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子供は神から遠い存在か、近い存在か
 話を戻しますが、欧米に行きますと聖母子像というのがありますね。特に多いのはスペインです。
 どこの教会へ行っても、マリア様が赤ん坊を抱いている絵がかかっています。さて、ここで思い出してほしいのは、イエス・キリストの顔は全然かわいくないでしょう。ひねているというか、ませているんですね。マリア様は優しいお母さんとして描かれていますが、キリストは全然赤ん坊らしくない。私には中年の男の顔にしか見えない(笑)。それで向こうの牧師さんに、なんで赤ん坊なのにこういう顔をしているのかと聞いたら、「イエス・キリストは神の子です。神の子は生まれたときから神様のような顔をしていなければいけない」という返事でした。
 では、神様のような顔とはどんな顔かということです。旧約聖書の一番最初に、神はおのれの姿に似せてアダムをつくったと書いてある。だから、アダムが神様に一番そっくりなんですね。多分そのときのアダムは二〇代の男でしょう。だから二〇代から三〇前後の男が一番神様に近い・・・。というわけで、赤ん坊も中年男みたいになる。赤ん坊でも知的でなければいけない、インテリの顔をしていなければいけない。
 こういうのを欧米の人は子供のときから、教会へ行くたびに見せられている。つまり、あどけない、かわいい、無心、無邪気、・・・そんなのはダメである、神様から遠いとなっている。
 彼らは子供の頃から、一刻も早くインテリにならなければいけないと刷り込まれている。インテリとは言葉をしゃべることがまず大事である。言葉をしゃべるとは、論理的に単語をつなげていくことです。つまり“理屈を言う子供”にならなければダメで、そうでないのは動物レベル。「子供のときはしようがないが、一刻も早く大人になりなさい。中年男性になりなさい」ということが骨身にしみ込んでしまうのです。
 ですからディズニーのアニメを思い出してください。子供が子供らしいことをするのはよいことではないんです。それは未完成、発達途上、早く通り過ぎなければいけないプロセスであって、子供が子供らしいことをしている情景は、教育上悪い影響があると非難されるので、みんな動物にしてしまいます。ふざけたり、失敗したり、怒ったり、泣いたりは人間がやってはいけない。だから動物に託してしまうのです。動物なら仕方がないですよね。それがアニメです。
 彼らは無意識のうちにやっているのでしょう。だけど、もしかしたら裁判を心配しているのかもしれない(笑)。人間の子供が子供らしい愚かなことをしている姿を描くと、「そういうことを奨励するのか、教育上悪い効果がある」と訴える人が現れないとも限らない。
 それやこれやでディズニー作品はみんな動物園みたいになるのです。
 
 ところが日本のマンガでは、人間の子供がアホなことをしても、みんなは「かわいいね」と言う。「かわいいね」というのは肯定的な意味ですからね。その点に注意してください。
 これが欧米に対しては、たいへんな思想革命、あるいは人間観の革命だと思います。
 日本の場合は、なんと童子のほうが神に近いというんです。子供があどけないのを、「そのほうが仏様に近いんだ、神様に近いんだ」と考える。人間がだんだん大人になってひねこびていくのは「生きるためにはしようがない、やむを得ずだんだんひねこびていくので、こんな風にはなりたくはなかったんだ」という人生観です。
 さて、それをそのままマンガやアニメにして向こうに持っていくと、子供が喜んで見る。それはそうです。子供らしさが肯定されているから、さぞかし子供は救われたと思いますよ。
 自分のお父さんやお母さんは子供らしさを否定してかかってくる。子供を鍛えようとする。例えば、イエス、ノーをはっきり言いなさい。「どっちでもいい」なんて言うと、「イエスですかノーですか、区切りをつけなさい」と叱られる。「どっちでもいいよ、わかんない」と言ったら、うちの子は知能程度が低い、これを何とかしないと世の中は生きていけない、と向こうの親は思います。
 そうやって一生懸命子供を鍛えているところに、高度成長する日本のビジネスマンがやってきて、商談なのに「どちらでもいいです、お任せします」と言うから、向こうはバカが来たと思って、「お任せするなら、自分たちの好きにやってしまえ」となる。
 それで日本のビジネスマンはびっくり仰天して、「これはひどい」と言うが、「だってお任せすると言ったじゃないか」という日米摩擦をこの二〇年ぐらいやりまして、日本人もようやくハッキリしゃべるようになった。向こうとつき合うときは用心しなければいけないと思うようになった。
 
 しかし、その時期ももう過ぎて、今は別の段階に入りました。
 「アメリカ風取引をやるのが偉いとは思わない。やらないで済ませる方法はないものか」。つまり心が通い合う会社とだけつき合う、弁護士がいるような会社にはもう品物を渡さない、金は貸さない、最初からつき合わないというふうに、日本の会社も変わってきた。「日本風を変えるのではなく、日本風のままで行くぞ」と、まだある程度とはいえそれができるようになった。
 なぜできるか。日本には技術力がある。新製品開発力がある。それから融資したり、投資したりする金がある。優位に立っているのだから、何も向こうに合わせることはないと思ってやり出すと、なるほど向こうが合わせてくる。これが民間経済界の経験です。官界、学界の人にはこれがない。日本に合わせた会社は向こうでも儲かって繁栄する。日本風をやらない会社はアメリカの中でお互いに共食い競争をしている。
 そのアメリカ国内の共食い競争を見て、ヨーロッパはもうアメリカに投資しない、ドルなんか持たないとなった。それでアメリカは猛烈な金詰まりに陥って、ヨーロッパにある財産を売って持ち帰るというのを時々する。リパトリエーションと言います。戦争に負けて日本の軍人が海外から続々と引き揚げてくるのを、当時リパトリエーションと言っていたのを思い出します。つまり、今アメリカの気分は敗戦と引き揚げなのでしょう。ブッシュの為替政策がときどきドル安容認になるのはそのせいです。
 アメリカは金詰まりです。これからもっとそうなるでしょう。金利も上がるはずです。そうなる根本はただ一つ、まじめに取引しないからです。相手を騙そうという取引をしているから、世界中が寄りつかなくなる。
 アメリカ人がある国際シンポジウムで、「そんなことでは日本は国際的に孤立する」と偉そうに言うと、日本の元通産次官は「そうだ、日本は国際化が遅れている」と答える。しかもそのあとに、「それは政治家が遅れているから」と言った。官僚と言わない(笑)。そして「そういう政治家を選んでいるのは国民である。国民のレベルが低いからである」と言って、本人はいいことを言ったつもりらしい。
 よくこんな人が通産次官になったな、と思います。頭の悪い人が次官になってしまう、というのは常識がある人は途中でやめてしまうからです。実例を何人も知っています。あるいは初めから入らない。とにかく「悪いのは国民である」とは、恥を知らなさすぎます。そうやってアメリカにゴマをすってきたらこんな不景気になったというわけです。
 そこで言いたいのは、今は日本風の「無邪気がよい、あどけないのがいい、かわいいのがいい」という文化が、アメリカに浸透しているということです。中国にも浸透しています。日本のマンガやアニメの影響で、子供がそうなってきました。だからあと二〇年すれば、アメリカや中国全体がそうなるはずです。かくて世界は日本化していくのです。
 
 どんどん世界は日本化していくでしょう。そうなるはずであって、日本には大きくて先進的なマーケットがあるからです。金融力もあるし、ハイテクもある。
 国民の人数が多い。一億二〇〇〇万人とはすごい数ですよ。比べてみれば、ドイツ、フランス、イギリスはみんな日本の半分以下ですから小さな国ですよ。しかも貧乏なのです。
 これだけの人口がまとまっていて、これだけお金持ちで、頭はよくて、社会資本は世界最高で、お互いのモラルが高くて、人を騙したことがない。
 こういう国では官庁にはやるべき仕事がない。そこでアメリカからの圧力が欲しくなる。それから日本のアラ探しがしたくなる。そして予算をとる・・・ということです。
 私の場合、アラ探しをするとすれば、この日本で足りないものは三つしかないと思っています。第一は、悪巧みをする力がない。善良だからですね。「悪巧みがないとは、インテリジェンスがない」と向こうは言う。その通りで、日本はインフォメーションばかり言ってインテリジェンスまで考えない。第二は、軍事力がない。それから第三は、子供の数が少ない。
 この三つが悲観材料なのですが、しかし軍事力はもうサマーワへ行った。これは革命的なことです。日本人は小出しにして、早く逃げて帰ってこようと思っていますが、世界はこれで歴史が変わったと思っています。思っていない人もいるでしょうけれども、理屈ではそういう評価ができます。日本が戦後初めて海外出兵をしたのですから。
 日本が海外出兵をするときはいつも世界史が変わります。そういう世界情勢にならない限り、自分からは火遊びをしない国だから、日本の出兵はいつも世界史的大事件の前兆です。
 日本は、世界で一番強いアメリカを相手に三年半戦った国です。アメリカを相手に三年半戦った国はベトナムと日本しかない。ベトナムは勝ち、日本は負けましたが、その後の経済戦争では一歩も引いていない。その日本が軍事力を持って乗り込んできた。イラクのあの場所は、世界の歴史では四〇〇〇年も前からの激戦地です。四大文明とか五大文明と言いますが、四か五かはともかく、世界の五大文明、五大宗教、五大軍事大国というのが今やあそこで一堂に会しました。こんなことは今までにないことです。
 ひと月ほど前にドイツが国防白書を改訂しました。新しく出した国防白書には「ドイツ国防軍の任務は領土防衛だけではない、国際貢献もする」と書いてある。思い出してください。その前のボスニア・ヘルツェゴビナにNATOが軍隊を出したとき、ドイツは「参加しない」と言った。するとフランスの首相が「ドイツ人は臆病だ、命が惜しいのか」と公の席で発言したら、すぐドイツの首相が「ドイツ軍が海外においていかに勇敢で、いかに強いかを世界はかつて見たはずである。もう一回フランスは見たいのか」と言った。するとフランスは黙ってしまった。一九四〇年にフランスはこてんぱんに負けたのですから。その頃から見ると、今や猛烈な様変わりです。
 では、どうしてドイツが出る気になったのか。それは日本軍が行ったからに決まっています。日本軍が出るのに、ドイツだけ国内にじっとしていられない。何かあそこにうまいものがあるに違いない。世界のうわさでは間もなくプーチンも軍隊を率いて何かする。ロシアもイラクに石油利権を持っていますからね。
 すなわち、ロシア軍、ドイツ軍、日本軍、イギリス軍、アメリカ軍の五大強国の軍隊が一堂に会することになる。
 そこで日本が何か言えば、それは通ります。だから国連常任理事国になろうがなるまいが、日本には意見を通す実力があるのです。軍隊を持っている国の意見が通る。それが国際外交ですからね。名誉ある地位を占めたいのなら、軍事力を持って発言すればいいんです。日本にはそれだけの若者がいるし、傭兵もする金がある。何でもできる国です。改めてそう言わなくても、そういう顔をしているだけで向こうがそう考えますからね。







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