日本財団 図書館


(4)日印のパートナーシップの重要性
 
 海洋安全保障の分野で、日本はインドと密接な関係にある。両国は海上での連携訓練を毎年実施するなど、提携関係は強化される方向にある。こうした提携関係が始まったのは、2000年11月に海上保安庁の巡視船がチェンナイ港(旧名マドラス)を訪問し、インド沿岸警備隊と連携訓練をした時である。
 日本の貨物船「アロンドラ・レインボー」号が前年にハイジャックされ、偽装を施した同船がインド当局に見破られ、銃撃戦の末に拿捕された事件がきっかけで、日本とインドの安全保障交流が海上でスタートした。毎年、交互に巡視船や警備艇を派遣することが定例化している。
 今までに日本側はチェンナイ(2001年、2002年)に巡視船を派遣し、逆にインド側は鹿児島(2001年)、神戸(2003年)へ艦艇を派遣してきた。そして2004年は日本がインド・ムンバイへ巡視船を送り出した。こうした連携訓練に際して、海上保安庁は大型巡視船「しきしま」クラスを投入してきた。
 最新版の『海上保安レポート2004』によれば、同船はもともと、フランスからプルトニウムを海上輸送する船舶の護衛を目的に建造されたもので、高度な遠洋航海能力を有する。2004年9月に、オーストラリアの太平洋岸で行われたPSI演習に参加するなど、国際連携を進める海上保安庁の「顔」となっている。
 インド沿岸警備隊との連携訓練は、今後も続けるべきである。日本とインドにとって共通の国益は、東南アジア海域からインド洋での海賊対策ばかりでなく、巨大化する中国とのバランスをいかに作り上げるかだ。経済が過熱する中国、貧富の格差が拡大する中国、そして愛国主義(ジンゴイズム)と民族主義(ナショナリズム)が爆発する中国を相手に、日印両国は海洋安全保障で連携を一層深化させることで、東アジアに戦略空間を描くことが可能となる。海洋安全保障という「現場」を、両国が共有できる意味は計り知れない。日本が海洋安全保障で新秩序を作り上げるプロセスで、こうした「現場」は「磁場」へと転化していくからだ。その意味でインドは、日本にとってかけがえのない戦略的パートナーにほかならない。アメリカだけが日本にとって、戦略的パートナーではないことを肝に銘じるべきであろう。
 
(5)アジア連携の鍵を握る「海上保安庁」の人材育成
 
 海上保安庁のハード面、つまり、巡視船艇の運用や洋上での作戦遂行などの能力に関しては、世界でもトップレベルの水準にあることは衆目の一致するところである。しかし、このような高水準のハード面を最大限に生かしてアジア諸国との連携を行い、国際的な活動を推進するためには、それを操る「ソフトパワー」が必要不可欠となる。すなわち、相手を説得して考え方に影響を与え、リーダーシップを発揮していく能力である。ここでいうソフトパワーとは何か。以下では、具体的に3点をとりあげる。
 
(1)英語運用能力――アジア各国が参加するアカデミーは、国際共通言語として英語を採用せざるをえない。東南アジア諸国連合(ASEAN)のリンガフランカが英語であるように、アカデミーにおけるコミュニケーション言語も必然的に英語となる。
 情報力を高めるためには、高度な英語の運用能力が是非とも必要となる。相手の土俵に踏み込み、良質の情報を獲得し、日本側の構想を十全に理解してもらい、さらに相手を説得する手段として英語は不可欠だ。精神論と技術論に加え、相手を説き伏せる高度な英語の運用能力が求められる。
 
(2)情報力――情報を発信する力と、情報を収集する力の双方が備わることで、情報力は強化される。とかく情報力は、情報を収集する能力と解釈される傾向にあるが、これだけでは不十分である。逆に情報を発信することで、相手から良質の情報をひきだすことが可能となる。
 
(3)コミュニケーション力――高度の英語運用能力とともに、相手の国民性を踏まえ、合理的に議論を進めていく技術が必要である。
 
 2004年2月にタイで洋上訓練と専門家会合が開かれた折、議長役のタイ代表が日本側と十分にシナリオを刷り合わせ、会合を円滑に進めていた点が印象的であった。「アジア海上保安機関長官級会合」を東京で開催したいとの日本提案に対して、中国と韓国が難色を示したときも、中韓両国の代表に、柔らかいコミュニケーション術で説得したのがタイ代表であり、さらにこれをサポートしたのがフィリピン代表であった。日本と東南アジア諸国の連携は、このようなコミュニケーション力があってはじめて円滑に行われる。
 こうしたコミュニケーション力は、豊富な経験を通じて培われるものであり、机上演習や頭脳トレーニングだけで習得できるものではない。以下のコーストガード・アカデミーでそのような議論の場を提供するのも一考だろう。ソフトパワーの強化を念頭においた人材育成プログラムを整えることで、日本のフロンティア、海洋安全保障がさらに「踏み込んだ」ものに進化していくはずである。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION