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第2部 更生保護施設で酒害・薬害教育プログラムを
導入するにあたって
酒害・薬害教育プログラム推進事業実施活動検討会
検討委員
 
渋谷 弘隆(更生保護法人 札幌大化院)
上原 章 (更生保護法人 日新協会)
川村 彰宏(更生保護法人 静修会足立寮)
福田 順子(更生保護法人 静修会荒川寮)
今井 良治(更生保護法人 岐阜県共助会)
児玉 善光(更生保護法人 和衷会)
吉本 五郎(更生保護法人 山口更生保護会)
坂手 康祐(更生保護法人 美作自修会)
渡邉 平一(更生保護法人 讃岐修斉会)
池田 義昭(更生保護法人 福正会)
藤本 晴史(更生保護法人 日本更生保護協会)
宮野 修 (更生保護法人 全国更生保護法人連盟)
小畑 哲夫(更生保護法人 全国更生保護法人連盟)
大原美知子(創造学園大学ソーシャルワーク学部)
新井山克徳(医療法人社団緑水会 横浜丘の上病院)
笠原 和男(法務省保護局更生保護振興課)
田中 大輔(法務省保護局更生保護振興課)
古田 康輔(東京保護観察所)
 
1 「酒害・薬害教育プログラム推進活動検討会」での検討結果
 平成15年度から始まった本事業では,酒害・薬害教育プログラムをモデル的に実施する10の更生保護施設(以下「活動実施施設」という。)を選定し,その施設職員や酒害・薬害教育の専門家などを検討メンバーとして,「酒害・薬害教育プログラム推進活動検討会」をこれまでに5回開催しました。この検討会では,活動実施施設の経験を踏まえ,2年間にわたり効果的な酒害・薬害教育プログラムの策定について検討を重ねてきました。平成17年度には,これらの意見をもとに酒害・薬害教育プログラムのマニュアルを策定していきたいと考えています。
 活動実施施設における酒害・薬害教育プログラムは,各施設の地域性や処遇環境に見合った方法で実施されますので,実施方法については,様々なかたちが考えられますが,検討会では,更生保護施設において酒害・薬害教育プログラムを実践する事項について,次の流れ図に従って整理しました。
 
 
(1)処遇プログラムの準備
ア 処遇体制の整備
 「酒害・薬害教育プログラム」を円滑に進めるためには,様々な準備が必要となります。
 まず,被保護者にきちんと酒害・薬害の知識を伝えるためには,当然,更生保護施設職員もその知識を得ておくことが必要になります。そのためには,職員態勢の整備や職員研修の機会を持つことが望ましいのですが,職員数が少ない更生保護施設では,独自に研修を実施することが難しい場合があります。そこで,活動実施施設では,「精神保健福祉センター等の公的な医療・福祉機関が主催する研修会を活用する」「酒害・薬害の自助グループ等関係団体が主催する勉強会に参加する」といった方法で他の機関が主催する研修等を活用し,職員の資質向上を図る工夫をしています。このような研修等の開催情報は,保護観察所から得ることもできますが「更生保護施設職員が地域の関係機関の会合等に参加し,人脈づくりをする」「AAやDARC等の施設を見学する」などにより,更生保護施設が積極的に地域の医療・福祉等の関係機関との接点を持つことで得ることも可能です。
 また,活動実施施設では,参考図書やビデオ,パンフレット等の教材を整備し,被保護者のプログラムヘの参加意欲を高める工夫もしています。酒害・薬害について書かれた図書を購入している施設もありますが,保健所や精神保健福祉センター等の公的医療・福祉機関で作成された酒害・薬害教育用のパンフレットや研修用のビデオ教材等を利用している活動実施施設もあります。参考資料を整備する時は,どのような内容の物を選べば良いか悩むところですが,活動実施施設では保護観察所や関係機関の専門家等と相談しながら被保護者に見合った教材を選んでいました。
 
イ 被保護者への動機付け
 被保護者たちの多くは,すでに飲酒や薬物使用による事件を繰り返しているにも関わらず,「すぐにやめられる」「自分の力で何とかなる」と自分に酒や薬物の問題があることをなかなか認めません。こうした被保護者は,自ら酒害・薬害を学ぼうとする姿勢も乏しいだけに,活動実施施設では,被保護者に問題意識を持たせ,プログラムヘの参加を促すためにさまざまな工夫をしています。
 被保護者に問題意識を持たせるため,矯正施設在所中からその働き掛けを始めている活動実施施設があります。矯正施設の中でも受刑者に対して酒害や薬害についての指導教育が行われることがありますが,さらに,更生保護施設職員が矯正施設での面接等を利用して「社会に戻ってから酒や薬物との関係を絶つため生活計画を立てるよう助言する」「酒や薬物の問題について説明し,処遇プログラムヘの参加を促す」「矯正施設在所中に処遇プログラム参加の意思を確認する」といったことを行うことで,早くから被保護者が自分への問題に目を向けるようにしています。
 活動実施施設では,被保護者が入所する時には,「被保護者に酒害・薬害に関するパンフレットを読ませ,本人が自分の行動や生き方に照らし合わせられるよう職員が説明を加える」「酒害教育用ビデオを視聴させ,その怖さを自覚させる」「飲酒や薬物使用が自分の人生にどのような結果をもたらすことになるか,話し合う時間を持つ」など,初回面接時や入所間もない時期に時間をかけて面接を行い,被保護者に飲酒や薬物使用についての問題意識を持たせる働き掛けを行っています。その他,「KAST(久里浜式アルコール症スクリーニングテスト)」「TEG(東大式エゴグラム)」といった検査を実施し,その結果を利用して客観的に自分の問題を自覚させる方法を取り入れている施設もあります。
 プログラムヘの参加を促す方法として,保護観察所の保護観察官による面接で指導することも効果的ですが,活動実施施設では,「飲酒や薬物使用の問題のある被保護者には,個別面接を実施して参加を促す」「処遇プログラム開催日や内容を食堂等に掲示する」「各人ごとに案内通知を渡す」「処遇プログラム実施後に書かせる感想文をもとに,本人に個別助言を行なう」「プログラム終了時,修了証書と記念品を渡して努力を賞賛する」といった方法で被保護者のプログラム参加意欲を高め,参加を継続させるための様々な働き掛けが行なわれています。
 
(2)処遇プログラムの展開の方法
 更生保護施設において「酒害・薬害教育プログラム」を実施する体制としては,外部専門機関や団体職員を招いて実施する方法や更生保護施設職員が直接実施する方法があります(第1部参照。)。活動実施施設が挙げているそれぞれの実施体制においての良かった点,問題となった点について紹介します。
 
ア 外部専門機関や団体職員を招いて実施する方法
<良かった点>
・地域の社会資源情報が得やすくなり,処遇の幅が広がった。
・専門家から被保護者の指導方法等について助言をもらえる。
・依存症の経験者からの話は真実味があり,被保護者へ良い影響を与える。
・専門分野からの助言に対し,被保護者は構えることなくあるがままの自分を表出している。
・酒や薬物乱用から回復した人との出会いは,被保護者に希望を与える。
<問題となった点>
・講師の話が専門的だと被保護者の理解を得にくい場合がある。
・講師の都合によって処遇プログラム開催日が左右されることがあった。
・講師謝金の捻出等,財政負担の問題があった。
 
イ 更生保護施設職員が直接実施する方法
<良かった点>
・被保護者の状態に合わせ,柔軟に処遇プログラム実施日を設定できる。
・被保護者1人1人の特質を理解しているため,それぞれの能力に合わせ個別指導をすることができる。
・職員数が少なくてもビデオ教材等を上手に活用することで,処遇プログラムを実施することができる。
<問題となった点>
・被保護者の指導に適切な資料を見つけるのが難しい。
・被保護者から専門的な質問等があった場合,対応に困ることがある。
 
 処遇プログラムを実践すると様々な問題が出てきますが,活動実施施設では,その都度,処遇プログラムの実施方法を見直す機会を持ち,「更生保護施設の被保護者の特性について理解を求めた」「助成金を受けて財政負担を軽減した」「保健所等の関係機関に連絡を取り資料や対応方法について助言を受けた」といった方法で,より効果的な処遇プログラムとなるよう常に検討・改良を重ねています。
 
(3)処遇プログラムの終了時
 更生保護施設で実施する「酒害・薬害教育プログラム」は,被保護者の在所期間に制約があるため,完結した酒害・薬害教育を実施することは困難な実情にあります。そのため,活動実施施設では,退所する被保護者に対しての指導,地域の医療・福祉機関へ「つなぐ」方法等にさまざまな工夫をしています。
 
ア 被保護者の施設退所時(又はプログラム終了時)の指導
 活動実施施設では,限られた期間であってもプログラムを実施することにより,被保護者が「酒や薬物の“依存”について認識すること」「心身の健康について関心を持つこと」「困ったときに身近な社会資源(医療や福祉機関,自助グループ等)を利用できるようになること」「更生保護施設退所後も引き続き他の関係機関で行われている治療プログラム等に“つながる”こと」などを身に付けることを望んでいます。そのためいずれの活動実施施設でも「被保護者が地域の中にある酒害・薬害の相談機関や治療機関の存在を知り,それらの機関を頼っていく社会性を身に付けさせること」を指導しており,被保護者の更生保護施設退所時には「利用可能な社会資源の情報を提供したり,利用手続のサポートをする」「プログラムに関わっている専門家が医療機関の利用方法を紹介する」「酒害・薬害の治療機関等に連絡をとり,利用する手続等をとる」といったように,被保護者が地域社会の中において,継続して酒害・薬害教育を受けることができるような支援に力を入れています。更生保護施設を退所した被保護者の飲酒や薬物使用による再犯を防止するためにも,被保護者を地域の医療・福祉機関へ「つなぐ」ことが大切であるといえます。
 
イ 「つなぐ」ための連携
 活動実施施設では,被保護者を地域社会にある酒害・薬害の相談機関や治療機関等へ円滑に「つなぐ」ために,「関係機関との連絡協議会を実施する」「施設職員が福祉機関等に同行し,被保護者の相談をサポートする」といったことをしています。酒害・薬害問題に取り組んでいる関係機関とは,実務を通じて連絡を取り合う機会も多いと思います。その積み重ねによって信頼関係が強化され,被保護者を関係機関に円滑に「つなぐ」ことが可能になるようです。そのためには,日常的な関係作りを目指し,情報や意見の交換をこまめに行なうことが必要であるといえます。
 


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