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アメリカこそ孤立している
 そういうところへ日本は来ています。理想を追求する実力を持っています。では、日本の理想は何なのですか? が問題です。世界は「中身を言ってください」と思っている。「名誉ある地位を占めたいと思う」なんて抽象的なことを言っているようではダメです。向こうに操られてしまいます。
 さっきの話に戻って言うと、「日本は孤立するぞ」と外国人が発言したら、私は「アメリカこそ孤立している。それがわからないのですか」と言います。
 実際、アメリカ人はすでに世界の中で孤立しています。世界を一人で歩けなくなってきました。クウェートではアメリカ人が巡査に殺されました。フランスにはイスラム教徒が八%もいます。アメリカ人が歩いているのを見たら、後ろから石をぶつけても不思議はない。前からぶつける日は遠くない。「自分が孤立していることを棚に上げて、今に日本は孤立するぞなどと余計なことを言うな」と言いました。もちろん、もう少し紳士的に言いますが(笑)。会議でこういう発言をしてコーヒーブレークになると、ちゃんとアメリカ人が私のところに寄ってきて、「そのとおりである」と言います。コーヒーブレークの時間というのは面白いですね。
 するとまたある人が寄ってきて、「自分は先週キッシンジャーと昼食を一緒にした。そのときにキッシンジャーは暗い顔をして、アメリカは孤立し始めていると言った」と言いました。今から二年ぐらい前です。そのとき世界の新聞では、パウエル国務長官がイギリスとフランスへ行って了解をとってきた、だから孤立していないという記事になっていたのですが、「キッシンジャーは暗い顔をしてアメリカは孤立し始めていると言った」と言うので、私は心の中で「それみろ」と思った(笑)。
 パウエルはイギリスでもフランスでも、さんざんに言われたに違いない。帰ってきてからは協調を取りつけたと言っているが、フランスはイスラム教徒が八%もいるのだから、そうは動けない。
 イギリスはオーケーしたが、イギリスにもイスラム教徒は山ほどいるのです。ロンドンの中だけならアングリカン・チャーチ(英国国教会)の信者よりイスラム信者のほうが多いそうです。これはアングリカン・チャーチの牧師がそう教えてくれました。英国国教会は英国の国王が信じているキリスト教の一派です。日本に来ると聖路加病院とか、立教大学になる。これは日本で言えば、伊勢神宮の信者よりもムスリムのほうが多いというようなものです。イギリスも今やそうなっている。するとイギリスだって、そんなにイスラエルとアメリカを支援していられなくなる。
 にもかかわらず、日本に向かって孤立するぞなどとは、よく言えたものです。キッシンジャーも暗い顔をしていたと聞いたものだから、私はしめたと思って、方々で「アメリカは孤立するぞ」と自信を持って言いました。
 その後二年間経ちましたが、当たっていると思っています。孤立化はもっと進むでしょう。
 そのときに日本はどうするのか、ということです。特別措置法の期限が来たから自衛隊は引き揚げます、さよなら、と、そんなことにはならないでしょう。かといって、特別措置法を延長すればいいというのは、それはやはりアクションする人の考え方なんです。アクションする人は法学部を出た人ですね。法学部を出た人は法律万能ですから、法律に書けばそうなると思っている。また新しい法律をつくればいいと思っている。あまり現実については深く考えない癖がついております。
 
 時間がなくなりましたので、最後に余談を一つ。竹村健一さん、渡部昇一さんと三人で日曜日の朝話しているラジオ番組で、竹村さんが「若い者は二十一世紀論なんかもう飽きた、二十二世紀論をやりたいと言っているが、日下さん、あんたはいつも大げさなことを言っとるね。二十二世紀をどう思うか」とやぶから棒に聞かれたので、そんな先はもう生きていないから何を言っても大丈夫だろうと思いながら「はい、二十二世紀には英語が廃れます。日本語が中心になります。英語まじりの日本語が国際言語になるでしょう」と言ったんです。するとシーンとしてしまって、あとが出てこなかった(笑)。
 しかし既に兆候はあるのです。たとえばゼネラル・モータースやフォードがりっぱな自動車をつくろうと、日本へ来てトヨタへ見学に行くと、日本語で説明してくれます。「これはすり合わせです」とか、「これはカイゼン」とか、「これは系列の力です」とか。それがわからなければ高級自動車がつくれない。アメリカ的中級自動車しかつくれない。
 最高級、芸術的、文化的自動車をつくろうと思ったら、日本語がわからないとつくれないと、今やゼネラル・モータースは思い始めている。
 そのように、産業やハイテク、実業の世界では、すでにどんどん日本語が入っています。マンガやアニメでもそうです。政治家にはまだあまり入らない。
 日本語を学べば得をするという時代はもう始まっていますから、だんだん世界は日本語を使う人が増えるに違いない。そういう仮説を立てると、同じような現象は歴史の中にいくらでもあるんです。例えばサミュエル・ハヤカワ(Samuel Ichiye Hayakawa)という学者がいます。カナダの日系三世で、サンフランシスコ大学の学長をしたとき、学生騒動を見事に取り仕切っておさめたので上院議員になりました。アメリカ言語学会の会長です。
 この人に言語学会の席で、「インターナショナル・ランゲージの資格条件は何か?」、つまり英語はどこがよいのかという意味の質問が出たんです。質問した人は、英語というのは構成がきっちりして、ボキャブラリーが豊富で、インターナショナルな資格条件が備わっている、たいへん知的な言語であるということを言語学会の会長に言わせたかった。もちろん日系三世に言わせてやれと思っていたことでしょう。
 けれども、それに対してハヤカワはこう答えた。質問者の意地悪を察知して答えたのだと思いますが、「インターナショナル・ランゲージというのは、ポケットがお金で膨らんでいる人がしゃべる言葉である。ポケットが膨らんでいる人がしゃべると、みんなもそれをマネする。その人が訛れば、周りも訛るのです」と言った。言語学会の討論ですよ。その後に続けて「ポケットの膨らんだ人が、この一〇〇年間最初はイギリス人で、今はアメリカ人で、二代続いたから英語が世界に広がった。ただそれだけですよ」と答えたのです(笑)。
 
 これを日本に応用すれば、日本人がかくも豊かであると、世界中が日本語になっても不思議はない。
 その兆しもあるんですよ。例えばJTBの人に「日本人の団体客を連れて歩いて、どんなことが大変ですか」と聞くと、「あまり大変なことはない」という答です。「例えば外国語ができないことは、どうですか」と聞くと、「そんなことは、まったく問題ありません。なぜなら、お客さんたちはエングリッシュをしゃべります。イングリッシュはできなくても、エングリッシュでちゃんと通じます、向こうが一生懸命覚えます」。
 円がポケットに入っていると、何を言っても向こうのほうがちゃんと察してくれるわけです。「だから、我がJTBには語学の苦労はありません。ちゃんとみんな買い物をしてきますよ。外国は初めてという人を連れていっても、ちゃんと買って帰ってくる」と言っていました。それはそうですよね。向こうが努力してくれるのですからね。そういう現象はすでにあります。
 ラジオが終わって、外へ出たら渡部昇一さんが「ヨーロッパ中世はみんなラテン語でした。インテリは全部ラテン語をしゃべってラテン語で考えていました。しかしこれが一夜にして消えたことがありましたね」と言いました。ウエストファリア条約のころラテン語は一夜にして消えて、その後、国際条約はフランス語で結ぶようになったんです。
 そのときの消え方というのはすごいんですよ。ほんとうにラテン語は一遍に消えてしまって、その後はフランス語になって、それから英語になったんです。つまり各自がそれぞれ方言をしゃべるようになって、その方言同士の競争でイギリスが勝ったということを渡部さんは言ったのです。
 したがって、英語だって一夜にして消えるということは、あり得ないことではないというのが言外の意味で、その言外のところを渡部さんがはっきり言わないのは、あの方は英語学の大家ですから、軽々しくは言えないのでしょう。そんなことを言ったら弟子たちの商売が上がったりになるからというのが私のひそかな感想です(笑)。
 この話は私にとってはたいへん心温まる話で、皆さんのお子様で英語が嫌いだという子がいたら、マンガを読みなさいと言ってあげてください。英語でなく日本語で考えれば、もっといいことがわかるんだよと自信を持たせたほうがいいのではないかと思います。
 どうも、ご清聴ありがとうございます。







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