日本財団 図書館


VI章 まとめ
 十和田湖では、ヒメマス、サクラマス、ワカサギ、コイ、フナをはじめとする魚介類を対象として各種漁業が営まれるほか、これらを対象とした遊漁も盛んである。しかし、十和田湖の水質は次第に悪化する状況にあり、1986年(昭和61年)度以降は国が定めた水質のCODが環境基準を達成できない状態が続いている。本事業において実施した水草調査によると、過去の調査では深所にも分布していたヒメフラスコモを例にとると、水中の懸濁物の増加により透明度が低下したため、光の到達水深が浅くなったのに伴って、その分布水深が浅くなるなど、環境保全の観点から憂慮すべき兆候も明らかとなった。
 道路が整備されたことによって、十和田湖を訪れる観光客も増加し、これを受け入れるための諸施設を整備しなければならないが、これが十和田湖の自然環境にどれだけのインパクトを与えたのであろうか?私たちはこのような自然界からの警鐘をどのように受け止め、十和田湖の自然環境を保全するために行動すべきであろうか?
 
 21世紀は環境の世紀といわれ、わが国においても、昭和40年代の高度経済成長期以降の開発優先主義から、自然環境の保全へとその風潮が大きく見直されてきた。環境基本法(平成5年)が施行されてから今年で10年が経過し、その間に国は環境への取り組み方を環境基本計画によって明らかにしながら、環境影響評価法、自然環境再生法等の法制化を進めてきた。環境基本法のなかに、「恵み豊かな自然環境を、健全な状態で次世代に継承することが、私たち、現在のおとな世代が果たさなければならない義務である。」とする趣旨が示されており、自然環境を開発から守らなければならないという強い決意表明ということができる。
 
 青森、秋田両県では平成13年8月に、「十和田湖水質・生態系改善行動指針(以下、行動指針と呼ぶ。)」を取りまとめ、副題に「恵み豊かで澄んだ水、十和田湖を未来の子供たちへ」と謳うように、十和田湖の自然環境を保全するための取り組み方を明らかにした。行動指針のなかでは、十和田湖の水質を改善すること、ヒメマスの資源量を回復することのほか、将来にわたり良好な水質と生態系を維持するために、住民等の環境保全意識の啓発を図り、環境保全活動を行い易い雰囲気を醸成することとしている。行動指針の取り組み内容としては、(1)汚濁負荷量の削減、(2)水産資源の管理、(3)沿岸域の保全と管理、(4)モニタリングの実施、(5)環境保全意識の向上が挙げられている。行動指針の具体的な行動は「行政・試験研究機関」と「事業者・周辺住民」それぞれが実施すべき項目に区別し、住民が果たすべき役割も明記している。この行動指針を受け、十和田湖の水質改善、環境保全のために、平成13年9月に地元の各種団体(町、自治会、漁協など)から構成する『十和田湖水質改善推進協議会(事務局:社団法人十和田湖国立公園協会)』が、NPO(特定非営利活動)法人として設立され、活動を開始している。
 
 湖沼環境の基盤情報整備事業は、平成14年度から日本財団の助成を受けて、わが国の湖沼におけるヒメマスの増殖事業をとおして、生物、化学及び物理的生息環境のほか、湖沼を取り巻く社会的条件と歴史的変遷を、科学的知見に基づいて収集、整理することを目的としている。この事業を実施することによって、湖沼の自然環境を保全し、豊かな自然からの恵沢を次世代に継承することの重要性を、広く国民に訴えることができると考えている。
 ベニザケの陸封型であるヒメマスは、サケ科魚類のなかではプランクトン食者として知られているが、生息する水界は清澄な低水温の湖沼に限られており、本州では中禅寺湖と十和田湖で増殖している。昨年度は中禅寺湖を対象に事業を実施したが、本年度は十和田湖において調査し、生物相に大きな変化はみられなかったが、水質の指標となるCODが上昇傾向にあること、湖底における懸濁物の堆積などが明らかにされ、自然環境を保全する上で、今後何らかの対策を検討しなければならない時期にきていることが明らかになった。
 本事業では、水生生物及びその生息環境をはじめとする環境情報のほか、ヒメマスと人びととの暮らしとの関わりについての歴史を振り返り、自然環境を保全して次世代に継承することの必要性を、学校の教育現場で訴えるための教材としても使用できるように、分かり易い映像をまじえて報告書として取りまとめるほか、CD-ROMを製作して知識の普及に努めることとした。
 
 十和田湖をはじめとするわが国の自然環境をより良い状態で保全し、それらの恵沢を永続的に受け続けるためには、行政による法規制のみならず、身近な自然を大切にする価値観を子供からおとなまでの一人ひとりが共有し、行政と地元住民のほか、全国各地からの利用者も含めた積極的な保全対策を推進することが重要であろう。このような考え方から、豊かな自然環境を良好に保全するために、利用者が応分の経費を負担する新たなルールづくりが急務ではないだろうか?利用者は観光資源を一方的に利用し、その自然の豊かさを享受するばかりでなく、永続的に保全するために必要となる経済的負担も負う時代が到来したと考えなければ、豊かな自然環境を次世代に継承することはできない。わが国における利用者負担の一例としては、日南海岸国定公園(宮崎県)の都井岬に生息する野生馬(天然記念物)の保護事業が知られている。ここでは観光資源としても重要なこの野生生物を保護するために、駐車場利用料金を観光客から保護育成協力金として徴収し、生息地の自然環境を保全する基金として運用している。環境への価値観が高まっている今こそ、十和田湖保全のための基金として、利用者に一定額の負担を願う時期に来ているのではなかろうか?
 
 当協会としては、本事業の成果が環境教育の教材などとして利用され、子供からおとなまでがあらためて十和田湖には固有のすばらしい自然環境があることを理解し、自らが保全することの大切さについて考える素材となれば幸甚である。
 昨年度の中禅寺湖に続いて、今年度は十和田湖を対象として事業を実施したが、来年度はわが国におけるヒメマス移殖放流事業の発祥の地である支笏湖を対象に実施する予定である。
 
青森県・秋田県. 十和田湖水質・生態系改善行動指針〜恵み豊かで澄んだ水, 十和田湖を未来の子供たちへ〜, 2001
青森県土木部下水道課(現青森県県土整備部都市計画課). 青森県の下水道, 2000.
青森県土木部道路維持課(現青森県県土整備部道路課). 十和田湖への道(八甲田除雪のあゆみ).
青森県内水面研究所内部資料.
秋田県水産試験場. 鮭鱒増殖事業. 昭和3年度試験事業報告, 1930; 90-109.
秋田県水産試験場. 鮭鱒増殖事業. 昭和4年度試験事業報告, 1931; 87-102.
秋田県水産試験場. 十和田湖鱒孵化ニ関スル調査. 明治39年度秋田県水産試験場報告, 1906; 43-51.
天野勝三. 十和田湖の水温とヒメマス・ワカサギの漁獲変動. 平成13年度事業報告書. 青森県内水面水産試験場, 2003; 35-41.
生嶋功. 生態学講座7水界植物群落の物質生産I―水生植物―, 共立出版, 1972.
上野隆平, 大高明史, 高村典子. 十和田湖沿岸域のユスリカ相. 国立環境研究所研究報告 1999; 146: 83-86.
上野隆平, 野原精一, 加藤秀男. 十和田湖沿岸域のユスリカ分布. 国立環境研究所研究報告 2001; 167: 99-105.
大高明史, 加藤秀男, 上野隆平, 石田昭夫, 阿倍弘, 井田宏一, 森野浩. 十和田湖の底生動物相. 国立環境研究所研究報告 1999; 146: 55-71.
大高明史. 北日本の貧栄養カルデラ湖深底部における水生ミミズ相. 国立環境研究所研究報告 2001; 167: 106-114.
加藤秀男, 高村典子, 三上一. 十和田湖沿岸域における底生動物群集の特徴. 国立環境研究所研究報告 1999; 146: 72-82.
加藤秀男, 高村典子, 上野隆平, 大高明史, 戸塚利明. 十和田湖沿岸域における底生動物群集の決定要因−餌環境と魚類の捕食からの検討. 国立環境研究所研究報告 2001; 167: 75-88.
加藤禎一. 十和田湖のヒメマスの成熟年齢と成長の関係. 養殖研報, 1980; 1: 7-19.
川合禎次編. 日本産水生昆虫検察図説. 東海大学出版会, 1985.
川那部浩哉, 水野信彦, 細谷和海編・監修. 日本の淡水魚. 山と渓谷社, 2001.
環境省野生生物保護対策研究会移入種問題分科会. 移入種(外来種)への対応方針, 2002.
環境庁(現環境省)自然保護局野生生物課. 無脊椎動物(昆虫類, 貝類, クモ類, 甲殻類等)のレッドリストの見直しについて, 2000年4月12日報道発表資料, 2000.
環境庁(現環境省)自然保護局野生生物課編. 改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物−レッドデータブック−9植物II(維管束植物以外), 財団法人自然環境研究センター, 2000.
帰山雅秀. 十和田湖の資源管理. 国立環境研究所研究報告, 1999; 146: 36-40.
小島圭二, 田村俊和, 菊池多賀夫, 境田清隆編. 日本の自然 地域編 2東北. 岩波書店, 1997; 58-60.
財団法人自然環境研究センター編. 新・美しい自然公園5十和田湖. 財団法人自然公園財団, 1992.
財団法人青森県下水道公社(現財団法人青森県建設技術センター). 平成12年度維持管理年報, 2000.
神保忠男. 植物生態学的調査研究. 十和田湖環境調査研究報告書, 青森県, 1958; 53-75
白石芳一. 魚群探知機による十和田湖の魚族資源調査. 昭和44年度十和田湖資源対策事業調査報告書, 十和田湖ふ化場協議会, 1960; 1-19.
昭和53年度十和田湖資源対策事業調査報告書. 十和田湖ふ化場協議会, 1979.
水産庁さけ・ます資源管理センター. 十和田湖におけるヒメマスとワカサギの成長. 平成11年度十和田湖水質・生態系資源対策会議資料2000.
水産庁十和田湖ふ化場. 十和田湖の漁業権について, 1950.
鈴木俊哉. 十和田湖におけるヒメマスとワカサギの資源変動要因. 平成14年度十和田湖資源対策会議資料, 2002.
鈴木俊哉, 長崎勝康, 水谷寿, 帰山雅秀. 1999. 十和田湖におけるヒメマスおよびワカサギの個体群動態. 国立環境研究所研究報告 146, 27-35.
杉山秀樹. 秋田の淡水魚. 秋田魁新報社, 1985; 168pp.
杉山秀樹. 田沢湖まぼろしの魚クニマス百科. 秋田魁新報社, 2000; 239pp.
角野康郎. 日本水草図鑑. 文一総合出版, 1994.
疋田豊彦・谷口定利. 十和田湖に棲息している魚類. 北海道さけ・ますふ化場研究報告, 1959; 13: 45-48.
高田啓介. トミヨ属魚類の遺伝学的分化「日本の淡水魚類−変異・分布・種分化をめぐって」(水野信彦, 後藤晃編)東海大学出版会, 東京, 1987; 135-143.
高村健二. 十和田湖イトヨの由来の系統的解析. 国立環境研究所研究報告, 2001; 167: 102-105.
高村典子, 三上一, 水谷寿, 長崎勝康. ワカサギの導入に伴う十和田湖の生態系の変化について. 国立環境研究所研究報告, 1999; 146: 1-15.
高村典子, 中川恵. 十和田湖における細菌, ピコ植物プランクトン, 鞭毛藻及び従属性鞭毛虫の計数データ(1995〜1997年). 国立環境研究所研究報告 1999; 146: 163-184.
竹内基, 松宮隆志, 佐原雄二, 小川隆, 太田隆. 青森県の淡水魚類相について. 淡水魚1985; 11: 117-133.
東北電力株式会社青森支店資料. 十和田湖の水利用及び水力発電所の役割, 2002.
徳井利信. ヒメマスの研究(V)日本におけるヒメマスの移殖. 北海道さけ・ますふ化場研報, 1964; 18: 73-90.
徳井利信. 十和田湖の湖水型サクラマス(Oncorhynchus masou)について. 水産増殖1962; 10: 133-136.
徳井利信. 十和田湖漁業史. 徳井淡水漁業研究所, 1984; 233pp.
徳井利信. 中禅寺湖のヒメマスについて訂正すべき既往事項. 養殖研ニュース, 1992; 24.
十和田湖ふ化場協議会. 十和田湖資源対策調査, 1982; 125pp.
十和田湖資源対策事業調査報告書(昭和56年〜60年度調査結果の総括). 十和田湖ふ化場協議会, 1986.
長崎勝康, 沢目司. 十和田湖資源対策調査. 平成9年度事業報告書, 青森県内水面水産試験場, 1999; 26-35.
長崎勝康, 沢目司. 十和田湖資源対策調査結果(1998年). 国立環境研究所研究報告, 1999; 146: 126-136.
中野治房. 十和田湖生物調査報告, 神保(1958)から引用, 1912.
野原精一, 加藤秀男, 三上一, 高村典子. 十和田湖の水生植物の現状−1997年の調査結果から−.
国立環境研究所研究報告, 1999; 146: 49-54.
野原精一, 上野隆平, 加藤秀男. 十和田湖の水生植物分布の現状と現存量. 国立環境研究所研究報告, 2001; 167: 64-74
原子保. 青森県におけるサケ科魚類相. 青森県水産試験場研究報告, 2002; 23-28.
Higuchi M & Goto A. Genetic evidence supporting the existence of two distinct species in the genus Gasterosteus around Japan. Environmental Biology of Fisheries 1996; 47: 1-16
廣瀬弘幸(代表). 日本淡水藻図鑑. 内田老鶴圃新社, 1977.
細谷和海. サケ科「日本産魚類検索−全種の同定−」(中坊徹次編). 東海大学出版会, 東京, 1993; 256-261.
丸山為蔵, 藤井一則, 木島利通, 前田弘也. 外国産新魚種の導入経過. 水産庁研究部資源課・水産庁養殖研究所, 1987; 157pp.
水谷寿. 十和田湖の生態系および資源対策調査結果(1998年). 国立環境研究所研究報告, 1999; 146: 137-150.
水谷寿. 十和田湖資源対策調査. 平成12年度秋田県水産振興センター事業報告書, 1999; 242-267.
水野寿彦, 高橋永治編. 日本淡水動物プランクトン検索図説. 東海大学出版会, 1991.
水野寿彦. 日本淡水プランクトン図鑑. 保育社, 1970.
宮地伝三郎, 川那部浩哉, 水野信彦. 原色日本淡水魚類図鑑. 保育社, 大阪, 1976; 462pp.
明治39年度秋田県水産試験場報告.
森誠一. 十和田湖沿岸域の魚類, 特にイトヨの生態を中心に. 国立環境研究所研究報告, 1999; 146: 95-109.
森野浩, 戸塚利明. 十和田湖におけるトゲオヨコエビ(Eogammarus kygi)の分類・分布及び繁殖活動. 国立環境研究所研究報告 1999; 146: 87-94.
吉岡邦二, 樫村利道, 樋口利雄, 斎藤員朗. 4. 十和田湖の植物生態学的調査. 十和田湖資源対策事業調査報告書, 秋田県・青森県, 1967; 13-28.
頼茂, 金沢広重, 米谷峯夫. 資源調査. 昭和50・51年度十和田湖資源対策事業調査報告書, 十和田湖ふ化場協議会, 1977; 1-33.
頼茂, 松田銀治, 岩谷良作. 昭和47年度十和田湖資源対策事業調査報告書. 十和田湖ふ化場協議会, 1973.
頼茂. ヒメマス天然産卵調査. 昭和44年度十和田湖資源対策事業調査報告書, 十和田湖ふ化場協議会1960; 1-19.
頼茂. 資源調査. 十和田湖資源対策事業調査報告書(昭和42〜55年度調査結果の総括), 十和田湖ふ化場協議会, 1981; 1-53.
頼茂. 昭和42年度十和田湖資源対策事業調査報告書, 1967.
頼茂. 昭和48年度十和田湖資源対策事業調査報告書. 十和田湖ふ化場協議会, 1974.
リバーフロント整備センター編. 川の生物図典. 山海堂, 1996.







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION