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E 協力の原則
 
 海峡利用国と沿岸国という、相反する利害を有する主体が協力していくためには、下記のとおり、その原則となるべき事項があると考えられます。以下に各原則について説明します。
・公平性
・透明性
・費用対効果
・持続性
・調和性
・海洋法条約との整合性
 
1. 公平性
 
 マ・シ海峡の利用国負担問題の根底にある考え方は、海峡の機能維持に必要な負担は海峡の利用により便益を受けている国(者)の中で便益の程度に応じて公平に配分されるべきである、というものです。この公平の原則は、沿岸国―利用国の関係のみならず、利用国相互の関係においても適用されるべきものです。現在、海峡利用国として、日本だけがマ・シ海峡の機能維持のために支援協力をしているという状況は、この公平の原則の観点からは好ましいものではありません。なお、先ほど、利用国相互の関係においても適用されるべきもの、と述べましたが、更に、利用国の各利用主体(船舶所有者、荷主、等)相互の関係においても、当然に適用されるべきものです。
 
2. 透明性
 
 マ・シ海峡をどの国の船舶がどの程度利用しているのか、現在、船舶の安全な海峡通航に関する差し迫った問題がどこに存在するのか、マ・シ海峡沿岸国はどの程度の財政的負担してどのような対策を講じているのか、といった情報は、海峡沿岸国と利用国との協力関係を推進していく上で基本となる事項であり、海峡沿岸国から利用国に当該情報の開示が行われる必要があります。そして、沿岸国と利用国は共有するそのような情報をもとに、あるべき協力制度を構築していく必要があります。また、構築された協力制度の運用に際しても、制度運用に必要となる各種情報は関係者に対し常時開示されていることを確保する必要があります。現在、海峡沿岸国はそのような情報を開示していません。このため、利用国の独自の努力により、マ・シ海峡通航量調査などが行われています。沿岸国によるこのような主要データの非開示は、沿岸国利用国負担問題に係る議論を進めていく上でおおきな障害となることが予想されます。
 
3. 費用対効果
 
 マ・シ海峡の航行環境を改善する対策とその効果については、当該対策を講じるために要する費用との相対関係の中でとらえる必要があります。例えば、スマトラ島にVTISを設置するという構想が提案される場合、既にマ・シ海峡全体をカバーするVTISがマレーシア及びシンガポールによって設置されていることを考慮すると、当該VTISの設置に係る費用は、その効果に見合ったものであるとは言えません。従って、どのような対策を講じるべきかについての検討を行う場合、各対策の必要性は、特に、費用対効果の観点から十分に検討される必要があります。
 
4. 持続性
 
 海峡の機能維持は、絶え間ざる不断の努力により為し得るものであり、特に財政的観点から将来にわたり持続可能なものでなくてはなりません。財政的観点からの持続性に着目する場合、大切なのは、継続的な資金の流入が確保されるための恒久的制度が構築される必要があります。そのような意味では、任意供出者のその時々の都合による一時的な資金供出という形式の協力は問題が残るといえます。
 
5. 調和性
 
(1)各種対策相互の調和性
 
 マ・シ海峡の海上交通路としての機能を維持・発展させるために必要な対策には様々なものがあり、これらの対策は、その実施主体などによって、いくつかのカテゴリーに分けて考えることができます(詳細は後述)。これらのカテゴリー別の各対策は、重複、ギャップなどによる非効率が生じないよう、相互に調和が保たれた状態で実施されるよう、関係国の中で十分な調整を行う必要があります。
 
(2)他の類似の国際海峡で実施されている対策との調和性
 
 マ・シ海峡における利用国の協力に基づき実施される各種対策は、他の類似の国際海峡で実施されている対策の程度と著しくかけはなれるべきではありません。従って、当該対策の実施にあたっては、他の類似の国際海峡において採られている対策や、国際標準などに関し十分な調査を行う必要があります。例えば、マ・シ海峡においては、現在、海上電子ハイウェー(MEH)というプロジェクトを実施する計画がありますが、このような最先端のシステムを導入している海峡がない現時点においては、非常に付加価値は高いが必要経費も極めて高くなると思われる対策を利用者側の負担を活用して実施する、ということは、利用者側の理解を得ることは難しいと考えられます。
 
他の類似の国際海峡で実施されている対策
■現在、海洋法条約第3部の国際海峡制度が適用される海峡のうち、海峡沿岸国と利用国との間で、費用負担の分担に係る協力が行われている海峡はありません。マ・シ海峡に新たに利用国負担制度が構築された場合には、当然、他の国際海峡についても同様の制度を構築する動きが誘発され、世界的に拡大していく可能性があります。
 
■現在、IMOにおいては、事務局長のイニシアチブにより、戦略的に重要な海運航路における国際協力制度の構築に係る動きが出ていますが、マ・シ海峡のみを対象とすることは困難であること、利用国の数が膨大(ほぼ、全加盟国)になること、セキュリティーの要素を含むこと、などから、短期間に一定の結論を得ることは極めて困難であると考えられます。
 
6. 海洋法条約との整合性
 
 海洋法条約第43条の規定の趣旨に沿ったものでなくてはなりません。従って、極端に協力事項の範囲が拡大する、つまり、利用国が過度に負担する結果になる、という事態は、持続性の観点からも好ましくありません。ただし、特定の利用国が第43条の協力の範囲を越える事項に関し、特定の沿岸国と特別の協力協定を締結してその実施について合意した場合には、これを排除するものではありません。
 
 
F 協力の枠組みの方向性
 
 先に述べた協力の原則に照らし、現在、様々なところで提案されている協力の枠組みについて、その将来的な方向性などについて考察します。なお、下記に述べる協力の枠組みについては、協力の主体・客体、協力媒体、協力の任意性などの様々な前提条件により、その内容や付随する問題点、今後の方向性などが異なってくるため、あくまでも、これから利用国負担問題に係る議論を深めるための当面のステップとして認識していただければと考えるところです。
 
1. 協力の目的
 
 マ・シ海峡の沿岸国及び利用国は、同海峡の海上交通路としての機能を、将来にわたり持続的に維持・発展させていくため、公平の原則や海洋法条約の諸規定に基づき、かつ、沿岸国の主権に十分配慮したかたちで、相互に協力をしていくことになります。
 
2. 協力の方式
 
 海峡沿岸国に対する利用国による協力方式は、次のとおり分類できます。
 
(1)海峡沿岸国に対する間接的支援協力
 
【概要】
 海峡における諸事象への対応は沿岸国が行い、利用国は当該沿岸国による対策の実施を下記プログラムを通じて、間接的に支援するもの。
(a)資金提供プログラム
(b)物資供与プログラム
(c)人材育成、技術供与などのソフト面での協力プログラム
 
【具体的事例】
・ODAなどによる無償資金協力
・船舶の寄贈
・専門家の派遣
・各種研修の実施
 
【問題点】
・実際にどのような対策を講じるのかについては、沿岸国の裁量にまかされており、場合によっては、効果的な対策が講じられない場合も想定しなければならない。
・資金提供というかたちで行われる協力は、例えば、技術供与・移転を必要としている分野においては適当な方法ではない。
 
(2)海峡沿岸国と利用国とによる共同支援協力プログラム
 
【概要】
 海峡における特定の事象を対象として、海峡沿岸国と利用国の特定機関が共同で実施するもの。
 
【具体的事例】
・海峡沿岸国と日本とが実施した水路測量事業
・合同パトロール(未実施)
 
【問題点】
・沿岸国の主権に深く関係するため、当該プログラムの内容や沿岸国の意向に大きく影響される。
・技術支援の要素が強い場合は、この方式を採用し、共同作業を通じて技術移転が図られることになる。
 
(3)海峡利用国単独による支援協力プログラム
 
【概要】
 海峡における特定の事象を対象として、海峡利用国の特定機関が単独で実施するもの。
 
【具体的事例】
 米国のファーゴ太平洋司令官が提案した米国軍のマラッカ海峡常駐構想
 
【問題的】
・沿岸国の主権に深く関係するため、当該プログラムの内容や沿岸国の意向に大きく影響され、実現の可能性は極めて低いものと考えられる。
 
 以上の分類の中から、特に協力の原則のところで述べた公平性の観点から適当な協力方式は何か、ということ考える場合、関与できる国が限定される(2)及び(3)の協力方式は、公平性の観点から適当ではないと考えられます。更に(1)の協力方式についても、(b)及び(c)については、同様に、関与する国が限定されるので、公平性の観点からは適当ではありません。従って、マ・シ海峡を利用することにより便益を受ける者から、その便益の程度に応じて公平に負担を分配する、ということを実現できる唯一の方法は、(1)(a)の資金提供プログラムに基づく協力であると考えられます。そのためには、便益の程度に応じて各国が沿岸国に資金を提供する恒久的な制度を構築する必要があり、これについては、後述します。
 
3. 協力の任意性
 
 利用国負担問題に関する議論において、利用国の負担は、あくまでも、当該国の任意の意思に基づき実施すべきである、という意見、また、国際条約などに基づく強制的なものとするべきである、という意見などがあります。この問題については、利用国負担制度構築に係る現実的な障害、制度構築の緊急性、マ・シ海峡沿岸国や利用国を取り巻く様々な社会・経済事象の変化状況などについて十分考慮する必要があります。しかし、先ほど述べた公平性の観点から見る場合、任意制度は出資する国としない国に差が生じるという問題点があります。また、任意では出資国(者)の経済・資産状況などにより出資が中止されるなどの事態も考えられ、継続性の観点からも問題があります。更に、任意の判断により船舶などの現物供与方式の協力を行おうとする場合、現実的な問題として、沿岸国の意図とは異なる支援が行われる可能性が大きく、沿岸国における他の諸施策との調和性という観点からも問題があります。
 
 ただし、本来負うべき負担以上の貢献を独自の価値観や判断に基づき任意に実施したいと考える国または団体があった場合、これを否定するものではありません。例えば、A国が自国に割り当てられた負担分以上の額を支払うことや、A国に所在する民間団体が沿岸国政府との独自の合意に基づく特定のプロジェクトを実施することは可能と考えるべきです。
 
4. 被協力国の実情への配慮
 
 国際協力に付随する一般的な問題点として、被協力国の経済社会の実情や、協力対象となる当該国関係機関の対応能力への配慮を欠いた協力については、協力の原則のところで述べた持続性の観点、また、沿岸国における他の諸施策との調和性という観点から問題が生じる可能性があります。従って、個々の協力プロジェクトを実施するに際しては、そのような点に関し十分な検証を行い、かつ適切な配慮を行った上で実施する必要があります。具体的な例としては、インドネシア海運総局には、オーストラリアのソフト・ローンと無償資金協力を活用して実質的に供与された防災船が2隻ありますが、インドネシア海運総局の実情を無視したものであり、結果的に海運総局が有する防災能力の低下につながる可能性があります。
 
インドネシア海運総局の実情を無視
■船舶の供与で一番問題となるのが、供与後の運航に係る経費の捻出である。通常、物の供与の場合、供与後の維持・管理及び運用費用は手当されない。特に船舶の場合、燃料代は維持・管理及び運用費用の大部分を占めることから、これを確保できなければ、宝の持ち腐れ、ということになる。海運総局では、当該防災船に必要となる燃料代の1割程度しか確保できない、と見積もっており、必然的に、現在保有する他の船舶の運航にも悪影響を及ぼすことになる。


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