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(4)海難の報告及び証拠の保存
 船長は、事故(主要な傷害(Major Injury)を含む。)が発生した場合、可能な限り最も早い手段で、かつ、事故発生後24時間以内に、MAIBのIncident Report Form(IRF、資料3)に則り、船名、船籍港、IMOナンバー、船主名とその住所、船長名、事故発生日時・場所、損傷個所、天候等のほか、事故の概要・損害・人損、海洋汚染・航海障害の有無等について、主席検査官に初期報告(Initial Report)を報告しなければならず、また、要請があれば、追加報告(Additional Report又はFollow-up Accident Report)を報告しなければならない。
 また、船長は、重大な傷害事故(Serious Injury)が発生した場合、可能な限り最も早い手段で、かつ、事故発生後14日以内に、上記の項目のほか、原因を含む調査結果と講じた措置及び再発防止策についてのInitial ReportとFollow-up Accident Reportを、いずれも主席検査官に報告しなければならない。
 なお、船長は、Hazardous Incidentが発生した場合、それがしばしば貴重な教訓をもたらすことから、Incident Report Form(IRF)又は物語風(Narrative)のいずれによろうとも、MAIBに報告するよう強く求められている。
 ただし、イギリス国内における事故ではあっても、港内における荷役労働者の事故や造船所内における事故については、通報義務はない。
 また、純粋にレクレーション目的にのみ使用され、商用目的には使用されないプレジャーボートの事故は報告義務がないが、MAIBによる調査は、必要に応じて行われる。
 このように、現在は船長に対してのみ報告義務が課されているが、MAIBは、これを船主、港長その他事故を知り得る立場にある個人や組織にまで拡大したいと法改正を考えているという。
 一方、船長及び船主は、主席検査官から調査を実施しない旨の、又は、これ以上調査の必要性がない旨の通知等を受けるまで、事故に関連する海図、航海・機関日誌、電子記録あるいはビデオテープ等の書類及び記録を保存しなければならず、また、記載事項を変更してはならない。
 更に、事故に関連する機器類も、主席検査官から指示があるまでそのままの状態(Undisturbed)で保存しなければならない。
 これらの報告義務或いは保存義務を、船長又は船舶所有者等が正当な理由なく怠ったときは、陪審によらない有罪判決(Summary Conviction)により罰金・科料(Fine)を課される。
 MAIBは、前述のとおり、毎年1,500件の事故報告を受け取り、400件は追跡調査されるが、最終的に報告書が出されるのは、約50件という。
 また、全事故件数の3分の1は、水産業からみの事故であるという。
 主席検査官が,海難事故の調査が必要と認めた場合、同主席検査官によって指名された主任検査官は、調査開始から報告書公表までに要する期間を6ケ月とし、調査の基本目的を達成するために最も効率的、効果的であると思われる時期、場所及び方法によって調査を行うことになる。
 その際、海上保安官と競合することがあるが、MAIBとMCAのProtocol(Agreement)によって、MAIBに調査優先権がある(別項「7 海上保安庁との関係」参照)。
 調査は、事故の原因又は結果に係わりのある先行事象及び状況(All Events and Circumstances preceding the Accident)とともに、事故の結果(Consequences of the Accident)も含むように幅広く、奥深くWhat、When、Where、Who及びWhy、Howについて探求するため、船客に対しても質問書が発せられる(資料 5)。
 具体的には、先ず、海難関係者に対するアルコールやドラッグの使用状況についての検査であるが、これについては、MAIBは、法律上、強制検査(Compulsory Test)が禁止されており、また、自主検査(Voluntary Test)も求めていないので通常は行われない。
 仮に、麻薬等が関係していると思われる事案は、MAIBからMCAにバトンタッチされることになるが、MAIB発足以来14年間に、そのような事例はないという。
 次に、海難関係人に対する事情聴取についてであるが、調査場所は、船上又は現地のホテルなどで行うことが多く、また、調査手法は、事案の多様性に鑑みて検査官の裁量に委ねられているところがあるとはいえ、事故の原因としてHuman Elementを求めることに重点を置いて行われる。
 すなわち、事情聴取は、不安全行為や不安全条件といった重要な要因を特定し,それに関連する安全問題と有効な勧告が可能かどうかという点に対して、広く、深く調査していく。
 その際、SHEL Model、Fault Tree Analysis等のほかDefense Analysis、Influence Diagram等を混用して分析する。
 なお、事情聴取の際、検査官は、海難関係人に対して、「調書は裁判所の命令があれば公開されるが、その際も供述者自身に不利益な証拠として用いられることはない」旨の説明をする。
 一方、海難関係者は、弁護士の帯同を許されているが、弁護人は、検査官の質問に対して証人の回答を拒むものであってはならない。
 また、海難関係者には、黙秘権や供述拒否権は認められていない。
 調査の過程において、検査官は、他の検査官と簡単なMeetingを行い、調査の進捗状況を報告するとともに、Ideaを聴取することもあり、また、調査の開始から3週間以内に、調査についてのBriefingを行う。
 一方、事務部門は、調査の初期段階が終了した時点で、事故報告記録簿(ARM)を閉じ、最終的なデータをインプットしてデータベースを最新化することになっているが、この作業は、検査官が行うよう勧められている。
 そして、検査官は、事故インプット書式(Accident Input Form)を完成させ、主任及び副主席検査官に提出するよう求められている。
 なお、検査官が、調査中、事故が故意による法規違反によって惹起されたことを知った場合は、その取扱いについて主任検査官(Principal Inspector)と検討しなければならず、また、主任検査官は、必要に応じて主席検査官(Chief Inspector)にその旨を報告しなければならない。
 そして、報告を受けた主席検査官が、このことをMCAに知らせた方が良いと考えた場合は、MCAに対して、故意による法規違反(Deliberate Breach of Regulations)のおそれがあることと、船名、年月日、場所のみを通知する。
 ただし、MAIBの検査官(Inspector)は、MCAがこの通知によってどのような措置をとるかにかかわりなく自己の調査を継続しなければならず、また、その間にMCAから刑事訴追のための調査を開始した旨を知らされたときは、MCAのサーベアーと、調査の対象者〈供述者、証人等〉と調査の理由について互いに情報を交換しなければならない。
 また、大臣が、海難事故について海難審判(Formal Investigation)の開催を指示した場合は、MAIBを含む如何なる調査も、海難調査委員長(Wreck Commissioner)及び司法長官(Attorney-General)を補佐する場合を除いて、中止される。
 因みに、主席検査官は、調査の過程で、随時、理由を示して調査の中止を決定することができる。
 なお、検査官は、調査中、事故に関係した船舶や機器に立ち入ったり、妨げたりすることを禁止することができるが、一方では、証拠を提供した者の氏名、住所等を公表してはならないとされている。
 更に、検査官が作成した供述調書(Declaration or Statement)、関係者間の通信記録、関係者の医療又は機密情報、航海記録、電子・磁気記録(録音、ビデオテープ)等は、裁判所の許可がない限り、海難事故の調査目的以外に使用できないことになっている。
 もっとも、MAIBは、「これらの物的証拠(Documentary Evidence)を持ち帰ることはできるが、その所有権を譲り受けることはできないので、例えば、航海日誌を持ち帰るときは、そのコピーを持ち帰ることにしている。したがって、裁判所が、航海日誌の現物(Originals)であれコピーであれ、欲しいときには所有者のところへ行けば問題ないことになる。MAIBとしては、欲しい人で所有者の許可を得た者にはコピーを渡すことになろうが、裁判所は、コピーを欲しいといってくることはない。」という。
 また、MAIBは、「供述調書については、裁判所の許可がある場合のほか、本人の書面による同意がある場合は公開されるが、同調書は、法律上、法人、私人に係わらず第三者に対する証拠とはなり得ても、供述者本人に対する証拠とはなり得ないことになっている。
 一般に、供述調書の公開は、裁判所や本人の許可を得にくいため、極めて稀である。」という。
 昨今、調査手法も近代化され、事故によっては、ダイバーのほか、水中で船穀を切開したり、部位を測定したりできる、高度な撮影システムを備えた小型遠隔操作艇ROV(Remotely Operated Vehicle)を使用して沈船の検査を行うことがあり、現在8隻のROVが活躍しているという。
 なお、MAIBが公表している報告書のうち、その結論と勧告を吟味すれば、MAIBが海難事故を調査する上で、調査範囲をどこまで広げ、また、どこまで掘り下げて行っているか、おおよそのところが理解できると思われるので、二件の調査報告書の結論と勧告を末尾に添付する。
 本件は、2002年12月5日Milford Havenの港界線付近において、ペトロプラス岸壁を離岸してダブリンに向け、East Channelの右側(Correct side for departing)を出航中のスウェーデンのプロダクトタンカーBro Alex(総トン数11,324トン、全長 144メートル)と、操業を終えて帰航の途に就き、同Channelの右側から左側(Incorrect side for entering)に向け斜航・入航中のベルギーの漁船Noordhinder(総トン数 274トン、全長35メートル)とが行合う態勢で航行していたところ、同Channelの左側に出た漁船が同Channelの右側に就こうとして右転を開始したとき、それを見て衝突の危険を感じたタンカーが左転したため両船が異常に接近し、両船とも全速力後進を掛け、漁船は事なきを得たが、タンカーは浅礁に乗揚げたという事故である。
 本件は、両船ともに損害はなく、人身事故も汚染問題も発生しなかったが、Milford Haven Port Authorityの港湾管理、エスコート船の活用、Pilot Exemption Certificate 所有者の緊急事態対応訓練、漁船の安全管理、Pilotage Actの改正など各種の安全問題を提起しており、Milford Haven Port Authorityや、両船の運航者、運輸省港湾局及びICSに勧告が出されている。 なお、Bro Axelは、早期に操舵を激右転(右舵35度)し、機関を全速力前進に掛けておれば、相手船とともに浅礁も回避し得たとSimulationの結果が出ている。
 本件は、1998年4月25日、Berwick-upon-TweedにおいてRedstoneの砕石を積載し、オランダのTerneuzenに向かっていたRemaが、England東岸約22マイル沖合で沈没した事故である。
 Remahは、総トン数748トンの船尾船橋型鋼製貨物船で、MacGregor式Hatch Coverを備えた船倉1個を有し、Diesel機関と固定ピッチプロペラ―を装備し、乗組員は4名が乗船していた。
 出航時の天候は良好で、南西の風、風力3ないし4、海上はSlightからModerateであった。
 原因は、VHF CH16による遭難信号を受信したのち、直ちにヘリコプター等による捜索が行われたが、それにも拘わらず同船を発見できなかったことから、船倉に海水が侵入し、浮力を喪失して急速に沈没したため、乗組員は全員避難できなかったものと思われている。
 本件は、ベリーズ籍船の公海上の事故であったが、同国当局の依頼によってMAIBが調査を実施したもので、小型遠隔操作艇ROVによって海中調査を行ったものの、浸水の原因を確認できなかった。
 MAIBは、ベリーズの国際商船登記所及び英国の海上保安庁に対して、ビルジ警報装置の設置を、IMOを通じて働きかけるように、などを勧告している。
 主席検査官は、海難事故の調査を行った場合には、書式(Format)に従って、事故の事実、分析、結論、原因、勧告等に関する調査報告書(Report of Investigation)を作成し、遅滞なく公表しなければならない。
 ただし、大臣は、報告書の内容が国家の安全上の機密に触れると考える場合には、これを公表しないように指示することができるほか、その部分の削除を指示することができる。
 また、調査報告書は、大臣が海難審判の開始を命じた場合、或いは、刑事訴追や懲戒手続が検討されている場合には、発行されないこともある。
 調査報告書が作成されるに至る手順は、次のとおりである。
 先ず、担当検査官が、報告書草案(1)を作成したのち、これを主任検査官に送付する。主任検査官は、担当検査官と協議のうえ必要事項を修正し、報告書草案(2)を作成して主席又は副主席検査官に送る。
 主席又は副主席検査官は、草案(2)に、議論を呼びそうな問題点が数多く見受けられるような場合には、担当検査官、主任及び主席そして/又は副主席検査官による再検討委員会(Review Board)を開き、報告書草案(3)を作成する。
 草案(3)は、協議用報告書(Consultation Report)として関係者に送付され、これを受領した者は、28日以内に意見(Comment)を述べることができる。主任検査官は、寄せられた意見について検査官と協議し、適切と考えられる意見はこれをConsultation Reportに取り込んで最終草案(Final Draft)を作成するとともに、意見表明者に対して回答書(Reply Letter)を起草する。
 主席そして/又は副主席検査官は、最終草案がMAIBの書式等に適合しているかを関係部署に確認することも含めて同草案をチェックのうえ、最終報告書(Final Report)を作成し、関係先に送付する(意見表明者には回答書を添付する)。
 このように、最終報告書が発行される前に、その原案が全ての関係者に配布され、事実の正確さや解釈についての意見が求められるので、公聴会は開催されない。
 なお、2001年は、MAIBに1,459件の海難事故の報告があったが、そのうち船体事故は620件、人身事故は629件、また、Hazardous Incident(Near Miss)は210件であったという。
 また、2000年から2001年に掛けて調査を継続した事故が43件あったが、2001年中に調査を開始した事故が41件であったのに対し、調査を終了して報告書を提出した事故が過去最多の45件(Nautical 20件、Accident to Person 10件、Foundering 10件、Machinery Failure 5件)であったことから、MAIBは、ほぼ1週間に1回の割合で事故の調査を開始し、また、事故の調査を終了しているとしている。(MCAの調査件数は不詳という。)
 ただし、調査件数が報告件数の3%に過ぎないが、この点について、主席検査官は、調査の少数集中主義が最も効果的な予算の活用手法であると自賛している。
 因みに、2001年度の予算は、135万4千ポンド(2億6千万円)である。
 なお、MAIBは、2001年のAnnual Reportで、調査を開始したのち報告書を作成するまでに要する目標期間を9ケ月(Investigationに4ヶ月、Internal ReviewとDraft Report作成に2ヶ月、28 Days Consultation Period及びRedrafting of ReportとProduction of Final Report作成に3ヶ月)とし、実際は平均で10.3ケ月要していると報告しているが、現在の目標期間は6ヶ月(28 Days Consultation Periodを含む。)という。
 また、各検査官は、年間5ないし6件の報告書を作成しているとのことである。
 MAIBは、海上安全の向上と海洋汚染の防止のために、海難事故と海上インシデントを組織的、系統的に調査することによって、安全性を妨げるものを特定し、改善することを勧告することにしているが、勧告は、安全性に関する勧告(Safety Recommendation)のみであり、懲戒的な勧告(Disciplinary Recommendation)は行わない。
 勧告は、勧告を履行するのに最も相応しい組織又は団体(the Broader Picture)に対して行われなければならないので、通常はInternational Chamber of Commerce(ICC)、International Chamber of Shipping(ICS)、International Association of Classification Societies(IACS)、MCA等に対し、調査報告書を送付して行われる。
 また、勧告が、船舶所有者、船舶管理者、或いは、船舶運航者に対し、Chief Inspector's Letterによって出されることも数多くある。
 一方、MAIBは、改善措置が必要で、かつ、実行可能であれば、厳格な証拠がなくても勧告を行うことができるが、勧告を公表する前には、MCAなどの組織や団体を招請し、政治や私利に左右されない専門家の会議を開催して、勧告案を討議することにしている。
 また、勧告は、英国国外の団体や組織或いは国家に対しても行われるが、一般に、勧告を行った場合は、その対応について回答を求めているものの、法的根拠がなくて回答が得られないため、将来的には法改正が望ましい、としている。
 なお、前述のとおり、主席検査官は、調査の過程ではあっても(At Any Stage of an Investigation)、いつでも中間勧告(Interim Recommendation)を出すことができるが、その際は、提案されている法律や現行法(Proposed or Existing Legislation)あるいは行政指導(Advice)に抵触しないかどうかを確かめるため、MCA長官に提示する。
 また、中間勧告は、関係部局に対しても提示されるが、これは協議するためではなく、意見を聴取するためのものであり、意見がMAIBの意図と一致しない点があれば、修正されることもある。
 因みに、MAIBが2001年中に出した勧告は159件で、その対象者又は団体は、船主〈漁船船主を除く)が90件、海上保安庁が23件、漁船船主が8件、海外政府が6件、港湾局が6件、製造会社が4件、他の政府関係省庁が12件、その他が10件である。
 また、159件のうち、83件が受容され8件が拒否され、60件が検討する、との結果を得たとのことであるが(8件は既に実施済)、拒否や無視されても新たな措置は取られず、終局的には勧告の実施率は90%という。
 なお、世論は、事故で死亡者が発生した場合は、勧告とは別に、関係船員を刑事告訴すべきである、という声が高まりつつあるという。
 主席検査官は、調査が終了した後であっても、新たな、かつ、重要な証拠を発見したとき、或いは、調査を再開しないと公正さが失われると考えるときには、調査の全部又は一部について、調査の再開(Reopening of Investigation)を実施することができる。







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