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提言3 日本からインドへの安全航路帯を構築する:
「コース・ガード」構想の実現を
解説:「コース・ガード」のカギをにぎる海上保安庁のアジア連携
 
(1)日本の海洋安全保障のカギを握る「コース・ガード」構想
 
 日本にとってエネルギー供給ルート、いわゆる「シーレーン」を確保することは、生命線である。かつて日本は、冷戦時代に海上自衛隊を軸にしたシーレーン防衛を構想したことがある。しかし、日本における過去の防衛論議が影響して、アジア諸国ではシーレーン防衛を軍事的な視点から捉える傾向があった。
 こうした負のイメージを払拭するためには、新しい概念を提示することが必要である。「レーン」の代わりに、「コース(進路、走路)」という用語を採用するのも一案である。コースト(沿岸)は、海のコースを連想させる言葉でもある。これからは海上保安庁を軸とした「コース・ガード」を構想することで、日本は実質的なシーレーン防衛を実現することが可能となるであろう。
 具体的には、海上保安庁を中心にアジア各国のコーストガードを連携させ、海洋安全保障の「コース」を設定する。つまりシーレーン防衛を、海上保安庁が担当することで「コース・ガード」に転換させる。これによって日本は海洋安全保障の新秩序を構築することができる。
 なお日本から「コース」を設定する際に、エアーポケットとして台湾が存在することは、日本の海洋安全保障秩序を構想する際の大きな障害である。日本とマラッカ海峡を往来する船舶は、台湾とフィリピンのあいだに横たわるバシー海峡やルソン海峡を通過する。台湾は国連加盟国ではないためIMOメンバーでもなく、日本が主催した海賊対策会議にも参加する機会がない。
 さらに海運大手のエバーグリーン社に代表されるように、台湾は世界有数の海運パワーを持つにもかかわらず、海洋安全保障の枠組みから締め出されている。中国が強硬に反対することで、台湾は政府間協議にはいっさい関与できない立場にある。中国は海軍パワーを誇示するが、台湾は海運パワーで勝負しており、世界有数の海運パワー台湾を、いかに海洋安全保障に取り込むか。台湾の問題については、提言6の解説部分で詳しく論じている。
 海洋安全保障の秩序構築のためには、国際ルールの設定などによる国際ガバナンスの形成は不可欠である。海のルールは領海内、排他的経済水域(EEZ)内、公海上と海域ごとに異なる。また国家によって海洋の統治能力に少なからず違いもある。そして、さまざまな国籍の船舶が、このような規制や事情が異なる海上を自由に往来している。
 したがって、国連海洋法条約など大きな枠組みに加えて、具体的かつ実効性のある枠組み・体制の形成が不可欠である。特にその場合、近隣諸国との包括的な連携・協力体制の構築による秩序維持が重要となり、具体的には、(1)密航密輸の防止、(2)捜査協力、(3)海洋環境汚染取り締まり・防止、(4)捜索・救助協力、(5)漁業関係取り締まり、(6)日常的で密接な連絡などがある。こうした対策を日本が中心となって進めることで、「コース・ガード」が実現する。そしてこの「コース・ガード」強化のために、海上保安庁は、アジア各国の(1)海上警備組織の設立支援、(2)法制度の確立支援、(3)教育支援、(4)装備・技術支援、という手段を講じてきているのである。アジア海洋安全保障において、海上保安庁は着実にプレゼンスを高めている。
 
(2)日本主導で進められるアジア連携・協力
 
 現在へと至る日本主導で進むアジア連携の動きは、1999年の「アロンドラ・レインボー」号事件によって、海賊問題への国際的関心が高まったのを重要な契機としている。多発する海賊行為を前に、同年11月にマニラで開かれた日本・ASEAN首脳会議で、小渕恵三首相(当時)が海賊対策の国際会議を東京で開催することを提唱した。日本側は、ワヒド・インドネシア大統領(当時)から「インドネシアと日本で合同海上パトロールをしたらいい」という発言を引き出し、さらにゴー・チョクトン・シンガポール首相(当時)も「海賊対策の会議は大事だ」と発言するなど、同首脳会議の場で海賊対策国際会議の開催が決定した。
 小渕提案を受け止めて、日本のイニシアチブで海賊対策を強力に推進したのが、国際派で知られる荒井正吾氏(当時の海上保安庁長官、現参議院議員)と、作家で途上国問題に造詣が深い曽野綾子氏(日本財団会長)であった。日本は小渕・荒井・曽野という3人の役者を得て、官民合同で海賊対策に取り組むフレームワークを、この時に構築したことになる。
 その最初の成果であり、また日本がアジアの海洋安全保障で主導権を発揮できるレールを敷いたのが、2000年5月の「海賊対策国際会議」である。アジア各国の海上警備機関の長官級が初めて一同に会し、海賊対策の国際協力の骨子としての「海賊対策チャレンジ2000」を採択した。この枠組みにしたがって、アジア各国による海洋安全保障の分野での連携協力が推進されていく。
 具体的には、海賊対策専門家会合が年に一度の頻度で行われ、既にマレーシア、インドネシア、フィリピン、タイにおいて開催された。これらの会議の開催費用は日本財団の支援によるものである。また各国の沿岸警備能力の向上のために、人材育成プロジェクト(留学生受け入れ、セミナー開催など)の実施、巡視船の派遣、連携訓練の実施などが進んだ。
 そして、日本が中心となってアジアで海洋安全保障のイニシアチブを発揮するとの決意表明となったのが、「アジア海上セキュリティ・イニシアティブ2004」である。アジア諸国の連携協力を訴えたこの宣言は、2004年6月に東京で開催されたアジア海上保安機関長官級会合で採択されたものである。同会合には、16カ国一地域のコーストガードに相当する機関の代表が参加して、海賊対策で培ってきたアジアの海上保安機関の協力体制を確認し、海上テロも含めた新たな国際的な海上犯罪への対応を議論した。
 
(3)深化するアジアとの連携:海上保安庁の国際化
 
 2000年の海賊対策国際会議から現在に至るまで、海上保安庁はアジア諸国との連携協力を着実に進展させ、日本を軸としたアジア海洋安全保障の新しい秩序を形成しつつある。ただしもともとグランド・デザインを描いて、新しい海洋安全保障の秩序を構築したというのではなく、結果的にアジア海域で新しい安全保障秩序を形成する歴史的な役割を演じることになったというべきであろう。海上保安庁にとって、東南アジアを舞台にした本格的な国際連携は日が浅く、防衛庁の対米同盟関係と国際連携の厚みとは比肩できない。
 海上保安庁は、昭和23年に創設された戦後生まれの省庁である。海上保安庁によれば、同庁の国際化の歴史は、4つの大きな時代の波を受けて進んできたという。
 その第1波は、昭和40年代(1965年以後)にやってきた。マラッカ・シンガポール海峡を航行するタンカーの大型化などにともない、灯台建設や水路業務の必要性が増したことである。第2波は、昭和60年(1985年)の「1979年の海上捜索救助に関する国際条約」(SAR条約)の発効を受けて、捜索救助のためのルール作りが進んだことである。そして第3波は、平成元年(1989年)頃、アラスカ近海で発生した油流出事故にともない、環境事案が急浮上したことである。この時期、油防除のための国際的ネットワーク作りが進展した。そして海賊事件が多発し、9・11テロを受けて海上テロの危険性が高まったいまが、海上保安庁の国際化の第4波ということができるだろう。
 それではなぜ海洋安全保障に海上保安庁なのか。そもそも防衛庁が、アジアの海洋安全保障で強力なイニシアチブを発揮し、新たな海洋秩序を形成することは、至難の業といわざるを得ない。軍事力としての自衛隊のプレゼンスを、アジア諸国は受け入れる心の準備ができていない。その点、「海の警察」である海上保安庁のプレゼンスに対する警戒感は、極めて小さい。日本は「海の警察」を前面に押し立て、アジア海洋安全保障の分野で、新たなリーダーシップを確立すべきである。海洋安全保障の新秩序とは、日本が主導権を握ることである。
 過去5年間に海上保安庁が取り組んできたアジア連携は、(1)東南アジア海域での巡視船・航空機の哨戒、(2)アジア諸国との連携訓練、(3)巡視船での「体験的乗船訓練」、(4)海賊対策専門家会合の開催、(5)海上犯罪取り締まりセミナーの実施、(6)アジア諸国からの留学生受け入れ、(7)アジア海上保安機関長官級会合の開催、(8)各国コーストガード設立支援などである。
 
海賊問題に対する海上保安庁の最近の取り組み
時期 相手国 内容
2003年7月 マレーシア 巡視船による哨戒、体験的乗船研修
9月 インド インド沿岸警備隊との連携訓練
9〜10月 インドネシア、タイ、フィリピン 航空機による哨戒
9〜10月 9ヶ国 海上犯罪取り締まりセミナーの実施
12月 シンガポール シンガポール沿岸警備隊、海事港湾庁との連携訓練
2004年2月 タイ 王立タイ海上警察、海事局との連携訓練
2月 タイ パタヤでの海賊対策専門家会合の開催支援
2〜3月 タイ、フィリピン 巡視船による哨戒
6月 16ヶ国、1地域 アジア海上保安機関長官級会合の開催
11月 インド インド沿岸警備隊との連携訓練
 
 巡視船の派遣では、海上保安庁の特殊部隊(コマンドー)も参加して、アジア諸国と連携訓練を実施している。これらのアジア連携は、もともと海賊対策を念頭に構想され、毎年実施されてきたが、9・11テロを境にテロ対策が加味されることになった。現在では、海賊対策とテロ対策がアジア連携の二本柱となった。
 日本にとって、アジア連携で軸となる国々がある。東南アジアではフィリピンを筆頭にマレーシア、タイ、シンガポール、インドネシアが名を連ね、南アジアではインドが圧倒的な存在感をもつ。とりわけ注目に値するのが、インドの海洋パワーである。







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