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2 酒害・薬害教育プログラム推進活動検討会の助言者からのメッセージ
更生保護施設における酒害・薬害教育プログラム
―さらなる展開をめざして―
創造学園大学ソーシャルワーカー学部 教授 大原 美知子
 
 私は,かつて精神病院のソーシャルワーカーとしてアルコール専門病棟を担当し,生活・医療のケアを共に必要とするクライエント(以下当事者と略す。)と過ごした経験の中で,病院から更生保護施設に入所した方,逆に施設から病院に入院した方たちのことを印象深く今でも鮮明に思い出します。何故ならその方たちは,依存症という「病気」を持っていなかったら,刑務所に入らなくても済んだかも知れず,また保護観察による支援とメンタルケアの両方が行われれば,社会で再犯せずに生活して行くのが可能と思われたからでした。今回,更生保護施設における酒害・薬害教育プログラム検討委員会に参加させていただき,更生保護施設の方々から酒害・薬害ビデオ学習や,AA,ダルクなどの自助グループとの連携など,意欲的な取組がなされていることを伺いました。これらの取組を踏まえ,今後さらに更生保護施設内での酒害・薬害教育プログラムをどのように展開・具体化していったらよいのか,現在,欧米各国で行われ,我が国のアルコール・薬物問題への介入にも有効であろうと思われるアプローチを御紹介します。
 
動機付け介入(Motivational Intervention; MI)アプローチ
 アルコール・薬物など嗜癖問題で治療の成否を決定するのは本人の動機付けにあるといわれています。アルコール・薬物問題を持つ当事者にとって,「なぜ酒や,薬物を使うことが悪いのか」「誰にも迷惑をかけているわけではない」など薬物をやり続けるための理由付けを優先させるため,「やめる」という決断にはなかなか至りません。薬物の種類も「たまたま違法薬物だったから。違法じゃなければいいじゃないか」と,アルコールや合成麻薬など,脱法的なものに使用を変え,多剤乱用となる人も少なくありません。薬物乱用が,もぐらたたきゲームのように手を変え,品を変えながらも一向に減少していかないのはこのためでもあります。そして,私たちがしばしば当事者に対して困難を感じるのは,飲酒や薬物使用が問題であると認めない「否認」にどう対応したらよいかです。
 更生保護施設に入所してくる当事者は,自分自身の薬物使用を問題と思っていなくても,家族や友人から受け入れられないことは問題と感じているかもしれません。薬物問題と家族や友人の問題は,その原因が同じであることさえも気が付いていないかも知れず,スタッフが当事者と施設入所や家族の問題を話し合うことで,はじめて薬物問題に直面する機会となるかもしれません。このように,直接薬物問題を認めなくても,別な方角からアプローチをすることで「問題」を認めることが可能となるかもしれません。
 W. R. ミラーらが行っている動機付け介入(Motivational Intervention; MI)アプローチでは,あらゆる要因を十分利用して,飲酒・薬物使用に肯定的な気持ちと,それは問題であるという相反する気持ちを引き出して,本人が葛藤する状況を作り出し,そこから危険な飲酒,薬物使用を減らすことに対する興味をかきたてるなどして生じた“教えることのできる瞬間”こそが介入の時期であるとしています。具体的には,「問題行動」が起きたときに適切な介入を行えば,当事者が問題を認めることができる最大のチャンスとなりうるということです。このように,あらゆる機会を捉えた適切な介入方法は,当事者自身が「問題」に気づくために必要不可欠なことと言えるでしょう。
 
社会学習理論による認知行動療法アプローチ
 次に「問題」を認めたとき,今度はその問題にどう対処したらよいかとなります。この認知行動療法のアプローチは,過度な飲酒や薬物を使用するのは,特定の出来事が引き金となって学習された行動であり,特定の結果によってその行動が強化されるという社会学習理論を基盤としています。具体的な方法としては,「飲酒・薬物使用にはなんらかの前兆(きっかけ)があり,特定の効果を得るために行動を起こしている」ということを当事者自身が理解し,チェックリストを利用するなどして,スタッフと話し合いながら対処方法を学び,実践することで,再使用の危険性が回避できるようにすることです。このアプローチは,使用量の減少や危険な状況での使用を避けること,そして再発の予防までをも力バーしつつ最終的には断酒・断薬を目標とします。
 
 御紹介した二つのアプローチは,更生保護施設において実施することで,より有効に機能することが予測されます。なぜなら家族との同居や単身生活ではなかなか自分の問題や行動のきっかけはわかりづらく,入寮者の日常生活を客観的に観察可能な更生保護施設だからこそ,スタッフの方はより適切な介入と支援を行うことができると思われるからです。欧米諸国ではすでにこのアプローチの本が数多く出版されており,我が国でも様々な臨床現場で応用可能な方法であることから,今後,更生保護施設での酒害・薬害教育プログラムのマニュアル化やその使用に際してのトレーニング方法の開発に参考となることでしょう。
 
PSWとしての更生保護との関わり
医療法人社団緑水会 横浜丘の上病院
精神保健福祉士 新井山 克徳
 
 この度「酒害・薬害教育プログラム推進事業」についての専門家としての意見を依頼されましたが,なにぶん浅学菲才の上にまだまだ若年の身としましては,非常に恐縮する思いでございます。今回の執筆につきましても同様に,「はてさて,どうしたものであろう・・・困ったな」というのが偽らざる心境です。
 とはいえ,自ら参加することを選択しましたので,これを避けてとおるわけにもいかないわけであります。そこで私と,「更生保護業界」との関わりについて,その思い出と実践のなかで導き出されたものを,徒然に書かせていただくこととしました。
 
 私と「更生保護」の出会いは,精神科病院に就職して1年目の際にやってきました。「専門家としていかなる困難にも進んであたらん」と気負っていたハタチを少し過ぎたばかりの頃に,同じ足立区内にあった「静修会足立寮」の職員をしていた大学同期生から,「今度うちの施設で酒害のミーティングをするのだけれど,協力してくれないか?」と依頼されたことが始まりでした。
 いわゆる自分の所属している「精神保健福祉業界」とは全く違う畑からの誘いに,向こう見ずな青年はあまり深く考えることもせず,「臨床経験としては,かなり貴重かもしれないし,何より楽しそうだ・・・」という下心もあって簡単に賛同してしまいました。いまだにはっきりと覚えているのですが,初めて施設を訪れた時の緊張感(取って食われるんでは等),と「先生」と呼ばれることの違和感が胸の中に満載されておりました。その記念すべき(?)第1回の参加者は4名,どの方も「病気」という単語から実はかなり近いのに,自らはかなり縁遠く感じていらっしゃるいわゆる「病識の無い」ツワモノの方々でした。そんな猛者達に青二才が太刀打ちできるわけもなく,さて第1回のミーティングは(私の振り返りでは)惨たんたる結果となってしまったのです。
 それにも懲りず,青年は翌月からも参加することとしました。今度は施設側の担当職員とその都度打ち合わせをしながら,どういった内容の時間にしていくかということを意識しながら。施設職員の方から「何でそれが病気なんだ?専門家の言うことは難しくて分かり辛いよ。」という意見を頂いた時に,初めて青年はきっかけが掴めたのです。「その人を病気だと決めつけるのは,自分のすることではない。しかし,病気についての基礎知識をきちんと伝えることで,考える材料は提供できるはずだ。」という結論に至ったのです。
 それから月日は流れゆき,今年で7年目を数えることとなりました。果たして自分のやってきたことが,どの程度の効果をもたらすことができたかは分かりません。しかし,この青二才と忍耐強くお付き合いいただいた施設職員の方々と,その話をまっすぐな瞳で聞いてくださった寮生の方々のおかげで継続できたことは間違いないと思っております。
 その実践が,今回のプログラム作成の一助となることは,感無量といってよいことであります。7年前の青二才の身としては,全国の実践報告を聞きながら,まだまだ精進せねばと思っております。御健闘をお祈りいたします。


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