はじめに
飲酒や薬物使用によるトラブルを繰り返す人がいます。彼らは「もう2度と飲まない,使わない」と堅く誓ったにもかかわらず,すぐに飲酒を再開したり,薬物の再使用に至るため,かつては「意思が弱い人」と考えられていました。それは,我々更生保護の分野でも例外ではなく,飲酒や薬物使用による事件を起こした人たちに,いくらやめるように諭しても,効を奏さず,その結果,再び同じ過ちが繰り返されるという歯痒い思いを重ねてきました。今日では,飲酒や薬物の使用をやめたくてもやめられない状態になることを「依存」といい,心理的にも肉体的にも複雑な問題を呈している状態であるという概念が普及してきましたが,飲酒の影響による犯罪や薬物の再使用により刑務所に入ってしまう人は,ほかの犯罪に比べても多いと考えられています。最近では,更生保護施設でもアルコールや薬物の「依存」問題を抱えた人たちを多く保護するようになりましたが,このような問題を抱えた被保護者は,施設内でトラブルを起こしやすく,また,飲酒による犯罪や,薬物再使用に至りやすく,手間のかかる対象であり続けています。
昨今,治安に対する国民の不安が高まる中,更生保護施設は,犯罪をした人をより多く保護し,円滑な改善更生を実現していくことを,これまで以上に求められています。対応が難しいとされるアルコール・薬物の「依存」問題を抱えた犯罪前歴のある人たちに対して,いかに効果的な処遇を実施し,その更生を図っていくことができるかは,更生保護施設にとっての緊急的課題の一つであるといえます。
そこで,当協会では,日本財団の援助を得て,「酒害・薬害教育プログラム推進事業」を平成15年度から開始し,様々な観点から更生保護施設入所者に対する酒害・薬害教育プログラムの検討及び実践を行なってきました。
本事業は,3か年計画ですが,そのうち2年目までの検討状況をとりまとめたものが,この中間報告書です。
この報告書には,本事業に賛同し,試行錯誤しながらも効果的な酒害・薬害教育プログラムの在り方について,検討及び実践を進めてきた10の更生保護施設の具体的な取組状況が詳細に掲載されています。本報告書は中間報告書ですが,これからアルコール・薬物依存対象者に対する何らかのプログラムを実施したいと考えている更生保護施設にとって,大いに参考になるものと思われます。
最後に,本事業には,法務省保護局を始め,アルコール・薬物依存に造詣の深い専門家の方々にも参画いただき,プログラムの検証を一層深めることができました。この場を借りて厚く御礼申しあげます。
平成17年3月 更生保護法人日本更生保護協会
酒害・薬害教育プログラム推進事業活動実施施設における処遇プログラム例
酒害・薬害教育プログラム推進事業では,全国101ある更生保護施設の中から10施設を酒害・薬害教育活動実施施設として選定し,処遇プログラム実践について研究委託をしました。
更生保護法人 札幌大化院(北海道)
更生保護法人 日新協会(東京)
更生保護法人 静修会 足立寮(東京)
更生保護法人 静修会 荒川寮(東京)
更生保護法人 岐阜県共助会(岐阜県)
更生保護法人 和衷会(大阪府)
更生保護法人 山口更生保護会(山口県)
更生保護法人 美作自修会(岡山県)
更生保護法人 讃岐修斉会(香川県)
更生保護法人 福正会(福岡県)
グループ名 |
酒害・薬害教育 |
グループの課題・目的 |
被保護者のうち酒や覚せい剤で問題行動を起こした人達を中心に酒害・薬害を自覚し、堅実な生活態度を身に付けさせることを目的とする。 |
プログラム実施回数 |
年間6回〜8回(曜日は不定)19:00〜20:30 |
実施場所 |
集会室 |
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プログラムへの出席者
精神科医師や病院のPSW,施設職員,被保護者
実施方法(具体的な進め方)
精神科医師や病院のPSWの講話の後,精神科医師や病院のPSWをリーダーとして,ミーティングを実施する。参加者が自分の酒や覚せい剤等に対する考え方,酒や覚せい剤等の害や問題等をそれぞれ発表し,リーダーの講評をもらう。
プログラムを実施する際に配慮していること
あらかじめ精神科医師や病院のPSWと被保護者の状況を打ち合わせ,酒害教育に関するか薬害教育にするかを決めている。必ず職員が参加し,実施結果報告書を作成し,今後の処遇の参考にしている。
これまでの経過
被保護者が飲酒の上問題を起こすことが続いた対策として,平成10年から北海道アルコール医療研究会のメンバーである精神科医師の協力を得て,酒害・薬害教育を当施設の集団処遇として取り入れ,入寮中の全被保護者を対象として実施している。
処遇プログラムの場面
(1)プログラムの開始前の準備など
酒害・薬害教育の実施日は,あらかじめ食堂の掲示板に「お知らせ」という掲示物を貼り,全被保護者へ告知をする。
酒害・薬害教育は,年間6〜8回,午後7時から午後8時30分まで実施している。酒害教育は,酒が原因で事件を起こした者のほかに生活を乱した者を中心に,薬害教育は,覚せい剤事犯者を中心に全被保護者を参加させるようにしている。被保護者以外には,更生保護施設職員が参加をしている。時々保護観察官も参加する。
酒害・薬害教育のリーダーは北海道アルコール医療研究会のメンバーである精神科医師や精神病院のPSW等に依頼している。精神科医師や精神病院のPSW等とは,事前に施設職員と参加被保護者の生活状況等について情報提供の時間を持ち,スムーズに実施できるように工夫をしている。
参加案内の掲示
(2)プログラムの実施状況
入所者27〜8名のうち,15〜22名が参加。職員が2名参加し,酒害・薬害教育を開始する。
(1)集会室に集まり,ロの字型の机で,お互いの顔が見えるように着席する。
(2)開始前に施設職員から,その日のリーダーを紹介し,その日の課題による酒害や薬害についての講話やビデオ,体験者の話等を聞いたり,観たりする。
(3)リーダーから,「本日のミーティングのテーマは,その日の課題である『アルコール依存』とか,『薬物依存』であるが,話を聞いたり,ビデオを見た感想を聞かせて欲しい。」と発言があり,数人の発言後ミーティングに移り,リーダーに指名された人から順番に自分の問題や悩みを話していく。
ミーティングの様子
●酒害教育の際の主な発言要旨
参加者a 「労働者の一日は,一杯飲んでやっと終わる。飲まないと疲れが取れない。」
参加者b 「飲むと気が大きくなって深酒してしまう。」
参加者c 「むしゃくしゃした気持ちを紛らわすために酒に走ってしまう。」
(4)各自の発言後リーダーから参加者の意見や考えを求め,意見交換をする。
参加者d 「飲んでいる時は気分も良いが,問題の解決にはならないし,いつも後から反省している。」
参加者e 「調子に乗って無駄遣いをしてしまい後悔することが多い。」
参加者f 「飲まないと思っていても嫌なことがあると飲んでしまう。」
参加者g 「我慢できると良いけれど・・・。」
(5)参加者から本日の酒害・薬害教育の話やミーティングの感想を聞き,リーダーから講評をもらって終了する。
参加者a 「疲れを取るためと理屈をつけて飲んでいるが,良くないことが分かったので,毎日飲むのは止めようと思った。」
参加者c 「酒で気晴らしをするのは良くないと思った。」
参加者e 「後悔するような酒は飲まないようにしたいと思った。」
リーダー 「酒とは上手な付き合い方をすれば人生にプラスとなるが,気違い水にもなる。依存症になったら病気なので,酒を飲まないという決意と実行が大切である。」
(3)ミーティング終了後
酒害・薬害教育終了後,当施設事務室において,リーダーから個別に対応を要する被保護者の処遇についての助言をもらったり,被保護者退所後の対応についての指導をいただいている。
終了後の打合せ
実施施設からのメッセージ
個別面接の際には分からない本人の内面をうかがい知る良い機会となっていますので,無理をせずに継続をしていきたいと思っています。(渋谷補導主任)
酒や薬物のトラブルが多発したことから,平成10年度に対策の一つとして始めました。処遇効果はどうかと言われても困りますが,酒や薬物による大きなトラブルが起きていないことを考えるとそれなりの効果が挙がっているのだと思います。(上口施設長)
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