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新規範発見塾
Lecture Memo
vol.19
第92回 日本型終身雇用が復活する part2
第93回 日本型終身雇用が復活する part3
第94回 日本型終身雇用が復活する part4
 
東京財団
 
新規範発見塾
(通称 日下スクール)
vol.19
 
本書を読むにあたって
 
「固定観念を捨て、すべての事象を相対化して見よ」
―日下公人
 これからは「応用力の時代」であり、常識にとらわれることなく柔軟に物事を考える必要がある。それには結論を急がず焦らず、あちこち寄り道しながら、その過程で出てきた副産物を大量に拾い集めておきたい。
 このような主旨に沿ってスクールを文書化したものが本書で、話題や内容は縦横無尽に広がり、結論や教訓といったものに収斂していない。
 これを読んだ人が各自のヒントを掴んで、それぞれの勉強を展開していただけば幸いである。
 (当第19集は、2004年2月から3回分の講義を収録している)
 
KUSAKA SCHOOL
 
PART2
(二〇〇四年二月十九日)
まず協業の成立があって、その後に分業
 おはようございます。前回に続いて「終身雇用」の話です。「雇用」は私たち一生の問題で、社会全体としても一番大きな問題です。人間が社会をつくって生きていく根本問題に触れますから、話をすればいくらでも出てきます。ですから、どうか皆さんもご発言をお願いします。
 人間は社会をつくる。そこで協業して分業する。まず協業の成立があって、その後に分業がある。
 会社に入るというのは、まず「皆さんと協業いたします」ということです。この誓いがしっかりしていない人は、分業を命令した途端に逃げる(笑)。「私に向いていません」とか「そんな仕事は嫌いです」と言う。最近そういう人が多いことは皆さんも周囲で見ていると思います。
 ある人がこんなことを言っていました。工業高等学校卒業生を採用した。会社案内に載っている写真は銀座の本社ビルディングで、それを見て入ってきたから、工場へ連れていかれた途端にびっくり仰天してやめてしまう(笑)。最近は、工業高等学校でもそういう油にまみれた作業はしていないらしい。ただ机の上だけで勉強していた。
 だから、まず協業が成立していない。なんとか成立する人を探すと、それは田舎の工業高等学校になる。地方へ行ってそこに工場を建てて、そこの人を採用する。そうすれば逃げない。「仲間に入ってくれる」とある人が言っていましたが、それは会社より地域に協業しているのです。
 そして次に、「お互いに一緒にやるぞ」という誓いが、相互に信用されたとき初めて会社は研修をします。「きみに金をかけて教えてやる」になる。
 これは、アメリカ人には非常に不思議なことで、「なんで会社が金をかけて、社員に教えるんだ。社員になりたければ、まず自分でどこかで勉強してから来い」と言います。だから「自分にはこういう技能があるので、一時間一三ドルください」と言う。
 つまり、協業が成り立たないのだったら、最初から職種を分けて採用するという方式です。旋盤工、溶接工、会計係とかの職務に値段もつけて募集する。まるでデパートです。メニューと値段表をワンセットにして人を雇用するという方式です。
 
 さて、この前の第一回は、「日本型雇用関係」というタイトルで話しました。
 しかし、考えていただきたいのですが、「日本型」というのは何を指して言っているのかということです。私たち日本人は、日本でずっといろいろやってきた。しかしその中身は時々刻々に変わっている。もうこの一年間でも変わっている。そして別に「我々は日本型だ」などと思ったことはない。それぞれに流れ動いているだけです。これを「日本型雇用関係」と言ったのは外国人です。対比するものは外国です。
 だから、日本人がうかつにそう言ってはいけないのです。でも、そう言った方が何となく格好がいい。「自分は世界を知っている」ような顔ができる。司馬遼太郎が「この国のかたち」と言ったのにも同じことを感じます。日本のインテリに共通する病気で、日本を見下しています。
 日本人が、「アメリカ型雇用関係」とか「イギリス型雇用関係」と言うのは結構です。「日本型雇用関係」を言うのはその後です。ですから「何と対比したのですか」と聞くことにしています。きちんとした人は「これとこれを対比して話している」と言います。大学教授の良し悪しを鑑別する簡単な方法です。会社の上役の良し悪しもこれで鑑別することができます(笑)。
 まあ、たいていは無意識のうちにアメリカと比較している。というのは、もともとがアメリカ人が「日本型雇用形態」と言ったからです。
 そういう無意識の前提が多すぎるので、今はそれを問い直す時代になりました。世界の学会の今の流行なんでしょうね。だから学問は進歩したと言うべきか、バックしたと言うべきか。あるいは学者が増えて余裕ができたと言うべきか。「無意識の前提は何なんだ」と問い直す若手が出てきた。
 「日本型雇用関係」と簡単に言うが、ほんとうはそのくらいの用心をして使わないといけないのです。
 たとえば一番簡単な数字を言いますと、労働時間が日本とアメリカとヨーロッパではものすごく違う。日本とアメリカはほぼ同じです。一年に働く時間が一八〇〇時間強ぐらい。しかし、ヨーロッパの人はそこから二〇〇時間から四〇〇時間も少ないのです。
 四〇〇時間といったらすごいですよ。一日一〇時間としたら四〇日です。一日八時間と考えたらヨーロッパ人は二カ月ぐらい余分に休んでいる。なるほど夏や冬のバカンスが長いはずです。
 だから、「日本型」と「アメリカ型」は比べる必要がない。むしろ、ヨーロッパと対比して、というなら大きな話ができる。ところが「ヨーロッパ型」は全然出てこない。ホントはそのほうがずっと面白いのです。なんでヨーロッパ人は、働く時間が一年に四〇〇時間も少ないのか。そのため給料が安いが、なぜ、それでも皆さん満足なのか。
 すると話は、だいたい旅行者が書いたヨーロッパ視察記ばかりになります。「みんな生活を楽しんでいます」と言う。しかし給料はたいへんに安いのです。聞いてびっくり仰天したこどがありますが、一般の人たちは一年三〇〇万円ぐらいで暮らしている。四〇〇時間も余分に休んでいれば、そうなるのは当然だと思います。それがいいと思う人がヨーロッパにいる。嫌だと思った人はアメリカへ行ってしまう(笑)。それから不満だと思う人はセカンド・ジョブを持っているが、そういう合計の統計はない。
 その他に社会的地位を上げたいと思うかどうかの問題がある。どうして日本人とアメリカ人は、そんなに働いて頑張って上へ上がろうと思うのか。アメリカ人は移民が来て働くから、それは、まあわかる。しかし日本人は、もともとここにいた。どうしてそんなに刻苦勉励するのか。ヨーロッパから見れば異常な人間です。
 しかし我々から見ると、ヨーロッパが異常です。なんで刻苦勉励しないのか。ヨーロッパの人には上昇志向がなぜないのか?
 
 こういうことをきちんと教えてから、「日本型」の議論を始めなければいけないのですが、誰も教えてくれない。だから私は、自分で仮説を立てます。向こうは階級社会で身分社会で、女にはガラスの壁があると言うが、男だって壁だらけ。上に上がろうと思っても上がれないから、じゃあ、明るく生きるためには上がることは忘れて楽しく暮らそう、ということになっていると思います。
 では、なんでそんなに身分社会なのか。そんな身分社会で満足して、それが一〇〇年も二〇〇年も続くのが不思議である。ヨーロッパ人はなぜそれに満足しているのか・・・と議論が進みますが、それはどういう答えになるのでしょうか。私の見つけた答えが間違っていたら教えてください。
 それは、徹底して軍事的に征服したからである。ヨーロッパは武力の強い人が弱い方を侵略する歴史で、「この世はおれのものだ。おれが支配階級だ。逆らうやつは首を切る。はりつけにする。火あぶりにして殺す」と、徹底的にローラーにかけました。乗り込んできて征服した人は、言葉が違う、文化が違う。何もかも違う。そして上に立った人が法律を発布する。「守れ。守らなければ刑罰を科す」と徹底した強制です。例えばイギリスで言うと、支配者はフランスから来た。下々は「今さらフランス語を覚えて王侯貴族の端っこに何とか入れてもらおうなんてバカらしい。我々はこのままで暮らす。ぶどう酒はイギリスの気候には向かないから好きではない。無理して飲むことはない。それよりは昔からのビールを飲んでいれば幸せである」となる。
 上はフランス文化、下はイギリス土着の文化。わかりやすい例を言えば、牛のことを生きて歩いているとき英語ではオックスとかカウと言う。ところが料理になると、突然ビーフと言う。働く人はオックスとカウを育てているが、食べるのは上の偉い人で、これはフランスから来た人だからビーフというフランス語で呼ぶ。オックス・ステーキと言わずにビーフ・ステーキ。ただし、尻尾はイギリス人が食うからオックス・テールスープ。
 そんな話を始めるとキリがありませんが、とにかく上はフランス文化、下はイギリス土着の文化。それが言葉にもしぐさにも、あるいは夫婦関係にでも何にでも染み込んでいる。上と下は違っているわけで、それを長続きさせるための支配階級の努力たるや、すさまじいものがある。上と下は人間が違うんだというところを、朝から晩まで見せなければいけない。
 そうしないと謀反が起こりますからね。万一謀反が起こったときは、断固として鎮圧に行かなければいけない。だから、貴族の息子たちは武術の練習に励みます。町のいたるところに馬に乗って槍を持った銅像が建っていますね。これは、その地方を支配した初代王様の銅像で、その武力を誇示している。誇示するのがまた貴族の仕事になるわけで、それが徹底しているから、下の人はもうあきらめが身についている。反抗する気力をなくすのが、支配の第一歩です。
 日本はそれを完全に今アメリカにやられています。アメリカに反抗しようなんて考えている人はほとんどいない。多少、SF小説やマンガにあるが、最後は必ず腰砕けで国連様様です。マンガなんだから、アメリカをすっかりやっつけて支配するというのがあっても良いと思うのですが(笑)。
 こうなったのは、アメリカの大成功です。







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