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ライバルは家庭の台所
 さて、大衆食品でハンバーグを売って売って売りまくる。これにもアメリカの歴史がありまして、アメリカ人もレストランへ行くのはたいへん晴れがましいことで、お金がかかることで、行くのならばホテルのレストランが最高という時代がありました。その次にハワード・ジョンソンというのが大衆向けのちょっと高級なレストランチェーンを始めた。このハワード・ジョンソンにとってのライバルは一流ホテルのレストランです。それと同じものをちょっと安くということで、全米に広がった時代がありました。
 その後に続いて、ロイヤルとかデニーズのような、ハワード・ジョンソンよりもう一段安く、もう一段大衆的なレストランチェーンが出てくる。このときのコンセプトは、「ハワード・ジョンソンは、ライバルは一流ホテルと設定していたが、我々はもう違う。我々のライバルはハワード・ジョンソンだ。それより安い」と言っていた。
 さて、マクドナルドがそれよりもう一段安くしようとすると、これはもうライバルは家庭の台所である。したがって宣伝の文句も、実際にやることも、「家庭のキッチンよりこちらがよい」というコンセプト。安いハワード・ジョンソンよりも安いどころか、自分の家でつくるより安いというのが一番効果がある。しかし、そんなことができるかと思うが、やったらできたんですね。
 自分の家でつくるより安くするには多店舗展開すればいい。それからセントラルキッチンというのをつくって、そこで処理すればいい。すると従業員は特別な知識はいらないから、人件費も安い。
 「ライバルはキッチンである」とコンセプト設定した人は偉いと思います。最初にそう言っておけば、社員はアイデアが出しやすい。
 だいたい社員というのは、自分の意見が通るか通らないかで心配しているものです。アイデアはいくらでも出てくるが、それが上の人のご機嫌に沿うか沿わないかを悩むので時間がかかっている(笑)。そういうものですよね。だから、先にコンセプトをはっきり言っておけば進みが早いのです。
 したがって「マクドナルドは高級ではない。家庭よりも安い、子供のおやつだ」というコンセプトを立てた。高級でないことが自慢である。そう立てると、次は「じゃあ子供が喜ぶのは何か」になる。それは「早いことだ」となる。あるいは仕事の片手間に食べたいサラリーマンもそうですね。「早く、安くのためには何でもやるぞ」と決心すると、ああいうビジネスモデルができた。
 藤田田さんが私に言ったのは、「売るのはハンバーガーだからな」と。あれはもともと家庭の残飯料理ですから。夕べ残ったものを翌日、細切れにして、それをパン粉とまぜて焼くものです。
 余談ですが、ドイツのハンブルクへ行って、「本家に来たのだから、ハンブルク・ステーキを出してください」と言ったら、「ハンバーガーですか? ハンバーグですか?」と聞き返された。「えっ、違うのか」と発見したのですが、「ハンバーガーというのは、アメリカ人が来たらそう言う。アメリカ料理です。ハンバーグというのは、ここのお店でつくっているドイツ料理です。どちらをご注文ですか?」ということでした。どこが違うかというと、パンに挟んでいるか挟んでいないかだけらしい。アメリカには「ハンバーグステーキ」という商品はあんまりないようですね。ハンバーグはお皿にちゃんとのっている。
 
 そんなわけで、パンに挟むとお皿が要らないとか、いろいろな工夫をいたしまして、安いハンバーガーを実現した。
 藤田さんは「これは大した料理ではないんだ、安物の料理なんだ。子供の料理であるから、うまくなくてもいいんだ」と言うので私が変な顔をしていると、「日本人は舌がこえている。だからマズイと思うだろうが、美味くしようなんでムダなことはやらない。これは子供に売るのだからいい。食べているうちにこの味に慣れてしまう。慣れたら将来は四〇歳になっても、五〇歳になっても食べてくれる。だから日下さんは食べてくれなくてけっこうです。お客とは思っておりません」と、なかなか雄大な計画でありました。「はあー、思い切った商売ですね」と答えましたが、要はマーケット・セグメンテーションですね。こちらはお客さま、こちらはお客ではないと切ってしまう。
 あるスーパーの社長が言っていたことですが、お店に入っていくとご意見箱みたいなのが置いてある。「どんな意見が入っていますか、社長はそれをみんな読むんですか」と聞いたら、「あれは、お客に『自分は意見を書いて出した』という満足をさせるために置いてある。こちらが読むためではない」と言うので「はあ?」と尋ねると、「あれを読んで、あのとおりやるなと、社員にはよく言ってある」という答でした。
 それは正しいのです。これもマーケット・セグメンテーションの考えです。私がその中身をかみくだいて言えば、「我々の主力客層はティーンエイジャーの女の子と決めてある。ティーンエイジャーの女の子はご意見箱に投書などしない。もし投書があったら、それは中・高齢者に決まっている。そんな意見に合わせたら潰れる。だから反対のことをするための意見募集だ」というわけで、それもコンセプトですね。
 私はそのころ銀行にいて、会議といったら全部バランス論ばかりです。総花的です。「そんなものは無視しろ、切り捨てろ。我が銀行はこうだ」とは、言うと責任がかかるから言わない(笑)。ということは結局、「他の銀行はどうやっている?」という話になるのです。だから重役会にかけると、「他行の例はどうかね?」というのが決まり文句です。
 そのころ重役会の事務局をやって、会議をいつも聞いていた。それで「他行の例ばっかり言うのなら、『他行の例部』という部をつくろうじゃないか。その部長にしてくれたら、会議の内容をまとめる手間がはぶける」などと嫌味を言っていました(笑)。
 「他行の例を探れ」という命令が下ると、みんなどうしていたと思います? 「他行の例部」がないから、まあだいたい友達の縁をたどって聞く。それからもう一つは大蔵省へ行って聞く。これは滑稽なんですね。実は他の銀行もみんな大蔵省へ行って聞くらしい。あそこは情報センターになっていた。それで横並び経営になるから、おかしくなるときはみんな一斉におかしくなるのは当然ですね。
 
 話を戻しますが、藤田さんが続けて言ったのは、そう大した商品ではないんだから、こういうものは威勢よく売らなければいけない。元気いっぱいにダーンと売ると、お客は味なんか細かく考えずに飲み込んでしまう(笑)。まあ、そういうものですね。同じ方法は日本でもあります。例えばすし屋なんかそうです。魚屋もそうですね。あれは要するに、昔はほんとうに古い魚があった。今みたいに冷蔵技術や輸送技術が発達していませんからね。それで新しく見せるために、パンパン、パンパーンとやっていたんだと思います。
 さて、元気よくやるには、やっぱり若い女の子を並べるのが一番よい。しかし、そんなことは誰だって考える。若い女の子を並べて売れば売れるが、しかし賃金が高い。採用が難しい。訓練が大変だ。それでどうしたと思います?
 そこで次に出てくる案は、元気な女性に対して賃金をたくさんあげます。家族的な待遇をいたします。二時間お店に立ったら、一時間休んでいいですよ。休憩所もちゃんとあります。そこには少女雑誌やマンガも置いてあります。・・・と、これは誰でもやるアイデアですよね。
 マクドナルドは全然違うのです。
 そんなことをしたら「安く」ならない。そこで考えた。こういうのを「賢い」と言うべきです。どうしたと思います? コロンブスの卵なんですが、「長い時間雇うからいけない。二時間交代にすればいい。だからうちは休憩所はつくらない」と、それはまあ確かに理屈はそのとおりですが、では二時間だけ働く人がいるかどうかです。その気になって探せばいるのですね。どこにいると思います? 若くて元気で、二時間だけ働くという人。
 アメリカのマクドナルドからもらったマニュアルには、「学校のそばにつくる」と書いてある。講義の間に二時間ぐらいちょうど休みがあるから、それで働いて、また講義へ戻るという人が来る。
 まあ、こういうのを思いつくのはアイデアというか、閃きや英知ですね。
 この話はまだ先があるのです。マクドナルドの第一号店はみんな銀座の三越だと思っている。本にもそう書いてある。けれど違うんです。本郷三丁目の角なんです。東大と地下鉄の駅の間ですね。あそこへまず試験的に出していた。藤田田さんはマニュアルどおり、駅と学校との間にまずつくった。するとアルバイト学生がいっぱいいてよいだろう。お客も若者がたくさんいるから儲かるであろう。
 ・・・しかし、見事に失敗してやめたんです。何で失敗したと思います?
――人通りが少なかった。
【日下】 そういうデータ的なことを言っているようではだめです。それではアメリカ人と一緒です。人通りはあった。私が最初に思ったのは、東大生は立ち食いはしない。するけれど、学校のそばではしません。当時のマクドナルドは立ち食いの店でしたから。
――学食のほうが安かった。
【日下】 そういうのもあるかもしれませんね。しかし、学食ではファッションにならない。それから東大生はファッションにはつられない。
 さて、この話を中小企業の社長に言ったら、「それはやっぱりサラリーマン仕事だねえ。我々は店を出そうと思ったら、その場所へ行って、朝から晩まで立っているよ。日曜日、土曜日、普通の日、ずーっと立って、歩いている人を見る。立ち食いしそうな人かどうかは顔つきを見ればわかる。この客は立ち食いはしないとか、この客は五〇〇円以上出さないとか。観察して出店を決める。そのとき東大の特殊性を感ずるが、それをマクドナルドはやっていないんじゃないか?」と言いました。やっぱり現場が大切ですね。
 日本人はそういうふうに、現場に立って感ずるセンスを持っている。感覚を持っている。アメリカ人は、そんなセンスがある人はいないという前提にして、数値化するわけです。「一時間当たり通行量が何百人なら、ここに店を開けます」と書くが、どんな人種かは関係ない。私の妹も京都大学の建築を出て、東大の大学院に来て修士論文か博士論文か知りませんが、見せてくれたのがそれです。一時間当たり通行量を計測して、それに応じた商売があるという。通行量に応じた建築なり都市計画があるという論文で、先生に褒められたと言うから、「こんなものは学問ではない。人がたくさん通れば商売が変わるというのは当たり前だ。それを何百人以上ならどうと数値化しても、そんなものは時々刻々変わってしまう。定点観測を、時代のトレンドがわかるまでやってみろ」と言った昔の思い出があります。
 その後パルコをつくった人と友人になったので、「定点観測」や「街角ウオッチング」をしなさいと言ったら、時代のキーワードになりました。
 
 さて、一号店はアメリカのマニュアルどおりやって失敗した。そこでだんだん日本化が必要だと気がつく。
 そこで日本マクドナルドという、別の会社でやるとした。日本化したノウハウはアメリカに教えるから、そのときは金を出せ。つまりロイヤルティを初め「五%よこせ」と言われたのを、三とか二に値切り倒して、そのかわり日本で開発したノウハウを教えるぞという新しい方式を開発する。
 日本では日本独自のノウハウがどんどん開発され、どんどんたまっていきました。
 「実際の例を教えてください」と藤田さんに聞くと、「鎌倉で・・・」という話がありました。鎌倉では、学生ではないのに二時間だけ働きたいという女性がいた。どういう人ですかと聞いたら、それは高級住宅街の中年のご婦人で、太り出した人だそうです。汗を流して働きたい。しかしタダで家で働いても張り合いがない。パートタイマーに行っているほうが楽しいが、人に顔は見られたくない。だからバックで働きたい。そして二時間くらいがよいとは、「こんなありがたいことはない」という話です。バックで働くのはみんな嫌がるらしい。やはり学生の若い女の子は表に出たい。住宅街のご婦人は後ろで働きたい。
 こんなにいい話はないというわけで、やってみるとそこで次の発見がある。そのときに見つけたノウハウの一つですが、マクドナルドのバックでは、重い物を上に上げるという作業をなくしてしまった。持ってきたトラックの運転手が重い物をドンと置く場所が一番上。店内作業はそれを下げていくだけ。「えいっと持ち上げる仕事はありません。そういう設計になっています」と言っていました。だから鎌倉の奥さまで大丈夫なわけですね。下げるばっかりですから。
 言いたいことは、こういう細かい工夫、改良のアイデアは、千、二千にはすぐなるんです。いちいち特許を取ってもいいのですが、取らなくてもいいのであって、大切なことは総合システムだということです。それを「ビジネスモデル革命だ、コンセプト革命だ、基本特許が大事だ」とだけ言っている人は思考の省略ですね。考えが足りません。
 一例を言いますと、回転寿司が世界を押さえておりますが、これは福井に機械メーカーが二つあって、ここがみんな特許を持っている。「回転寿司とは要するに何ぞや」と言えば、グルグル回るだけです。これは二十何年たちましたから、もう特許は切れてしまっている。しかしこの機械をめぐる周辺特許が二〇〇〇ある。ええ? そんなものどこにあるんですかと思いますよね。「簡単にはマネできないから大丈夫」と言っていました。そんなわけで、回転寿司にも周りにいろいろな工夫、改良があって、そういうのをやはり「インテリジェンス」と評価しなくてはいけません。
 そこまでやって、初めて儲けになるのです。月ロケットは一段では月まで届きません。三段ロケットで届くのです。ゴルフもドライバーだけでは穴に入りませんね。そういうことをわかってくださいと言いたいのです。







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