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文化環境研究所ジャーナル
Nature & Environments Side 〜自然と環境〜
 
ワークショップ「海に学ぼう」を通して
赤見 朋晃・酒井 英次・堀口 瑞穂 プロフィール
2004/08/03
 シップ・アンド・オーシャン財団海洋政策研究所が海洋教育普及事業の一環として開催した一連のワークショップについて紹介します。
 
ワークショップの様子
 
 シップ・アンド・オーシャン財団海洋政策研究所(以下、SOF)は、海洋で起きている様々な問題について多角的な視点から研究を行い、その解決に向けた提言等の諸活動を行っている公益法人である。このワークショップ(以下、WS)は、現在SOFが取り組んでいる海洋教育普及事業の一環として開催したものであり、多くの海洋関係機関が実施している教育支援活動が学校教育の現場でどう活用でき、それによってどのような能力を身に付けることができるかを明らかにし、総合的な学習体系としての海洋教育を展開するための有機的な連携を探ろうという試みである。
 
学校教育の中で海を取り上げてもらうために
 「環境に配慮」という言葉がよく使われるようになってきたのは、様々な場面で展開されてきた地道な環境教育の成果と言えよう。持続可能な社会の実現にとって、海で起きている様々な問題の解決は必要不可欠であるが、そのためにもやはり教育というアプローチは非常に重要であり、海洋関係者の間でも教育に対する関心が高まっている。しかし、特に学校教育の中では海に関する学習の機会は少ない。その理由として、学習指導要領に海に関連する記述がほとんど無い点が指摘されることが多いが、原因はそれだけだろうか?世界情勢や産業構造の変化、社会や家庭の問題の複雑化などによって常に変革が求められてきた学校現場には、心の問題や食生活に至るまで多様な問題への対応が求められている。また、学校のあり方を変えようと従来のシステムからの脱却やゆとり教育が試みられる中、教科学習の充実を訴える声も多い。このように混沌とした現状の中で教員の負担はますます増える傾向にあり、「海」という特定テーマに絞った学習を一方的に浸透させようとすることが困難であることは容易に想像できる。いま必要とされているのは、闇雲なアプローチではなく、教育現場に歩み寄ろうとする外部機関と、外部機関に協力を求めようとする教育現場との相互理解の姿勢ではなかろうか。これまでの我々のアプローチにはこの姿勢が足りなかったのではないのか?そんな想いがこのWSを立ち上げる動機であった。
 
第1回「養老川巡検」
第1回「養老川巡検」講師:濱田 隆士さん[東京大学 名誉教授/放送大学]
 
 今回の連続WSは、対象を小学校の現役の教員に限定し(14名の参加を得た)、通年で6回開催した。毎回違ったアクティビティや話題提供を行い、それを通して前述のような課題を議論し最終回までにひとつの海洋教育プログラムを作り上げることを目標とした。第1回目は、千葉県養老川を舞台に河口から源流までを実際に遡りながら、様々なトピックスを提示し、森川海のつながりを感じてもらうというフィールドワークを実施した。
 
第2回「博物館の活用」
第2回「博物館の活用」講師:中村 元さん[江ノ島水族館 アドバイザー]
 
 学校と外部機関との連携を考える上での事例として、博学連携をテーマに取り上げた。近年の博学連携におけるミスマッチ等の課題解決には、学校側に対して博物館側の実情を伝える必要があると考え、「博物館はこう活用しろ!」というメッセージを博物館側の立場にある講師から伝え、そのうえで水族館を利用したプログラムを考えてみることで、学校側に存在する「館」に対する既存のイメージを拭い去り、新しい活用方法や連携方法を模索するきっかけの提供を試みた。
 
第3回「トイレの活用」
第3回「トイレの活用」講師:村上 八千世さん[アクトウェア研究所]、清水 透さん[三協興産株式会社技術部]、福島 朋彦さん[SOF海洋政策研究所 研究員]
 
 地域学習が主体の小学校では、いきなり海の課題に入ることは、臨海部の学校を除いて難しい。そこで、日常の生活からも海へと興味を広げられることを示したいと考え、トイレと廃棄物処理に関する専門家を迎え、環境問題の歴史と要点に関する説明を行い、トイレや排泄の教育に関する事例を紹介し、最後に廃棄物処理にまつわる様々な事例を示した。環境問題の解決には日常の生活や身近なことから改めなくてはいけないことを再確認し、その中でも食と排泄は子どもにとっても身近な問題として興味を持ちやすく、そして下水道は見えない川として日常の生活と海をつないでいると伝えることで、海を身近に感じることができない場所からでも海につながる学習が可能だと示すことを目的とした。
 
第4回「東京湾巡検」
第4回「東京湾巡検」講師:宇多 高明さん[(財)土木研究センター審議役/なぎさ総合研究室 室長]、清野 聡子さん[東京大学大学院総合文化研究科 助手]
 
 海岸工学と生態系保全の研究者を招き、様々なトピックスを提示しながら、有明の埋立地、辰巳水門、葛西臨海公園の各所を実際に見て歩いた。目の前の対象に関する専門的な情報や知識を伝えるだけではなく、海の現場で起きている複雑かつ重要な問題と、それらの解決が非常に難しいこと、その解決のためには人材育成=教育の役割が欠かせないという事実を、講師の経験や想いと合わせて伝えようと試みた。
 
第5回「GEMS体験」
第5回「GEMS体験」講師:田中 達実さん[ジャパンGEMSセンター 講師]
 
 米国UCバークレイ校のローレンスホール研究所にて開発されている、小学生から高校生を対象にした科学教育のプログラム:GEMS(Great Experience Mathematics and Science)を実際に体験し、このようなプログラムを学校で取り入れる際の課題などを議論した。
 
第6回「まとめの会」
第6回「まとめの会」オブザーバ:嶋野 道弘さん[文部科学省 初等中等教育局 視学官]
 
 最後の会となる第6回WSでは、参加者がレポートを発表し、1年のふりかえりを行った。WSのアウトプットは海洋教育プログラムを創ることであったが、参加者も交え、学校の運営母体や方針、専門や経歴など「背景の異なる」教員が集まるWSという場をいかに最大化するかという議論を重ねるうちに、汎用性の低い1つのプログラムを強引に作成するよりも、個々の経験や考えを活かし、SOFのような公益団体が行う学校現場への支援事業や協働事業に対しての提言・提案を行うことへと変わっていった。最終的に参加者から発表されたレポートは、子どもたちを海の学習へと導くための動機付けに関して、博物館との連携やフィールドワークの実践報告、学校ぐるみで取り組んだ干潟学習の成果と課題の検討、地域と協力した授業作りの重要性と課題、今回のWSの内容を実際に授業で実践した報告、海をテーマとした総合的な学習の時間のカリキュラム案など多岐に及んだ。このWS途中におけるアウトプットの変更こそ、まさに今必要な双方の相互理解の1つの形ではないだろうか。
 
学校のニーズとは?
 WSのアウトプットが1つのプログラムを創ることから、各教員のバックグラウンドを活かしたレポートへと変異していったことからもわかる通り、まさに学校におけるモノの見方や価値観が多様化してきている。その中にある1つのニーズを見出すことは非常に難しい。しかし、その難しさこそがニーズであるのかもしれない。例えば数年を通じた野外活動でのサポートなど長期間の相互連携を求めている教員もいれば、ある1時限での話題提供だけを求める教員もいる。海に関連した教育に対する様々な支援が提供できる状態を維持し、またそれらがあることを学校側に広く認知し、いつでも簡単にアクセスできなくてはいけないのだ。現在すでに支援を行っている多くの機関をネットワークし、その情報を発信するようなwebサイトや支援センターの整備が必要だろう。さらに、ただ情報を提供するだけでなく、相互の間を取り持つようなコンシェルジュ的役割を担うことが望ましい。
 
お礼に代えて
 WSを通して、我々は多くのことを参加者から学ぶことができた。これから海に関連した学習を広めていくための協働者と、その道中で教えを乞うことができる教師を同時に得られたことが、SOFにとっての最大の成果だったと言える。この成果を目標到達までの糧とし、情熱を持って海の学習の普及に努めたい。
 
記事に関連するサイト
シップ・アンド・オーシャン財団
学びの場.com掲載記事
 
◆プロフィール
赤見 朋晃・酒井 英次・堀口 瑞穂(あかみともあき ほか)
 
赤見朋晃/1975年福井県生まれ。悠々自適をモットーにバイクと音楽を愛し、社会統計や教育、博物館について学びながら、嫁とともに動物園水族館をバイクで駆け巡る。
酒井英次/1970年東京都生まれ。SOF海洋政策研究所研究員として海洋教育の他、沿岸域管理に関する研究活動を行う。
堀口瑞穂/1975年生まれ。企業や財団と学校教育現場を繋げる活動の他、学校の危機管理、授業作り、ブランド化支援まで幅広く展開中。
 
◆筆者の近況もしくは、おススメ情報
 SOF海洋教育グループは、このWSを通じて知り合った教員の方々と共に、実際に学校教育の支援を展開中。野外でのフィールド観察や話題提供などを通じて、学校への支援の意義と難しさを肌に感じている。今後さらに実践を重ね、これらの経験をまとめ発信していきたいと考えている。また、著者(赤見)は2004年春に1ヶ月間ヨーロッパの動物園をレンタカーで巡ってきた。その報告をドタバタ旅行記と併せてblogで公開している。暇つぶしにご照覧いただければ幸いである。
 
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