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12.4.5 損傷を受けた舟艇からの荒天下における退船作業
 上記3.3.6.4で指摘したように、HSC規定第8章6は、生存のための筏は、どんな使用条件下でも着水ができ、その後からでも、乗込みが可能なものでなければならないと定め、また、予想される最大の損傷を受けた後の浸水しているどんな状況下ででも乗込みが可能なものでなければならないと定めている。更に、指摘されているように、海事局は、他の諸外国の権威機関と同様に、退船装備は下記のどちらかの基準によって判断されるべきであるという意味でこの規定を解釈している。即ち、
 その基準とは、
−−どんな天候下であっても損傷のない舟艇、又は、
−−風波のない海上での損傷のある舟艇である。
 
 舟艇が晴天の状況で乗り揚げる可能性は、荒天で時化ている状況の海域で乗り揚げる可能性と比較すれば、はるかに低いものである。
 当委員会の意見では、救命筏の配置は、作動させようとする最悪の気象状況下で舟艇が乗り揚げた場合、左右両舷とも機能しなければならない、と言うことである。
 
 当委員会は、HSC規定を退船作業が荒天下で損傷を受けた舟艇にあっても、機能する筈であるとする意味であると解釈する確かな理由がある、と考えている。疑問を避ける目的でHSC規定は、これを明白にするよう、改正されるべきである。
 これを基に、当委員会は、海運当局がHSC規定の損傷を受けた舟艇の退船作業についての要望を改正するための活動することを、勧告する。(注3) 間もなく、海運当局が、HSC規定についての当委員会の解釈を採択すること、を勧告された。
 
12.4.6 退船時間
 HSC規定の下で退船時間は、舟艇の大きさでなく、舟艇の建造に使われている材質で決定される。であるから、要望されている退船時間は、長さが25メートルか100メートルかで同じになる筈であり、また、認可された旅客定員が80人か500人かには関係ない。
 退船時間は、船内で火災が発生した場所を基準にして計算される。であるから、最初の発見までの時間と消火作業時間は取り除かれる。
 ス号の海難事件は、少なくともMSス号の寸法の舟艇では、乗揚後の極めて短い時間に、大変多くの事態が発生する可能性を示した。
 この海難事件を基にすると、火災事件での許容できる退船時間は、乗揚事件での許容できる退船時間と同じで良いかが、第一の疑問となる。火災事件での許容できる退船時間を計算すると、火災が拡大して退船が、最早、不可能となる前に、どれだけの時間がかかるかの問題に関わってくる。このような場合、難燃材の選択等が、非常に大事である。乗揚事件での退船時間を計算する際に、問題は、海水の奔流で退船が不可能となるまでに、どれほど時間がかかるかにある。このような場合、舟艇の寸法と旅客の員数が、退船時間計算の重要要因である。
 これを基に、当委員会は、海運当局が要望する退船時間算出に、舟艇の寸法と旅客の員数を組み入れるかどうかを検討するべきである、と勧告する。(注4)
 
12.5 航海及び情報交換設備について
12.5.1 背景
 海難事件、特に、航海士の人為的誤謬による海難事件は、往々にして最新技術によって回避され得るものである。新型の航海計器は、急速に改良製作されている。であるから、IMO、あるいは、国の権威筋が、航海計器の分野において、最も近代的な製品を越える計器の出現を強いるのは事実上不可能である。
 関係諸企業は、高速艇に対し、“高速”の概念を基本に形作られた、運航上の期待を持っている。しかしながら、関係諸企業が、技術的改善を重要視して、操舵室の機能的な設計図を作り上げることに、十分な必要性を感じるのは、例外的な場合においてだけであろう。技術的発展の維持を続けるのを、より容易にすることができるのは船級協会であろう。それであるから、船級協会は、最前線に位置して、装備についての要望に関わっている必要がある。しかしながら、協会は、脇役的存在である。
 現在、航海計器類に対する、一国あるいは国際的な技術上の要望には、高速艇の安全航行に必要な安全性や計器操作上の要望を映していない。一つの例として、HSC規定第13章5.5で、各レーダー装置は、舟艇の策定最高速力や運動性能に適応するように設置されなければならない、と明記している。一方、高速艇が在来舟艇と較べ、2-3倍の速力で航行するのに、操舵室内設備は、概して、従来と同じである。
 多くの場合、実物大状での試験のみが、装備の適格性の良し、悪しを決定するのであるが、多分、どの国の海事権威筋も、これを要請していないとの理由で、このような試験は、ほとんど実施されない。現在、レーダー、ジャイロ、自動操舵機等々が、独立しているが、単に、他の機器組織と統合するための接続部分を持つ製品としてのみ試験対象となっている。このように、操舵室内配置計画全体構成を見て、それが最適なものであることが判断できるものであるという事実を、人は、見失っているという理由から、別々の製品を個々に是認して行く作業は、満足の行くものではない。
 現在、確定している規則として、機器の分離とその組織の選択についての意見を述べる余地が赦されている。それよりも更に、法律も規則も、互いに補足し合っていないし、レーダー、ジャイロ、船位決定機器、測定器、音響測深儀などの個々の統合機器類に対して示されている要望の記述に正確さがない。このことは、必要、且つ、安全性の高い航海計器類に関連する要望が、不適切であることを示している。しかしながら、無線連絡機器に対しての要望は、十分、合理的に列挙されている。
 高速艇で使われているレーダーは、低速力で航行する在来型舟艇で使われているよりも、高性能でなければならない。現在、レーダーに関しては、荒天下、雨中、降雪中での性能、あるいは、一時点での諸情報に対処できる性能についての要望は、いずれも全くなされていない。
 レーダーは、暗中、さもなくば、狭視界での航海に、針路線上を探査する航海者の“眼”である。電子海図やGPSを使って、航海士達は、理論上、十分正確な位置を知ることができ、その船位に頼ることができるのである。それがあるから、航海士達は、速力を保ったまま航行を続ける感覚が得られるのである。しかしながら、もしも、舟艇に能力的限界のあることが明かなレーダーが装備されていたなら、航海士達は、針路線上に何が在るのか、または、針路線上を何が横切るのかを知ることができなくなる。このことは、主に、小さな目標物に関係することであるが、大型の目標物も見失うおそれがある。
 それで、最新の電子海図を使えば、航海士達は、位置を知ることができるが、前方の存在物は探知できない。ここでは、レーダーは、安全性の連鎖の中にあって、か弱な一輪となってしまう。これ以上については、航海士達は、1975年12月1日発効の海上における衝突の予防のための国際規則(海上交通規則)第5章安全な速力、見張り等々について、熟読する必要がある。
 現在、法律も規則も、下記の点についての機能的な要望が欠けている。例えば:
−分離された航海用の機器類と別の電算機化された組織との連携速度を最新式のものにすること。
−常時、露天に晒されている無線アンテナの回転速度の向かい風、追い風への対応性への配慮。
−レーダーのパルス繰返し数。
−高速力航行におけるレーダーによる航路識別能力。
−レーダー及び電子海図の警戒音機能付き警戒区域表示機能。
−ジャイロ、GPSの針路、船位の正確性。
 
 これ以外のことでは、数年以内に情報伝達技術が、利用可能になると考えられる。一般的外部情報と連結している電算機は、付近の他船についての多くの情報を航海士に与え、また、操舵室内の設備が適切に配置してあれば、航海上の安全性は、ずーと改善されることになるであろう。
 これらを基に、海運当局は、高速艇に向けた航海計器についての技術的、特に、高速艇が運航される気象転変下におけるレーダー機能に関しての要望を集中的に行うことを、IMOに対して働きかけるべきである。
 
12.5.2 航海計器及び情報通達体制
 MSス号の操舵室は、現在の規則に適応した航海計器類が装備されていた。これに加えて、電子海図の設備があったものの、事件発生当夜は、その使用がなかったのは間違いないものと認められる。
 今日では、装備と情報通達体制とにあって、MSス号の装備品による安全に対する能力をかなり超えた計器類が装備されているから、これらを活用した安全性の改善が可能となるのは事実である。当委員会の意見では、特に、集約された情報通達網と航海情報連絡装置(NIS)とが、海上の安全に寄与するであろう、となっている。自動操舵機、測程器、音響測深器、ジャイロ、GPS、火災報知器、主機の状況、機関警報装置の各感知器からの全情報を、一個所の表示盤上に表すことができるようになるであろう。このような体制は、活用できる情報を、より良い状態で観察可能にするであろう。一航海の全資料記録器は、この集約された情報通達組織網の一部分として取り込まれることになる。
 MSス号のNIS装置に、2組の電子海図には、もちろん、2器のレーダーにも、当然、機器の設置場所が与えられることになる。即ち、更に洗練され、豊富で安全な体制となるのである。
 当委員会は、将来、規則が次の主なる観点に従って、異なった多種類の計器を集約して一体化した機器に焦点を合わせて制定されるべきであると考える。:
−2個の同等な航海士用座席。
−切替え中間スイッチ(XとS周波数帯。MFW/SA)付きの2基のレーダー装置。このレーダーには、近く普及する情報伝達機器とECDIS/ECSが統合された機器及び追跡が必要な対象物体の画像を表示する機器、が組み込まれているべきである。
−航路の中で、最も航行困難な海域用の特殊海図を含み、且つ、最適航路の設定に有効な機能を持つ、2組の電子海図(ECS/ ECDIS)。
−周波数の微差修正装置(例として、対IALA標識、あるいは、光線標識)、決定船位の正確さや使用された電子感知装置についての明確な情報を持つ2組のGPS装置。
−電子感知装置からと管制基地からとの二重連絡網を持つ、2組の航海情報連絡装置(NIS)。
−自差警報及び自動速度修正装置の付いた、2組のジャイロ装置。
−2組のVHF、あるいは、GMDSSA3。
−多くの集約された部内通話施設/PA及びCCTVの設置。
−集約された多くの相手との自動連絡機能。
−集約された多くの航海機器及び機関制御連絡網。
 
 この背景に向って、当委員会は、海運当局が集約された、多種計器のある分離操舵室を導入することについての働きかけを、勧告する。
 現在、電子海図装置ECDISは、基本海図が不十分であるため、ノルウェー沿岸を航行するには選択の余地がない。この件に関しては、上記10.5を参照されたい。従って、下記12.9で指摘するように、当委員会は、新海図を刊行するために、基金を募ることが、緊急の必要事と考える。そうすれば、その海図によって、ECDISの使用が、全ノルウェー沿岸で可能となるであろう。
 当委員会は、ECDISの導入が船社にとって、些細な費用であると理解する。それよりも、狭水道、及び/あるいは、未だ測定されていない海域を航行するどの形の高速艇にあっての、ECDISの導入による安全面の利得を考えると、その恩恵は、計り知れないものがある。
 ECDIS以外で認定された海図装置は、利用できないし、別の海図設備の活用を要望するのは、ほとんど考えられない。それでもなお、当委員会は、認定されていない電子海図装置-ECS-が、ECDISの出現まで、特に、高速艇にとって有効な航海計器となるであろう、と考える。この件に関しては、上記10.5を参照されたい。このことは、狭水路で運航される舟艇は、海図に示された位置を見て、その海図上で誤りを訂正することになるから、特に、この種舟艇がECSを採用することになるであろう。実際には、ノルウェー王国海域で運航される総ての高速艇は、定期航路に就航している。もしも、舟艇が航路から離れたら発動する警報装置機能と関連して、ECSは、高速艇の航行にとって最重要の航海計器となるであろう。
 しかしながら、もしも、ECSが舟艇に設置されるなら、乗組員は、これに慣れるためと、この装置の正確性や性能の限界とに気付くためとに、適切な訓練を受けることが極めて重要となるであろう。ECSは、もしも、船位決定装置が不調になるか、別の欠陥が発生した場合に備え、注意を喚起する警報装置を持っていることが重要である。
 ECDISの出現までの間、使用基準が存在しない、ECSの使用を命令することはできないけれども、当委員会は、今日、電子海図の活用なしに、どんな寸法のものにせよ、高速艇を運航するのは、専門家としての職業意識に欠けたものであると考えざるを得ないこと、を指摘したい。
 当委員会は、高速艇を所有する多くの船社が電子海図に資金を投入しているとの印象を持っている。しかしながら、ス号の海難事件が示しているように、その行為だけでは不十分である。同時に、航海士達も、この航海機器に、積極的に馴染まなければならない。
 このことを基に、当委員会は、海運当局がHSC規定の影響下にある高速艇にECDISの搭載を義務付けるための作業を行うこと、を勧告する。
 それ以上に、当委員会は、高速艇を運航する各船社が高性能の電子海図を購入し、その海図上でどんな誤りも訂正できる低速力で進行するような指導を行うことに努めるべきである、と勧告する。警報通報装置は、作動させておかなければならないし、高速艇の航海士達は、電子海図の活用可能範囲と活用限界とを含めて、その使用方法についての適切な訓練を受けなければならない。
 
 上記で示したように、当委員会は、海運当局及び船社が、最新の航海技術を導入するための作業を行うべきであると、助言する。当委員会は、この技術の導入で、伝統的で適切な今までの航海術を排斥してはならないと強調するのは意義がある、と考える。最新の航海機器を適切に使用することは、一般に認められているように、狭水道、及び/あるいは、測量可能だが未だ測量されていない海域での航海をずーと安全にするであろう。しかしながら、航海士が、自分の船位に不安を感じたなら、速力を安全な速力に落として視覚による航海を心掛けなければならない。このことは、航海が機器の助けによるよりも、ずーと大きな確実度が必要なときは、常に、あてはまる単純な航海術である。
 
12.5.3 情報交換用設備
 上記3.3.3後半部で提示したように、高速艇の船内放送(PA)用及び情報提供設備は、居住区での浸水や火災によって不具合となった部品があっても、機能するようでなければならない。この外に、設備の重要な部品の取付け場所についての要望は特にない。MSス号では、PA用設備のスイッチ盤は、主甲板にある切符売り場の中にあった。
 当委員会のこれの安全性に関する意見では、重要なPA部品の所在場所は、緊急事態発生時の発電機について適用されるのと同じ規則を適用すべきである、としている。
 一個の拡声器回路の短絡が、他の回路を不具合にさせることはないし、また、一本の電線の破断が、回路を不具合にすることもない。このことは、最重要なことである。これは、各拡声器設置場所までは、分離した二本の電線による結線を必要とすることを意味している。同じく、たとえ、一個の増幅器が駄目になったとしても、この設備を作動させるためには、増設増幅器が必要となるかどうかの疑問も、持ち上がってくる。
 MSス号では、操舵室室内に旅客が航海士達のアナウンスを聞くことができたかどうかを確かめるための、確認用拡声器、あるいは、他の設備もなかった。当委員会は、これは非常に重要なことであると考えるし、船内放送設備が作動しているかどうかを示す確認用拡声器、あるいは、“壁外”の音声器具を設置すべきであると考える。
 これを基に、当委員会は、操舵室内の乗組員が自分達のアナウンスが船内放送設備を通して伝わったかどうかを確かめるための確認用拡声器、または、同じ機能を持った設備の設置について、海運当局が要望を提示すること、を勧告する。
 それ以上に、当委員会は、高速艇のPA設備が緊急事態発生時用発電機に適用されるのと同じ規則を適用して設置場所を設置するよう要望を提示すること、を勧告する。
 海運当局は、各拡声器及び増設増幅器には分離した二本の電線による結線についての要望を提示すること、を考慮すべきである。
 
12.5.4 航海資料記録器に対する要望
 航海資料記録器は、ノルウェー王国籍の船舶には設置の義務はない。重大事件発生前における操舵室内の運航模様を再現し、また、事件直前に実際に取られた針路を決定することは容易でない。
 航海資料記録器についての要望は、現在、新造高速艇に対するIMOの航海基準と合致させた内容となって、海運当局によって提示されていて、HSC規則はこれを採用している。(注5)当委員会は、これは適切な提案であると考える。しかしながら、高速艇は、かなり長期にわたって運航されることを考えると、全艇が同記録器を設置するには長年月を必要とすることになる。と言うことで、当委員会は、現存する高速艇には過度期として、適切な期日内にこの機械の設置を義務付けたら良いと考える。
 これを基に、当委員会は、HSC規則の適用を受ける、現存する高速艇には過度期として、適切な期日内にこの機械の設置を義務付けること、を勧告する。
 
12.5.5 メガホンについての要望
 もしも、舟艇内での情報通達設備が、故障してしまうと、乗組員が旅客に向けたアナウンス内容を徹底させるのは、極めて困難である。そこで、舟艇内にメガホンを保有しておくことは適切なことである。そして、当委員会は、海運当局が高速艇に対し、メガホン保有の要望を提示することを当然と考える。(注6)当委員会は、この提示を支援する。
 

注3.2000年5月に開かれたIMO第72回海事安全員会の会議において、海運当局は、この件について、両条件への配慮を意図していることを明白に示すよう、HSC規定の改正を提起した。
注4.当委員会は、ス号の海難事件に鑑み、当委員会として2000年5月17日のIMO海事安全委員会の会議で、この件についての事実関係を取り上げた。
注5.2000年10月5日付けの海運当局から船主及び海員組合に向けた、新要望の効力が発効する件に関しての通達を参照されたい。
注6.2000年10月5日付けの海運当局から船主及び海員組合に向けた、新要望の効力が発効する件に関しての通達を参照されたい。







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