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1988/09/02 読売新聞朝刊
[国連と日本外交](下)要員派遣 新参日本に反発も(連載)
 
 イラン・イラク軍事監視団(UNIIMOG)への日本人要員二人の参加が明らかになった八月十八日、国連特別政治局に確認の電話を入れると、いきなり担当官のいら立った声が飛び込んできた。
 「そんな下級要員のこと、いちいち把握していませんよ。スポークスマンに聞けばいいでしょう」。電話はガチャンと切れた。
 日本政府の鳴り物入りで実現した要員派遣だったが、国連サイドの受けとめ方はやや違っていた。事務局内部では「日本政府には一千万ドルの特別拠出金をもらっているし、受け入れざるを得ないでしょう」と、さも、お荷物扱いのことばも聞かれた。
◆職員の活躍の場奪う◆
 平和維持軍の総責任者、グールディング事務次長は、監視団の文民チーム編成にあたり、国連スタッフから選ぶと発表していた。国連の評価が一躍高まった機会に、スタッフの士気を鼓舞しようという意図があった。案の定、若い職員の間から希望者が殺到したが、結局、百八十人の枠のうち、日本人要員二人が例外的に外から入ることになり、結果的に国連スタッフのポストを奪うことになった。それも不満の一因らしい。
 しかし、これまで長い間、人員派遣にはほとんど実績のなかった日本が、急に口を出し始めたことに対する、漠然とした反発が働いたことも否定できない。
 ことし六月初旬、竹下首相が第三回国連軍縮特別総会の演説で、国連平和維持軍に積極的に文官を派遣していく、と発表した時、ニューヨークでは、むしろ奇異な印象を与えた。兵員の派遣を始め、三十年以上にわたり実績をつみ上げた他の加盟国にすれば「何をいまどき」という感じだった。
 二十二日、ペレス・デクエヤル国連事務総長がイラン・イラク直接交渉に出席するためジュネーブ入りした際、実はノルウェー政府から小さな贈り物があった。南アフリカの難民救済問題を討議する国際会議出席のためオスロに立ち寄った事務総長に対し、政府の全額負担で小型ジェット機をチャーターしてジュネーブまでの足を確保したのだ。
 また、国連に正式加盟していないスイスは、以前から事務総長や特使が中東地域の調停、視察活動へ向かう際、自前のチャーター機をパイロット付きで提供してきた。事務総長公用車は、濃紺のボルボ。これも、スウェーデン政府が三年前、三万数千ドルをはたいて寄贈した。
 この種の、きめ細かい援助は、北欧はじめ欧州諸国の得意の分野。新規参入の日本はどうしても肩に力が入ってぎごちなさが残る。
 それでなくても、このところ、途上国グループや欧州勢の間には「日本は一体、何をたくらんでいるのか」というさい疑心が強い。日本代表部のあるベテラン外交官は「アフガニスタンの平和維持活動に五百万ドルを拠出した時も、日本の『スタンドプレー』に疑惑の目が向けられた」と国連支援の難しさをふり返る。
 アメリカの拠出金滞納分を他の先進諸国が肩代わりするという事務総長の提案をめぐっても、日本は当初の「協力」から、最近「静観」に軌道修正し、欧州グループと歩調を合わせることになった。
 兵員の海外派遣が難しい日本は、一面で大きなハンディキャップを負っている。これまで紛争地帯で犠牲になった国連軍兵士の死者数七百。兵士を派遣した各国には、命を張って平和維持のため協力した、という思いが強い。
◆水際立った加の作戦◆
 今回のイラン・イラク監視団の中で、各国の注目を浴びたのがカナダの大通信チームである。通信施設網を開設、運営する要員としてイラン、イラク両国の前線一帯に送り込まれたカナダ人は四百九十五人。機材費約五百五十万ドルは国連が持つが、要員の渡航費や給料の大半はカナダ政府が負担する。
 なぜ、カナダか。カナダ国連代表部のアレキサンダー・モリス中佐(軍事アタッシェ)は「実績を認められただけ。われわれはコンゴ動乱(一九六〇年)以来、国連軍には兵士だけでなく後方支援部隊の派遣に全面協力しており、あらゆるノウハウを持っているからね」と胸を張る。
 国連とのパイプ役を果たす日本人幹部職員が少ないのも、もうひとつの泣き所である。
 専門職以上の日本人スタッフは現在九十三人。拠出金と人口を基準にした標準人員数百七十人にはほど遠い。人事研修部門のチーフ(部長級)、伊勢桃代さんは「中枢ポスト、特に財政・人事ポストに邦人幹部はゼロ。これだと第一、情報がとれない。各国ともがむしゃらにポストの奪い合いです。日本も負けていられないはず」と話す。
 「国家イメージとステータスをあげるうえで、国連は最も安全で確実な投資先」(国連広報局スタッフの一人)だが、それだけに細心の気くばりと高度な外交感覚が要求されている。
(ニューヨーク・中園特派員)
 
 
 
 
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