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ノンバラスト船(グリーンシップ)の研究開発
(社)日本造船研究協会 低環境負荷型外航船舶研究開発室 室長
木下 義隆(きのした よしたか)
はじめに
 (社)日本造船研究協会は昭和27年6月、民間における船舶技術の共同研究の中核体として設立されて以来、今日まで50余年間、船舶の巨大化、高速化、専用化、自動化、省エネ、安全性向上あるいは環境保全など、時代のニーズを踏まえた船舶技術の研究開発を推進し、多大の貢献をしてきました。
 本協会は、産・学・官の力を結集した共同研究を通じて技術の向上を図り、造船・海運の発展とさらには輸送の効率化や安全性の向上・環境の保全など、公益の増進に寄与するため、主として次の事業を行っています。
(1)SR研究:船舶・造船・海運・海洋に関する基盤的技術を中心とした研究開発
(2)RR研究:船舶の安全性向上及び海洋環境の保全に関する調査研究
(3)低環境負荷型外航船の研究開発
(4)造船技術開発協議機構関係業務
 上記の事業のうち、(3)低環境負荷型外航船の研究開発では、文字通り低環境負荷型外航船(通称グリーンシップ)に関する研究開発テーマに取り組んでいますが、そのテーマのひとつに「ノンバラスト船の研究開発」があり、その内容を紹介します。
 
ノンバラスト船の研究開発
 タンカー、バルクキャリアなどの船舶が空荷状態で航行する場合は、安全航行のため専用の区画に海水を搭載して重石(おもし)とし、一定の喫水(水面から船底までの深さ)を確保して航行しています。この重石として積まれる海水のことをバラスト水と言います。
 バラスト水は、荷揚港の海域で専用区画に漲水され荷積港の海域で排水されるので、バラスト水に含まれている海洋生物(動物プランクトン、植物プランクトンなど)も荷揚港の海域から荷積港の海域に移送され、移送先海域の生態系変化を引き起こしているという問題が発生しています。
 これを受けて、2004年2月、国際海事機構(IMO)において、「船舶のバラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約」が採択されました。
 バラスト水管理条約は有害な水生生物や病原体の移動による環境、健康、財産、資源への危害を防ぐことが目的です。管理条約が発効しますと、他国の管轄水域を航行する船舶は、設定された処理基準に合ったバラスト水処理を行うことになります。
 ただし、船舶の建造時期とバラスト水容量に応じて、一定期間バラスト水を洋上(原則陸から200海里以上、水深200m以上の海域)でその海域の海水と交換するという方法を選択することができます。
 この研究開発は、(独)鉄道建設・運輸施設整備支援機構や日本財団の支援を受けて2003〜2005年度の3年計画で実施していますが、本開発計画当時、すでに上記の国際条約が採択される見通しにあったことからバラスト水問題への対策の一つとしてバラスト水を必要としない船型の開発に取り組むこととなったものです。
 
水槽試験用のノンバラスト船の模型
 
 船舶が空荷状態で航行するときはバラスト水を積むのが従来からの常識ですが、その常識を打ち破ってバラスト水を積まないという方策をバラスト水問題への抜本的対応策として取り上げたわけです。これが成功すれば、バラスト水の海域間移送をなくすることが期待できます。
 船舶は、常に安全に航行できることが大前提ですが、バラスト水を積載しない場合には喫水が浅くなることが想定され、波の中を航行中に船首が水面より露出し、再び水中に没入する時に船底が強い衝撃圧力を受ける(スラミング)、プロペラ没水深度が不足することによってプロペラが空転してエンジンをいためてしまう、あるいはトリムが増加する(船首部が船尾部に較べて大きく浮き上がる)ことにより前方視界が悪化するなどの問題が浮かびあがります。
 この研究開発では、スエズ運河を通れる最大船型(スエズマックス)や超大型タンカー(VLCC)を対象として、上記の課題を解決し、経済性にも留意しつつバラスト水の海域間移送を伴うことなく安全航行が可能な船型(ノンバラスト船型)の開発を目標としています。
 バラスト水の海域間移送を必要としない船型の採用により、バラスト水の海域間移送の極少化を図り、ひいては海洋環境保全に資することができると考えています。
 
研究開発の内容
 この研究開発は、(財)日本造船技術センター、三菱重工業(株)、(株)アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド、(財)日本海事協会の参加を得て以下の項目に取り組んでいます。
(1)船型の開発
 スエズマックスについて、在来船型とノンバラスト船型の両船型を設計し、模型を製作して水槽試験を実施します。それぞれの性能を比較することによってノンバラスト船型の問題点、開発課題を抽出し、その解決法を検討します。試験結果を反映して船型を改良します。
 また、VLCCについて、上記の成果を反映したノンバラスト船型を設計し、模型を製作して水槽試験を実施します。
(2)船殻構造の検討・試設計
 スエズマックスとVLCCのノンバラスト船型については、初期計画、区画配置計画および容積計算、トリムおよび縦強度計算、構造強度計算書、中央横断面図、概略仕様書、概略一般配置図を作成して基本的な試設計を実施します。
(3)スラミング衝撃荷重推定システムの開発
 ノンバラスト船型においては船首喫水が浅くなり、スラミングが起こる可能性が増大します。そこで、スラミング衝撃荷重を推定するプログラムを整備して荷重を推定し、模型試験結果と比較改良することにより、信頼性の高いスラミング衝撃荷重推定システムを構築します。
(4)浅喫水対応型推進システムの開発
 ノンバラスト船型においては船尾部の喫水も浅くなり、プロペラや主機関に影響することが考えられます。そこで、最低限必要なプロペラ没水深度を調査する目的で模型試験を実施します。
 また、プロペラ没水深度が浅い場合の対応技術として、可変レーキプロペラを取り上げ、その単独性能を模型試験します。
 そのほか、没水深度に対応する技術を研究します。
(5)規則適用の検討
 ノンバラスト船型は新しいコンセプトの船であるため、これが従来船型を対象としている現行規則を満足しているかどうかの調査やその適用の妥当性について検討し、必要があれば同等措置や代替案の提案のための資料を作成します。
 そのほか、開発の過程で検討が必要であると判明した項目について具体的に検討を行います。
 
満載状態でのノンバラスト船の水槽実験
 
空荷状態でのノンバラスト船の水槽試験
 
平成15年度の成果
 スエズマックスのノンバラスト船型第1船は、少ない排水量で軽荷状態の喫水を確保するためと、スラミングを緩和するため、船体平行部の船底に傾斜をつけるとともに、船首船底付近のフレームラインをV字型にしました。満載状態の排水量の減少を補うため船幅を在来船型より大きくしました。長さと喫水は港湾事情を考慮して在来船型と同じとしました。
 水槽試験で、スラミング衝撃圧が当初の想定より小さいとの計測結果が得られたこと、進路安定性に優れているとの結果が得られたことなどにより、ノンバラスト船の概念が極めて有望であるとの確認ができたと考えております。
 
おわりに
 この研究開発は、16年度は船型を改良して水槽実験を継続します。さらに17年度には、斜め波に対する性能評価を行う予定にしています。
 バラスト水を積載しなくても安全航行が可能なノンバラスト船型が開発されると、生態系の破壊の防止に寄与できるとともに、喫水を確保するため、やむを得ず運んでいたバラスト水を運ばないということによって燃料消費が減少するという経済的効果が得られますし、さらには燃料消費の減少が地球温暖化ガスの排出を削減するということにもつながるものと考えています。


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