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8月9日(月)
本日のスケジュール・内容
1)WHO西太平洋地域事務局訪問
2)学生主催懇親会
 
1)WHO西太平洋地域事務局訪問
 
7:45〜8:00 Orientation and Guideline
Dr. Y. Sato
Medical Officer, Programme on Technology Transfer
 WHO西太平洋地域事務局(WPRO)の概要をうけた。WPROは加盟30国(27ヵ国+3宗主国)、準加盟国1ヶ国で全加盟国に選挙権が1票ある。WPROの予算、事業案等は、年1回9月に開催される地域委員会において議論され、今年は上海で開催される。
 現在WPROには日本人が8名いて、佐藤先生ご自身は厚生労働省から2〜3年の出向で事務局長尾身先生の秘書的な業務を含め、アドミニストレーションの調整等を主に担当している。尾身先生は選挙によって選任された西太平洋地域事務局長に就任しており、任期5年の現在2期目である。
 
8:00〜8:30 Mechanism of WHO/WPRO and its role in the improvement of public health
Dr. Richard Nesbit
Director, Programme Management
 WHOは192の加盟国を6つのregionにわけており、WPROは30の国と地域をカバーしている。WHOの機能は主に、(1)政策やアドボカシーの提唱、(2)情報管理、(3)技術的、政策的なサポート、(4)各国間のパートナーシップの構築、(5)ノルマやスタンダードの設定、の5つである。
 西太平洋地域は、言語的にも民族的にも文化的にも様々な16億人以上の人口がいて健康状態も社会経済的な状況も異なっている。この地域の健康課題を克服するためにGlobal FundによるHIV/AIDS、結核、マラリアのプロジェクトや、Millennium Development Goalを達成することを目標としている。(佐藤先生の補。Global FundやMillennium Development GoalはWHOが資金を集めるための手段と考えてよい)
Q. 地理的には西太平洋地域に思われる、北朝鮮が東南アジア地域に区分されているのはなぜか?
A. 歴史的経緯から韓国とは別の地域にわかれている。しかし、東南アジア地域と協力して韓国からサポートできるようにもしている。実際、中国で開催されたWPROマラリア会議には北朝鮮が参加した。
 
8:30〜9:00 Expanded Programme on Immunization
Mr. H. Hiraoka
Technical Officer, Expanded Programme on Immunization
 拡大予防接種計画(EPI)についてポリオ、B型肝炎、麻疹を中心に、JICAからWHOへ派遣されている平岡先生にお話をうかがった。ポリオ根絶計画では、WHOが日本のbilateralなfundと協力して行っているプロジェクトで日本のODAが大きな役割を果たした。この点EPIはbilateralな日本の援助形式の草分け的な成功例でもある。西太平洋地域でのポリオ根絶を宣言する京都会議は2000年、WHOと日本政府の主催で京都国立国際会館で開催され、この地域でのポリオ根絶にJICAが大きな役割を果たしていたことがとりあげられた。しかし、世界全体からはポリオは根絶されておらず、宣言後も流行地域からのウィルスの輸入の可能性があるので、発生してもすぐに対処できるように質の高いサーベイランスと予防接種の維持が重要となる。
 B型肝炎については、西太平洋地域には世界人口の約4分の1の人がいるが、そのおよそ半数がHBs抗原に陽性という高い率になっている。B型肝炎で死亡する人の数は一日に約800人であり、西太平洋地域におけるB型肝炎に対する拡大予防接種計画は、慢性感染を減少させ、ワクチン接種でのHBs抗原陽性率を1%以下にすることを目標にしている。
 麻疹の予防接種では、WPROが管轄する地域の中で日本だけが予防接種を一度しか行っていない。麻疹は子供の死の最大の要因となっておりサーベイランスと予防接種のSupplementary Immunization Activity(SIA)といったキャンペーンが必要である。
 
9:00〜9:30 Sexually Transmitted Diseases including HIV/AIDS
Dr. B. Fabre-Teste
Regional Adviser, Sexually Transmitted Disease including HIV/AIDS
 続いてDr. Fabre-TesteにHIV/AIDSへの取り組みについて、“3by5”を中心にお話をうかがった。HIVは途上国に4千万人の感染者がいて、約1万人が毎日新たに感染して8,000人が毎日亡くなる重大な健康問題で、家族ばかりでなくコミュニティや国の経済までを破壊し貧困や非識字を促進し社会的な崩壊につながるような問題である。“3by5”とはWHOが掲げている、2005年までに300万人に対して抗レトロウィルス薬(ARV)治療の提供を成功させるという目標値である。そのために、国連、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(GFATM)、その他の主要協力団体が全力を尽くして取り掛かるように導き、各国政府に対しGFATMへの資金拠出増額およびGFATM資金の活用、より高品質で低価格の薬の導入、必要不可欠な医療インフラ構築を要求し、エイズ感染者(PHA)およびケアにあたる人々に対する教育を施すといった協調努力が不可欠だ。ここでいう治療とは、抗レトロウィルス治療に限定されるものではなく、日和見感染症、結核、肝炎、その他の併発病の予防や治療なども含む。
 柱となる戦略は以下である。(1)世界レベルでのリーダーシップと、強いパートナーシップと政策提言、(2)国家による緊急かつ持続可能なサポート、(3)ARVを供給するためのシンプルで標準化されたツール、(4)効果的で信頼できる薬の供給と診断学、(5)すばやく患者を診断し、見つけ出して最新の知識を応用して成功に導く、の5つを掲げている。WPROにおいて特に“3by5”のターゲットとなるのは、中国、カンボジア、ベトナム、パプアニューギニアである。
Q. “3by5”は予防対策から治療への戦略の切り替えと捉えてよいか?
A. そうではない。予防は治療の機会があってこそ効果的である。予防と治療のバランスを維持して包括的に行うことが重要である。
Q. 日本で日本人学生ができることはあるか?
A. この問題について論じあってほしい。そしてコンドームと、検査を受けることが大切だ。
(文責:山道)
 
10:00〜13:30 WPRO focuses and polides
Dr. Shigeru Omi
Regional Director
 WHO西太平洋地域事務局の尾身茂事務局長の講義は4時間に迫ったが、終始全員が熱心に聞き入っていた。内容はWHOやSAFSに関するものから、先生の日本人観、人生観にわたり、最後は満場の拍手を持って締めくくられた。このレポートは、ボイスレコーダーで記録したものを書き起こし、編集した。
 
 「せっかくマニラまで来たのだから人生のためになる話がいいですね。」
 (各自自己紹介し、質問する。)
 「国際保健や人生、あとは人口問題やSARSなどテクニカルな話ですね。まずはドライなテクニカルな話からいきましょう。
 人口問題は、日本では少子化と高齢化ということですね。結婚したくない、子供はいらないという人はダメだ、というのはダメ。年金、保健医療、福祉の問題などあるけれど、選択肢があるのは成熟した社会としての第一条件です。これからの社会、日本が一番求められるのはqualityです。欧米やアジアでは、いろいろな国の専門家たちは大学院出て専門を持っています。日本の高校までの教育は質が高いと言われますが、大学以降そういうシステムがないから、一生懸命受験勉強しても本当の実力がないのです。縦割りで、自分のところ以外の知識がない。世の中を変えられる見識を持って実行力ある人が日本に必要です。
 人口問題は他の問題と切り離せない。人それぞれ価値観がありますが、一つは米国式の市場万能主義、競争社会があり、もう一つには福祉社会がある。今、ヨーロッパ式の福祉社会は崩壊しつつあって、米国式が世界を覆いつつあるけれど、それでは社会が持たないし、人間の心が持たない。今、日本は戦後最低の時代ですが、このときはチャンスだから、どういう社会にしたいかということを考えるべきで、そうするとやはりqualityですよ。人口問題の前にまず考えなければならないのは、日本がどんな国になったほうがいいかということです。
 次々と話が変わりますが、西洋とアジアの問題がありますね。西洋の合理主義は、キリスト教という強い足かせから何とか自由になりたいということで生まれた。アジア的なものだけでは50年前の日本の問題を解決できない。太平洋戦争は誰も止められなかった。表現形は違っていますが、今も本質的には一緒。集団主義概念が強くて、その中の価値観が間違っていても言えない。そうすると西洋の強い自己を持つというのは重要ですよ。西洋、アジア両方の考え方が必要です。だから私は座右の銘を持っていない。人生、こんなに複雑なものが詩になることはありえない。人間そう単純じゃないということを覚えていたほうがいいですね。
 さてSARS。200年前であれば間違いなく風土病で終っていた病気が、2週間で世界に広がった。さらにマスコミによって瞬時に世界中に広まった。そういう点で21世紀の病気。しかし、それへの対処は人々を隔離して、接触者を追跡してと、19世紀的だったということが最大の特徴です。WHOとしては、まず感染防御の方法を提示しなければならなかった。だけどそこにはもっと政治的な、厳しい話もあります。防疫には3つの次元があります。一つは、病気の原因国や地域の人たちに感染が起きた時点でそこから出るのをやめてもらうこと。強制です。もう一つ、日本など受ける側は、入るときにチェックしてもらう。これは任意です。3つ目は、その伝染病が流行している国、地域、今回の場合は香港ですが、行くなということ。こんなことは今までWHOはやったことがない。WHOが一度『その国へ行かないで下さい』といえばその国の経済に与える影響は大きい。だけど、やらなければ『WHOは何もアクション取らないのか』といわれる。そこで、確かに経済も大事、でもここはWHOとして、省益あって国益なしということを考えてやったわけじゃなくて決めた。結果どこからも文句は来なかった。さきほど西洋東洋両方大事だと言ったけれど、これを決めたのは西洋の合理主義です。だけど私はすぐに人間的、アジア的に考えました。こんな大事なことを連絡なしに、香港に言わずに出してしまっていいのかと。そこであちらの保健医療局長に勧告を出すと伝えたら、『サンキュー。WHOの判断は尊重する』と。そうして、渡航延期勧告は出ました。人間的なことも果たせた。」
 続いて、先生はご自分の経歴についてお話された。ここでは割合させていただくが、大学生になって初めて医師になろうと考えたことや、医師になってからのご経験についてなど、現在にいたるまでの興味深いお話をいただいた。
 
 
 「そろそろ結論ですが、一番大事なのは、あなたたちが一体何が好きなのか、何をやりたいのかということ。国際保健を選んだら、病院とは全く違う。日本にはない困難があります。向き不向きもあります。それが当てはまるかはあなたたち自身しか知らない。私は色々なことをしてきました。厚生省にもいた。村の役場、村の診療所にいた。都立病院、大学の救命センターにもいた。大学公衆衛生学の教授もしていた。とにかくありとあらゆることした。私は何回も横道したけれど、それが役立つこともある。慶應の法学部にいたことは今すごく役に立っている。外科医のときは役に立たなかったけれど、WHOで働いていると法律がどんなものかという、法律の哲学は役立っている。
 私が言いたいのは、人生はそう簡単には分からないということ。一番大事なことは自分を知ること。日々のことよりも、もう少し深い人生の理解があると、一体なぜ自分がやっているかということを深く理解できる。みなさんもっとclear cutな答えを期待してここに来たかもしれないけれど、人生はそんなに単純ではない。
 それで、最後に、私が座右の書をどうしても頼まれたとき、一番近いのは、旧約聖書の伝道の書に、こういう意味の言葉がある。『天が下、世の中全てのことには時と方法がある』と。何を今やるべきか。今どうするべきか。そこには時はあるけれど誰がやるべきかはいっていない。今あなたはここにいて私と話しているとき。なぜ何時間も話しているかというと、あなたたちが大事だからだ。今のあなたたちは興味があって学びたいと思って来ている。そういう人たちにはいう。今のこの状況に相応しいかは、私が判断する。それをあなたたちもして下さい。そのためには、自分を良く考えること、そういうことだ。」 (文責:稲田)


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