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コラム:トランジット・アンカレッジ
 
 2002年9月3月、インドネシア海運総局長名による通知文書が発出されました。内容は、概ね次のとおりです。
・錨地(トランジット・アンカレッジと名付けられている)の設定(シンガポール海峡主水道の分離帯内部、インドネシア領海内)
・深喫水船専用区域とその他の船舶用区域に分割
・東航の深喫水船が気象・海象、船舶交通の輻輳度等からそれ以上航行することが危険と判断した場合の避航水域を提供(目的1)
・一般船舶用の避航水域を提供(目的2)
・損傷した船舶を修理し、また、水・油を補給するための水域を提供(目的3)
・指定された管理会社により運営される。
・本錨地以外の分離帯内の水域には錨泊禁止
 
V-9 トランジット・アンカレッジ
 
*上記海図上の赤線は、下記の各点を順に結んだ線である。
(A)北緯1度09.5分、東経103度35.3分
(B)北緯1度09.1分、東経103度38.6分
(C)北緯1度05.5分、東経103度40.8分
(D)北緯1度04.9分、東経103度39.6分
(E)北緯1度04.5分、東経103度38.9分
(F)北緯1度07.3度、東経103度34.2分
(G)北緯1度08.0度、東経103度34.6分
 
 国連海洋法条約第41条第4項は、海峡沿岸国は、航路帯の指定若しくは変更又は分離通航方式の設定若しくは変更を行う前に権限ある国際機関に対して採択のための提案を行う、と規定しています。この規定は、たとえその海域が沿岸国の領海であったとしても、他の代替航路を有しない国際海峡である場合には、単なる領海である場合と異なり、当該海域が有する国際社会全体の利益に鑑み、国際機関での同意にかからしめるべきであるという要請に応えるものです。インドネシアは、このような手続きが存在するにもかかわらず、海運関連行政の責任者である海運総局長名による通知文書を昨年9月に発出しました。このような行為の背景に関する見方には2つあります。
 
 1つの見方は、インドネシアはいまだ国際海峡の制度について否定的な見解を有しているというものです。1970年代初頭、沿岸3カ国は、マラッカ・シンガポール海峡が先進海運国により、国際管理下に置かれるのではないかという危惧を有しており、同海峡は国際海峡(International Straits)ではなく、無害通航の原則に従って国際海運に利用される旨の共同声明を出しています。インドネシアはそれ以前にも、群島国家宣言を出したり(1957年)、群島航路帯設定に関する提案をIMOに提出(1996年)したり、ごく最近においては、シパダン・リキタン島のマレーシアとの領有権紛争に敗れたことを機に、自国領土保全のため衛星を利用してこれまで確認されていなかった島を発見に努め、住民を強制移住させるなどの措置を検討しているなど、自国周辺の海洋権益の確保に向けた国家活動を積極的に行っている感があります。シンガポール海峡のインドネシア領海部分も、当該部分が国際海峡ではないとの見解に立てば、前に述べたインドネシアの行為も理解できます。
 
 もう1つの見方は、インドネシアは他の沿岸国との調整が必要であることを承知の上、また、将来的にはIMOでの採択が必要となることを承知の上、他の沿岸国との調整やIMOでの議論を有利に導くため、正規の手続きによる実施が困難となった場合には、インドネシア単独でも実質的に実施する可能性もあるという事を示唆する目的でこのような行為に出たというものです。なお、シンガポールとは初歩的な調整を行っていたとも言われています。
 
 IMO航行安全小委員会では、結果的に、当該錨地の部分のみ、既存の分離帯から切り離すということで、とりあえずの決着を見たわけですが、分離帯の中に、そのような海域があり、その海域の中で、船舶への水や食料の補給、修理作業等も行われることになります。従って、当該活動がその海域の周辺の通航帯を通航する船舶に対し、どのような影響を与えるのかについては、今後、注意深く見ていく必要があります。なお、沿岸3カ国は、当面、当該海域を避難水域(Contingency Anchorage)として運用することとしています。
 
 なお、最終的なトランジット・アンカレッジの設置場所については、COLREG.2/Circ.54(28 May 2004)を参照して下さい。
 
2. 船舶通報制度の運用
 
(1)沿岸国の取組み
 
 1998年12月1日、改正分離通航方式とともに強制船位通報制度(通称ストレイトレップ)が実施されました。この制度は、マ・シ海峡を航行する一定の船舶を対象として、マレーシア及びシンガポールの海上交通情報システム(VTIS: Vessel Traffic Information System)に船名、船位等の情報の通報を義務付けたものです。船舶からの通報はVHF無線機で行われ、VTISでは通報された情報等に基づき通航船舶の監視を行うとともに、マ・シ海峡通航に係る安全情報を提供しています。なお、これはSOLAS条約第V章「航行の安全」第8-1規則「船舶通報制度」、IMO指針及び基準に従うものです。
 
一定の船舶
■本制度の対象船舶は次のとおりです。
・総トン数300トン以上の船舶
・長さ50m以上の船舶
・曳航又は押航に従事している船舶で、両船の合計が300総トン以上又は両船の長さの合計が50m以上の船舶
・IMO決議MSC43(64)の1.4項に定める危険物を運送している全ての旅客船
・長さ又は総トン数に関係なくVHFを設備している全ての船舶
・長さ50m以下又は総トン数300トン以下でVHFを設備している全ての船舶が、緊急時に差し迫った危険を避けるために適切な航路又は分離帯を使用するとき
 
(2)利用国による協力
 
 船舶通報制度の構築は沿岸国が独自に行ったものであり、利用国による協力は行われていません。
 
(3)今後の方向性
 
【船位通報に係るAISの活用】
 AISは、VHFによる船位通報・受報作業における船舶およびVTIS側の労力を軽減すると期待されています。更に、AIS関連の施設を運用するシンガポール及びマレーシアとの間で、AIS情報国際ネットワークが構築されれば、更に、通航船舶に係る情報がリアル・タイムでやり取り(現在は、定期的に電子メールによる情報交換が行われている)されることになります。なお、AISに関しては後述します。


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