(3)船体保全計画書
船体保全計画書は、船舶安全管理規程中の文書として位置付けられ、会社の安全管理システムに組み込まれて運用されるものですが、入渠/上架間隔の延長を前提として、通常船舶よりもグレードの高い保守管理計画を具体化する必要があります。
船舶安全管理規程の中には、通常、船体の保守管理等に関する業務内容を規定する船舶(船体)保守管理規程等が作成されますが、当該規程とここで言う船体保全計画書とに各々記述する内容としては、前者が計画保全を実施しない場合においても最小限実施すべきような保守管理全般に関する事項を規定するものに対して、後者は計画保全(長期的な保守管理)を実施するために付加的に必要となる事項を規定するものとなります。また、船舶安全管理規程は、ISM承認取得後でも、会社の安全管理システムの中で自由に変更できるものとされていますが、船体保全計画書については、「船体計画保全検査制度」の下でその技術的妥当性に関する管海官庁の審査・承認を受けるため、その変更の際にも管海官庁の審査・承認が必要となります。こうした船体保全計画書の船舶安全法上の位置付けから、本計画書には、入渠/上架間隔を延長した場合に船体の基準適合性を維持するための措置に関し、技術的に重要な部分が網羅されている必要があります。
大中型旅客船(フェリー)を想定して、4. 承認基準(2)を満足する、船体保全計画書に盛り込まれるべき事項の一例を示すと、下表のとおりです。ただし、会社が採用する基準適合性維持のための保守管理計画によっては、これ以外の内容も認められます。また、文書スタイル等は、各社の体系に沿って作成することができます。
なお、上記(2)(3)で述べたように、船体保全計画書を作成する際には、他の船舶安全管理規程上での同計画書の位置付けを明確にし、互いに齟齬・矛盾がないように整理することが重要です。
船体保全計画書に盛り込まれるべき事項(承認のために必要な事項)の例示
1. 入渠/上架スケジュール
2. 船体計画保全検査の対象部位
3. 船体計画保全検査のための措置
(1)船体及び機器の長期保全のための施工
(1)防食管理(長期仕様の塗装、外部電源防食装置、防食亜鉛)
・塗料に関する選定基準、塗装基準、塗装間隔、他 ※1
・外部電源防食装置管理基準 ※2
・防食亜鉛の管理基準(仕様、交換時期)
(2)特定の機器について長期仕様の材質の採用
・船底弁、船外弁の選定基準
(2)点検・整備による保守管理
(1)入渠/上架時
(イ)点検整備箇所、点検時期(頻度)に関する基準
(内部からの点検、板厚管理等を含む)
(ロ)点検整備の方法の概要 ※2
(ハ)修理・交換等の判定基準
(2)運航中
(イ)点検整備箇所、点検時期(頻度)に関する基準
(内部からの点検、衰耗箇所の板厚管理等を含む)
(ロ)点検整備の方法の概要 ※2
(ハ)交換等の判定基準
(ニ)防食のための装置の運転管理基準(必要な場合) ※2
(ホ)運転中の各機器の温度、油圧等の計測値の監視による管理の概要(必要な場合) ※2
(ヘ)荒天航海遭遇時又は海上浮遊物への衝突の可能性がある場合の対応(必要に応じて水中写真の撮影等)の概要(定めている場合) ※2
(3)記録の管理(船体計画保全検査に関する保守の記録)
(1)管理する記録のリスト
(2)記録すべき事項(定めている場合は様式を添付)※3
(備考)
※1: 下地処理、塗装要領等、塗装管理の詳細は、「船体保全計画書」以外の船舶安全管理規程に規定することができる。
※2: 点検時の注意箇所、注意事項等、点検の詳細及びその他の管理をする場合の詳細な方法は、「船体保全計画書」以外の船舶安全管理規程に規定することができる。
※3: 記録に関しての管理手順(記録者、記録責任者、保管責任者、報告手順)の詳細は、「船体保全計画書」以外の船舶安全管理規程に規定することができる。
※4: 全般に、「船体保全計画書」に規定される事項は、船員の業務運用上の利便性を考慮して必要な場合は、「船体保全計画書」以外の船舶安全管理規程中の文書に、計画保全対象外の部位に関する記述と一括して記述することができる(上記の点検時期や判定基準を他の規程に重複して記述してもよい。)。
以下、上記の例示中の主な項目に沿って、その内容を補足します。
1. 入渠/上架スケジュール
(説明)
船体計画保全検査を実施する場合の入渠スケジュールを計画する。
保全計画書の承認対象期間は、スタート時より5年程度が標準とされているが、5年毎の再承認時に見直すことを前提に、予め5年以上の期間を含めた長期的なスケジュールを記載することは可能。
なお、新造後1年目は、通常、保証ドックの入渠で設計・工作上の初期不良等の確認が行われるため、入渠の省略は認められていない。
2. 船体計画保全検査の対象部位
(説明)
本船の構造・設備に応じ、4. 承認基準(2)(a)のうち(1)から(14)すべてを対象とする(機関計画保全検査の対象としている機器を除く。)。
3. 船体計画保全検査のための措置
(1)船体及び機器の長期保全のための施工
○長期仕様の塗装に関する基準
(説明)
船体保全管理の方法として長期仕様の防汚塗料(A/F)を施工する場合は、その仕様及び塗装基準を記載する。
船舶安全法上、外板等、腐食が生じやすい箇所には適切な防食措置を講ずることが義務付けられている。船底塗料に関して、防食という意味では防錆塗料(A/C)のみが直接の検査対象であり、生物付着等にともなう船体抵抗増加を防止する防汚塗料(A/F)については、従来、検査対象とされていない。一方、船体計画保全検査では、長期仕様の防汚塗料(A/F)が維持される場合には、その下層に塗布される防錆塗料(A/C)も通常健全に維持されることが期待できるため、十分条件として、適切な防汚塗料(A/F)の塗装を確認することとなる。すなわち、次回入渠までの間、防錆塗料(A/C)の健全性の維持が認められるような何らかの有効な方策が講じられていることが計画保全の要件であるが、通常採りうる方策として、適切な長期仕様の防汚塗料(A/F)を塗装することが認められる。
(参考)船底防汚塗料(A/F)について
防汚塗料(A/F)の効果は、一般に、同一の仕様・施工方法の場合であっても、当該船舶の船型、速力、就航海域、停泊時間等により異なってくる。そのため、長期(2年以上)仕様の防汚塗料(A/F)を初めて塗装する場合は、それまでの本船での実績や他船での事例を参考に、塗料メーカーと十分に打ち合わせして、ポリッシングレート、膜厚と銘柄を決定すべきである。
〈例〉2年仕様の船底塗料を施工する場合の記述例
箇所 |
下地処理 |
下塗塗料 |
膜厚 |
回数 |
上塗り塗料 |
膜厚 |
回数 |
船底平坦部 |
W.DS |
ニュー△△ |
250 |
TU(1) |
▲▲20 |
80 |
TU(1) |
○○1号HB |
50 |
TU(1) |
65 |
AO(2) |
船底垂直部 |
W.DS.SS |
ニュー△△ |
250 |
TU(1) |
▲▲20 |
80 |
TU(1) |
○○1号HB |
50 |
TU(1) |
80 |
AO(2) |
外舷部 |
W.DS.SS |
ニュー△△ |
250 |
TU(1) |
●●NO200 パールホワイト ××-92B |
35 |
TU(1) |
|
|
AO(1) |
35 |
AO(1) |
上部構造部 ( ) |
W.DS.SS |
ニュー△△ |
250 |
TU(1) |
●●NO200 パールホワイト ××-92B |
35 |
TU(1) |
|
|
AO(1) |
35 |
AO(1) |
記号 |
W: 清水洗い DS: ディスクサンダー SB: サンドブラスト S: スクレープ PB: パワーブラシ SS: サンドスイープ |
TU: タッチアップ AO: オールオーバー |
|
○ 外部電源防食装置の管理基準
(説明)
船体保全管理の方法として外部電源防食装置を採用する場合は、その概要を記載する。
○ 防食亜鉛管理基準
(説明)
船体保全管理の方法として防食亜鉛を管理する場合は、その概要を記載する。
○ 特定の機器について長期仕様の材質の採用
(説明)
計画保全検査の開始に際し、船底弁、船外弁等を長期仕様の材質のものに換装する場合などはその旨を記載する。
3. 船体計画保全検査のための措置
(2)点検・整備による保守管理
<入渠/上架時>
(説明)
船体計画保全検査方式を導入した場合は、最長3年程度入渠しないことも制度的には可能となるので、その間の水線下の船殻構造と船底・船側外板並びに諸装置の健全性を担保できるよう、計画スタートの直前又は直後の入渠中に各部点検と整備を行い、点検結果と整備内容を記録する。また、その後の入渠時においても、同様の点検、整備、記録を継続する。
入渠時の点検整備について、 3.(2)(1)(イ)及び(ロ)に加えて注意事項、記録すべき内容を記載した場合の例は、 下表のとおり(その他の部位については、「参考2: 入渠時における点検・整備内容、注意事項等の例示」を 参照)。なお、これらの内容は、現場での利用を想定すると、できる限り表形式等で整理する方が分かりやすい。また、記録の記入例は、後述する「(5)船体の保守管理等の記録」 参照のこと。
〈例〉
入渠は2年毎とする。また、入渠時の点検整備は下表に従い実施する。
対象部位 |
船体保全の方法 |
点検・整備内容 |
点検時の注意箇所、注意事項 |
記録事項 |
備考 |
船底
・船側外板 |
健全性の直接確認 |
損傷(凹損、擦過、クラック)の有無について確認
腐食、電食の有無 |
・錨、錨鎖により損傷の生じやすい箇所
・岸壁接触部 ・盤木跡 ・応力集中箇所 ・船外軸受け、ビルジキール周りのキャビテーション発生個所 ・必要に応じて内部構造部材の確認 ・ボットムプラグの状態も確認 |
・点検箇所、損傷等について記録
・必要に応じて板厚計測 ・必要に応じて内部から点検 |
※1 |
防食措置 |
発錆状況点検※2 |
・上記箇所 |
・発錆箇所及び範囲 |
|
船底塗装の状態を確認
必要に応じて下地処理及び塗装施工 |
・上記箇所
・海洋生物(藻類、貝類)付着状況点検 ・剥離箇所、塗装の劣化状態 |
・海洋生物の種類、付着範囲
・塗装仕様の記録(塗装範囲、塗料の種類、施工方法) |
※1 |
防食亜鉛の状況の点検及び新替え |
・プロペラ、スラスターダクト等、キャビテーション発生箇所 |
・新替箇所、衰耗状況 |
※3 |
外部電源防食装置の状況、効果の確認 |
・電極周囲の塗装の状態及び効果の確認
・電流の記録確認 |
・効果を記録 |
|
舵 |
健全性の確認 |
舵板の腐食、損傷の有無確認
舵頭材、ピントルの間隙計測
防食亜鉛の状態 |
・塗装剥離箇所
・フラップラダーについては、駆動リンク、フラップヒンジ部を含む
・グリス封入式の場合はその状態確認
・
ジャンピングストッパーの状態確認 |
・損傷、修理の記録
・間隙計測表
・シールリング交換記録 |
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※1: |
必要に応じて、写真撮影、外板展開図を利用すること。 |
※2: |
発錆状況の点検 発錆が無くても防汚塗料(A/F)が剥離している場合は、前回塗装作業にスウェット状態にあった等、塗装の問題又は防錆塗料(A/C)と防汚塗料(A/F)の密着性に問題があるケースがあるので、ペイントメーカーと下地処理法を含めて十分打ち合わせる必要がある。 |
※3: |
二年以上入渠しない場合は全数新替えが望ましい。 |
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