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提言4 日本が中心となってコーストガード・アカデミーを設立せよ
解説:「アジア・コーストガード・アカデミー」構想
 
(1)「アジア・コーストガード・アカデミー」構想
 
 日本が海洋安全保障でアジア諸国との連携を強めていくうえで最大の問題は、各国とも海上警備機関(コーストガード)が未整備で、優秀な人材が不足していることである。すでに指摘したように、アジアの海賊対策やテロ対策で期待されているのは、警察パワーである。犯人に関する情報収集、捜査、逮捕、司法手続きにいたる一連の流れを考えると、警察パワーを強化することが、海賊とテロへの最善の対抗策となる。
 アジア各国にとってコーストガードの人材育成は至上命題だが、各国ともノウハウの欠落、資金不足、不十分な施設の三重苦を抱えている。「アジア・コーストガード・アカデミー」とは、アジア諸国でコーストガードを育成し、各国のコーストガード要員を育成するための、恒久的な研修センターである。本研究プロジェクトのメンバーで、『海のテロリズム』の著作もある山田吉彦氏は、恒久的な「アジア・コーストガード・アカデミー(アジア国際海上保安大学校)」の設計と同時に、アジア各国から幹部候補生を選抜し、日本・ASEAN・国連機関が連携した短期間の上級研修コースを構想すべきだとの立場をとる。
 アジア・コーストガード・アカデミー構想は、日本がアジア海洋安全保障に一層関わっていく橋頭堡となる。同構想は、現実の海洋安全保障問題を反映したものであり、決して机上の空論ではない。日本の構想力・資金力・指導力が三位一体となって、東アジア諸国との協力で実現できる可能性が高いのである。
 世界を見渡してみても、コーストガード要員を研修するための地域センターは皆無である。IMOは途上国支援の一環として、ヨーロッパ地域に4ヵ所の研修センター(スウェーデン・マルメ、マルタ、イタリア・トリエステ、フランス・ルアーヴル)を運営しているが、その目的は船員教育、国際海洋法の研究、海図の作成技術、港湾のマネージメントなどに限られている。海洋の安全保障を考えるうえで、アジアは世界的にみてもっとも重要な海域であり、むしろ研修センターが不在であることの方が不思議である。この点からも、アジア地域でアカデミー構想を推進する正当性は十分あろう。
 今後、海上保安庁がコーストガード・アカデミー構想を具体化し、重層的なネットワークを張りめぐらしていく場合、人材育成のプログラムをいかに充実させるかが鍵となろう。現在、海上保安庁でアジア連携の最前線を担うスタッフの数は限られており、質、量、共に強化することが肝要である。
 本アカデミー構想を実現することで、日本はコーストガードを通じた安全保障ネットワークを構築することが可能となる。日本主導でASEANや国際機関と共にアカデミーを建設し、同じ釜の飯を食べた研修生が各国へ戻り、現場の指揮官として成長していったとき、日本は海洋安全保障ネットワークで新秩序を打ち立てることができる。コーストガードの「現場」があってこそ、日本は世界的に比較優位の海上保安庁を活用して、アジア海域で新たなプレゼンスを実感することができる。
 
(2)「アジア・コーストガード・アカデミー」の実現可能性
 
 当面のアジア・コーストガード・アカデミーの目的と意義、将来像として、以下の5点を挙げることができる。
 
(1)海上警備に当たる、国際的意識を持った人材を育成すること
(2)東アジア地域各国の海洋安全保障に関する問題意識を共有すること
(3)海賊、テロ組織に関する最新情報を共有すること
(4)海賊行為やテロを防止するための技術的手段の研究を深めること
(5)将来的に東アジア海域で海上警備の共同作戦を展開すること
 
 東アジア諸国から、海上警備の向上に向けた有為な多数の人材を育成することによって、(2)、(3)、(4)、(5)へと段階を高めていくことが可能になるのではないだろうか。
 アジア・コーストガード・アカデミーの設置場所として、フィリピンが望ましいと考えられる。理由としては、以下の4点を指摘できよう。
 
(1)地理的な重要性
(2)海上警備機関の整備が遅れており、海洋安全保障への懸念が高まっている
(3)英語を公用語とし、外交関係上も各国の協力を得やすい
(4)すでに萌芽的なプロジェクトが実施されていて、これを発展させることが可能とみられる
 
 (1)についてはおそらく、全く異論はあるまい。フィリピンは西南太平洋の中央部にあり、地理的に国際貿易の「巨大な回廊」に位置している。中東から石油を輸送するVLCCはここを通って、日本など東アジアの主要諸港に荷下ろしされる。また、アメリカおよびカナダの西海岸から、コンテナ船がここを経て、シンガポールや香港などにも運ばれる。
 (2)に関しては、いうまでもなく、海賊、テロのほか、密輸や違法な漁業活動、密出入国などに違法行為が顕著になっている。フェリー事故や石油タンカー事故・石油漏れといった事故への懸念も強い。フィリピン・コーストガード(PCG)は、広い意味での海洋安全保障能力を向上させる必要性を痛感している。
 このような問題を背景に、日本のJICAと海上保安庁が連携して、2002年からフィリピンの首都マニラで、海上警備機関の人材育成のための技術援助を行っている。このプロジェクトは、すでに言及したように「フィリピン海上保安人材育成プロジェクト」と呼ばれており、アジア・コーストガード・アカデミー構想の萌芽的なプロジェクトといえる。
 JICAのチームリーダーは海上保安庁出身の田中耕蔵氏(VADM(退役))で、すべての専門家は海上保安庁関係者である。日本が蓄積した海上警備に関するノウハウを技術移転するとともに、PCGが必要とする人材育成のプログラム作成の任務を負っている。
 JICA派遣の海上保安庁専門家が、フィリピン運輸通信省のコーストガード・プロジェクト運営事務所、PCG本部、PCG教育訓練センターの3カ所にオフィスを置いて、緊密な関係を維持している。海洋安全保障をめぐる日本とフィリピンの協力と相互理解は高いレベルに達している。これまでも、こうした相互理解を基盤に、両国は海賊対策の合同演習を実施してきた。
 この萌芽的プロジェクトは二国間の人材育成のためのパイロット計画ともいえるが、将来的には、これをアジア・コーストガード・アカデミーに発展させることは十分可能である。そして、ここに東アジア諸国から留学生を受け入れて、多国間協力に発展させ、さらに、内容的にも人材育成から、情報の共有、さらには東アジア海域で海上警備の共同作戦を展開できる体制を築き上げることも視野に入れるべきである。







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