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第90回 「一〇〇兆円単位」で考える税金のムダ遣い
PART2
(二〇〇三年十二月十七日)
三〇〇〇兆円も使ったのなら、何割かはムダに決まっている
 おはようございます。今年最後になりました。
 一〇〇兆円ぐらいの大きな単位で考えてみよう、ムダを考えようという話を前回やりました。その続きをいたします。
 結局言いたいことは、一〇〇兆円もの大きなムダというのは見えないし、考えようとしない。誰かが考えても、関係ないと思って聞かない。それは動物の生存本能としては健全なことではあるが、それをいいことに、故意に大きなインチキをする人がいる。それがいま表れているのが道路公団であり、藤井総裁問題である。ところが、これをやっつける側の話が細かくて、高速道路沿いに非常電話がついている、それが一台百数十万円なのはおかしいと猪瀬直樹さんが書くと、たちまち半値に値下がりした。
 それはそれでもちろん大切ですが、根本的にあんな道路は要らない、つくり過ぎだという反対に対して、お役人の側は実に見事に手続を踏むわけです。そして「手続を踏んだのだからムダではない。その手続を踏んでいるときに、国民は何も言わなかったではないか」と反論する。「そのとき判こを押した道路局長は藤井某という人かもしれないが、別に個人ではない。道路局長というポストに座った人である」と平気で言う。
 戦前の日本の官僚は、そんなことは言いませんでした。言った人もいるかもしれないが、言わないのがエリートであるという常識がありました。責任をとるのがエリートで、そういう人材をつくるべく江戸時代は武士の教育があり、戦後は旧制高校、旧制大学があった。形式的な言い逃れなどはしない、きちんと実質に立ち返って振舞うという精神があったのですが、それがこのごろさっぱり消えてしまいましたね。
 自民党の道路族も、政治家のくせに形式的なことを言いますね。「一万一〇〇〇キロつくると昔決めたのだから、これは国民に対する約束である。一万一〇〇〇キロはあくまでつくる」などと言うが、もう何十年も前に決めたことですよ(笑)。すなわち、本心は自分の得になるというだけで、国家はそっちのけです。
 こういう議論に持ちこむ見え見えのインチキに対して、新聞も評論家もあまり根本を言わないで、人事の芝居みたいにしてしまうのはおかしいな、というところから、日本の本当のマクロ経済を見るなら、こういうことを議論してもらいたいと思って考えたのが前回お配りした資料です(一二〜一三ページ参照)。
 東京オリンピック以降で一九六五年度から二〇〇二年度の三八年間の日本経済のGNPを全部合計すると、一京一〇〇〇兆円です。我々が営々辛苦して働いたそのうちの三〇〇〇兆円は政府が使ってしまった、というのは前回お話ししたとおりです。
 この数字を見れば、「ムダの定義とは何ぞや」などとくだらないことを言わなくても、三〇〇〇兆円もお金を使ったのなら、一割か二割か三割かはムダに決まっている。常識で考えれば誰でもわかる話です。特に最近デフレですから、一割や二割は値下げしようと思えばできる。それをしていない。
 道路で、農業で、産業育成で、都市計画で、福祉で、学校で、病院でと言い出せば、一〇〇兆円単位のムダは至るところにあるでしょう、というわけです。
 それぞれ教育は大事だとか、人間の命は地球より重いだとか、道路は国家の根本施設であるだとか、理屈はあります。だがその理屈が古いのです。それから赤字が問題です。だから、そういう必要か必要でないかという理屈などは、もう役所の人とする必要はないと思います。もう、いいかげんにしろということです(笑)。そう言ったほうがハッキリしていると思うのです。
 ともかく自然増収は消え、行政サービスの不足も消えたという時代です。
 
 国と地方の合計ですが、政府が三〇〇〇兆円使ったのなら、残りは企業と個人が使ったわけで、個人消費は六〇〇〇兆円から七〇〇〇兆円といったところでしょう。私はこれをムダとは言いません。自分が働いて得たものを自分が使っているのですから。たとえマンガを買おうがアイスクリームを買おうが、それは本人に使う権利があるわけで、これは一切ムダではありません。
 それから個人貯蓄が一四〇〇兆円あって、政府へ一〇〇〇兆円貸している。ただし、それは政府支出の三〇〇〇兆円の中に入っているわけです。税金で二〇〇〇兆円取って、借金で一〇〇〇兆円取って、それで政府が三〇〇〇兆円使っている。それから海外へざっと四〇〇兆円投資しているという計算になります。
 いつかテレビで言ったのですが、日本は世界に四〇〇兆円も投資、すなわち貸している。これにもし五パーセントずつ利息配当を外国がくれるのなら、毎年二〇兆円ずつ収入があるのです。もしも一〇パーセントずつ払ってくれるなら、四〇兆円の受け取り収入がある。いま日本国家が国民から受け取っている国税は約四〇兆円ですが、海外からの利息や配当が二〇兆円から四〇兆円あるなら、なんなら日本国家は無税にだってできないことはない。歳出のほうを半分ぐらいに減らしてしまえば、所得税は無税になるのです。なんでこれをサラリーマンが言わないのかと思います。あきれたサラリーマンです。貧乏になっているのは全部自分のせいですよ(笑)。
 ほんとうにそう思います。皆さん、苦しいの何のと騒いでいるけれども、デモで押しかける人が一人もいない。昔は毎日、デモがこの虎ノ門の周辺を歩き回っていたのです。しかし今は、デモで押しかける人はいない。ホームレスになっているだけ。それも別に騒がない。近所の人の迷惑にならないように、きちんと掃除している。生活資金がなくなったら、おとなしく首をつって死ぬ。こんなに礼儀正しく生きている国民は、世界中にないと思います。だから政治家はラクしている。国民はもう少し騒いだほうがいいと思います。
 
 こういう日本精神は誰がつくったかというと、やはり聖徳太子の十七条憲法以来でしょうか。来年(二〇〇四)が制定以来一四〇〇年で、そんなに続いていますから、もう染み込んでしまって意識していませんが、来年はひとつ、聖徳太子のことを思いきりPRしようかと思っています。
 もとをたどれば、戦前は天皇を絶対のものと仰ぎ見ていました。戦争が終わると、それはだめ、封建的であるとなって、次はやたらとマッカーサーを礼賛した。しかし突然マッカーサーがクビになり、大統領のほうがもっと偉いのか、さすが民主主義だと思った。けれども、アメリカの大統領は四年ごとに変わるので、ちょっとありがたみがない。そこで出てきたのが国連で、日本人はやたら国連を信仰している。サッチャーさんがあきれ返って「日本人はどうしてそんなに国連を尊ぶのか」と尋ねても、誰も説明できない。「これから国連を理想のものにするべく努力するのである」と答えればよいが、それも言わないのはなぜか。たぶん国連は天皇のかわりではないかと思います。天皇を失い、マッカーサーを失った後、自分で生きていけないというところが問題なのです。今度のイラク戦争で国連もだめになった。ではどうしますか? ということですが、ブッシュさんと小泉さんのチームでは納得できない。さりとて社会主義はとっくに賞味期限が切れている。
 だったら、みずからを尊敬するしかないでしょう。みずからの基盤は何かということを、それぞれ探してみてください。もとを辿っていくと、聖徳太子になるなと思っているわけです。十七条憲法は六〇四年にできました。専門家の間では「そうではない」という説がありますが、そういう話は置いておきます。六〇四年から数えると、来年が一四〇〇年記念です。
 あれは漢文でできています。当時の知識人は漢字で書いていたわけですが、主要な世界思想が全部、聖徳太子の目の前にありました。そこから取捨選択して十七条に集約した。要らないものは捨てたが、その捨て方がたいへん知的ですね。読んでみると非常にレベルが高くて、非常に合理的で、民主主義などはとっくに入っている。平和主義も入っている。あの頃の日本人は、今の日本人より百倍も賢かったと思うくらいです。
 聖徳太子は実在しなかったという説がありますが、十七条の憲法は実在しています。それを起草したグループと、それを奉じた日本政府官僚も実在しています。そのレベルが高いのです。それが日本精神の「底力」で、GNPにもそれが反映していると思っています。どうしてその精神が反映しているかという話は、六、七、八月の回でずいぶん話しましたから(編集部注・第一六集に収録)、今日は先に進みましょう。
 
 日本は資源もたいしてないのに一京一〇〇〇兆円のGNPを三八年間で生み出しました。ここで別の感想を言えば、大体三〇年たてば次の戦争があるのが常識です。イギリスなどは毎年と言っていいほど戦争をしている。このところ少し減りましたけれども、イギリスの戦争博物館に行けば自慢そうに年表にして書いてある。全部国外へ出かけた侵略戦争で、国内で襲来を受けたのはただ一回。だから、「バトル・オブ・ブリテン」というのですが、ドイツの飛行機が空襲で来た。あとは全部、侵略戦争ばかり。それが一〜二年に一回あって、そうやって金を使い、そしてまた儲けているわけで、略奪のための戦争がもうクセになっている。その病気はいまブッシュに移っている。ベトナム戦争のときにあれだけ懲りても、また再発した。
 しかるに、日本は戦後六〇年間、戦争をしていません。それなら湾岸戦争に少々寄付したって、それで済んだらほんとうに安いものです。
 戦争で戦車をつくったり、ミサイルをつくったりする代わりに道路があり、市民ホールや図書館があるのですから、それは無茶苦茶あるはずです(笑)。
 戦争の代わりだと思えば、そこら中にムダがあっても許してもいいのですが、しかしもうそろそろやめればどうですか、ということです。ムダをやめたらものすごい金が出てきます。・・・ただし、出ないかもわからない。というのは、もう日本国民は怠け者になってGNPの成長はプラス一パーセントか二パーセント程度になりましたから。ものすごい金は出るか出ないかわかりませんが、もし出たとすれば、それは外国へ貸せば利息だけで食べていけるようになります。そういうことは決して夢ではありません。昔イギリスがそうでしたし、フランスもそうでした。日本だって、そうなります。
 ただし、その先は歴史の教えるところによれば、外国へ投資したら、きちんと借金を返してくれる国はまずありません。そんな律儀なのは日本だけです。借金は返すものだと思っているのは、世界中で日本だけです。本当ですよ(笑)。
 アメリカで言ったことがあるのですが、「日本人は相手もまじめに返済してくれるだろうと思うから、外国に貸す。もっとくれと言われたらもっと貸すし、投資もする」。お互いに信用し、お互いの倫理が非常にきっちりしていて、お互いに迷惑をかけないという日本は非常にレベルの高い国なのです。「新聞に載っていたけれども、警官がサラ金で借りて返せなくなったので、持っているピストルで強盗をした。そして、きちんとサラ金にカネを返した」と話すと、アメリカ人がのけぞって倒れます。幸い、近ごろはそういう警官がいなくなったから、ずいぶん国際化したわけですね(笑)。
 そこで貸し金を踏み倒されるので、軍隊を送ることになるのが豊かな国の宿命です。日本もこれからそうなります。







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