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B 気象・海象上の特徴
 
1. 季節風
 
 マ・シ海峡は、熱帯モンスーン気候帯に属し、はっきりとした雨季と乾季の区別はなく、年間を通じ季節風(モンスーン)が吹きます。5月から9月にかけては南西のモンスーンが吹き、7、8月頃に最大となります。平均的な風速は5m/s程度ですが、マラッカ海峡の北西部では更に強く吹きます。また、11月から3月にかけては北東のモンスーンが吹き、1月頃に最大となります。通常の風速は3〜5m/sですが、マラッカ海峡北部では10〜13m/sに達することがあります。マラッカ海峡内部のマレー半島寄りの海域ではマレー半島により遮られ風速が弱くなります。シンガポール海峡の東口は、北東のモンスーンの影響を受けやすい海域ですが、海峡内部では風力は弱く、風向も変わりやすくなっています。北東のモンスーンは赤道を越えると風向が北西に変化し、ジャワ島とボルネオ島の間のジャワ海では北西のモンスーンとなりますが、この風は弱く不安定です(Admiralty Sailing Directions, Malacca Strait and West Coast of Sumatera Pilot, 7th Edition 2003, Hydrographic Department, Ministry of Defense (Navy)参照、以下同じ)。
 
 季節風(モンスーン)や貿易風は、現在においては船舶の運行に大きな影響を与える要素とはなっていませんが、船が風を利用して進む時代においては、この風を利用して中東、インド、中国などから商人が海を越えてこの地にやって来て交易活動を行っていました。特に季節風は季節によって吹く方向が逆になるため、中国方面からの交易船は北東のモンスーンを利用して東南アジアに到来し、モンスーンの吹く方向が変わるまで滞在し、南西のモンスーンが吹き出す時期に中国方面へと帰って行ったといわれています。
 
2. スコール
 
 マ・シ海峡においては、気温の顕著な季節的変化はなく、年間を通じて高温・多湿(平均気温は26〜27℃、平均湿度は80〜85%)となっています。熱帯地方では、蒸発した水分は上昇気流により大きく成長しますが、昼過ぎになるとその上昇気流が弱くなり、大きく成長した空気中の水滴を支えることができなくなるため、通常、強風や落雷をともなうスコールと呼ばれる激しい雨となって地上に降り注ぎます。スコールによる視界不良は、一時的なものであり長続きはしません。しかし、激しいスコールの場合、視界が著しく損なわれることに加え、大きな雨粒にレーダー波が乱反射しレーダー映像が乱れる場合があります。船舶の運行にあたっては注意が必要となります。なお、スコールは自然現象であり、突然発生するものですので、適切な予防措置はありません。
 
3. 煙害(ヘイズ)
 
 スマトラ島における焼畑農業を原因とする煙害(ヘイズ)によりマ・シ海峡の視程が急激に悪化することがあり、この現象は数日から数週間にわたることがあります。ヘイズは、煙の粒子が小さいためレーダーには影響を与えません。特にエルニーニョ現象が観測される年においては、インドネシアを含む太平洋西部地域において降雨量が少なく乾燥し気温が上昇するため、森林火災などによりヘイズが一層深刻になります。スマトラ島の農業手法を変更するということは容易ではないので、適切な予防措置はありません。これまで、ヘイズの被害が著しく、マ・シ海峡の通航船舶に重大な影響を与えた年が2回あります。このうち、1997年には、9月から10月にかけての2月間に衝突事故が8件発生しました。この一連の衝突事故の一つである「エボイコス号衝突事故(1997年10月15日発生)」については、貨物油である重油が28,500トン流出する惨事となりました。
 
4. その他の気象上の特徴
 
 マ・シ海峡での霧の発生は非常に稀です。また、夜間及び夜明けごろに、湿地帯や河口域付近において局地的な霧が発生することがありますが、日出とともに急速に消失します。
 
5. 海潮流
 
 マ・シ海峡の海流は、全般的に北西方向に流れており、平均流速は0.5ノット以下ですが、流れの速いところでは2ノットを超えることもあります。また、5月頃から9月頃にかけて、北部及び中部の一部の海域において南東方向の流れが生じることがあります。マ・シ海峡及びその接続する水域は、比較的水深が浅く、潮流がこの海域の海流にかなり影響を及ぼしています。
 
 船舶の安全航行に係る海象上の阻害要因のうち、一番影響が大きいのは潮流です。潮流の速度が数ノットに達する場合、水面下の面積が大きい大型かつ低速船舶にとっては、その影響を無視することができません。マ・シ海峡の主航路筋の潮流は、大潮時で1.5ノット程度ですが、狭い水路や岸寄りの水域では2.5〜3ノットに達することがあります。分離通航帯の境界線付近を航行している場合には、境界線を超えてしまう危険性があります。また、潮流の方向は海底地形などにより一定しません。なお、潮汐差の平均は、ポートクラン(Port Klang)沖のワン・ファザム・バンクでは3.7m、マラッカ(Malacca)付近では1.8m、マラッカ海峡の南東端付近では2.6m、シンガポール海峡の東端のホースバーグ灯台では1.6mとなっています。
 
 マ・シ海峡における波浪は、ほとんどありませんが、スコール発生時には強風により一時的に高くなることがあります。うねりについては、周囲を陸岸に囲まれていることから、ほとんどありません。また、シンガポール海峡においては、多数の船舶が輻輳していることから、航走波が複雑に合成した周期の早い細かな波が発生します。
 
C 経済活動
 
1. 海上輸送活動
 
 マ・シ海峡では海上輸送活動が活発に行われています。同海峡の船舶通航量は、アジア地域の経済活動の発展にともない、徐々に増加する傾向にあります。通航量が増加し狭隘な海域に多数の船舶が存在している状況は、衝突、乗揚げなどの海難事故の潜在的要因にもなっています。また、マ・シ海峡の沿岸に沿って、多数の港湾が立地していますが、当該港湾に入港する船舶と、分離通航帯を通航する船舶との間で、横切りなどの危険な見合い関係が生じています。特に、シンガポール海峡においては、シンガポールと対岸のバタム島、ビンタン島などとの間で、高速小型旅客船やバーター貿易に従事する低速小型木造貨物船がシンガポール海峡の分離通航帯を横断するような形で多数航行しており、通航船舶にとっては特に注意を必要とする海域です。
 
II-12 マラッカ海峡通航船舶統計(マレーシア海事局)
船舶の種類 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年
VLCC 2,027 3,163 3,303 3,301 3,487
その他のタンカー 11,474 13,343 14,276 14,591 15,667
LNG/LPGタンカー 2,473 2,962 3,086 3,141 3,277
タンカー小計 15,974 19,468 20,665 21,033 22,431
その他の船舶 27,991 36,499 38,649 39,001 39,903
通航船舶合計 43,965 55,967 59,314 60,034 62,334
通航船舶1日平均 120 153 162 164 171
タンカーの割合 36% 35% 35% 35% 36%
 
 現在、海上輸送の分野において、船舶による輸送効率を向上させるため、船舶の高速化や大型化が進んでいます。船舶の高速化は特にコンテナ船に顕著となっています。マ・シ海峡では深喫水航路を除き速度制限がないため、大型のコンテナ船が高速で他の船舶を追い越して航行しているという実態があります。一方、船舶の大型化は、特に原油タンカーに顕著となっています。現在、マ・シ海峡を通航できる最大船型である30万積貨重量トン級のマラッカ・マックス型の原油タンカーでは、全長約330m、幅約60m、満載喫水約21mにも達します。このように、速度の異なる船舶、操縦性能が異なる船舶、航行可能海域が異なる船舶が同じ航路内を航行している、という航行環境は、海難事故の潜在的要素となっています。
 
2. 水産資源採取
 
 マ・シ海峡のインドネシア沿岸においては、水産資源がインドネシアにとって非常に重要な天然資源であり、インドネシア人にとっての重要な蛋白源であるとともに、外国への重要な輸出品目となっていることから、養殖漁業を含め、漁業活動が活発に行われています。また、マ・シ海峡のマレー半島側は、同半島東岸(南シナ海)に比べ、表中層性魚種に富んでいるとされ、漁業活動が活発に行われています。一方、シンガポール海峡のシンガポール沿岸においては、その大部分が港域に指定され多数の船舶が航行又は鎖泊していること、埋立てにより沿岸部のマングローブや藻場など魚介類の生息場所の大部分が消失したこと、漁業以外の有利な代替雇用機会があること、などから、採取漁業はほとんど行われていません。一方、養殖漁業については、養殖場が1985年には40カ所だったのが、2004年には101カ所(沖合いに設置されているものが89カ所)に増えています。この傾向について、シンガポール政府農業・食品・獣医庁は、乱獲や海水汚染が原因で海産物が不足しているため、世界的に養殖業が急成長していると分析しています。
 
 一般的に操業漁船は低速であり、針路も一定せず、特に網を引いているような場合には操縦性が著しく低下し、かつ魚網自体も通航障害物となります。マ・シ海峡に設置されている分離通航帯内部では、特に漁労活動は禁止されていないため、当該通航帯内の漁船は、他の通航船舶にとって注意を要すべき存在です。一方で、海難事故にともなう大規模な油流出事故が発生する場合には、水産資源などの海洋環境に与える被害は深刻です。
 
3. 鉱物資源採取
 
 マレーシアは石油・天然ガスを産出する国ですが、マレーシアでの石油・天然ガスの採掘は、ボルネオ島のサバ州、サラワク州、マレー半島東岸のトレンガヌ州の沖合い油田で行われており、マ・シ海峡沿いにはマレーシアの油田はありません。一方、インドネシアにおいては、石油生産の拠点が南スマトラ州のパレンバン周辺から中部スマトラのリアウ州に移っています。リアウ州の最も代表的な油田は、ミナス油田であり、インドネシア最大の油田でもあります。リアウ州の州都プカンバルからマラッカ海峡のドマイ港に至る道路沿いの地域に油井が点在しています。ここで産出された原油は、パイプラインによりドマイ港まで輸送されています。また、スマトラ島北部のナングロアチェ州では、天然ガスの生産が盛んです。インドネシアは世界最大のLNG輸出国であり、インドネシアの輸出LNGの90%が日本に輸出されています。これは、日本の全輸入量の45%にも相当します。また、インドネシア・リアウ諸島周辺では、外国の浚渫船による海砂の採取が盛んに行われ、シンガポールに埋め立て用として輸出されていました。しかし、海洋環境を破壊するとの懸念もあって、中央政府が規制を強化した以降は、下火になっています。
 
4. 観光業
 
 マ・シ海峡の海洋環境を観光資源とし、海峡沿岸には、タイ・プーケット島、マレーシア・ペナン島、シンガポール・セントーサ島、インドネシア・ビンタン島などの海洋リゾート施設が立地しています。また、マ・シ海峡では、大型クルーズ船を使用したクルーズ産業も盛んです。
 
ビンタン島海洋リゾート(インドネシア)
 
クルーズ船ターミナル(シンガポール)


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