1988/08/31 読売新聞朝刊
[国連と日本外交](中)平和への貢献(連載)
◇文民派遣も次々と 待遇など法整備課題に◇
◆千載一遇のチャンス◆
「随分、日に焼けてたくましくなったね」−−宇野宗佑外相に握手で迎えられた国連アフガニスタン・パキスタン仲介ミッション(UNGOMAP)の菅沼健一・前外務省人権難民課首席事務官(34)は、いく分、緊張しながら、「色々、トラブルもありますが、あと六か月間、がんばって努力します」と答え、外相の手をしっかり握り返した。
今月二十一日夕、パキスタンの首都イスラマバードの日本大使公邸。故ジアウル・ハク大統領への弔意を表すため、メキシコから急きょ、パキスタン入りした宇野外相は、わが国からの国連監視団への“文民派遣第一号”と出会い、国際政治の最先端での活躍ぶりをつぶさに聞いて、長旅の疲れもすっかり、吹き飛んだ様子だった。
国連が、アフガニスタンの和平調印後の監視団に日本人スタッフを加える意向を持っている、との情報を外務省がキャッチしたのは四月初め。ペレス・デクエヤル国連事務総長、ディエゴ・コルドベス事務次長らが、関係各国を訪れ、和平調停工作にあたる移動費などに日本が五百万ドルを拠出している関係で、事務総長周辺からそれとなく打診を受けたのが発端だった。
武力紛争に巻き込まれる恐れがなく、国内法上も問題が生じないうえに、世界中の耳目を集めるアフガニスタン和平への貢献。「モノやカネは出すが、ヒトは出さない」との日本の国連外交に対する紋切り型の批判に苦り切っていた外務省は、「千載一遇のチャンス到来」(首脳)と判断、「菅沼氏自身が、同期入省の仲間にも一言も漏らさなかった」(外務省若手職員)ほどの“煙幕”まで張って、二か月がかりで派遣実現にこぎつけた。
派遣決定からわずか数日後の六月十三日。ニューヨークの日本政府国連代表部では、「日本の国連外交史上、画期的な光景」(外務省筋)が繰り広げられていた。
◆画期的な“施政方針”◆
出張中の遠藤実・外務省国連局長が、アメリカを始め先進国首脳会議(サミット)参加七か国の国連代表部幹部を呼び、アフガニスタン和平達成後の西側の資金援助について“施政方針”をぶち上げたのだ。八年余りに及ぶ紛争で疲れ切ったアフガニスタンの戦後復興では西側の支援は、あくまでも難民の自主帰還に限り、援助資金がナジブラ現政権の延命に使われるべきではないというのがその趣旨。
翌日に、デクエヤル事務総長が総額二十億ドル余の人道・経済援助計画を発表し、拠金を呼びかけるのに先立って、「日本政府の方針を説明したかった」(外務省筋)からだが、日本政府代表部は、その後、出席した西側主要各国から「てっきり金額の分担だと思って出かけたが、思いもかけない演説を聞くことができた。あれで援助の性格づけが明確になった」と高い評価を受けた。
文民派遣第一号の誕生とアフガニスタン戦後復興援助での国際世論作り。一週間の間にニューヨークで起きた二つの出来事は、〈1〉国連及び専門機関に対する分担金、拠出金を通じての財政的寄与がアメリカ(一六・七%)に次いで一一・三%で第二位(八六年実績)〈2〉国連通常予算分担率では、アメリカ(二五%)、ソ連(一一・八%)に次いで一〇・八%で第三位(八六年実績)−−と、「カネ」の面では、圧倒的な貢献をし、評価を受けながら、「ヒト」に関しては、ようやくスタートラインについたばかりの日本の立場を鮮明に浮き彫りにしている。
地域紛争解決での国連の“復権”に歩調を合わせ、政府は既に国連イラン・イラク軍事監視団(UNIIMOG)に奥山爾朗・前外務省国連政策課事務官(29)を“文民第二号”として送り込んだほか、カンボジア紛争で、選挙監視要員の派遣と平和維持軍への資金協力を行う意向を表明し、ナミビア和平でも三十人程度の日本人スタッフを特定の地域へ一団として“パッケージ派遣”することを検討するなど、「ヒト」の面での充実を狙っている。
だが、急ピッチで進む人員派遣構想も、ひと皮むけば問題点だらけ。身分的には、国連職員となる派遣スタッフの待遇、事故の際の補償などを定める法的整備は欠くことのできない課題だが、外務省では、ようやく新法作りに着手したばかり。「わずか四千人足らずの外務省職員の中から、次々にエリート外交官を送り出す物理的余裕はない」(外務省首脳)し、財政難で苦しむ国連からは、派遣中の給料も日本側が負担する“丸抱え負担”の打診さえ受けているという。
「我が国は、資金面のみならず、人的側面においても、我が国国民の経験と熱意を役立てたい」(竹下首相の国連演説)。確かに、ニッポンは、その方向に、前のめりになりながら走り出している。だが、カネとヒトの余りにも大きな落差は、掛け声だけでは解消しない。
(政治部 岡田 滋行)
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