備体制整備」が認められ、各種委員会は早速行動を起こした。
現在、我が国で人体解剖実習を行うには大学医学部(医科大学)大学歯学部(歯科大学)の解剖学教室において解剖学の教授または助教授の指導によるとされている。実習を行える者は医学生・歯学生であるが、そのほか他学出身者であっても解剖学の研究生・専攻生などは実習を行っている。
現代の医療は医師をはじめコメディカルと呼ばれる医療専門職のチーム医療として行われている。また、解剖学教室などの基礎医学教室では医・歯系以外の研究者がスタッフとなり、その中で教授・助教授に昇進している者も少なくない。また、医療現場でチーム医療に携わるコメディカルの人達は、治療上に必要な知識の習得のため、全国各地で行われている人体解剖実習セミナーに参加し、実際に解剖して勉学に努めている者も多い。
これらの実態をふまえ、日本解剖学会では1992年からコメディカル教育委員会を設置し、コメディカルに対する教育問題に取り組んできた。具体的には全国学術集会の折に情報交換や検討を行い、更に各大学解剖学教室をはじめ看護師、理学療法士、作業療法士などのコメディカル学会・協会、ならびに養成校へのアンケート調査、またそれらの人達と弁護士を含めたシンポジウムの開催を数回にわたって行ってきた。その他、篤志解剖全国連合会の団体部会研修会ではコメディカルの人体解剖実習に対する献体登録者の意識、意見交換なども行ってきた。
しかし、これらの運動は大学解剖学教室と日本解剖学会側の行動であり、コメディカル側の積極的な行動は少なかった。
大学・学会側の意見としては次のようなものがあげられる。
(1)現代の医療現場の実態から見て、コメディカルの卒前卒後の教育の中で人体解剖実習の必要性は認める。
(2)希望実習時間数はコメディカルの領域によって異なることは理解できる。
(3)しかし、人体解剖実習は1〜2回、5〜10回程度で充分な実を上げることはできない。献体されたご遺体の尊厳を考えてみてもその実施法・教育法には充分な検討が必要である。
(4)コメディカル側の希望者数が医・歯系の学生数を遥かに超えることが予想されるため、大学側の教育スタッフの不足、過剰労働が問題となる。
(5)教育スタッフの問題を解決するには、コメディカル養成校側で人体解剖実習の指導可能な人材を育成する必要があると考える。そのための一法として一定期間の解剖学教室での研修生活を課す。または全国各地での解剖実習セミナーの複数参加を義務づける。
(6)更に学会主催の資格認定試験に合格した者に「コメディカル人体解剖実習指導者」の学会認定の資格を与え、解剖学教室内でコメディカルの実習指導を可能とする。その場合でも現在の法の範囲で解剖学の教授・助教授の指導の上に行うことは遵守しなければならない。
(7)コメディカル側としては法の改正などを含む積極的な運動が必要であり、全ては日本解剖学会と大学解剖学教室の理解と協力がなければ実現不可能であることを考え、献体登録者の理解と協力を得ながら、日本の医療の向上のために必要であることを世に訴え続けることが必要である。
(8)献体された場合にはご遺体の引き取り、防腐処理などに要する費用は一体当たり30〜50萬円との試算がある。これらの費用や解剖学教室の教育担当者の指導料など必要と認められる費用の負担もしなければならないだろう。
今回のアンケート調査では、コメディカル側としては卒前には1〜2回の見学実習、卒後数年後に臨床の場で必要を痛感した時点での重点的実習が希望と思われる。その時点で実習が行えるか否かは日本の医療水準の向上に大きな影響があると考えられる。その場合に大学の協力なくしては実現が不可能であることを考えると、コメディカル側の教育担当者は日本解剖学会に入会し、正会員としてのつとめも必要であろう。いずれにしても立場の異なる両者の友好関係は欠かせない。
今回の調査にご協力いただいた各位に深く感謝するとともに、この報告書がコメディカルの教育、ひいては日本の医療の更なる向上に一石を投ずることを願って止まない。
平成17年3月
「コメディカル教育における人体解剖実習の本格的導入に向けての養成校側の準備体制整備」事業
検討委員長 内野 滋雄
平成16年度高齢者白書によればわが国の65歳以上の高齢者人口は平成14年10月1日現在、2,431万人で、総人口に占める高齢者の割合(高齢化率)は19.0%となっているが、21年後の平成37年には現在最も高齢化率の低い沖縄県でも24.0%に達すると予測されている。
65歳以上の高齢者の受療率の高い傷病は、入院では脳血管疾患が、外来では高血圧性患が1位を占めている。入院・外来いずれも運動機能障害とつながりの深い疾患が上位を占めているのが現状である。脳血管疾患での死亡率は昭和45年から急激に減少しているにもかかわらず受療率は入院では相変わらず1位を占めている。これらのデータは、脳血管疾患による死亡率は減少したが、脳血管疾患によって入院治療を必要とする患者数は減少していないという状況を表している。この様な高齢化に付随して増加する運動機能障害を引き起こす疾患だけでなく、小児では早産未熟児出産に伴う脳性麻痺の発生頻度の漸増と、成人では脳性麻痺者の二次障害と重症化への対応が迫られている。さらに昨今の救命率の増加は交通事故などによる外傷性脳損傷、外傷性脊髄損傷など障害を抱えたまま生きる国民を増やす結果となっている。
これらの障害に対するリハビリテーション医療の重要性は、既に自明のことである。リハビリテーション医療では、医師だけではなく、理学療法士、作業療法士などを中心とするコメディカルと呼ばれる職種が、チーム医療の重要な役割を占めている。これらのコメディカルの教育の質的向上は急務といえるが、急速な増加を示す理学療法士・作業療法士養成校数ではその質的向上は遅れていると言わざるを得ない。その典型的な例が理学療法士・作業療法士教育に欠くことのできない解剖学教育における実習教育の現状であろう。理学療法士・作業療法士という職種が誕生した前世紀の初めの頃からその教育内容に解剖学実習があったことは米国理学療法協会の歴史を示した資料などでも明らかである。しかしわが国では医学・歯学教育以外では人体解剖実習は正式に許可されていない。前述のような医療ニーズの変化が明らかでありながら、教育は終戦直後に定められた死体解剖保存法によって制限を受けたままというのが現状である。
これまでに篤志解剖全国連合会、財団法人日本篤志献体協会、社団法人日本解剖学会などの解剖学関連団体は、献体実務担当者研修会の中でコメディカルの解剖学教育について取り上げてきている。しかしながら、本来人体解剖実習の必要性を訴えていくべき理学療法士・作業療法士などのコメディカル側は、依頼して実習させていただいているという負い目の為か、一部の国立大学からの申請を除いて正式に人体解剖実習の導入を要請してこなかったという経緯がある。献体登録者の篤志によって支えられている解剖実習を考えるとき、この様な現状を放置することは単にコメディカルの教育の質的向上のためだけでなく倫理的にも大きな問題である。
これらの背景を鑑みて、コメディカル教育における解剖実習の現状と、現職コメディカルスタッフのニーズを調査し、今後の正式な解剖学実習導入への準備体制整備を図ろうとするのが本事業の目的である。本事業は解剖学会などの関連団体の協力を得て全国各地の理学療法士・作業療法士養成校教員が参加して行われた。今回は調査とモデル事業を中心とした事業内容であったが、今後この事業が今回の調査を基に人体解剖実習導入の端緒となることを期待している。
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