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8月11日(水)
本日のスケジュール・内容
1)Tarlac Provincial Hospital
2)San-Clemente Rural Health Unit
 
1)Tarlac Provincial Hospital
 マニラからバスにて2時間半、ターラック州にあるTarlac Provincial Hospital(TPH)に到着した。この病院は1923年に設立され、現在でもこの地域の中心的な病院で専門外来、入院、救急、教育、医療財政とその役割は多岐にわたっている。特に強調していたのは白内障とcleft lipの手術である。また、internship Programの募集もしていた。
 我々を出迎えてくれたのは、風貌は鬼軍曹、声も大きいDr. Ricardo Ramosであった。彼の役職はhead officerつまり、州の保健局長である。TPHのみならずConcepcion District Hospital等4つの大きな病院の運営を一手に握る実力者である。州政府との予算折衝は彼が行う。彼はマニラの親族が前日急病で時間的には非常に厳しい状況であったが、我々のために時間を割いて出向いてくださった。本当に感謝したい。
 
 
 Dr. Ramosの話は州の医療行政の話にこだわらない、我々学生の今後を生き方の指針を示す非常にためになるものであった。彼の話の中心は「個人のresponsibility」であった。
 「我々は確かに様々な問題を抱えてはいるが、すべてはchallengingである。時々刻々状況は変わりその変化も捉えながら柔軟に対応しなければならない。フィリピンでは政権が変われば、医療政策も変わる。組織は個人、個人のつながりで成り立っている。個人個人は常に最大多数の最大幸福を追求し、職務に従事しなければならない。いくら、政府中枢に対してデモをしても何も変わらない。実務をしている者、実際に動かしている当人個人が自分の職務に責任を持つことが極めて重要なのである。個人の責任が、やがては下からの改革を生んでいくのである。この話は国内問題に限らない。世界的にも適用できることである。言い換えれば、ある少数の国が富を有する現況があるが、個人個人が地球の将来、大衆の安寧、平和に責任を持てば、必ずや現在の富の偏在、そして、環境を破壊しながら進められている開発は止められるのではないか。いずれにせよ、今後医師となるあなたがたは人間の命を預かることとなり、高度な倫理観も持たねばならない。自己を確立しresponsibilityとは何かよく吟味しなさい。」
 我々学生の如何なる心構えで医療に対するか、そして、将来この言葉はきっと節目節目で思い出されるものと思われる。その語気、気持ちが前面に出た話し振りに圧倒され、非常に感銘を受けた。
 しかし、その一方でえっと思わせるものもあった。
 「フィリピンにはそんなにドクターは要らない。むしろ必要なのはhealth officer等の保健衛生従事者である。ドクターそしてナースは海外にでて外貨を稼ぐべきである。そのために日本は門戸を開放すべきではないか。富の公正な配分を考えれば、日本は即刻、外人部隊を採用すべきである。彼らの実力はすでにUS等で実証済みである。」
 厚生労働省はどういう見解なのか。個人的な意見は差し控えることとしたい。 (文責:佐野)
 
2)San-Clemente Rural Health Unit
 午後はTPHからは車で50分程離れたところにあるSan-Clemente Rural Health Unit(RHU)という市の保健所を訪れた。フィリピンの保健関連機関の組織図は以下のようになっている。
 
 
 ここで出てくるbarangayとは市の中の集落の最小単位で、一つのbarangayに6,000人程の人が生活している。一つのRHUはいくつかのBHSを管轄しており、それぞれのBHSに週1回のペースで助産師を往診させている。RHUには医師1人、看護師1人、助産師1人と数人の事務スタッフがおり、分娩介助、家族計画教育、避妊薬・避妊具の配布、母子保健教育、予防接種、結核治療、栄養失調児へのビタミン剤等の支給やBHSから搬送されてきた重症患者の治療を行っている。また、週1回のペース(ここでは金曜日)に歯科治療も行っている。この施設は以前JICAによって建てられたものであり、婦人科室、歯科診療室、医師控え室等設備もそれなりに充実しており内装もかなりきれいであった。診療はほとんどが午前中に行われるらしく、我々がついた午後には患者はまったくいなかった。このRHUは1日に40人程度の患者が来るという。疾患は様々であるが、中にはデング熱などの重篤な患者が訪れることもあるらしくその頻度は月に10人程だそうだ。JICA実施の母子保健プロジェクトは2年前に終了し、現在の活動は現地に移行されている。活動をサステインしていく上での一番の苦労は資金面との率直な話も伺った。 (文責:上原)
 
8月11日 今日の一言
 
石井:"Life is philosophy", "Life is a relay of which the next runner is the our children yet to be born" というDr. Ramosのお言葉が気に入った。
稲田:風邪気味だったのと酔い止めを飲んだのとでダウンしてしまった。申し訳ないです。
上原:自分の中で、英語でのあいさつ&質問ができたのがとてもうれしい。同時にpoor Englishでも生きていけることを実感。
遠藤:まだ、学生である私達に何ができるのか?理想を並べ、現実を知らない。現実を知り、理想とのギャップに無力さを感じる。しかし、それでいいのではないだろうか。まだ何者でもないが故に考えることがある。まだ何者でもないが故に、まだ何者でもあり得る。今、見ていること、感じていることは、何者かになった時に必ず羅針盤となり、杖となるはずである。
大渕:Tarlacで。Dr. Ramosのお話はとても胸に残り、RHUへ見学に行く途中にバスから見た風景が心地よかった。
坂上:今日はターラック。運転手さんがロベカルに似てる!ホテルがすごい。何か今日はすごいきつかった。
坂口:ターラックへ向かうバスの中、僕は寝ずにいた。窓の外を過ぎていく広大な田園風景は、緑が映えて、とても綺麗だった。この旅で覚えた「安里屋ユンタ」や「世界に一つだけの花」を一人で唄ってみたりした。後、2日間だけ、なんだねぇ。
佐野:Dengue fever恐るべし。Rabies恐るべし。もっとadovccacyをしないと。PHCの末端の人たちはよく働いている。Dr. Ramosの精神論も心に残った。
田名:今夜のディスカッションは衝撃的だった。今までの見学で自身では言葉に出来ずにいた思いが、霧が晴れたように一気にクリアーになって自分に流れ込んできた感じがした。未だにそれを消化出来ずにいます。
土居:バスに揺られてウトウト。目覚めた瞬間に広がった緑は最高でした。
名倉:ターラックに向かう途中で見た景色はのどかで良かったです。牛が頭だけ出して沼に沈んでました。実にのどかですね。
野中:JICA、WHOから見る援助の視点は私に欠けていたものでした。ハンセン病のことも国際協力のことも、歴史や現状を知り、ではどうしていけば良いのかまで考えなければいけないと思うのですが難しいです。自分の意見に自信を持って言えるようになるためにも勉強します。
山道:ん、州保健局長とUPの学長は言ってることが違う?もうフィリピンに医者はいらないって意見、驚いた。ただ局長の話術は英語で関西弁を聞いたような気分がした、おもろい人だ。
横田:ターラックはセブともマニラとも違って田舎の農村地帯みたい。JICAのプロジェクトサイトの見学は、援助について考えさせられるものがありました。


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