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4)水草
 湖沼に生育する水草は、沿岸域において単一種あるいは複数種から成る群落を形成することが多く、水草群落は、水質浄化をはじめ、他の水生生物の生活と密接に関わる様々な機能を有している。また、水草は定着性が強いことから、それらの分布、密度などは湖沼環境の長期的な変化を指標すると考えることができる。
 十和田湖は典型的なカルデラ湖であり、湖岸のほとんどが急傾斜となっているため、水草群落がよく発達する範囲は、東湖(宇樽部)、西湖(休屋)の沿岸域に限られている。野原らは、沈水植物の窒素含量の実測値から、十和田湖における年間の窒素負荷量の少なくとも43%を沈水植物群落が保持しているとする試算を示し、沈水植物帯が水質浄化に重要な役割を果たしていることを指摘した1)
 本事業では、このような水草が有する機能と環境指標性を重視して、湖内の水草の実態を現地調査により確認するほか、既往知見を収集、整理し、過去からの水草分布の消長と環境変化を将来に渡って利用できる環境情報として取りまとめることとした。
 
 2003年(平成15年)9月17、18日に第1回、10月7、8日に第2回調査を実施した。
 
(この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)、数値地図25000(行政界・海岸線)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用した。承認番号−平15総使、第579号)
 
 第1回調査では、水草の分布を把握するために、東湖(宇樽部)の2カ所、西湖(休屋、生出)の2カ所で汀線と直交するように潜水ラインを設置し、スキューバ潜水による目視観察とビデオ・写真撮影を行った。調査範囲は、水深10mもしくは汀線から200mを限度とした。
 第2回調査では、北湖(ムシジ)で第1回調査と同様に潜水ライン周辺の観察と撮影を行った。また、水草の生息限界水深を把握するため、東湖、西湖の潜水ライン上で第1回調査の終点から沖に向かって、スキューバ潜水による目視観察を行った。
 各回とも潜水ラインの両端でGPSを用いて緯度・経度を記録した。なお、目視観察結果の詳細と調査地点の位置情報は資料編に収録した。
 
 十和田湖における水草調査は、これまでに中野2)、神保3)、吉岡ほか4)、野原ほか1)、5)により行われており、確認された沈水植物は8〜10種の範囲であった。
 今年度調査では、10種の沈水植物が確認され、これまでの調査結果と比較して、種類数に変化は見られなかった(表3-4-1)。
 
調査年 1912 1958 1967 1997 1999 2003
沈水植物 カタシャジクモ
ヒメフラスコモ
バイカモ    
ホザキノフサモ
クロモ      
エゾヤナギモ
エゾヒルムシロ
センニンモ
リュウノヒゲモ
ヒロハノエビモ
ヒロハトリゲモ          
種類数 9 8 9 10 10 10
抽水植物 ヨシ   -
ウキヤガラ         -
ヒメホタルイ       -
種類数 2 2 1 1 1 -
注)○は確認されたことを示す。
備考:平成15(2003年)の調査は沈水植物のみを対象とした。
 
 今年度調査で確認された種類のうち、カタシャジクモとヒメフラスコモは富栄養化や放流魚による食害のため、全国的に生息地が減少しており、環境庁(現環境省)のレッドリストでは、「絶滅の危機に瀕している種」として絶滅危惧I類に指定されている6)
 今年度調査では、カタシャジクモは東湖の広い範囲に分布し、水深7〜9mにかけてほぼ単一種から成る大群落を形成していた。ヒメフラスコモはカタシャジクモより深い場所の泥底上に散在しており、群落の規模は小さかった。その他の水草は、本邦の湖沼において普通にみられる種であった。
 
 今年度の調査結果から水深別種類数をみると、水深1m以浅では5種、水深1〜6mの範囲では8〜9種が確認された。水深6m以深では種類数が次第に減少し、水深9mを越えるとヒメフラスコモのみとなった。なお、抽水植物は今年度の調査ライン上には確認されなかった。汀線付近の浅所は、波により底質が攪乱され易いことに加え、時期により水位が不安定であることなどから、水草の生育には厳しい環境であると考えられた。
 このように水草の生息水深は、透明度、底質の性状ならびに水位変化のほか、富栄養化をはじめとする水質変化にも影響を受けると考えられることから、水草の水深別分布状況は湖内の環境変化を指標するデータととらえることができる。
 
 
 ヒメフラスコモは浅い湖沼では他の水草と混生するが、深い湖沼では他の水草よりも深い場所に単一群落を形成し、夏季の透明度の約2倍の水深にまで生息できることが知られている7)
 十和田湖におけるヒメフラスコモの生息限界水深は、1958年には約30mと深所に及んだが3)、1967年(昭和42年)には24m4)、1999年(平成11年)には約15m5)と次第に浅くなっている。今年度確認された生息範囲は水深4.6〜14mであり、群落の規模は小さかった。透明度についてみると、1958年には約15mと記録されたが、最近では10mを切ることも多くなっている。また、今年度の水草目視観察時には、水中の懸濁物が肉眼で確認できる状況であった。
 このようなことから、透明度をはじめとする環境条件の悪化は、ヒメフラスコモの生育に大きく影響する可能性も懸念される。







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