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1995/07/16 読売新聞朝刊
[社説]戦後50年を超えて 「大人の国」の国連外交構築を
 
 国連はことし、国連創設五十周年を迎えた。機構の制度疲労が指摘されており、日独の安保理常任理事国入りも含めた国連改革の検討が進んでいる。
 五十年前の敗戦から再起した日本は、国民総生産で世界二位という大きな国力を身につけた。国際社会でさまざまな役割を果たすことを求められている。
 この立場を踏まえ、わが国は国連外交を再構築することで、冷戦が終わった世界での責任を果たす必要がある。この取り組みでは、国連が現実に行っている平和の努力に即しつつ、国際的に通用する規範に沿って行動する姿勢が大事である。
◆看板だけの国連中心主義
 敗戦国・日本は、一九五二年四月のサンフランシスコ平和条約発効で独立を回復し、二か月後に国連加盟を申請した。加盟が実現したのは、それから四年半後の五六年十二月。国連創設から十一年後だった。
 国際社会の完全な一員となった――国内に祝賀気分があふれる中、当時の最高裁長官で、後に国際司法裁判事になった田中耕太郎氏が、「国連加盟の心構え」と題する文章を読売新聞に寄せている。
 「国連加盟が集団安全保障その他の目的の遂行上必要な義務を伴うことは当然である。もし加盟の利益だけを受け、犠牲を回避するならば、それは『自国のことのみ専念』するエゴイズムとして憲法の精神に反することになる」
 田中氏は、集団安全保障機構としての国連の性格を踏まえ、加盟国の権利と義務についての常識を述べたことになる。
 国内では、「国連の名による海外派兵」の是非が憲法との整合性も含めて論議されていたが、ただ国際社会の目から見れば、当時の日本に対する評価と期待は、国連予算分担率の一・九七%に示されるように、低いものでしかなかった。
 湾岸危機の発生は、それから三十四年後の九〇年。日本は、国連分担金も米国に次ぐ二位の一一・三八%を払う主要国となっていたが、田中氏の言う「心構え」と行動を問われ、答えに窮する。一国平和主義と小切手外交の破たんだった。
 国連加盟からまもなく、日本外交に「国連中心主義」という言葉が登場する。自由主義諸国との協調、アジアの一員としての立場堅持と並んで、わが国の「外交活動の三原則」となった。
 しかし、歴代国連大使の多くが「国連中心と言うが、その意味のよくわからないのが実情だった」と回想しているほどに、実体に乏しかった。だが、対米関係が日本外交の機軸である一方で、「国連中心主義」は、美化された国連観を持つ国民の心情を満足させる便利な旗印となりえた。
 北欧諸国のように国連平和維持活動(PKO)に積極的に取り組むこともなかった。「国連中心主義」は、裏付ける行動を欠いた国連信仰の一表現にとどまった。
 湾岸危機での反省から、九二年にPKO協力法ができ、自衛隊がカンボジアなどで国連活動への協力を行った。
 国連協力・国際貢献のあり方についての国民の意識は進んだが、なおコンセンサス作りへの政治の努力が欠けている。常任理事国入り問題では、政権与党間ですら意見が分かれている。
 創設以来、国際政治の転変の中で、国連の位置も揺れ動いた。冷戦時代は機能マヒが言われ、冷戦終結直後は、国際新秩序が国連を軸に構築されてゆくというような過剰な期待感も生じた。
 ここへ来て、多発する民族、宗教紛争に対するPKOの限界が露呈したこともあって、国連への幻滅感さえ出ている。PKOはソマリアで挫折し、いまボスニアで壁にぶつかっている。国連平和機能の有効性が問われる厳しい状況と言えよう。
◆国連運営に能動的参加を
 だが、最も普遍性を持つ世界システムである国連は、他で代替できない国際公共財であり、個々の国益と国際社会の利益を調和させる最も権威のある枠組みとして活用し、強化してゆかざるをえない。
 今の国連の試練に対しては、米ロ英仏中の常任理事国、さらには日独等の有力国が中心となり、国連の平和機能の実効性を向上させる方策に知恵を絞り、必要な協力を行って乗り切る以外なかろう。
 わが国の国連外交の再構築は、そのような世界と国連の置かれた状況を踏まえて、日本の責任と適切な役割を定義し、実践することを意味する。
 国連は創設時、国際の平和と安全の確保を目的とする集団安全保障の機能を主任務とし、近年は人口、環境など地球的課題への取り組みも重要視されている。
 両分野のいずれにおいても、主要国たる日本は基本的な責任と役割を回避できない、と考えるべきだろう。
 国内には「国連協力は非軍事に徹する」との主張があり、当面の課題であるPKF(平和維持隊)の本体業務の凍結解除でも、政府自体の姿勢が煮え切らない。
 「国際平和の確保」を集団安全保障で担保するという考えは、国連システムの根幹である。日本は国連の主要メンバーとして、この国連の中心原理に無関係との態度を取ることはできない。
 憲法の精神に沿い、かつ国際社会の常識的な規範にも照らして、日本にとっての普遍妥当な国連協力のあり方はどのようなものなのか。
 この課題を自ら考えることが、国連外交の主体性回復につながる。
 国連は、憲章から旧敵国条項を削除し、旧戦勝国が常任理事国のポストを独占する旧態依然の体制を見直すなど、自己改革を大胆に行う必要がある。
 同時に日本も、国際的安全保障とのかかわりを避けるモラトリアム(猶予)国家を脱し、国連の活動と運営に能動的に加わることが求められている。
 
 
 
 
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