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コラム:東南アジアの港湾の国際比較について
 
 これまで、東南アジアの港湾については、取扱量、作業能率、情報システムなど個々の指標・観点に基づく国際比較は多数あったものの、今後の市場動向を見据えた、コンテナ輸送の展開パターンや港湾相互の競争関係を含めた総合的な比較はあまりなかったように思われます。マレーシアのタンジュン・プラパス港やタイのレム・チャバン港の成長により、この地域のコンテナ輸送におけるシンガポール港の絶対的地位が揺らぎつつあると言われる中で(世界銀行『統合する東アジア』(2003.06)など)、この度、シンガポールの東南アジア研究所より、東南アジアのコンテナ港湾の比較分析に関する本(Chia L.S., Goh M. and Tongzon J.『SOUTHEAST ASIAN REGIONAL PORT DEVELOPMENT』」)が刊行されましたので、関連部分を抄訳して報告します。
 
1. 概観
 
 東南アジアは一般に、バラ積み貨物の産出は多くないが、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピンの工業化により、1970年代以降、コンテナ向けの貨物が大量に発生するようになった。この地域では、各国とも海洋国家との自覚を持ち、港湾の整備に力を入れている。シンガポールでは、港湾関連産業はGDPの4.8%に当たる約37億米ドルを占め、全体の約3.4%に当たる55,392人の雇用を生み出している(1999年)他、マレーシアでも、貿易額は1989年の600億リンギから1993年の2,580億リンギと4倍に拡大したが、そのうち85%が外国船舶により輸送されており、さらに外国船舶を誘致する必要があるため、国として港湾サービスの改善に本格的に取り組んでいる。
 
 コンテナ化やハブ・アンド・フィーダー輸送の発展により、港湾の中には後背地に対するこれまでの独占的地位を失うものがある一方、新たな港湾の整備や施設の拡張により、海運会社の選択の幅も広くなり、港湾間の競争が激化している。現在のコンテナ船の主流は3,500TEUのポストパナマックス型であるが、6千個積みも導入されつつあり、8千個積みや1万2千個積みも計画されていることを考えると、新世代の港湾は次のような設備を備えている必要がある。
 
(1)コンテナ17個分の幅を持つガントリークレーン
(2)喫水15.4mの船舶が通過できる航路
(3)大量のコンテナを効率的に捌けるターミナル
(4)鉄道及びインターモーダルに対応したインフラ
 
アジアの主要コンテナ港(1990年と1998年の比較)
順位 1990年 TEUs 1998年 TEUs
1 シンガポール 5,223,500 シンガポール 15,100,000
2 香港 5,100,637 香港 14,582,000
3 高雄 3,494,631 高雄 6,271,053
4 神戸 2,595,940 釜山 5,945,614
5 釜山 2,348,475 上海 3,066,000
6 基隆 1,807,271 マニラ 2,690,000
7 横浜 1,647,891 東京 2,168,543
8 東京 1,555,140 タンジョン・プリオク 2,130,979
9 バンコク 1,018,290 横浜 2,091,420
10 マニラ 1,014,396 神戸 1,900,737
Containerisation International Yearbookからの引用
(当事務所注)1998年においては、10位の神戸の次に、ポート・クラン(1,820,018TEU)、コロンボ(1,714,077TEU)、レム・チャバン(1,559,112TEU)が連なる。
 
2. 港湾整備に関する政策・戦略の比較
 
(1)シンガポール
 シンガポール港はこの地域最大のコンテナ・ハブ港であり、積替貨物の比率は78%(1996年)と、香港(20%)、ロッテルダム(40%)、フェリクスストウ(28%)、高雄(43%)などの世界の主要なハブ港の中でもっとも高い。この地位を維持するため、シンガポール港湾公社(PSA)は、(1)新ターミナル・物流施設の建設、(2)IT、人材育成等への投資、(3)海運会社との長期利用契約の締結、(4)海外におけるターミナル建設・運営等を推し進めており、政府としても、ロジスティック産業・海運関連産業の誘致策、IMOの活動への積極的な参加等により支援している。
 
(2)タンジュン・プラパス
 マレーシア着発の貨物をシンガポール港から取り戻すという国策に基づき、シンガポール港と同様なコンテナ取扱施設・ITを導入するとともに、より安価な労働力・土地や税制・通関手続きの優遇措置を提供している。現在でも(2000年)積替貨物の比率は85%と高くなっているが、タンジュン・プラパス港(PTP)としては、さらに、主要海運会社を誘致するとともに、フィーダー船社を誘致することにより、将来的には、東南アジアにおける主要な積替ハブとなることを目指している。
 
(3)ポート・クラン
 マレーシア最大の港であり、世界でも第14位のコンテナ取扱量(320万TEU、2000年)を持っている。マレーシア政府としては、最も工業化が進み人口も多い首都圏にある同港を、国内及び地域的な交通のハブにしようと考えており、(1)政府・港湾局・ターミナル経営者による営業活動、(2)物流施設の整備、(3)海運会社誘致のための金銭的インセンティブ、(4)内陸輸送の改善、(4)港湾料金の据え置き、(5)手続きのコンピューター化、(6)自由商業地域の設定、(7)カボタージュや外資規制の見直しを行っている。現在では、北港、西港、南港とも、ターミナル経営は民営化されており、外資(香港国際ターミナル社)が進出するとともに、作業能率も改善している。
 
(4)レム・チャバン
 バンコク港の混雑を緩和する目的で建設されたが、水深の深い、近代的かつタイで最も効率的な港湾となり、東南アジアと北米との間のハブになることも期待されている。タイ港湾局は、現在ある11のターミナルに、2008年までにコンテナターミナル6つと旅客ターミナル1つを増設すると共に(岸壁長4,100m)、インターモーダル輸送を促進するための高速道路網、複線鉄道、パイプラインの建設を計画している。
 
(5)マニラ
 フィリピン港湾局は、民間の力も借りながら、全国で42の港湾を重点的に開発している。その中でマニラ港は最大の港湾であるが、航路水深(10.5m)や岸壁際の水深(12m)が浅く、大型船を受け入れることができないため、主要な市場からの国際貨物はシンガポール、香港、高雄を経由して輸送されている。このため、航路及び岸壁際の浚渫が進められる他、水深のあるスービック湾にコンテナ港を作り、地域のハブとする計画がある。
 
(6)タンジュン・プリオク
 コンテナ化の進展により、タンジュン・プリオク港の混雑が激化したため、官民連携によりコジャ・コンテナ・ターミナル社を設立し、ポスト・パナマックス(3,500-5,000TEU)型クレーン、船舶交通情報システム(VTIS)、ワンストップ・サービス・センター等を導入している。インターモーダルについては、高速道路ないし鉄道が利用可能であるし、ジャカルタ等の港湾関連サービスを利用することもできる。
 
3. ハブ港の比較
 香港、シンガポール、高雄という3つのハブ港について、(1)位置(主要貿易路からの乖離、水深等の自然条件)、(2)能力(新鋭装備、手続・書類、コンピューター化)、(3)安全環境(港内治安、危険物取扱、労働関係)、(4)商業環境(料金、人材)、(5)自由貿易地域、(6)関連サービス(通信、給水、修理、廃棄物処理、医療)、(7)官民サービスの24時間化等の観点を踏まえて、その特色を列挙する。
 
(1)香港
 珠江デルタの口に位置し、中国南部の貨物の約90%が経由する。クワイ・チュンには6,059mの岸壁と8つのコンテナターミナルがあり、第3世代のコンテナ船を19隻受け入れることができる。処理能力は香港全体の約3分の2に当たる1,150万TEU。
 
 香港ではコンテナターミナル以外にもミッドストリーム(中流域)と河川貿易の輸送があり、1997年の香港計1,450万TEUの内、約190万TEUは珠江デルタを行き交う河川貿易、5分の1以上がミッドストリームの輸送によるものである。
 
 荷役能率はアジア一であり、コンテナ船については通常10時間以内で、一般貨物船については平均1.9日で荷役作業が完了する。
 
 香港港は完全民営化されており、民間による資金調達、建設、所有、運営であるため、官僚的な非能率は最小限に抑えられている。港湾局はなく、港湾発展理事会が開発戦略を提言し、港湾運営者と開発により影響を受ける人々との間の接点となる。港湾発展理事会は、2年ごとにコンテナ貨物の予測を行い、1998年の予測では、2006年まで5.8%、その後2016年まで3.1%で伸びると見込んでいる。この見込みに基づき、2004年までに260万TEUの能力を持つ第9ターミナルを建設する予定であるが、その後はランタウ港に2つのコンテナターミナルを建設する構想がある。珠江の河川貿易に関しては、珠江デルタ地区とクワイ・チュンの中間にある西屯門に、130万TEUの処理能力を持つ新たなターミナルが建設されている。
 
 香港は、中国南部の貨物については、これまで競争相手がいなかったが、深の各港も1997年に110万TEU取り扱っており、現在の90%のシェアが10年後にはおよそ50%に低下すると見られている。華南からの輸出の増加により、香港港の取扱量は増加すると思われるが、中国と台湾の直接貿易の再開、中国の他港湾の急成長により、香港の魅力が相対的に低下することが予想され、また、韓国の港も中国北部及び東部の貨物の中継を始めているため、香港が今後とも全中国へのゲートウェーであり続ける可能性は大きくない。
 
(2)シンガポール
 シンガポールには、PSA及びジュロンタウン公社(JTC)の運営する6つのターミナルがあり、あらゆるタイプの船舶を受け入れることができる。設備も適切、近代的、統合的であり、24時間のワン・ストップ貨物サービスセンターとなっている。補助的サービスや通信インフラも整っている。外国フォワーダーに対する政府の政策は開放的であり、公的団体が自由貿易地区内での施設整備に努めている。
 
 シンガポールには、アセアン域内のコンテナ輸送に加えて一定の地域的な需要があること、多くの多国籍企業やロジスティック関連企業が立地していること、及び、それらと航空会社、海運会社、税関、貿易当局とがEDIにより結ばれていることにより、流通のハブとしての条件が整っている。PSAは最近、26のバースと、コンテナ18個分の広さを持ち、遠隔操作のできる岸壁クレーンを、パシル・パンジャンターミナルに設置したが、処理能力は東南アジアで最大の1,800万TEU以上になる。また、情報システムの更新により、コンテナの平均滞留日数を4.65日から4日、1個当たりの処理時間を14.7時間から11.3時間へ短縮した。第3世代のコンテナ船であれば、1時間に84個のコンテナを処理することができる。約95%の船は到着後直ちに着岸でき、50%以上のコンテナが3日以内に積み替えられる。2004年には自動誘導の車両が運用される予定である他、長期契約の獲得や組織のスリム化による料金の引き下げを実施してきている。シンガポールは、タンジュン・プリオク、ポート・クラン、タンジュン・プルパス及びレム・チャバン等の地域港湾からの競争にさらされている。目下のところ、マレーシア、タイその他の東南アジア諸国のコンテナ取扱量を合計してもシンガポールの数分の1に過ぎないが、それらの港で扱うコンテナが増えれば、シンガポールでの取扱が減る関係にあり、船社に価格交渉の際等の選択肢を与えることになる。とはいえ、最も大きな船舶はシンガポールでしか扱えないため、同港はこの地域の主要な中継ハブであり続けるであろう。
 
(3)高雄
 高雄湾は台湾最大の港湾であり、台湾南西部の台湾海峡とバシー海峡とを結ぶ地点に位置する。自然条件にも恵まれている。1980年以前は最大級のコンテナ取扱量を持っていたが、中国の改革開放及び経済特区の設置により状況が変わり、現在は、主にアメリカ産品のアジア市場への積替港として機能している。
 
 高雄を地域の主要な積替ハブとするために、国際空港の拡張、高速道路の建設が進められており、高雄港と台中港を結ぶインターモーダルなコンテナ鉄道の計画もある。ITの利用も進めており、税関・倉庫の自動化、官庁書類の電算処理、船舶運航管理システムの導入を計画している。
 
 主な競争相手は中国の諸港と香港であり、中国大陸向けの貨物は、近年、高雄を通過する傾向にある。他方、シンガポールや香港のような先進的な積替港となることも難しいため、高雄としては、北米からアジアへの貨物の積替に特化し、韓国や日本の港湾と競争するところにニッチがある。将来、台湾と大陸との直航が実現する場合には、大陸市場を大きく取り込まなければ、主要な積替港に発展することはできない。
 
(4)その他のハブ港
 東南アジアは2005年には、世界の積替輸送の3分の1を占めるまでになるとの見方もあり、その中で、積替ハブとなりうるのは、立地・設備がよく、料金もシンガポールに比して安いタンジュン・プルパス港、アジア危機の時期を除き年20%程度の成長をしてきたポート・クラン港、設備の効率化を進め、インドシナにも近いレム・チャバン港である。
 
コンテナ1個当たりの取扱料金(1999年)
ポート・クラン シンガポール レム・チャバン タンジュン・プルパス
20ft 40ft 20ft 40ft 20ft 40ft 20ft 40ft
FCLカーゴ
US$50
US$75
US$155
US$220
US$23
US$34
US$109
US$154
LCLカーゴ
US$87
US$129
US$325
US$452
US$58
US$93
US$227
US$316
Transhipment
US$42
US$63
US$100
US$145
US$11
US$16
US$70
US$101
(資料)同書。(注)タンジュン・プルパスはシンガポールの70%に設定。
 
 
4. 将来予測
 
 英国オーシャン・シッピング・コンサルタンツ社の1999年の予測によれば、楽観的シナリオ(I)の場合、全体需要は、2000〜2012年に125%伸び、4億9,100万TEUとなる。悲観的シナリオ(II)の場合、同期間に91%伸びて、4億1,700万TEUとなる。その中で、アジア市場については、シナリオIで154%伸びて2億3,746万TEU(年率9%)、シナリオIIで105%伸びて1億9,165万TEU(年率6%)になると予測している。
 
 東南アジアは、コンテナ化が進んでいるため、高い成長を続け、世界のコンテナ貿易の中に占めるシェアを拡大し、2012年には20%程度を占めると考えられる。その中で、マレーシアとタイの港湾の急成長により、シンガポールはその圧倒的な地位を失うが、どちらのシナリオによっても、東南アジアのコンテナ貿易の3分の1以上に当たる3千万TEU以上を取り扱うであろう。
 コンテナ貿易に占める積替輸送の比率については、世界全体の回数ベースで見ると、1996年の23%から2005年には26%程度に拡大するものと予測されるが、TEUベースでは、コンテナ貿易の成長率14%に対して積替・フィーダー輸送の成長率は年7.6%に留まるものと予測される。
 
 その中で、東南アジアは第1の積替地域であり(1996年に世界全体の30%)、通貨危機からの回復、ベトナム、カンボジア及びミャンマーにおける市場開拓により、コンテナ需要はさらに伸びることが見込まれるため(2005年に2,400万TEU)、世界におけるシェアも拡大する。このことから、シンガポールについては、取扱量は増加するものの、市場シェアは低下し、レム・チャバン、ポート・クラン、タンジュン・プルパス等に成長が拡散するものと思われる。
 他方、極東や南アジアについては、中国やインドの各港における直接寄港の発展により、積替の回数は減少することが予想されるが、積替・フィーダーの輸送量自体は増加する。
 
5. 海港モデル
(この項は、コストと運航頻度を踏まえた所要時間とを変数とする輸送経路選択モデルであり、ムンバイから東京に輸送する際に、コストだけで見た場合はクラン経由、所要時間だけで見た場合は、クラン〜タンジュン・プルパス〜高雄の3地点経由、一定の時間価値を設定するとシンガポール経由が最適である等のおもしろい分析も見られるが、やや学問的であるため省略します−訳注)


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