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4.2 地域関係者による協議の場のあり方
(1)協議の場の必要性
 これまでの整理結果から、小櫃川河口干潟は、「東京湾に残された自然の干潟として、非常に貴重な存在となっており、様々な生物が生息・生育している」場である。しかし、河口干潟の希少性、自然の豊かさについては、地元の一部市民や研究者・環境保護団体等に知られているにとどまり、多くの一般市民には知られていないのが現状である。また、河口を含む盤洲干潟周辺の漁業では、近年漁家数の減少に歯止めがかからないなど、地域産業の復興が求められているところである。
 これらのことから、貴重な干潟環境を保全しながら、その自然をうまく生かした、グリーンツーリズムや体験漁業などの地域産業の創出が期待され、市の基本計画や環境基本計画においても位置づけされている。
 表4.3、4.4に示したように盤洲干潟に関する価値観が立場の違いなどから分かれているために、特定の干潟利用が過度に優先される場合や、何らかの外部のインパクトなどが干潟に生じる場合には、沿岸域の管理を巡って地域の中で大きなコンフリクト(摩擦)が生じる恐れがある。
 したがって、次のような理由から地域関係者等による協議の場が必要になっていると考える。
 
■盤洲干潟周辺は、地域開発の圧力が高く、干潟に影響を及ぼすような地域利用・開発プロジェクトが立ち上がりやすい場所となっていること。
■一旦、プロジェクトが立ち上がってしまうと、双方の利害関係が直接ぶつかってしまう恐れがあること。
■干潟沿岸には多様な機能があるため、最も有効に干潟を活用しつつ、干潟の自然を守り、また失われつつある自然環境については再生を目指す等の措置が求められており、そのためには地域の合意に基づく管理が極めて重要なこと。
■干潟は東京湾の他の地域にはない貴重な自然の資産であり、地域コミュニティの活性化を図る上でも有効な場として活用できると考えられること。
 
(2)協議の場のあり方
 沿岸域管理に関する協議の場としては、海岸の管理者が、管理を効率的に行うために、呼びかけて行うトップダウンの方式が多いが、そうした呼びかけは通常海岸整備等の事業が差し迫った場合になるケースがほとんどである。一方、近年河川等では、日常的な管理が重要であるとして、あるいは地域振興の取り組みには地元住民等の協力が不可欠であり、そうした観点から地域に呼びかけて、地域の自主的な管理等を行う組織を育成していく試みが行われている。このほか、地域から自主的に立ち上がるボトムアップ型の管理も想定される。
 
■トップダウン型の協議組織
 トップダウン型の協議組織には、次の二つのタイプが考えられる。
 第一は、管理者の事業における合意形成を図る目的で行政や管理者が地域住民に呼びかけて形成される協議会である。通常、行政サイドの事務局案に対して意見を述べ、合意形成案を策定するなどの作業が行われる。
 第二は、行政の呼びかけで始まるものの、地域からの積極的な参加で、日常的な管理や場の利用が行われ、地域や管理者、地元行政などが参加する協議会である。この例として、以下に北海道開発局の事例を挙げる。
 
 北海道鵡川町の「わくわくワーク むかわ」は、当初北海道開発局室蘭開発建設部の呼びかけで協議会作りから始まった。鵡川町役場関係者、鵡川漁業協同組合、鵡川で自然保護活動をしている各団体(Nature研究会inむかわなど)や鳥類の専門家などで構成され、数年間にわたる議論を通じて、侵食で消滅した加広域の湿地を復元し、生態系を取り戻す取り組みを行っている。
 
図4.4 鵡川河口干潟の保全・再生に向けての枠組
 
■ボトムアップ型の協議組織
 ボトムアップ式の協議組織としては、わが国においてはあまり多くは存在しない。地域振興に取り組むボランティアなどが河川整備に対してボトムアップ的に提起した例を以下に挙げる。
 
 愛媛県の小田川での「小田川中小河川改修事業」で自然護岸からコンクリート護岸されることを知った亀岡氏(地元亀岡酒造経営)ら「町づくりシンポの会」は、堤防上にある榎林の伐採の現状をチラシ等により町民に知らせ、保全を呼びかけた。
(1)川や榎林を生かして、“実は榎林がかぐや姫のふるさとだった”として「かぐやひめ共和国」や「小田川原っぱ日曜市」などのイベントを計画、開催して町民を巻き込んだ。
(2)小田川をどのような川にしたいのかについて学習、討論した。
(3)会員が全国をまわり、様々な多自然型川づくりの現状を視察したり、ドイツやスイスまでも自費で視察に行ったりした。
(4)大学や河川設計のコンサルタント等からも学び、代替案を検討し、以下の川づくりを実践した。
・「つけもの石」を持ち寄ることを住民に呼びかけ、「つけもの石一個運動」で、コンクリー張りから自然石張りにすること
・草刈りなどの維持管理は地元で実施する必要があると考え、五十崎町は「いかざき小田川はらっぱ基金条例」を制定し、町民の寄付を募った。
(5)行政と連携した取り組み
 平成元年「スイスと五十崎・川の交流」シンポジウムを五十崎町において開催した。スイスのゲルディ課長を招き、桜井善雄氏の協力を得て、多自然型川づくりの良さを広めた。
 こうした、住民と五十崎町との連携活動に対して、昭和62年12月に建設省で実施している「ふるさとの川モデル整備事業」に認定され、管理者との協働による取り組みに発展した。
田村明「まちづくりの実践」 224p. 1999、岩波書店
 
■協議の場のあり方
 協議の場のあり方として、次の3つが考えられる。
(1)日常的コミュニケーションの場
 盤洲干潟あるいは小櫃川河口干潟を核として、日常的なコミュニケーションの場を作り、清掃活動や観察イベント等を通じて自由に学び意見交換のできる協議の場を形成していくことが考えられる。
(2)特定のテーマを通じた議論の場
 (1)のように、具体的な課題が見えない場合には、住民の関心が低下し、また協議を行う場合にも抽象的な議論になってしまい、一般論としての合意は得られるが、各論では平行線という可能性も高い。このため、テーマを設定し(例えば河口干潟ネイチャーセンター設立)、協議を行う。しかし、この場合でも事業の現実性が担保されない場合には真剣な協議になりえない恐れがある。
(3)コア人材(キイパーソン)との協働
 地域に、適切な人材が存在する場合、そのコア人材(キイパーソン)が描く干潟の将来像を具体化して行く場として、協議会を提案する。この場合には、こうした人材のモチベーションを維持するため継続した取り組みができることが望ましい。下記の愛知県美浜町の例のように、行政の首長が様々な批判にもめげることなく、継続して推し進めることで活性化につながっている。
 
 愛知県美浜町の町長は「自然と共生のまちづくり」を理念に「まちづくり推進委員会」をつくれと指導した(平成6年)。この会は当初、まちづくりを考える会であったが、ゴミの減量化運動「生ゴミぼかしの活用」に取り組み成果をあげた。さらに美しいまちづくりの一環で「花ボラクラブ」を結成し、ボランティアで花の植栽を推進した。
 さらに、地元学を提唱し、地元のよいところを住民参加で探し出し、その資源発掘を行い、ここを出発点に竹炭づくりを開始、この竹炭が水質浄化や竹酢液などの利用範囲も広がり、竹林も拡大し、里山の管理も行うようになるなど地域産業に発展した。
出典:環境省 自然再生に向けた各地取り組みの取材報告集 平成16年3月
 
■小櫃川河口干潟における海岸管理の方向性について
 小櫃川河口干潟においては、現時点で干潟に関する価値観の共有は進んではいないが、地元小学校での総合的な学習の取り組みや地元漁師を主体とした「里海の会」の活動などが行われており、こうした地域の取り組み主体を核としたゆるやかな沿岸管理に向けた枠組みが生まれていくことが望ましいと考える。
 そのためには、他の事例からも地元自治体の支援が必要になるものと考えられる。
 
図4.5 協議の枠組み
 
(3)まとめ
 本調査では盤洲干潟関係者にヒアリングを行い、その結果に基づき、干潟に対する認識や価値観の相違について分析を行った。その結果、関係者の干潟に対する認識には相違があり、沿岸域において開発等のインパクトが生じる場合には、様々な問題が今後生じる恐れがある。
 盤洲干潟は、東京湾に残された唯一の自然干潟としてきわめて重要な位置づけがあり、大都市近郊型の環境学習やエコツアーの場として、首都圏の人々にとっての新しい自然資源(natural resource)として注目されている。このような自然を後世に継承しつつ、干潟資源を最大限有効に生かしていくためには、地域の関係者等による、緩やかな協議の場が必要とされる。
 そのための枠組みとして、盤洲干潟をフィールドとして地域に密着してそこを生活の場として活動する市民団体を主体とし、地元自治体の支援のもとで、干潟の価値や楽しさを学び、その生かし方や保全方策について協議検討する枠組みを提案した。
 本調査は、ヒアリングは行っているものの、実践に基づいた検証が行われることが重要であり、今後次のような課題を残している。
■干潟に対する価値観の定量化:価値観をより定量的に行うためには一般市民を含めた「干潟の価値」調査等を実施することが望まれる。近年では、CVMやコンジョイント分析による環境価値の定量化研究が進んでおり、同地域においても同様の研究や調査が進みつつあることから、今後は沿岸環境の持続的な利用をテーマとした調査・研究を推進、支援することが必要であり、地域の合意形成という観点からは、これに行政や漁業協同組合、NPOが積極的に関与していくことが望ましい。
■協議会の立ち上げと自主的な運営が進むまでのフォローを行うことが必要である。ただし、そのためには、繰り返し記しているように地元自治体の支援体制が不可欠である。また、自治体の担当者、責任者の熱意によっても大きく変わってしまうことが、これまでの事例から示されている。したがって、自治体の支援を長期にわたってどのように担保していくかという仕組みを早急に検討する必要がある。
■地域の中心として機能すべきNPOは、独自の調査により海生生物や植生、野鳥など自然環境に関する貴重なデータを有しているが、盤洲干潟全体における価値・位置づけや、水質・底質データの解析と、さらには東京湾における同地域の価値など、盤洲干潟あるいは小櫃川河口干潟そのものが有する機能や環境の構造的な特徴について、科学的な論証に基づく知見が不足している。これは、ヒアリングの中でNPOから課題・要望として語られていた点でもある。今後は、盤洲干潟を研究フィールドとする大学や研究機関との協働体制を構築するなど、NPO自身ができるだけ学術的、科学的な観点を持つことが望まれる。
 
5. おわりに
 本事業は、貴重な沿岸環境が存在している地域をどのように維持・管理してゆくべきかという視点から、木更津市の盤洲干潟を対象として資料収集および地元関係者のヒアリング調査を中心に、当該地域における沿岸域管理のための問題点や課題を整理した。その結果、地元関係者の合意形成はもとより、沿岸域管理という意識そのものが当事者間ににおいて希薄であり、それぞれが沿岸環境に対する情報共有や相互の交流を行っていないことが明らかとなった。
 今後は地元を中心とした関係者が沿岸環境そのものを深く理解し、それらの保全や利活用を含めた沿岸域管理とはどういうものかについて議論する場を共有することが重要となるであろう。
 そのためには、沿岸域管理制度が有する社会システム上の意味合いを改めて整理し、沿岸域管理の必要性や意義、東京湾における盤洲干潟の環境価値の定量化とそれを踏まえた将来における同地域の保全・利用計画策定の重要性、計画策定における市民参加の意義、などを地域の関係者に対して広報・普及していくことが必要である。
 
以上


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