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(4)「拡散防止構想(PSI)」
 
 PSIは2003年5月31日、ブッシュ大統領がポーランドでの演説で提唱した。核兵器・化学兵器・生物兵器の大量破壊兵器とその運搬手段が「拡散が懸念される国」に出入りするのを防止する努力を強化するイニシアチブである。この戦略の出発点は、2002年12月、ブッシュ政権が発表した「大量破壊兵器と戦う国家戦略」にある。このなかでアメリカ政府は、敵対的な国家やテロ組織が大量破壊兵器を入手する脅威と戦う包括的アプローチの策定を呼びかけた14
 ブッシュ大統領の提唱に答えて、2003年、アメリカに加えてフランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ポーランド、ポルトガル、スペイン、イギリス、オーストラリア、日本の計11カ国がハイレベルの会議を重ね、同年9月4日の第3回パリ会合で「拡散阻止の原則(SOP)」を採択した。
 その原則には、(1)拡散の懸念がある国家、組織に対して効果的措置をとる、(2)拡散に関する情報の交換を効率的にする、(3)これらに関し、各国の司法当局を強化する(4)各国の法の枠内で大量破壊兵器および運搬手段の拡散阻止を支持する――などを盛り込んでいる15
 2003年9月13日には、オーストラリア沖サンゴ海の公海上で、日本、アメリカ、オーストラリア、フランスの4カ国約800人が参加して、「化学物質を搭載したとみられる不審船を強制停船させる」との想定で、立ち入り検査する初の合同臨検演習が行われた。
 同年10月、ロンドンでの会合で、大量破壊兵器を積んだ航空機を強制着陸させる図上演習が行われた。
 2004年10月26日、相模湾沖合で、日本主催の海上阻止訓練「チーム・サムライ04」が行われた。日本、アメリカ、フランス、オーストラリアの4カ国艦船、航空機が「サリン関連物質を積んだ容疑船を共同で追う」、との想定で訓練を展開した。
 オブザーバーを含めて19カ国が参加した海上訓練では、「日本の貨物船が米国船からサリン関連物質を受け取ろうとしている」との通報を受けて、海上自衛隊のP3C哨戒機が容疑船を発見し、海上保安庁の高速巡視船に連絡、海保の巡視船が容疑船を停船させ、特殊部隊が乗り込んで調査、サリン関連物質を発見する――というシナリオ通りに訓練が進められた。
 ボルトン米国務次官によると、ブッシュ大統領の長期目標は「大量破壊兵器を拡散する者による大量破壊兵器やミサイル関連技術の取引を困難にする、反拡散パートナーの網を築く」ことにある。PSIは「陸、海、空で大量破壊兵器の密輸を阻止する新しい手段」であって、組織ではなく活動だとの立場を強調した16
 ブッシュ大統領は2004年2月11日、PSIを拡大して、「設備の閉鎖や物質の差し押さえ、資産の凍結」も含めるよう主張した。そのためには「情報機関や軍隊だけでなく、法執行機関との協力強化を必要とする」17だけでは達成されない。当面、そうした大がかりな「拡大PSI」を実行する具体策の可能性はみえていない。
 むしろ、2004年4月28日に国連安全保障理事会が可決した安保理決議1540号が求めた、大量破壊兵器の拡散を犯罪とするため「厳格な管理を国内で法制化する」方がPSIの強化には役立つとみられる。
 だが、PSIには多々問題がある。
 第一に、カギとなる国が参加していないことだ。PSI参加国は2005年初めの段階で、当初の11カ国に、カナダ、デンマーク、ノルウェー、ロシア、トルコ、シンガポールが加わり、計17カ国になった。しかし、カーン博士の「闇のネットワーク」のおひざ元、パキスタンは、アメリカの対テロ戦争の「同盟国」でありながら、入っていない。さらに、東アジアでは、北朝鮮の大量破壊兵器拡散、麻薬密輸を防ぐうえで重要な中国も韓国も入っていないのだ。
 「チーム・サムライ04」の際、ちょうど来日していた中国の熊光楷・人民解放軍副総参謀長は防衛次官級協議で、「PSIは国際法や国家主権にかかわる。われわれは慎重だ」と警戒感を表明したと伝えられる。また、韓国外交通商省関係者は「構想の趣旨には共感するが、韓半島の特殊な状況から慎重に対応するのが韓国政府の立場だ」と北朝鮮に配慮して不参加という状況であった18
 アメリカ国内でも、ブッシュ政権の対応が真剣だとは見ない向きもある。構想自体が正式なものでなく、国務省法律顧問トッド・ブックウォルド氏でさえ、法的に船舶の貨物を差し押さえる権限は形成されていない、との見方を明らかにしている。港では貨物は差し押さえられても、公海では自由航行を保障されており、現実には各国の国内法で対応するしかない、というのが現状だ19
 だが、前述の「BBCチャイナ」号海上臨検事件では、リビアの核開発放棄が実現し、カーン博士の闇ネットワークが浮かび上がった、という「成果」があった。やはり、ブッシュ政権は、こうした政治的目的の達成を主眼に置いているのではないだろうか。
 
(5)「コンテナ安全保障構想(CSI)」
 
 「テロリストが海上コンテナに核爆発装置を入れて、アメリカ向けにひそかに密輸出し、アメリカの主要港に到着するや爆発した、と考えてみよう」20。アメリカの国土安全保障省税関・国境保護局は2002年6月に発表したプレスリリースで、このような驚がくのシナリオを用いて、危機感をあおった。
 事実、アメリカ国内の港には1日当たり1万6000個ものコンテナが陸揚げされているが、そのうち中身をチェックしているのは、5%に満たないといわれている。冒頭のような想定は、あながち非現実的なホラーストーリーと無視できない現実があるのだ。
 税関・国境保護局のロバート・ボナー局長が2002年1月ぶち上げた、「コンテナ安全保障構想(CSI)」が適切なアプローチ、と歓迎された背景にはそんな現実がある。
 CSIの発足に当たって、ボナー局長は、
(1)情報を活用し、テロのリスクがあるコンテナを割り出す。
(2)リスクのあるコンテナがアメリカの港に到着する前に、出発港で事前検査する。
(3)リスクのあるコンテナをすばやく事前検査する探知技術を活用する。
(4)テロへの転用が難しい、新型コンテナを使用する。
の4つの柱を掲げた21
 このうち、われわれにとってもっとも重要な関係があるのは(2)である。コンテナ輸送は世界の貿易量の約90%を占め、世界貿易のほとんどがコンテナを使用している。
 このため、アメリカ政府は同国に到着するコンテナ輸送の3分の2が出港する計20の外国の港で、コンテナの事前検査が行われるよう、17カ国・地域との交渉を行った。手はじめにカナダとの合意を達成し、バンクーバー、ハリファクス、モントリオールの3港について、2002年3月事前検査で合意した。
 現在では、ヨーロッパ、アジア、アフリカの34港でCSIが作動している。日本では、横浜、東京、名古屋、神戸の4港でCSIに基づく事前検査が行われている。税関・国境保護局はさらに、中国の上海、深セン、台湾の高雄、アラブ首長国連邦・ドバイなど計10港とも協定を結ぶ予定だ。
 日本、カナダとの合意に従って、相互主義の立場から、日本の税関当局者がアメリカの港に駐在する形をとっている。
 CSIはこのようにして、着実に実行されつつある。やはり、対象がコンテナに限定され、中身を事前にスクリーニングするという、単純な措置を伴うだけであり、目標が達成されやすい、といえる。今後は、コンテナに爆弾機材など大量破壊兵器製造に結びつくものを早く、容易に探知する技術を開発することが求められるだろう。
 
(6)「地域海洋安全保障構想(RMSI)」
 
 RMSIとは、拡散防止構想(PSI)のアジア・太平洋地域版であり、米太平洋軍司令部が主体となって進めている構想だ。自明のことだが、アジア・太平洋地域の平和と繁栄には、海洋安全保障を確保することが不可欠である。
 RMSIは、PSIと同様、テロ、海賊、密輸(麻薬、兵器、密航などを含む)を対象としている。
 RMSIを最初に明らかにしたのは2004年3月31日、下院軍事委員会の公聴会でのトーマス・ファーゴ太平洋軍司令官の証言だ。ファーゴ司令官はこのなかで、「東南アジアの統制されていない島嶼地域は、大量破壊兵器拡散やテロ、密航、麻薬密輸、海賊の恐れがある地域だ」と強調した。そして、ブッシュ大統領のPSIと国務省の「マラッカ海峡構想」をオペレーション・レベルで現実に実行するのがRMSIだと述べた22。この地域で、東南アジアの地下組織ジェマ・イスラミア(JI)の活動が活発化していることも念頭に置いているようだ。
 ファーゴ司令官はさらに2004年5月3日、カナダ・ビクトリアで行われた軍事作戦・法会議で演説し、次のように、より詳しくRMSIについて説明した23
 
【RMSIの5要素】
(1)状況認識と情報共有を高める
(2)意思決定機構の対応
(3)海洋阻止能力
(4)島嶼地域の安全保障
(5)省庁間協力
 
 しかし、RMSIの全体像はなおはっきりしない。ファーゴ司令官によると、RMSIは条約でも同盟でもなく、あるいは常設の海軍戦力を持つわけでもない。主眼は「脅威の出現」を通報したり、必要な行動がとれるよう関係諸国の能力を強化し、ひいては集団的安全保障能力を高め――地域のパートナーシップを形成することにあるというのだ。そうした協力の焦点となるのは、まさに重要なポイントであるマラッカ海峡である。
 ファーゴ司令官らはこのイニシアチブに基づき、地域のカウンターパートとの論議を進めている。だが、まだ議論は端緒についたばかりで、2004年6月4日、シンガポールを訪問したラムズフェルド国防長官に対して、地元記者が質問したところ、長官は、「このアイデアはまだ初期の段階だ。地域諸国との協議の課題であり、主権を侵害するようなものではない」と述べるにとどまった。
 太平洋軍司令官は2005年初めに交代した。今後、どのような形でRMSIを継続するのか、明らかでない。また、RMSIの推進には、関係各国の協力が必要だ。イスラム過激派対策で難しい立場に立っているインドネシアなど、国内にさまざまな事情をかかえた国々をRMSIに取り込んでいくのは容易なことではないだろう。
 

14 U.S. Department of State Fact Sheet, Bureau of Nonproliferation, "Proliferation Security Initiative," January 11, 2005.
15 The Library of Congress, CRS Report for Congress, "Proliferation Security Initiative (PSI)," January 14, 2005.
16 2004年3月30日、米下院外交委員会でのボルトン国務次官証言。
17 同上。
18 『日本経済新聞』2004年10月27日。
19 The Library of Congress, CRS Report for Congress, "Proliferation Security Initiative (PSI)," January 14, 2005.







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