コラム:トルコ海峡の航行安全に係る負担分担について
トルコ海峡の航行安全に係る負担分担については、1936年のモントルー条約と国連海洋法によって一定の仕組みができており、それをそのまま、マラッカ・シンガポール海峡に応用することはできないものの、その考え方は参考になるものと思われます。
1. トルコ海峡の船舶通航状況
トルコ海峡は、ボスフォラス海峡、ダーダネルス海峡及びマルマラ海(トルコでは、それぞれイスタンブール海峡、チャナッカレ海峡、マルマラ海と呼ぶ)によって構成され、全長は、164海里です。ボスフォラス海峡は、最も狭い部分で698m、潮流は南向きですが、海底部や南風時には北向きの潮流もあり、操船は困難です。また、イスタンブール市街付近では小型船舶、フェリー等が1日約2,500隻航行し、北航・南航船舶との間で、動線がクロスしています。事故はこの20年間で188件発生しており、多いのは乗り上げです。かつて、船舶が民家に激突し、中で寝ていた女性が死亡した事例もありました。ダーダネルス海峡も、狭い部分は1,000m強であり、90度に屈曲している箇所もあります。
ボスフォラス海峡の通航船舶数は、年間約5万隻であり、主な船籍国は、トルコ(27%)、マルタ(12%)、ロシア(10%)、ウクライナ(10%)、シリア(4%)、「北キプロス」(3%)、ギリシャ(3%)、ブルガリア(2%)、ルーマニア(1%)、レバノン(1%)等です。過去5年間の統計によれば、航行船舶のうち約40%が水先人を乗船させています(なお、IMO総会決議A.827(19)ではトルコ海峡航行に際し、水先人乗船を強く勧告しています)。ダーダネルス海峡の通航船舶数は、年間約4万隻であり、航行船舶のうち、水先人を乗船させたのは30%弱です。
近年は、有害危険物質積載船舶数が増加しており、毎年、ボスフォラス海峡では7,000隻以上(日平均20隻)、また、ダーダネルス海峡では7,500隻以上(日平均21隻)の有害危険物質積載タンカーが航行しています。
【これまでの主な事故】
(1)1979年に、貨物船Evriali号と貨物油を満載したタンカーIndependenta号が衝突し、95,000トンの燃料油が海上に流出、炎上した。この事故で43名の乗組員が死亡した。
(2)1994年に、ボスフォラス海峡内でタンカーMassia号と貨物船Ship Broker号が衝突し、20,000トンの油が海上に流出、29名の乗組員が死亡した。
(3)1998年に、貨物油を満載したタンカーSea Salvia号がボスフォラス海峡南口部に乗り揚げた。
(4)1999年のErika号事故の直後に、タンカーVolganeft号が悪天候の中、船体が2つに折損し、800トンの油がマルマラ海に流出した。
(5)2001年に、貨物船Mariana号がボスフォラス海峡航行中に火災を発生させた。
2. トルコ海事当局が講じている安全対策
航行安全については、前述のIMO総会決議をトルコの国内法化することにより、以下のように決められています。
(1)航路の利用
(1)トルコ海峡を航行する船舶は、分離通航方式(TSS)を励行、尊重しなければならない。
(2)TSSに従うことが不可能な船舶は、時間的余裕をもって、通航管理センターに通報しなければならない。このような場合には、権限ある当局は、一時的にTSSの全部又はその一部を停止し、当該海域を航行する他の船舶に通報し、国際衝突予防規則第9条(狭い水道の航法)に従うよう助言することができる。
(3)TSSに従うことが不可能な船舶の安全を確保するために、権限ある当局は一時的に両方向通航方式を停止し、安全な船間距離を維持するために一方通航を実施することができる(これにより、大型危険物積載船舶航行時は、ボスフォラス海峡、ダーダネルス海峡を一方通航としている)。
(2)船舶通報及び航海情報
(1)トルコ海峡に入域しようとするすべての船舶は、権限ある当局が設定した船舶通報(TUBRAP)を行うことが強く勧告される。
(2)効果的かつ迅速な交通管理を実施し、航行安全及び海洋環境保護に資するため、トルコ海峡を通航しようとする船舶は、船舶の大きさ、バラスト・積荷の状況、国際規則に規定する有害危険物積載の有無に係る情報を事前に提供することが強く求められる。
(3)トルコ海峡を航行するすべての船舶は、権限ある当局が発信する情報を利用し、TUBRAPに従いVHFを聴取することが勧告される。
(3)水先業務
トルコ海峡を通航する船舶の船長は、航行安全の確保のため、経験のある水先人を乗船させることを強く勧告される。
(4)昼間航行
最大喫水15m以上及び全長200m以上の船舶は、昼間にトルコ海峡を航行することが勧告される(このため、可能な限り航行待機が生じないよう、マルマラ海において夜間航行を行い、ボスフォラス海峡及びダーダネルス海峡を昼間航行するよう調整している)。
(5)曳航
トルコ海峡を曳航によって航行する場合には、航行安全の確保のため、タグボート又は十分な設備を有する船舶に曳航されることが求められる。
(6)錨泊
必要な場合には、船舶は指定錨地において錨泊することができる。また、トルコ政府は、1998年に、トルコ海峡の特性、航行船舶数の増加、潜在する危険性を踏まえ、航行安全の確保及び海洋環境の保護を目的として、VTSを設置することを決定しました。2003年7月より、試験運用を開始し、10月末から本格運用を行う予定です。
(1)VTSはトルコ運輸省海事局長(Secretary for Maritime Affairs, Ministry of Transport)の傘下にあり、沿岸安全救助部長(General Manager of Coastal Safety and Salvage Administration)が統括管理する。
(2)VTSセンターはボスフォラス海峡とダーダネルス海峡にそれぞれ一箇所ずつ設置する。
(3)VTS対象海域の航行船舶に関する情報は、各所に配置したマイクロ波レーダーセンサー、CCTV/赤外線カメラ及びDGPSシステムを利用して収集する。その他、海洋環境に関する情報は、気象、海象探知センサーを利用して収集する。
(4)VTSにおいては、AISに対応した装置を装備している。
(5)トルコ海峡内の航行規則違反船舶に対し、ビデオ、音声録音装置、電子海図等の最新機器を使用し、厳正な取締りを実施する方針であるが、AISによって得られた情報を取締り、訴追の証拠として使用することには消極的である。
3. トルコ海峡の航行安全に関する費用分担
トルコ海峡の両岸はトルコ領ですが、1936年モントルー条約(昭和12年海峡制度ニ関スル条約)により、商船の通過・航行の自由が認められています。本条約は、現在11ヵ国が批准しており、日本もその1つですが、サン・フランシスコ平和条約第8条(b)により、同条約上の一切の権利及び利益を放棄しています。
モントルー条約において、商船は海峡内の通過・航行の自由を認められるかわりに、トン数(登録トン)に応じて、灯台、灯標の維持、検疫管理、人命救助業務に関する税と料金を負担します。実際には、代理店を通じて、まとめて定期的に支払いますが、トルコ当局者によると、徴収もれがあるようであり、また、金額が小さすぎるとも言っていました。
モントルー条約と国連海洋条約の関係について、トルコ当局としては、トルコ海峡に国連海洋条約第3部の「国際航行に使用されている海峡」の規定の適用はなく、あくまでもモントルー条約の規定に従うと考えています。その場合、モントルー条約は、国連海洋条約第35条(c)に規定する「特にある海峡について定める国際条約であって長い間存在し現に効力を有しているものがその海峡の通航を全面的又は部分的に規制している法制度」に該当するものと考えられ、国連海洋条約第3部に定める海峡の通過に関する規定はモントルー条約の規定する法制度には影響を及ぼすものではないと解されます。
なお、モントルー条約の締約国でない国についても、実態上モントルー条約の規定の範囲内で通航を認められてきています。
4. マラッカ・シンガポール海峡への参考点
マラッカ・シンガポール海峡は、トルコ海峡のように袋小路になっておらず、また、モントルー条約のような「特にある海峡について定める国際条約であって長い間存在し現に効力を有しているものがその海峡の通航を全面的又は部分的に規制している法制度」があるわけでもありませんが、(1)航行援助業務、検疫業務、救難業務の対価を徴収していること、(2)船舶の登録トンに応じて金額を定めていること、(3)代理店を通じて徴収していること等は、マ・シ海峡における新制度を構築する際に一つの参考になるものと思われます。
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