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B MIMA会合
 
 2004年10月、マレーシアのクアラルンプールにおいて、MIMA主催による「マラッカ海峡会議(包括的セキュリティー環境の構築)(Conference on the Straits of Malacca - Building a Comprehensive Security Environment)」が開催されました。ここでは、その会合で指摘された主要な論点について考察します。
 
1. マレーシア政府ナジブ副首相の基調演説
 
 マレーシア政府ナジブ副首相の基調演説を要約すると、下記のとおりです。
 
 マラッカ海峡は、東西貿易ルート、原油ルートとして非常に重要性である。スエズ運河の閉鎖(注:1960年代終わりから1970年代初頭にかけての中東情勢に起因する)により運賃が最高500%に高騰したことがあるが、マラッカ海峡においても同様なことが考えうる。
 
 マラッカ海峡沿いにはマレーシアの主要港が位置し、マレーシアもマラッカ海峡から多大なる便益を受けている。海運業のみならず観光業についても同様である。更に、水産業についてもマレーシアの全水揚げ高の半分を占めるマラッカ海峡は非常に重要である。インドネシアも同様である。
 
 にもかかわらず、マラッカ海峡を利用する者はそれを当たり前のように考えている。また、沿岸国の主権の存在についても忘れている。利用者がマラッカ海峡の利用について絶対的自由を有するという考え方は沿岸国の主権に対する尊重の欠如や国際法の間違った理解を反映している。
 
 国際社会からの要請と、船舶通航量の増大により悪影響を受けているマレーシア国民からの要請とのバランスを取ることは容易ではないが、利害関係を有する全ての者の相互理解と支援によってのみ為しえると考える。
 
 現在、マラッカ海峡では、航行安全、海洋汚染の問題に加え、海賊、国際犯罪などの問題が発生しているが、マレーシアは沿岸国、利用国の共通の利益のために努力する用意がある。しかし、問題への対策を講じる上で、沿岸国の主権は尊重されねばならない、ということも念頭に置く必要がある。
 
【考察】
 これまでのマレーシア及びインドネシアの主張は、マ・シ海峡から便益を受けているのは専ら利用国であり、そのために便益を受けていない沿岸国がなぜ航路標識の整備などの対策を講じる必要があるのか、というものでしたが、この基調演説では、沿岸国であるマレーシアも十分便益を享受していることを認めた上で、沿岸国と利用国とが共通の利益のために協力をすべきことを強調しています。このような認識は、この利用国負担問題を考える上で、大きな前進と言うことができます。
 
2. インドネシア元海洋法大使ハシム・ジャラル博士
 
 ハシム・ジャラル博士は、1970年代初頭のインドネシアと他の沿岸国との領海確定、日本の協力により実施された水路測量、1971年の海峡沿岸3カ国による共同宣言などに言及しつつ、マ・シ海峡は沿岸国の領海であり、同海峡の管理は沿岸3カ国によってのみ行われるべきであること、そしてその沿岸3カ国が相互に協力していくべきこと、を強調しました。また、現在、沿岸3カ国の政府間会合として、専ら航行安全問題全般について技術的側面からの検討を行っている沿岸3国技術専門家会合(TTEG)に言及し、マ・シ海峡問題についてセキュリティーを含む様々な観点から検討するためには、高級事務レベル会合、閣僚会合といった政策的、政治的なハイレベルの協議体を復活させる必要があることを指摘しました。更に、同博士は、海洋法条約第43条の規定に関し、文言上は"should"を用いる勧告的規定ではあるが、実質的には、利用国が沿岸国に協力する義務を課すものと理解されていること、「国際航行に資する他の改善措置(other improvement in aid of international navigation)」については、国際航行を促進するために、海峡のSafety(伝統的航行安全問題、海洋汚染問題等)に加え及びSecurity(海賊問題、海上テロ問題等)を保全するための沿岸国の能力改善をも含み得ること、について言及しました。マ・シ海峡で発生する海賊や海上テロの脅威についての利用国側からの批判について、同博士は、利用国が海洋法条約第43条に基づく義務を履行していないにもかかわらず、そのような批判をすることは公平ではないと述べました。マ・シ海峡通航中船舶のエスコート警護、利用国のマ・シ海峡への軍艦派遣といった動きに関しては、沿岸国の主権を侵害するものとして、また、海峡管理の国際化を招来するものとして、強い反対表明を行いました。海洋法条約には第43条という規定があるが、決して海峡管理の国際化のための方便として利用されてはならない、と訴えました。更に、マ・シ海峡問題をアセンアの枠組みの中で取扱うことについても、同博士は1971年の共同宣言に反するとの認識を有しています。
 
【考察】
 同博士は、いまだ1971年の共同宣言に固執しているところがあります。インドネシアにとって国の主権が非常に重要であることは理解できますが、利用国に支援はさせるが、マ・シ海峡管理に口を出させない、という考え方は、協力体制の構築に向けた動きの中においては、大きな支障となりえると考えられます。現在、中国がマ・シ海峡問題に対し、特にセキュリティー対策の懸念を背景として、積極的な姿勢を示し始めていますが(下記の中国参加者の発表内容参照)、このようなインドネシア側の姿勢は、利用国側にとっては受け入れられるものではありません。海洋法条約第43条は、あくまで、合意に基づく協力を前提としており、海峡沿岸国側が一方的な決定権を持つということは、この第43条の規定の原則に反するものと言わざるを得ません。
 
3. シンガポール海事港湾庁政策局リム・テックイー副局長
 
 リム局長は、マ・シ海峡の経済的重要性や、それを背景として海洋法条約では特別の通航制度が設けられたことについて説明しました。また、マ・シ海峡の航行安全環境改善のため、沿岸3カ国はIMOと協力をしてきたこと、特に、最近においては、戦略的に重要な海運航路(Shipping Lane of Strategic Importance)の安全を確保する必要性をIMOと共有するに至ったこと、について言及しました。更に、日本のマラッカ海峡協議会や国際協力事業団(注:現在の国際協力機構)を通じた協力に言及し、他の利用国についても同様の貢献をすることを望む、と述べました。同局長は、過去にシンガポールで開催された2回のマ・シ海峡国際会議についてふれ、当該会議においては、(1)沿岸国のみが負担するのは不公平であり、利用国も応分の負担をすべきである、(2)海洋法条約第43条に基づき、利用国は少なくとも協力の枠組みに関する対話に参加する義務がある、(3)同第43条の規定を実施するための資金メカニズムを構築する必要がある、というコンセンサスが形成されたが、今後、さらなる検討が必要である、としました。マ・シ海峡では、これまでの航行安全や海洋汚染といった問題に加え、海賊や海上テロの脅威があるとして、シンガポールでは、他の沿岸国とともに、連携パトロールなどの取組みを行っていること、更に、より広範な協力体制として、ARF: ASEAN Regional Forumでの活動、FPDA: Five Power Defense Arrangementsの活動範囲の拡大化、ISPSコードの適切な実施、などを通して、協力を行っていることについて言及しました。最後に、同局長は、利用国負担問題に係る更なる議論をすすめるための国際会議を近々開催する予定である旨述べました。
 
【考察】
 シンガポールは、これまで、本件問題を沿岸国がIMOに提議する前に、中国、韓国などの主要な利用国を招聘して、いわゆる「周知会合(Familiarization Meeting)」を開催することを主張してきました。この間、IMOでは、メトロポリス事務局長のイニシアチブにより、戦略的に重要な海運航路に関する議論が開始されました。また、本会合において、中国が「沿岸国からセキュリティー、航行安全に関し支援の要求がなく、これまで参加はしていないが、沿岸国から要求があれば喜んで支援したい」との考えを表明しました。シンガポールは、TTEGの本件問題に係るワーキング・グループの議長を務めるなど、これまで沿岸国における牽引役を勤めてきましたが、これらの新たな動きや、また、次回開催予定のTTEGが本年12月にインドネシアで開催されることを見据え、新たな方向性を模索しはじめていると考えられ、今後のシンガポールの動きを注視していく必要があります。
 
4. 日本国土交通省外航課桜井課長
 
 桜井課長は、民間団体による貢献や海上保安庁による沿岸国に対するキャパシティビルディグ活動による貢献に焦点を絞った発表を行いました。同時に、日本の海事関係業界、民間団体からの現在のボランタリーな資金拠出による貢献活動について、関係者は(1)日本以外の東アジアの利用国に益するタンカー、コンテナ船の通峡交通の増大傾向、(2)沿岸国において整備が行われているコンテナハブ港や石油精製施設への寄港による沿岸国に益する海峡横切交通の増大傾向、(3)民間企業間における国際ビジネス競争の激化の状況の下、日本の民間団体のみが海峡の航行安全、環境保全に関する沿岸国の活動に対して資金的貢献を継続することは困難と考えるようになっており、他の利用者、特に海峡の主要な利用者からの公平な負担を求めていきたいとの考えを表明しました。また、日本の船社はこの問題をアジアの船社が集まるフォーラムにおいて提起し、今後議論されていることとなっていることを紹介しました。最後に、発表の結論として、沿岸国の主権、イニシアチブを尊重しつつ、幅広い利用者、特に主要な利用者がその活動を支持する協力的なアプローチに向けた議論の進展を支持し、またIMOが着手した海運航路のセキュリティー確保に関する取り組みを支持するとの考えを表明しました。
 
【考察】
 日本はこれまで、日本財団を核とした民間ベースの支援を継続的に進めてきましたが、今後、海峡沿岸国が主導する利用国負担問題に係る議論に日本に加え中国が参加し、これに追随して韓国や米国も参加する可能性が出てきました。一方で、IMOのイニシアチブによるマ・シ海峡のセキュリティー確保に関する議論も並行的に進展しています。今後、従来の伝統的な航行安全、海洋汚染問題に加え海上セキュリティー問題を含む包括的協議スキームが構築されることになった場合、これまで過去30年間にわたり協力を実施してきた日本のアドバンテージを何らかの形で維持する仕組みを検討する必要があります。日本は30年間ボランタリーに協力をしてきた、いわゆる「いい人」で終わってしまってはいけないと考えられます。従って、これまでの協力に基づくアドバンテージを活用し、新しい協議スキーム、あるいはその結果として構築される協力体制の中においても、引き続き主導的な役割を担っていくための方策を検討する必要があると考えられます。
 
5. 中国外務省ザオ・ジアンフア参事官
 
 ザオ参事官は、マ・シ海峡の重要性について指摘しつつ、当該海峡には、海賊、人身売買、麻薬の密輸、海洋環境問題、テロ攻撃の脅威といった問題が存在し、このような複雑なセキュリティー問題に対しては、ARF、マ・シ海峡連携パトロール、ISPSコードといった協力のための国際的枠組みを基礎として取組む必要があることを指摘しました。また、このような形での協力をより効果的にするためには、(1)共通の問題意識の保有、(2)共通の法的基礎の存在、(3)共通の協力手法、が必要であることを指摘しました。
 
 (1)共通の問題意識に関しては、例として、テロの脅威に対する認識の違いや(ある国は差し迫ったものと考え、ある国では誇張した議論であると考えている)国益の相違を指摘しました。(2)共通の法的基礎に関しては、共通認識として、国連憲章や既存の国際法の枠組みに沿ったものでなければならない、というものがあるが、海上テロなどの差し迫った状況がある場合に、そのような原理原則を遵守する余裕があるか、といった問題や、そのような原理原則を越えた協力の枠組み作りをする取組みも行われている、と示唆しました。(3)共通の協力手法に関しては、個々の問題に適した個々の解決方法があるはずであり、全てに適用される解決手法は用いるべきでない、と指摘しました。
 
 マ・シ海峡のセキュリティー問題は、航行安全問題同様、利用国の支援のもと沿岸国が主導して行うべきであること、また、法令執行機関の努力により解決すべき問題であり、軍隊の関与は重大な懸案を引き起こす可能性があること、をあわせて指摘しました。最後に、今後の方向性として、中国のエネルギー輸入の80%はマ・シ海峡を経由していることに言及しつつ、中国の協力の方向性について、下記の事実に言及しつつ、中国は国連憲章及び他の世界的に認知された国際法に基づき、海上セキュリティーに係る脅威に対処し、継続的かつ安定的な地域海上セキュリティー環境を構築するための協力を行う用意がある、と述べました。
・2002年の中国ASEAN首脳会議においてなされた「非伝統的なセキュリティー分野における協力に関する中国ASEAN共同宣言」に従い、2004年、「非伝統的なセキュリティー問題の協力に関するMOU」に署名した。
・中国はARF関連のセミナーや会合に積極的に参加しており、ARFの枠組みでの海上セキュリティー協力の強力な支持国である。
・中国はIMOやIALAとの協力を行っており、既に、シージャック防止条約に署名した。
・2003年、中国は国連組織犯罪条約を批准した。
 
【考察】
 今回の会合には、中国から6名もの政府関係者が参加し、海上セキュリティーに係る脅威に対処し、継続的かつ安定的な地域海上セキュリティー環境を構築するための協力を行う用意がある旨表明したことは注目に値します。また、これまでの中国のスタンスに関しては、沿岸国からセキュリティーや航行安全の問題に関し、支援の要求が無かったから、と説明をしています(過去の同種の国際会議において、中国政府の海運問題担当官は、利用国負担問題は海運会社の問題である旨表明している)。このような中国の立場の変化に対応するため、TTEG会合の当番国であるインドネシアは、2004年12月頃、TTEG会合の開催にあわせ、海峡利用国と海峡沿岸国との間の会合を開催する旨表明を行いました。ようやく中国が利用国負担問題に参加する可能性が見え始めたことや、米国も専らセキュリティー分野において海峡沿岸国にアプローチしていることなどから、今後、マ・シ海峡の利用国負担問題を巡る環境が劇的に変化する可能性が出てきたと言えます。
 
6. 米国在マレーシア米国大使館トーマス・ドウトン参事官(政務)
 
 ドウトン参事官は、マラッカ海峡の船舶通航量の増加や、地域経済や世界経済がマラッカ海峡から得る便益の増大を考えた場合、同海峡のセキュリティーを維持するための負担を海峡沿岸国のみに強いるということは不公平であるとして、国際法上、沿岸国の管轄権が及ぶ海域ではあるものの、利用国が何らかの支援をする方策はあり得るはずだ、と指摘するとともに、米国は、地域海上セキュリティー・イニシアチブ(RMSI: Regional Maritime Security Initiative)に基づく能力強化プログラムを通じて、マラッカ海峡のセキュリティーに貢献する用意がある旨述べました。更に、このRMSIがどういったものなのかについて下記のとおり説明しました。
・RMSIは米国一国主義に基づくものではない。
・RMSIは他国主権を侵害するものではない。
・RMSIへの参加は各国の任意による。
・米国は対テロ対策のための手段を提供するが、当該手段を使用するか否かは、各国の判断による
・RMSIは既存の国際法及び国内法の枠組みの中で実施される。
・RMSIは米国海軍による海峡パトロールの口実ではない。
・RMSIは海軍というよりは、法令執行機関の能力向上を目的としている。
 
 更に、同参事官は、RMSIは次の4つの要素に基礎を置く概念であると説明しました。
・現状に対する共通の認識を醸成する。
・各組織間の、及び、国家間の迅速かつ効率的な意思疎通や情報交換を構築する。
・国家間の運用などに係る協定の締結を通じて国際協力の拡大を図る。
・意思決定能力の向上を図る。
 
【考察】
 ドウトン参事官は、同海峡のセキュリティーを維持するための負担を海峡沿岸国のみに強いるということは不公平である旨表明しましたが、米国は不公平であるということを口実に、マ・シ海峡問題への介入を強く望んでいると考えられます。2001年9月11日の米国でのテロ事件後、米国は「テロに対する戦争」を掲げてアフガニスタンに進攻しましたが、当該地域への軍事戦略物質を積載する船舶がマ・シ海峡を通航する際、エスコート警護をインド海軍の協力を得て実施しています。このエスコート警護は、当然、沿岸国の了解を得て実施したものですが、沿岸国側は、9月11日の事件を背景にしぶしぶ承諾したものと推測できます。しかし、現在においては、当該テロ事件の影響はかなり少なくなり、当時のように、対テロ対策を口実にすれば何でもできる、という状況にはありません。米国は、このような沿岸国の状況の変化を十分認識しているからこそ、RMSIは法令執行業務に関する能力強化のプログラムであり、沿岸国が受け入れやすいものであることを強調しています。米国は、このRMSIを通じて、セキュリティー分野におけるマ・シ海峡に対する協力の足がかりを確保したいと考えているようです。


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