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(3)「海上人命安全条約(SOLAS)」
 
 海上人命安全条約(SOLAS)の発想は、実に93年前、1912年4月14日深夜、北大西洋上で起きた、当時世界最大の豪華客船「タイタニック」号(46,328総トン)が処女航海で氷山と衝突、沈没した事件にさかのぼる。乗客約2200人のうち約1500人が死亡したこの大惨事を受けて、それまで各国が別々に国内法で規制していた船舶の安全に関する措置を国際条約として、国際的に取り決めるべきだとの機運が高まり、1914年のロンドンでの国際会議で「海上における人命の安全のための国際条約」が採択された10
 第二次世界大戦後の1948年3月、ジュネーブで開かれた国連海事会議において設置が決まり、1959年に発足した国際海事機関(IMO、発足当時は政府間海事協議機関:IMCO、1982年からIMOに改称)は当初、海上の安全、海水汚染の防止、船舶積荷の計量単位の規格化、各国海運会社の不公正な制限措置の排除といった問題を取り扱っていた11。しかし、その後生じた新たな課題や問題、脅威に取り組むとともに、新技術を取り入れたシステムを導入するため、その業務を大幅に拡大してきた。
 特に、「タイタニック」号沈没事故を契機にできた「海上における人命の安全のための国際条約」の流れをくんで、IMOが中心になってまとめ、成立した「1974年海上人命安全条約(SOLAS)」は、1988年のSOLAS議定書、2004年7月発効の条約改正――へと発展してきた。
 なかでも、注目すべきは、テロ対策と大量破壊兵器対策である。1998年7月発効の海洋航行不法行為防止条約は、前文で「あらゆる形態のテロリズムの行為が世界的規模で増大していることを深く憂慮し」と明記、さらに具体的に1985年12月9日の国際連合総会決議を引用して「テロリズムのあらゆる行為、方法及び実行を、行われた場所及び行った者のいかんを問わず、犯罪として無条件に非難する」と強調している。
 9・11テロ後、2002年10月にはアデン沖でフランス船籍の大型石油タンカーが小型船の自爆攻撃を受ける事件が起きた。このため、IMOは「海上テロ対策を強化する必要がある」として、船舶への警備責任者の乗船義務付けや不審船の入港拒否などを定めた「国際船舶・港湾安全規範」をめぐる協議を進め、2002年末に「海上人命安全条約(SOLAS)」の改正を採択した。
 
 2004年発効した改正条約では、
 
【国際航路に就航する客船などに対して】
*海上管制機関のレーダー画面に船名や進路、速力などを表示する「船舶自動識別装置(AIS)」の搭載を義務付ける。
*船舶識別番号を、船体外板、水密隔壁などに表示する。
*主管庁の発行する旗国の名称、当該国に登録された日付、船名、船籍港などの情報が含まれた履歴記録を船内に備える。
*テロなどにより船舶が危険な状況にあることを沿岸国などに通報する警報装置を設置する。
 
【港湾施設を対象に】
*船舶内の立ち入り制限区域の設定、船内巡回の実施、部外者の出入りのチェックなどを内容とする船舶保安計画を策定し、その計画に責任を持つ保安職員を船舶および会社に配置する。
*港湾施設内の立ち入り制限区域の設定、港湾施設への出入りのチェックなどを内容とする港湾施設保安計画を策定し、港湾施設保安計画に責任を持つ保安職員を配置する。
 
【寄港国に対して】
*上記の要件を船舶が満たしていることを確認するため、寄港国は監督を行い、要件を満たしていない船舶が港内にある場合、従来の「ポート・ステート・コントロール(PSC)」による出港差し止めなどの措置に加えて、港からの排除といった強制措置をとることができ、また、このような船舶が領海内で港に入ろうとしている場合には、入港拒否を含む所要の措置をとることができる12
 
 これらを受けて、国土交通省は国内法の整備に着手、2004年4月、国際航海船舶・国際港湾施設保安確保法が成立、「改正海上人命安全条約(SOLAS)」(改正SOLAS)の発効に合わせて、同年7月1日施行された。
 上記の改正SOLASの内容を具体的に実施できるよう、
 国際航行する旅客船や500トン以上の貨物船などに、
 (1)保安計画の策定を義務付け、(2)みずからの船の危険性を沿岸国などに通報できる装置を設置させ、(3)保安管理者の選任を義務付ける――
 入港する国際船舶には、
 (1)海上保安庁に対して事前情報の通報を義務付ける、(2)テロリストが潜んでいる可能性がある場合などには入港を禁止できる――
 
 国際船舶が着岸する港湾施設には、
 (1)保安計画の策定を求める、(2)フェンスや照明などの設置を求める―
 などを盛り込んでいる。
 
 日本国内には、約170の港に国際船舶が入港しているが、同法の施行に先立って、国土交通省はいくつかの積極的な手を打った。ひとつは、モデル港の選定だ。2003年4月、モデル港に選ばれた苫小牧、東京、横浜、名古屋、大阪、神戸、下関の7港では、港湾施設への出入りのチェック態勢や立ち入り禁止区域の監視状況などを評価して問題点を摘出し、改善策を盛り込んだ港湾施設保安計画のガイドラインをまとめた。
 改正SOLASの発効直前の2004年6月28日には、第四管区海上保安本部(名古屋)が不審船の入港阻止訓練を名古屋港沖の海上で行った。国際テロリストが貨物船乗組員を装って入国しようとしている、との想定で、巡視艇が空砲で威嚇射撃し、進路をふさいで停船させ、船内を捜索してテロリストに扮した2人の身柄を確保した。
 改正SOLASが発効した2004年7月1日、対象となった112の港では、総延長約350キロのフェンスが張りめぐらされた。立ち入りが制限されるのは、国際旅客船が年1回以上、貨物船が年12回以上利用する埠頭などで、112港の約1300施設が対象となる。これは全国に約1100ある港の約1割に当たる。
 この結果、各港湾では、部外者は基本的にシャットアウトされた。それまで埠頭を利用してきた釣り愛好家が締め出される形となり、「全日本釣り団体協議会」は「国際船舶が入港していない時は従来通り立ち入りを認めてほしい」と弾力的な運用を陳情している。
 一日平均約700隻の船が行き交う東京湾では、海上安全の確保を目的とする「船舶自動識別装置(AIS)」を活用した航行支援システムの運用が、改正SOLAS発効とともに始動した。AISのシステム運用は第三管区海上保安本部(横浜)に加えて、順次、四管(名古屋)、六管(広島)、七管(北九州)の各海上保安本部で導入された。
 これ以後、各地で密入国やテロを水際で防ぐ総合訓練が行われている。2005年2月9日、香川県坂出港では、「国際テロリストが乗り込んだ外国貨物船が坂出以西に向かっている」との想定で坂出海上保安署、坂出署など関係16機関の約150人が訓練に参加した13
 
 改正SOLASに絡んで世間の華々しい注目を浴びたのは、北朝鮮の貨客船「万景峰92」に対する「ポート・ステート・コントロール(PSC)」の実施である。
 PSCは、海難事故とそれによる海洋汚染を防ぐため、外国船の入港の際、寄港国が入港船を監督する制度だ。検査対象は、船体構造や救命設備、消火設備などで、船舶側は検査を拒否することができない。安全基準を満たしていない場合、港を管轄する地方運輸局長が改善命令を出す。当該船舶が改善の意思を示さなかったり、過去のPSCで指摘された不備を改善しなかった場合は、航行停止命令を出すことができる。
 日本の港には、年間約150隻の北朝鮮船がのべ約1300回入港する。2002年12月に起きた茨城県・日立港の北朝鮮貨物船座礁事故以降、北朝鮮船への検査は厳格になった。
 「万景峰92」は「高速救命艇」を搭載していないなどの安全基準不備があり、客船としての運航が認められない可能性が高い、とみられていた。このため、2003年6月、「万景峰92」側が新潟入港を中止する一幕もあった。同年8月25日新潟港に入港した「万景峰92」には、PSCで「高速救命艇」が装備されていることが確認された。
 

10 外務省広報資料『海上安全・海洋汚染防止について』(2000年8月)。
11 『世界年鑑』(共同通信社、2005年)。
12 国土交通省海事局外航課『第5回海上人命安全条約(SOLAS)締約国政府会議の結果について』(2002年12月16日)。
13 『四国新聞』2005年2月10日。







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