コラム:シンガポールにおけるシージャック防止条約の国内法整備
2003年11月10日、シンガポールは、いわゆる「シージャック防止条約」を実施するための「海事犯罪法案(Maritime Offences Bill, Bill No.23/2003)」を可決し、翌2004年3月、施行しました。
注:本稿は、当該法案の逐条和訳ではありません。従って、省略してある箇所や規定順序を変更している箇所等があります。
1. 法案の概要
この法案は、シージャック防止条約に規定する犯罪行為について、当該犯罪行為の行為者がシンガポールに所在する場合に、当該犯罪行為が行われた場所、当該行為者の国籍、当該行為が行われた船舶の国籍にかかわらず、シンガポールにおいて処罰することを可能とするものです。また、処罰をしない場合においても、当該者を他の適当な国に引渡すことが可能となります。なお、本法には、航空機ハイジャック及び航空機の保護並びに国際空港に関する法律等の関連法に所要の改正を行う規定も含まれています。
2. 主要条項の内容
第2条 解釈
“暴力行為(act of violence)”
シンガポールで行われた下記の犯罪
・殺人(注:殺人当地の分類として、故意かつ計画的な殺人行為である“murder”と“murder”には至らないが処罰に値する殺人行為である“homicide”とがあり、ここではそれらをまとめて「殺人」としている。)
・故意に重大な傷害を与える行為
・危険な武器又は手段により故意に傷害を与える行為
・その他、「武器犯罪法第4条」、「腐食性及び爆発性物質並びに違法武器に関する法律第3条及び第4条」、「爆発性物質に関する法律第3条及び第4条」、「誘拐行為に関する法律第3条」に規定する類似の行為
シンガポールで行われれば上記の犯罪を構成する行為であって、シンガポールの外で行われたもの
“関連する海事犯罪(relevant maritime offence)”
第3条から第6条までに規定する犯罪行為並びに当該犯罪行為に係る共同謀議(conspiracy)、教唆(inciting)、未遂(attempting)、幇助(aiding and abeting)、助言(counseling)、仲介(procuring)の各行為
“不法に(unlawfully)”
ある行為がシンガポール内で行われた場合、有効なシンガポール成文法に違反するようなとき、一方、ある行為がシンガポール外で行われた場合、当該行為が仮にシンガポール内で行われた場合に有効なシンガポール成文法に違反することとなるようなとき
第3条 船舶のハイジャック
暴力、脅迫により、不法に船舶を奪取し又は管理する行為(注:シージャック防止条約第3条1項(a)に該当)は、行為者の国籍、船舶の国籍、船舶がシンガポール水域内にいるか否かにかかわらず、処罰される。
例外:本条は、軍艦、海軍予備役船舶、税関船、警察艇が関与する場合には適用されない。ただし、次の場合は除く。
・当該行為者がシンガポール国民である場合
・当該行為がシンガポール域内で行われた場合
・当該船舶がシンガポールの海軍、税関、警察で使用されている場合
第4条 船舶を破壊し、損害を与える行為
不法かつ故意になされた下記の行為は、行為の実行場所、行為者の国籍、船舶の国籍にかかわらず、処罰される。
(a)船舶を破壊する行為(注:シージャック防止条約第3条1項(c)に該当)
(b)船舶又はその積荷に対し、当該船舶の安全な航行を損なう又は損なうおそれのある損害を与える行為(注:シージャック防止条約第3条1項(c)に該当)、
(c)船舶内での、当該船舶の安全な航行を損なう暴力行為(注:シージャック防止条約第3条1項(b)に該当)
(d)船舶に、当該船舶を破壊するような、装置又は物質を置く行為(注:シージャック防止条約第3条1項(d)に該当)
(e)船舶に、当該船舶又はその積荷に対し、当該船舶の安全な航行を損なう損害を与えるような、装置又は物質を置く行為(注:シージャック防止条約第3条1項(d)に該当)
(f)船舶に、上記(d)及び(e)のような、装置又は物質が置かれるようにする行為(注:シージャック防止条約第3条1項(d)に該当)
例外:本条は、軍艦、海軍予備役船舶、税関船、警察艇が関与する場合には適用されない。ただし、次の場合は除く。
・当該行為者がシンガポール国民である場合
・当該行為がシンガポール域内で行われた場合
・当該船舶がシンガポールの海軍、税関、警察で使用されている場合
第5条 船舶の安全な航行を損なう又は損なうおそれのある他の行為
不法かつ故意になされた下記の行為は、行為の実行場所、行為者の国籍、船舶の国籍にかかわらず、処罰される。
(a)財産を破壊し又は損傷する行為(船舶の安全な航行を損なうおそれがある場合)(注:シージャック防止条約第3条1項(e)に該当)
(b)(a)の財産の運用を著しく妨害する行為(同上)(注:シージャック防止条約第3条1項(e)に該当)
注:(a)の財産は、海洋航行に関する施設(陸上、建造物、船舶、器具、設備を含む。)をいい、船舶上にあるか否かは問わない。
例外:本条は、軍艦、海軍予備役船舶、税関船、警察艇が関与する場合には適用されない。ただし、次の場合は除く。
・当該行為者がシンガポール国民である場合
・当該行為がシンガポール域内で行われた場合
・当該船舶がシンガポールの海軍、税関、警察で使用されている場合
故意により、虚偽の情報を通報し、当該情報の通報が船舶の安全な航行を損なう場合には、処罰される(注:シージャック防止条約第3条1項(f)に該当)。
例外:当該行為者が、通報された情報を真実と信じ、かつ、信じるにたる合理的根拠がある場合や、情報通報の業務を行うため合法的に雇用された者であって、当該業務の実施に際し、善良なる信念を持って行った場合
例外:本条は、軍艦、海軍予備役船舶、税関船、警察艇が関与する場合には適用されない。ただし、次の場合は除く。
・当該行為者がシンガポール国民である場合
・当該行為がシンガポール域内で行われた場合
・当該船舶がシンガポールの海軍、税関、警察で使用されている場合
第6条 脅迫に係る犯罪行為
下記の行為は、船舶の安全な航行を損なうおそれがある場合、行為の実行場所、行為者の国籍、船舶の国籍にかかわらず、処罰される。
第4条の(a)から(c)又は第5条の(a)及び(b)に規定する犯罪行為を行うよう言って、人にある行為の作為・不作為を強要する行為
例外:本条は、軍艦、海軍予備役船舶、税関船、警察艇が関与する場合には適用されない。ただし、次の場合は除く。
・当該行為者がシンガポール国民である場合
・当該行為がシンガポール域内で行われた場合
・当該船舶がシンガポールの海軍、税関、警察で使用されている場合
第7条 付随的犯罪行為
第3条から第5条までに定める犯罪及びその未遂に関連して行われた暴力行為(注:シージャック防止条約第3条1項(g)に該当)は、行為の実行場所、行為者の国籍、船舶の国籍にかかわらず、シンガポールで行われたものとみなされ、適用のあるシンガポールの法律に基づき、処罰される。
シンガポールにいる者が、他の場所で行われた犯罪の幇助を行った場合も、処罰する。
例外:本条は、軍艦、海軍予備役船舶、税関船、警察艇が関与する場合には適用されない。ただし、次の場合は除く。
・当該行為者がシンガポール国民である場合
・当該行為がシンガポール域内で行われた場合
・当該船舶がシンガポールの海軍、税関、警察で使用されている場合
第8条 船長の引渡権
船長は、当該船舶の所在地、船籍国に係らず、当該船上にある者が、船舶(当該船舶に限らない)に係る海事犯罪を犯したと信ずるに足る合理的な理由があれば、当該者をシンガポール当局に引渡すことができる。シンガポール国籍船の船長は、上記に係る状況において、他の条約締約国の当局に引渡すことができる。
例外:軍艦、海軍予備役船舶、税関船、警察艇が関与する海事犯罪は除く。
引渡しに際し、船長は、前もって、指定の様式により、当局に引渡しの意思及びその理由を通報する。なお、当該通報は、引渡し相手国の領海に進入前、これが合理的に不可能な場合は、進入後のできるだけ早い時期、に行われる。当該者を引渡す際、船長は、当該者の犯罪行為に関し口頭又は書面により陳述を行い、また、証拠品を提出する。
注:シンガポールにおいて通報を受け取る当局は、海事港湾庁のシンガポール港長が指定されている。その他の国においては、当該国が指定する当局となっている。
通報や陳述の提出を怠った場合は、S$5,000を超えない罰金が科される。
例外:船長が、合理的な理由に基づき、通報行為が船舶の安全に損害を与えると認識していた場合
他の適当な当局に通報していた場合(シンガポール当局への通報を除く)また、船長が、合理的な理由に基づき、他の適当な当局への通報行為が船舶の安全に損害を与えると認識していた場合
第11条 犯罪人引渡し
シンガポールと他の締約国との間で犯罪人引渡条約が締結されていない場合は、あたかも当該条約が締結されているかのごとく、本法に規定されている特定の犯罪行為を犯した犯罪人に限り、シンガポールの犯罪人引渡法を適用する。
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