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(5)リスクマネジメントについて(資料16)
 今日のように、テロの危険が迫る状況にあって、恐怖に脅え、行動を制約するだけでは、社会経済活動に大きな支障を来すことになりかねない。その一方で、テロの被害を避けるために、テロリストの脅迫に屈するような態度は、まさしくテロリストの望むところであって、テロを助長することはあっても、テロを減らすことにはつながらない。
 ここで求められることは、リスクを可能な限り「コントロール」することである。具体的には、まず可能な限りリスクを引き下げるための努力を尽くす。それでも残るリスクは「現実」として受け入れた上で、リスクと共に生きる道を探るという考え方である。そこで、さらに発想を転換すれば、「リスク」を「チャンス」に変えていくという、より前向きな方向が開けてくる。石油の供給停止や資源枯渇のリスクを、新たな油送ルートの開発、省エネルギーや新エネルギー技術の開発といったビジネスに繋げることなどは、その典型的な例である。このように、「リスク」を様々な手法を用いて「手なずけ」さらには、それを社会や組織の活力源に変換していくプロセスが「リスクマネジメント」である。人類の誕生以来今日に至るまで、様々なリスクにさらされながら生きてきた人類の進歩は、まさに「リスクマネジメントの賜」といっても過言ではない。
 それでは、この「リスクマネジメント」の考え方をテロ対策に当てはめた場合、どのようなものになるのか、以下にその骨子を示しておきたい。
 対象とするリスクの種類に関わらず、リスクマネジメントは、通常以下の段階を経て実行される。
(1)状況認識
(2)対処方針策定
(3)予防または回避策の実行
(4)有事対応準備
(5)有事対応
 
イ. 状況認識
 自分が置かれているリスク環境はどのようなものか、を正しく認識することからリスクマネジメントは始まる。
 たとえば、対象リスクをアルカイダによる海上テロとした場合、アルカイダの勢力、組織、行動原理、実行能力、海上テロを行う理由、予想される標的、予想される実行場所、予想される実行時期、予想されるテロの手法、などを正しく理解することがこの段階での仕事である。
 2003年11月に、アルカイダ(組織については資料10参照)は「日本が復興支援のためにイラクに自衛隊を派遣すれば、東京を攻撃する」という主旨の、日本に対して初めてのテロ予告を行ったが、その背景には以下のような要因があったと考えられる。
(1)日本政府がイラクヘの自衛隊派遣の方針を固めていること(テロの動機)
(2)当該派遣に関して日本国内に強い反対意見があること(テロの有効性への期待)
(3)世界第二位の経済大国である日本の立場(テロの波及効果への期待)
(4)米国等と比較した場合の日本のテロ対策の脆弱性(テロ成功への期待)
 テロの標的は、大きく「地上の標的」「空中の標的」「海上の標的」の三種に分類できるが、海上の標的である「船舶」は、テロリストにとってどのような意味を持つのだろうか。それらを列挙すると以下のようになる。
(1)襲撃手段(ゴムボートや小型船などがすでに使われている)
(2)襲撃対象(大型タンカー、大型フェリーなどがすでにテロの被害に遭っている)
(3)輸送用具(麻薬や武器等の密輸に使用される例は後を絶たない)
(4)資金獲得手段(拿捕すれば金員や積荷を奪え、乗員乗客を人質に取って身代金を獲得することも可能)
(5)大量破壊手段(大型タンカー等を操船して原子力発電所などの施設に衝突させることにより大きな被害を発生させることができる)
(6)経済・社会攪乱手段(港内や水路等で転覆・沈没させることにより他の船舶の航行を阻害すると共に、除去のための多額の経済的負担を負わせることができる)
 このように、船舶は、テロリストにとって実に用途が広く魅力的な装置なのである。
 次に、テロの実行場所として、「海上」が持つ意味を考えてみたい。ポイントを列挙すると以下のようになる。
(1)公海上は、海賊行為等を除き原則として旗国以外のどこの国の警察権も及ばない広大な無法地帯といえる。
(2)陸上や空は、近年のテロ対策強化でテロ実行が以前と比べて困難となっている。
(3)陸上や航空関連施設と比較して、船舶や港湾の警備体制は脆弱である。
(4)航空機と比較すると、技術の面で船舶の方が操縦が容易である。
(5)コール号事件やランブール号爆破事件といった、対船舶テロの成功体験がある。
 これらの点から分かるように、テロリストにとって、船舶をテロの標的とするメリットは少なくない。
 
ロ. 対処方針策定と対策の実行
 以上のような状況認識を踏まえて、次に行うのが「対処方針の策定」とその「実行」である。リスク対処には、「回避」「削減」「転嫁」「対応」「受容」など様々な手法があるが、それらの内どれを用いるかはリスクの種類と当事者の置かれた状況により異なる。
 対象を海上テロ対策に限定して考えた場合、考えられる手法は以下のようなものの組み合わせになるかと思われる。
(1)回避
 日本が国連の場や様々な援助を通じて、貧困撲滅と社会正義の実現に努力していることをアピールすることにより、日本が少なくとも「ナンバーワンターゲット」にならないことを目指す。
(2)削減
 テロリストは、長大な船舶の航路の中で、最も弱い部分を狙う可能性が高いことから、船舶、航路、港湾等のセキュリティー体制を強化することにより、日本船舶がテロの標的となるリスクを削減すると共に、万一標的となった場合でも、テロが成功する可能性を低くすることを目指す。この対策を効果的に行うためには、官民及び関係当事国間の協力が不可欠である。
(3)対応
 リスクの回避や削減の努力にかかわらず、テロの被害に遭う可能性をゼロにすることは不可能であることから、テロ発生時にその被害を最小限度に止めることを目的とした「有事対応体制の確立」が不可欠となる。これも、「削減」と同様、官民及び関係当時国間の協力があって初めて成し遂げられることである。
(4)受容
 現実的に可能な限りの最大の努力で有事対応を行ったとしても、結果として何らかの損害が発生することは避けられず、場合によっては、それが甚だしい社会経済的損失につながる可能性もある。ここでの「受容」とは「諦める」ことではなく、予想最大損失(人的、経済的、社会的、政治的)を予め想定し、それへの対処方法を予め策定しておくことである。
 
ハ. 有事対応
 上記のような事前対策をすべて行った上で、万一テロが発生した場合に行うのが「有事対応」である。リスクマネジメントにおけるこの部分を、狭義の「危機管理」と呼ぶ場合もある。
 海上テロの発現形態としては、船舶の爆破及びその予告(要求を伴う場合もある)、船舶奪取、船舶における人質占拠(殺害予告を伴う場合もある)、船舶からの乗員乗客の拉致等様々なものが予想されるが、その形態にかかわらず、多くの場合、危機発生時には以下のような共通の困難に直面する。
(1)想定外の事態の発生
(2)事態の予想以上の早い展開
(3)複数の利害関係者間での意見の対立
(4)情報不足
 このような性格を持つ危機に適切に対応するためには、以下のものが不可欠となる。
(1)具体的かつ明確な対応方針
(2)十分な権限を付与された有能なリーダー
(3)迅速で柔軟な対応が可能な組織
(4)十分な装備
(5)十分な訓練を受けた対応要員
(6)外部組織との緊密な連携体制
 以上、リスクマネジメントのプロセスに沿って海上テロ対策を考察してきたが、この考え方は、今後海上セキュリティ対策全般を検討する上で、基本とすべき有効な手法であると考えられる。したがって、以下では、リスクマネジメントの考え方も踏まえつつ、具体的な考察を進めていくこととする。


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