2. 港湾の自衛措置
(1)沿岸国の取組み
2002年12月に採択された「SOLAS条約改正附属書」及び「船舶及び港湾施設の保安に関する国際規則(ISPSコード)」の中には、これまでSOLAS条約が対象としてこなかった港湾施設におけるセキュリティー対策についても新たな規定が盛り込まれてあります。なお、シンガポールにおいては、2001年9月11日の米国同時多発テロ事件以降、港湾における様々なセキュリティー対策が強化されています。
⇒港湾施設におけるセキュリティー対策
■国際港湾施設(国際航海船舶が利用する港湾施設)に適用される措置
・警備設備(フェンス、保安照明、監視カメラなど)の設置
・保安計画の作成
・保安計画の承認取得
・保安管理者の選任(Port Facility Security Officer)
・セキュリティー評価の実施
・政府が決定するセキュリティー・レベルに応じた適切な措置の実施
・定期的な訓練等の実施
■シンガポールの123の港湾施設のうち国際航海船舶に利用されるものが90施設、500トン未満の船舶に利用されるものが33施設存在する。
⇒港湾における様々なセキュリティー対策が強化
■シンガポール港では、危険物取扱ターミナル周辺海域を立入禁止区域に指定し、いかなる船舶もMPAの許可なしには当該区域への進入・通過、当該区域での錨泊・係留は禁じられる。
以前は、特定の船舶(入港後、造船所、油ターミナル、民間の桟橋等に向かう船舶)に対しては、入港前に事前出入国手続(Advance Immigration Clearance)が実施されていたが、2001年9月の同時多発テロ事件以降はこれを取りやめた。この結果、これらの船舶は、入港後、指定された錨地において、入国管理・検査庁の審査官による審査を、乗組員一人一人が受けることになった。
錨地や沖合いターミナルにある船舶の乗組員・乗客がシンガポールに上陸する場合、予め指定された地点(現在指定されている場所は、West Coast PierとClifford Pierの2箇所のみである)からのみ上陸が許可される。当該地点では、入国管理・検査庁の審査官により上陸者一人一人に対して上陸審査が行われる。
切迫した海上セキュリティー脅威がある場合の措置として、MPAは次のとおり、必要な措置を講じることができる。なお、これまで、そのような脅威があるとされたのは、イラク戦争期間中と2003年4月の2回だけである。
・バンカー船及び鋼製タグの運航者は少なくとも12時間前までに港内における運航計画をMPAに提出する。
・ケミカル・タンカー、LNG船、LPG船用錨地を立入禁止区域に指定する。
・ケミカル・タンカー、LNG船、LPG船の港内での運航は、昼間に限定される。
・シンガポール港を出港するプレジャー・ボートは関連情報を提出する。
港湾施設、旅客ターミナルでの対策として、シンガポール旅客船ターミナルに発着する旅客船の乗客、手荷物等全てに対し、X線装置、金属探知機、爆発物検知器を使用して検査が実施されている。
シンガポールでは、以上の措置に加え、(1)小型港内船舶、(2)非SOLAS対象船舶(総トン数500トン未満の貨物船)を対象に、以下のような追加的措置を行っています。これらの措置は、もっぱら、過去の小型高速ボートが関与する海上テロ事件の犯行手口に鑑み、港湾や港湾に停泊する船舶をそのような小型ボートを使用したテロ行為から護る、という目的で導入されるものです。また、海上セキュリティーに関する政府各組織から構成されるワーキング・グループを政府内部に設置し、特に、港湾施設セキュリティーに関する事項について積極的な検討を行っています。
⇒小型港内船舶
■シンガポールには1200隻の登録小型港内船舶が存在している。
■港内船舶保安コード(HCSC: Harbour Craft Security Code)の遵守を要請
港内船舶保安記録簿への動静記入、備え置き
動静把握のため、簡易AIS設置を義務付け(実証試験中)
保安宣誓書への記入
⇒非SOLAS対象船舶(総トン数500トン未満の貨物船)
■1日あたり80隻の入港船舶がある。
■シンガポール入港前に、船舶保安自己評価リストの提出
保安宣誓書への記入
(2)利用国による協力
インドネシアでは主要国際港湾の警備設備の設置についての協力が行なわれているようである。
(3)今後の方向性
港湾セキュリティー対策はマ・シ海峡の海上交通路の機能維持という観点から直接的に捉えるべき問題ではありません。海洋法条約第43条に既定する協力事項の中にも、マ・シ海峡沿岸の港湾セキュリティーに関する事項は入っていません。しかし、安全でない港湾が何の対策もとられないままマ・シ海峡沿岸地域で放置された場合、海賊、海上テロは、当該港湾を活動拠点として、海峡通航船舶に対し攻撃をしかけてくる、といった状況も十分想定し得ます。従って、海峡沿岸の港湾におけるセキュリティー体制がどのように整備されているのかについては、注視していく必要があります。
港湾セキュリティー対策は、港湾施設(錨地を含む)の維持・管理措置(港湾管理当局)、港湾水域の安全・秩序維持(法令執行当局)、港湾内の小型港内船舶に対する規制(海事政策当局)、港湾施設および当該施設にある船舶への人のアクセス(入管当局、港湾管理当局)、港湾に出入りする貨物に対する保安検査(税関当局、港湾管理当局)を主要な要素とします。これらの要素は、もっぱら沿岸国の主権に基づき実施されるべきものであり、利用国の協力が可能かつ適当と考えられる分野は、港湾施設に設置される保安設備、貨物保安検査のための検査機器の購入に際し財政的支援を行う程度であると考えられます。
3. コンテナ・セキュリティー
(1)沿岸国の取組み
コンテナ・セキュリティー対策として実際に行われているのは、米国主導によるコンテナ・セキュリティー・イニシアチブ(CSI: Container Security Initiative)です。このCSIには、シンガポールなどのマ・シ海峡沿岸国や日本などの利用国が参加していますが、CSIの本来の目的は、米国本土をテロ行為から保護することにあります。つまり、米国向けに海上輸送されるコンテナ貨物の中に米国本土のセキュリティーを脅かす危険物が積載されている場合、可能な限り、米国本土から離れた場所(外国の港)で発見し措置しようとする試みです。従ってCSIは、マ・シ海峡のセキュリティーを改善するものであるとは言えません。米国は、CSIの第一段階として、世界の主要港20港(この20港から米国に輸入されるコンテナは、全輸入量の67%を占める)を対象としCSIを実施することとしました。シンガポールは、アジアでは一番最初にCSIに参加した港であり、2003年2月11日より開始されています。この他、マレーシアのポートクラン港及びタンジュン・プラパス港が参加しています。
⇒コンテナ・セキュリティー・イニシアチブ(CSI: Container Security Initiative)
■通常、輸入貨物の検査は、港湾に陸揚げされた後、税関職員によって行われます。CSIでは、この検査を外国の輸出港で当該外国の了承のもとに行おうとするものです。従って、当該検査を行う者は、本来的には米国の税関職員であり、検査用資機材も米国が購入すべきです。しかしシンガポールでは、米国向けのコンテナを検査するため、1台の固定式コンテナ検査機と、1台の移動式検査機(2003年9月より使用開始)を新たに購入するとともに、実際の検査業務は、ほとんどが、駐在する米国の税関職員ではなくシンガポールの入国管理・検査庁の職員により実施されています。
(2)利用国による協力
現在、CSIに参加する港湾は20港であり、日本の港湾もこれに含まれています。しかし、先ほども述べましたが、マ・シ海峡の海上交通路としての機能維持のため日本がCSIに協力している、という構図では捉えることができません。また、米国もマ・シ海峡の安全を確保するためにCISを実施しているわけではありません。
(3)今後の方向性
現在、アルカイダなどのテロ組織が海上コンテナを利用して化学薬品、武器、その他のテロ行為に関係した物資を世界中で移動させることに目を向けているとされます(Michael Richardson, Staying vigilant: a multi-layered defense, Port of Singapore (Sep. 2004)p.22-23)。現在のCSIは米国向けの海上コンテナを対象としたものですが、この活動を更に世界的な規模に拡大する必要があります。しかし、問題点として、海上輸送全般の経費が上がること、コンテナが検査のため港湾に留め置かれることとなり輸送効率が低下すること、国際条約などによる法整備が必要なこと(現在米国は、実施国との協定の締結により実施している)、現在、年間1,500万個の海上コンテナが2億3千万回の輸送をされているとされますが、これら全てを出港前に検査することは、物理的に不可能であること、などの問題点を解決する必要があります。
4. 海賊行為、海上テロ行為の刑罰化等
(1)沿岸国の取組み
自国の港湾、領海内で発生した事件に対しては、沿岸国の管轄権が及びます。沿岸国は、海賊行為、海上テロ行為を自国刑法などにおいて犯罪行為として定め、当該行為の重大性に見合った適切な刑罰を科すことができるよう、措置しておく必要があります。この際、「海賊行為」という一つの包括的行為形態をもちいて規定するのではなく、日本のように、窃盗、強盗、殺人のような海賊行為を構成する可能性のある個々の行為毎に規定する国もあります。
自国周辺の公海上で発生した海賊事件(海洋法条約第101条に定めるものに限る)に対しては、沿岸国は自国の管轄権を及ぼすことができます。マ・シ海峡沿岸国の中に、公海上を定期的に巡視する能力を有する法令執行機関は存在しませんが、漁業取締りなどを兼ねて巡視を行っている海軍艦艇が、偶然に公海上の海賊行為に遭遇する場合も想定し得ます。そのような場合に備え、当該海賊行為の刑罰化など、所要の法令執行措置を講じ得るための法整備が必要となります。海峡沿岸国は、既に海洋法条約を批准していますが、当該執行措置の実施の可否は各国の裁量に委ねられているため、各沿岸国の対応の詳細については、更なる調査が必要です。
⇒当該執行措置の実施の可否は各国の判断に委ねられている
■日本は、1996年(平成8年)年に海洋法条約を批准したが、公海上の外国船間の海賊行為を処罰するための法整備は行なっていない。
海賊行為や海上テロ行為の中でも、シージャック防止条約の対象行為については、当該行為の容疑者が自国領域内にいる場合には、当該容疑者を拘束した上で、自国で処罰するか、あるいは、適当な国に引き渡すか、のいずれかの措置をとることになります。このような意味から、当該条約は海賊あるいは海上テロ対策の有効な国際法的手段として認識され、いろいろな機会において、各国の早期批准(加入)が求められています。マ・シ海峡沿岸国の中では、唯一、シンガポールだけが加入をしており、そのための国内法を整備しています。当該国内法の内容は、下記コラムのとおりです。
⇒シージャック防止条約
■シージャック防止条約とは、「1988年の海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約(The Convention for the Suppression of Unlawful Acts against the Safety of Maritime Navigation done in Rome on 10th March 1988)」のことであり、1988年3月10日に採択され、1992年3月1日に発効している。なお、日本は、当該条約を批准した際、既存の国内法で対応可能であるとし、特段の国内法的措置はとっていない。現在、IMOにおいて本条約の改正が検討されている。
(2)利用国による協力
どのような法令を制定するのかについては政策的な問題であり、各国の裁量によるところが大きいため、国際会議の場などを利用して、海賊行為、海上テロ行為に対し適切な刑罰が科されるべきこと、シージャック防止条約の早期批准(加入)などについて、関係国の理解を求めるに止まっています。
(3)今後の方向性
【シージャック防止条約】
インドネシア及びマレーシアを含む東南アジア各国がシージャック防止条約を批准(加入)することにより、マ・シ海峡に空白地帯のない刑事訴追体制を構築する必要があります。そのため、引き続き、国際会議の場などを利用して、その必要性を訴えていく必要があります。
【捜査共助、犯罪人引渡し関連】
大規模な海賊犯罪や海上テロ行為は国際犯罪であり、多数の国の関係者や組織が複雑に関与して行われる場合があります。そのような場合、当該事案を迅速に解明し、しかるべき措置をとるためには、各国捜査機関間の共助体制や、身柄拘束をした容疑者を迅速に処罰する国の機関に引き渡すための体制についても整備されている必要があります。
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