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マラッカ・シンガポール海峡の情勢 2004

 事業名 海上安全に関する国際情報収集活動
 団体名 日本海難防止協会 注目度注目度5


2. 巡視・取締りの強化
 
(1)沿岸国の取組み
 
 沿岸国領海内における巡視・取締り活動は、沿岸国の管轄権に基づき沿岸国の海上法令執行機関が実施すべきものです。マ・シ海峡の主要海域は沿岸3カ国の領海で占められており、沿岸国の海上法令執行機関が警備艇を配置し巡視・取締り活動を実施しています。また、沿岸国相互の協力体制による巡視活動も行われています。また、シンガポールでは、無作為に又は特定の動静留意船舶(Sensitive Vessels)に対し、海軍、沿岸警備隊(PCG: Police Coast Guard)によるエスコート警備が実施されています。
 
沿岸国相互の協力体制による巡視活動
■シンガポール海峡においては、1990年にインドネシア・シンガポールの国防当局間で結ばれた協定に基づき、連携巡視活動(INDOSIN: Indonesia and Singapore Coordinated Patrol)が実施されている。この巡視活動は、シンガポール海峡の特定海域(フィリップス水道、分離通航帯など)で発生する海賊事案に対し、連携して対処する(相手国領海内への継続追跡に係る事前承認、相手国機関の支援依頼など)ものであり、シンガポールからは海軍のみならず沿岸警備隊も、また、インドネシアからは海軍に加え海上警察、海運総局沿岸警備隊も船艇を提供している。
 
■マラッカ海峡においては、マレーシア海上警察及びインドネシア海上警察との間で、海賊取締りに係る相互協力が実施されているが、当該協力による効果は上がっていないと考えられる。マラッカ海峡の海賊件数の減少は、専ら、マレーシア海上警察の努力によるところが大である。
 
■2004年7月、マ・シ海峡沿岸3カ国海軍は協定を締結し海賊及び海上テロ取締りに係る連携巡視活動を開始した。今回の活動の実施に際し、24時間体制の連絡調整ホットラインが開設された。これにより、海賊等を越境追跡しなければならない場合、迅速に相手国への連絡、承認取得、支援要請などが可能となったとされる。しかし、当該協定の具体的内容は公表されておらず、越境追跡が相互に承認されているかについては不明確のままとされる。海峡沿岸3カ国海軍による連携巡視の効果については、マ・シ海峡における海賊発生件数の推移をしばらく見る必要がある、という意見が趨勢である。
 
動静留意船舶(Sensitive Vessels)
■LNGタンカー、LPGタンカー、油・ケミカル・タンカー、旅客船など、テロ攻撃の対象となった場合、甚大なる被害が想定され得る船舶を動静留意船舶として特別の注意を払っている。
 
 シンガポールの船舶交通情報システム(VTIS: Vessel Traffic Information System)では、シンガポール海峡内の動静留意船舶などの動静をレーダー、テレビカメラ等により常時監視しています。2001年の米国における同時多発テロ事件以降、シンガポール領海内を巡視する警備艇隻数の増強に加え、VTISによる監視体制が強化されました。
 
 以上のような海上法令執行機関の取組みに加え、海上と陸上の法令執行機関間の連携協力を強化する必要があります。これは、海賊・海上テロ行為の行為地は海上であっても、その準備作業(小型ボートの調達、武器の調達・訓練、実行犯グループの組織化など)や略奪品の処理(ブラック・マーケットでの売買など)などは陸上で行われており、また、海賊やテロリストの生活基盤も陸上にあることによります。この必要性については、2004年6月の第5回海賊及び海上セキュリティーに関するIMB会議などにおいても指摘されています。
 
 
コラム:マ・シ海峡において想定されうる海上テロ行為とその対策
 
1. 船舶及びその乗組員を対象としたもの
 
 船舶又はその乗組員を対象としたものに、「小型高速ボートによる銃撃、自爆テロ」、「乗組員等によるサボタージュ」、「ダイバーによる船体水面下への爆発物の設置」などがあります。
 
 マ・シ海峡は極めて長大かつ狭隘な海峡であり、両岸には容易に潜伏できるマングローブ林が広がっていることなどから、同海峡を航行する全ての船舶をこの種の攻撃から守ることは不可能に近いと言えます。なお、特定の船舶(LPG船、原油タンカー等)のみを対象とする場合には、数隻の警備艇による伴走警戒を実施することが有効です。一方で、シンガポールのように、警備対象船舶が所在する場所が限定されており、当該船舶から離れた場所に警戒線を設定し、警備勢力を集中的に投入することができる環境においては、このような小型高速ボートによる攻撃にも十分対処することができます。
 
 海賊・海上テロ対策における船舶の自衛措置の中心的なものは、いかに賊に乗り込まれないようにするかですが、既に賊の分子が船舶内にいる段階においては、有効な自衛措置は存在しません。乗組員等によるサボタージュに関しては、配乗する乗組員等の身元確認を適切に行う必要があります。
 
2. 港湾施設を対象としたもの
 
 海事セキュリティーの専門家が指摘する想定事案の中に、大型LPG船をハイジャックし重要な港湾施設に突入、爆破させる、というものがあります。具体的には、大型のLPG船をマ・シ海峡進入前にハイジャックし、何事も起こっていないことを装い、マ・シ海峡を航行しつつ海峡沿岸の重要港湾施設に接近し、急遽針路を変更し最大速力で当該施設に突入を試みるといったものです。マ・シ海峡では実際にLPG船が海賊被害に遭っていますし、また、慣性力が大きい大型の船舶のいき足を止めることは不可能です。なお、LPG船に積載するLPGを一気に爆発炎上させることが可能か否かについては、専門家の中でも意見が分かれるところです。
 
 シンガポール港湾内には、コンテナ埠頭、石油化学コンビナートなどの重要施設が立地していることに加え、船舶の航路帯が港湾区域境界線の直近に設置されていることから、このような脅威に対しては脆弱であると考えられます。
 
3. VTIS、航路標識等の海事関連施設を対象としたもの
 
 テロ攻撃の対象は、当該対象の破壊により社会・経済の秩序が著しく損なわれるものが選ばれます。ただし、VTIS等の破壊により、マ・シ海峡の航行安全秩序がどの程度損なわれるかは未知数です。なお、シンガポールのVTISは2カ所あり、一方の機能不全に対し、相互にバックアップする体制をとっています。航路標識についても、AISなど当該標識の位置、機能状態を監視する機器を設置し常時遠隔モニターすることにより、仮に破壊されたとしても、警戒船の配置、VTISからの注意喚起など、十分対処することが可能です。
 
4. 海洋環境を対象としたもの
 
 ハイジャックした油HNSタンカーから油等の積載貨物を故意に海上に流出させるなどによる海洋環境をテロ対象として行うものです。マ・シ海峡では、実際に多数のタンカーが海賊被害に遭っています。ただし、テロ攻撃の本質からすると、ターゲットとなり得るのは、VLCCなどの大型のものに限られてきます。この種のテロに対しては、有効な対策がありません。
 
5. マ・シ海峡の機能不全を目的としたもの
 
 ハイジャックした大型船舶を故意にTSS内の水深が浅い場所に沈めるといったものです。最も影響がある場所は、第II章「マラッカ・シンガポール海峡の概要」でも述べましたが、シンガポール海峡のサキジャン・ペラパ島(シンガポール)とバツ・ベルハンティ岩(インドネシア)との間(シンガポール海峡の最狭部)の深喫水航路です。船舶の構造を知る者にとっては、船に浸水を起こさせ沈没させることは容易です。例えば、アロンドラ・レインボー号の海賊犯は、インド沿岸警備隊などとの間の銃撃戦の後、証拠隠滅のため同号を沈没させようと試んでいます(沈没寸前のところで阻止されたが、機関室には多量の浸水があった)。
 
(2)利用国による協力
 
 沿岸国領海内における巡視・取締り活動は、沿岸国の管轄権に基づき沿岸国の海上法令執行機関が実施するべきものです。従って、沿岸国からの特段の要請等がない限り、他国の海上法令執行機関が警備艇を当該沿岸国領海に派遣するなどして巡視活動・取締り活動を行うことは、国際法上許されない行為とされています。マ・シ海峡においても、巡視活動にかかる沿岸国相互の協力体制は存在するものの、利用国が直接的にマ・シ海峡における巡視・取締り活動に従事する、ということは行われていません。
 
利用国が直接的にマ・シ海峡における巡視・取締り活動に従事する
■日本の海上保安庁の巡視船や航空機が定期的に東南アジア諸国に海賊しょう戒と称して派遣されているが、派遣目的は、各国との連携訓練や情報交換の実施、セミナーの開催などであり、沿岸国領海における巡視活動ではない。
 
■アフガニスタン戦争時、米国とインドが協力をしてマ・シ海峡を航行する特定船舶(専ら、米国の軍事戦略物質を輸送する民間船舶が対象)に対しエスコート警護を行った。当該警護の実施に際し、米国は沿岸国から承認を得たようであるが、実際に差し迫ったテロの脅威が被警護船舶に発生した場合、現行の海洋法条約との整合性などの観点から、どの程度有効な措置が取り得るのかについては問題が残る。
 
■2004年3月に米国のファーゴ太平洋方面軍司令官が下院軍事委員会において、対テロ対策の一環として米国部隊のマラッカ海峡への派遣を示唆した旨の報道がある。この報道に対し、マレーシア、インドネシアが極度の嫌悪感を示したが、当該司令官の意図は報道とは違ったところにあるとされている。米国はその後、地域海上セキュリティー・イニシアチブ(RMSI: Regional Maritime Security Initiative)という新しい協力の枠組みを提案しARF(ASEAN Regional Forum)などの機会を活用しRMSIの説明を試みているが、先ほどの米軍高官の議会での発言を巡る混乱も影響し、米国の真意は関係国に正確に伝わっていない。
 
 下記は、2004年10月、マレーシアのクアラルンプールで開催されたマレーシア海事研究所主催による「マラッカ海峡会議―包括的セキュリティー環境の構築―」において、在マレーシア米国大使館参事官Thomas F. Doughton氏のプレゼンテーションの中で述べられたRMSIに関する説明である。
・RMSIは米国一国主義に基づくものではない。
・RMSIは他国主権を侵害するものではない。
・RMSIへの参加は各国の任意による。
・米国は対テロ対策のための手段を提供するが、当該手段を使用するか否かは、各国の判断による。
・RMSIは既存の国際法及び国内法の枠組みの中で実施される。
・RMSIは米国海軍による海峡パトロールの隠れ蓑ではない。
・RMSIは海軍というよりは、海上法令執行機関の能力向上を目的としている。
 
(3)今後の方向性
 
【海峡沿岸国海上法令執行機関の連携協力】
 マ・シ海峡の巡視・取締り活動は、沿岸国の海上法令執行機関が沿岸国の管轄権に基づき実施すべきものである、という大前提は現状においては覆すことができません。ただし、海峡沿岸国海軍が現在行っているような連携巡視(Coordinated Patrol)を更に改善・発展させる可能性は残されています。具体的な改善・発展方策としては、(1)主体を海軍から海上法令執行機関に変更すること、(2)相手国領海内への継続追跡を恒久的制度とすること、(3)そのためには、隣接国の海上法令執行機関の士官を自国巡視船に乗船させ巡視にあたること (4)あるいは、隣接国による自国領海内への継続追跡を承認する権限を自国の海上法令執行機関の現場指揮官に付与すること、などがあげられます。ただし、このような改善・発展された連携巡視、すなわち合同巡視(Joint Patrol)の対象海域をマ・シ海峡全域とすることが困難な場合には、例えば、活動範囲を分離通航帯及び当該境界線付近に限るなどとする選択肢もあります。このような措置により、マ・シ海峡における法令執行機能の真空地帯を解消し、より均一的な法令執行体制を構築することが必要です。
 
【セキュリティー対策としてのAISの活用】
 セキュリティー対策としてのAIS(ロングレンジを含む)の効用は現在のところ未知数ですが、将来的には船舶監視のための有効な手段の一つとして、AISの役割は大きくなると考えられます。なお、シンガポールにおいては、港内小型船舶(約1200隻が登録)を対象として、簡易AIS装置の設置を義務つけるための検討が行われています。
 
【大量破壊兵器不拡散イニシアチブ】
 大量破壊兵器不拡散イニシアチブとは、いわゆるPSI(Proliferation Security Initiative)のことであり、米国主導のもと、大量破壊兵器(WMD: Weapons of Mass Destruction)の移動・拡散を制限しようとする試みです。このPSIは、2003年5月31日、ポーランドにおいて米国ブッシュ大統領により発表されました。当初、この取組みに参加した国は、オーストラリア、フランス、ドイツ、イタリア、日本、オランダ、ポーランド、ポルトガル、スペイン、英国の10カ国です。2003年の9月に行われたPSI会合においては、特に懸念すべき国は北朝鮮及びイランであることが確認されています。その後、カナダ、デンマーク、ノルウェー、シンガポール、トルコ、ロシアが参加を表明しています(米国国務省ホームページ http://www.state.govでは、不拡散局(Bureau of Nonproliferation)が作成したFAQなど、PSIに関する詳細な情報を掲載している)。
 
 公海上における不審船舶への立入検査は、当該船舶の旗国の同意を必要とします。一方、マ・シ海峡のような国際海峡を通航する船舶に対しては、通過通航制度が適用されるため、例えば、シンガポールがマ・シ海峡の自国領海内を通航する不審船舶に対し立入検査をしようとする場合、旗国の同意を必要とします。また、米国が同様な検査をマ・シ海峡で行うためには、旗国の同意に加えて、沿岸国の同意も必要とします。従って、わざわざ、船舶交通の輻輳するマ・シ海峡において、PSIに基づく立入検査を通航船舶に対し実施することは、マ・シ海峡の交通秩序を乱し危険であるとともに、非効率的であると考えられます。
 
旗国の同意を必要とします
■この点に関し、米国国務省作成のFAQでは、次のとおり述べている。
Question: Would non-PSI countries be subject to boardings and seizures?
A: PSI is not focused on countries but on shipments to states and non-state actors of proliferation concern. Vessels of a state would be boarded only to the extent consistent with national legal authorities and international law, for example, upon gaining the consent of a state to board one of its flagged vessels on the high seas. Any case involving a vessel carrying WMD, delivery systems, or related materials to states or non-state actors of proliferation concern could be a potential candidate for our seeking such consent, regardless of whether or not the flag state is a PSI member.
 
【接続水域的相互取締り海域の設定】
 マ・シ海峡沿岸国領海の境界線付近に、特定の法令違反を防止し、かつ処罰するための相互取締り海域を設定することも検討に値すると考えられます。通常、領海の外側に公海が広がっている場合には、最大で12海里の接続水域を設定し、沿岸国はこの水域で特定の法令違反を防止し、かつ処罰することができます。しかし、自国領海が他国領海に接しているような場合には、現在の国際法上では接続水域を設定することができません。とはいうものの、領海外において特定の法令違反を防止するなどの必要性は、自国領海が隣接国領海に接していようが、公海に接していようが、かわりはありません。むしろ、隣接国領海に接している方がその必要性は高くなると考えられます。従って、隣接する二国間で特別の協定を結び、相互主義に基づき特定の法令違反を防止かつ処罰するための一定の幅を持った相互取締り海域を隣接国領海内に設定することは、隣接する両国にとって有意義であると考えられます。このような相互取締り海域の設定により、隣接国の海上法令執行機関が自国領海内において目的が限定されているとはいえ、法令執行活動を行うことは、将来的に合同巡視(Joint Patrol)に発展していく可能性を持っています。ただし、マ・シ海峡のような国際海峡においては、通過通航制度との関係で問題が生じる可能性があり、また、分離通航帯を航行する船舶の交通流を乱す恐れもあり、慎重な検討を要します。
 
特定の法令違反
■通関上、財政上、出入国管理上又は衛生上の法令(海洋法条約第33条第1項(a))
 
【国際海峡における普遍的執行管轄権の承認】
 更に、遠い将来的な方向性として、先に述べた原則には反しますが、利用国の海上法令執行機関の参加による協力形態があります。これは、国際海峡全域又は同海峡の特定の海域(TSS等)において、沿岸国が利用国など他国の海上法令執行機関による普遍的執行管轄権を承認する、というものです。これも現行の国際法上の制度にはないものですが、海峡沿岸国及び特定の利用国との間の特別の協定により実施されるべきものと考えられます。ただし、その制度の前提として、最低限、下記の環境が整っている必要があります。
・沿岸国相互による取組みが行われていること(継続追跡の相互承認を含む合同巡視(Joint Ptrol等)による)
・海洋法条約第43条に基づく海峡利用国と沿岸国との協力制度が構築されていること。
・対象犯罪行為を海賊など海洋法条約により公海上における普遍的管轄権を行使することが容認されている国際犯罪に限定すること。
・対象船舶を自国船舶(旗国から旗国に代わって権限を行使することの承認を受けた場合を含む)に限定すること。


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更新日: 2019年4月20日

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