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「工夫改良して日本バージョンをつくればいい」
 多店舗展開というコンセプトのほうで思い出すことを言いますと、牛丼の吉野家を始めた松田瑞穂さんの話ですが、ちょうど昭和四十二、三年ごろ、日本では中小企業の間にアメリカへ行って勉強しようというブームが始まった。前回話したセブン−イレブンの鈴木敏文さんもイトーヨーカ堂から派遣されてアメリカを回ったが、そのときコンビニを見つけて、「社長、これをやりましょう」と言ったわけです。
 松田瑞穂さんは、そのとき視察団にコンサルタントがついてきて、飛行機の中で「三〇〇億円の売上げにしたいなら簡単だ。一億円の店を三〇〇持てばいい」と言われて、目からうろこが落ちたというんです。まるで小学校の算数ですね。あの人は築地で牛丼屋をやっていました。どんなに逆立ちしたって売上高三〇〇億円になんかはならない。しかし一億円の店を三〇〇つくれば三〇〇億円になると聞いて、発奮して帰ってきた。ビジネスモデルかコンセプトか、どちらとも言えませんが、どちらにせよ簡単な話です。
 でもそのあと、松田さんの名言があります。そのときは同じような中小企業の社長が二〇人から三〇人、同じものを見て、同じ勉強をして、そして帰りの飛行機の中で、「あれはアメリカの話だよ、日本は別だよ」と言った人はそれっきり。しかしそのとき、「アメリカでいけるものは日本でもいけるかもしれない。アメリカと日本は違うと言うが、そこはまた工夫改良して日本バージョンをつくればいい。基本コンセプトはいただいた」と言った人は、みんなその後成功して偉くなっている。「自分もそうですよ」と松田さんが言っていました。
 だから牛丼屋をたくさんつくろうとすると、それに続いて具体策がいっぱい出てくるのです。
 同じものを見て学んでも、成功する人と、そうでない人がいるという教訓です。
 それはさておき、アメリカ人が多店舗展開に当たって発明したのがフランチャイズというやり方です。もうみなさんはフランチャイズのチェーン店は見飽きているでしょう。しかし見飽きているが、本質を知っているかどうかです。
 
 フランチャイズ制とはなんぞやですが、もともとは野球で言うように、「地元」という意味ですね。
 今日はちょうど詳しい人が来ています。福井基博さんは私の長い知り合いで、外食産業で働いているかたですが、ちょっと教えてくれますか。
【福井】 フランチャイズのやり方にはいろいろありますが、一番代表的なのは、先ほどの越後屋さんの話ではないですけれども、「自分の会社の看板を上げて商売をやっていい。商品はちゃんと卸します」というやり方です。ただし投資の仕方が、自分で出すのか、あるいは本店がお金を貸してくれるのかというのは、いろいろ会社によって違うようですし、最近ではお店は本店がつくって、公募で経営者だけを募るというフランチャイズ方式も増えています。
【日下】 昔は地主を募っていましたね。
【福井】 そうですが、最近は地主ではなくて、店長さんを募ります。地主との交渉は全部本店がやって、お店も本店がつくって、誰か店長をやってくれませんかという方式です。
【日下】 それもフランチャイズ制と言うのですか?
【福井】 ええ、そういう方式も今はありますし、すごくバラエティが増えてきたんですけれども。おっしゃったように、一番最初のFCというのは、要するに看板を貸してもらって、資材も全部本店から仕入れて、それで自分たちの取り分をとるというようなやり方が通常のFCですね。
【日下】 福井さんがすかいらーくに入ったのは、だいぶ会社が発展してからだということがわかりました。すかいらーくの一番最初はこうだったんです。社長さん方ご兄弟の苦心談は、武蔵野一帯の街道筋の農家へ行って、「この角の土地を使って、すかいらーくという店をやりましょう」と口説き落とす。土地を出してくださいという、これがプロ野球で言うフランチャイズと同じで地元主義ですね。それから上に建物を建てるとき、すかいらーくの設計図で建ててくださいと、ここは譲らないんです。同じ設計図でやっているから、自分でやるよりずっと得です。「すまないけれど、裏の土地も駐車場に出してください。大根をつくっているよりいいでしょう」と、これが成功例が出るまでは、なかなか大変だったようです。三〇店までは苦しかったそうです。三〇店つくってからは、あっという間に一〇〇、二〇〇、三〇〇になったという話です。
 もともとは農家の人は自分の土地を提供するだけではなくて、この事業全体の経営責任者にもなりなさいということでしたが、そうすると農家の人は不安でしようがない。それで「すかいらーくから行った店舗の責任者がちゃんとやります。本部で新商品を開発し、どんどん送ってあげます。だから自然に儲けが出るはずです。それからお客がついています。すかいらーくの看板を見ると、吸い込まれるように入ってくるお客がいます。あなたには地代が入ります」となっていたわけですね。こんなことでいいですか?
【福井】 最初のころはそうですね、まさしくおっしゃるとおりです。
【日下】 さて、アメリカでこのフランチャイズチェーンが広がるとき、これの本部をやろうという「本部屋」という商売ができる。
 この人はたくさんのコンセプトを立てる。商品開発とかシステム開発とか、外観はこうするとか、あるいは銀行に渡りをつけておくとか、いろいろな準備をして、たとえばアメリカでは新聞広告を出す。オーナーになりたい人は何月何日、この町の一番いいホテルの部屋、会議室をとってあるから、そこへ集まってください。説明してあげますよ、と。
 するとさらに商売に敏感な人があらわれて、そういうのを全部まとめた「食品フランチャイズ総合説明会」というのを考え出しました。たとえばデニーズとかすかいらーく、ロイヤルとか吉野家を口説いて「何月何日に一斉にホテルで説明会をやります。店をやってみたいと思う人は、そこへ来て全部を比べてみたらいかがですか。便利ですよ」というのでコンベンションという商売ができるわけです。
 またこれに乗っかる頭のいい人がいる。コンベンション専門ホテルという新しいホテルを発明して、マリオットは全米第三位とかになってしまった。
 このホテルはなぜ成功したか。ワシントン政府に運動して、コンベンションに行くとき奥さんを連れていくが、その旅費・宿泊費は経費に認めるということにしてもらった。それでアメリカの学会、研修会、説明会、展示会は一斉に夫婦同伴になったんです。経費で落ちるなら、それはもう喜んで奥さんがついていく。そこでホテルは、コンベンション専門に設計してつくったんです。必ず夫婦同伴で来るから、部屋もそれに合うようにした。主人が勉強している間は奥さまはすることがないから、その奥さまたちを集めて買い物に連れていくとか、そういう奥さまサービスというのが結局、集客のカギになった。
 なぜよく知っているかというと、そういうホテルに泊まったとき、そこのマネジャーとケンカしたからです(笑)。奥さま連れには至れり尽くせりになっているというから、家内を連れていったら、向かいの部屋でドンチャン騒ぎをする。売り込み説明会や、全国何とか大会が終わった後のパーティですね。
 最初からそういうホテルだと言ってくれれば、そんなところには泊まらない。しかし、世間には静かな高級ホテルですと宣伝している。これが高級ホテルのすることか、と抗議したらどんなことになるかをやってみました。口調は紳士的に「私はあなたのホテルを、最高級ホテルだと思って予約してきた。それが、こんなことでいいんですか。やめさせてください」と言って、その部屋へ行って騒ぎをやめさせるまでの交渉をした。値引きにも引っ越しにも応じませんでした。いろいろやり取りがあったのですが、アメリカ式トラブル対処法を知る目的でがんばりました。しかしそれを話し始めるとまた横道にそれるので戻しましょう(笑)。
 それやこれやでフランチャイズ制というのが日本でも大流行したのですが、これはよく裁判になるんです。「必ず儲かると言ったが儲からないじゃないか」と言うと、本部は「あなたの勤務態度が悪いからだ」と、ケンカになって裁判になる。コンビニなどでよく起きていますが、すかいらーくでもありましたか?
【福井】 すかいらーくは全部直営ですから、いわゆる世間で言うFCというのは一店もないので、それはありませんでした。
【日下】 なるほど、直営だから。
【福井】 ええ。日本のマクドナルドさんも直営ですよね。さっきおっしゃったように、ほんとうに最初の三〇店のころは、もうお金もなかったということで、地主さんに建物までお金を出していただいて、その分は家賃でお返しするという、いわゆる「リースバック」という方法ですね。
【日下】 そうすると、すかいらーくやマクドナルドは、ほんとうのフランチャイズではない。
【福井】 マクドナルドさんは、社員にのれん分けという形でのFCはやっているようです。
【日下】 三五歳過ぎたら自立せよとか。
【福井】 ええ、四〇歳になったら買い取るとか。そういうのはあると聞いています。多分、藤田田さんもアメリカのFCはそのままでは日本になじまないと、最初の頃から思っておられたのではないかと思います。
【日下】 なるほど、参考になりました。ありがとうございます。
 
 さてアメリカは、実は情報不足の国です。日本人は「お互いに相手が何を考えているか、そんなことはわかる」と思っていますが、アメリカ人は相手のことはわからないと思っている。特に新しく移民が入ってくると、その人についてはわからない。そういう国なんですね。
 それから町を見ると、いまだにそれぞれドイツ系の町だとか、ポーランド系の町というのがあるんです。それはご承知でしょう? 日本の電機会社の人から聞いた話ですが、なるべく賃金が安くて、みんなまじめに働く町を探して山奥へ行った。するとある町の人はみんなポーランド人だというんですね。アメリカなのにほとんどポーランド語を使っていて、みんな透き通るような美人ばっかりで、純朴でまじめに働くから「もうあそこへ決めた」と言っていました。
 そういう寄木細工になっていますから、大抵の人は情報不足なんです。教育も行き届かないですしね。
 ですからラジオとかテレビが、いかにアメリカで革命だったかということになります。日本でも革命ですが、向こうではもっとはるかに革命だったんですね。
 アメリカ人は情報不足だし、字が読めない人も少なくない。自分に合う店を探そうと思っても、なかなか難しい。という中でマクドナルドの看板を出して、何から何まで同じだとわかるようにすると、安心と誇りが湧くわけです。情報公開の一種ですね。あるいは透明性と言ってもいいでしょう。この店の中で何が行われているかを公開し、それは透明です、あなたでも合います、合いそうもなければ入らないほうがいいですよ、ということなんです。
 ですから私は日本で情報公開とかトランス・ペアレンシーとかを偉そうに説く人を見ると、アメリカで習ったとおり言っているだけだと言いたくなるのです。それはアメリカ人には大切でしょう。透明にしてくれなければ見えない、公開してくれなければ察する力がない。しかし、日本はそういう野蛮な国ではありません。
 そして学者も新聞記者も、透明がいいことだ、情報は公開すべきだと、それを役所に向かって言っているときはみんな元気がいい。しかし自分のところに要求が来たら、途端に何だかんだと言って逃げ回る(笑)。言行不一致で困ったものです。







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